学園祭 紅色の女
結論から言うと、俺が指を突っ込んでいた女は女ではなかった。
“シリアルナンバー009より、シリアルナンバー001へ!
星姫アマテラスが勝手に出撃しかけた件について報告書の提出を! 人類の皆さんには解体したって虚偽報告しているのに、地上に出そうとしちゃってっ。もうっ”
“シリアルナンバー003より、シリアルナンバー001。
島の起爆コードが一瞬セットされましたが、何事ですか??”
“シリアルナンバー010より、シリアルナンバー001。
へぇ、ついに人類に対して宣戦布告? やるじゃない”
俺の知らない所で激震が走ったらしいが、シリアルナンバー025、芽花椰菜が製造した危ない薬入りのコーヒーを飲み、薩摩が女体化していたに過ぎない。
「ど、どうして男を女にする薬が『凶弾』対策の研究になるんだ??」
「武蔵お兄ちゃんは知りませんか? 自然界では種の存続の危機に陥った生き物や極限環境にある種が女に性転換して、単為生殖するってお話を」
「あー、なるほど。……ん?」
性転換は一部の魚に見られる特殊能力であり、単為生殖はヘビやらミツバチやらで幅広く活用されている。環境悪化で種の全体数が減った場合における保険機能であり、多様性を気にするよりも先に数を維持するという生物の戦略だ。
クリクリした目玉に見つめられて、芽花椰菜の思考を何となく理解させられる。
最新の星姫候補である芽花椰菜は、『凶弾』落下を防ぐための演算を行う時間が最も限られていた。そういう建前で、最初から『凶弾』迎撃を諦めていたのだろう。
代わりに、隕石激突で数を減らした人類が絶滅しないための保険に注力した結果、男を女にして種族としての絶滅回避を図ったのだ。
「頭のいい超高度AIの考える事はよく分からん」
「返してくれぇ、俺のY染色体を返してくれぇ」
「ほら、薩摩の奴が泣いてしまったぞ」
性別というアイデンティティを喪失してしまった薩摩は、女になった自分の顔を見て号泣している。
「これから俺は毎日化粧して、美容院に行って、エステして、女を磨く生活をしないといけないのか。イケ面の男と食事して、瞬間移動できるのに終電に乗り遅れちゃったって嘘をつかないといけないのか」
「女として生きる気満々じゃないか」
同級生として不憫なので、この男を元に戻してもらえないでしょうか。
「にぃにぃ、心配しなくても女化薬ピッシュサルヴァーは三日間続けて飲まないと性別を固定できないですよ」
芽花椰菜いわく、薬を一度飲んだだけでは完全に女にできないらしい。遅くとも十二時間後には男に戻る。
吉報を聞いた薩摩の奴は、青くしていた顔の血行をよくし始める。
「……つまり、今から十二時間は女子寮の女風呂に入り放題という事か」
「お前なぁ、薩摩。……考えたな!」
「馬鹿兄共。私の研究成果の利用方法がそれですか」
世界中を跳びまわれる薩摩とて、侵入不可侵な聖域は存在する。その一つが女子寮であり、最奥に存在する女風呂は深宇宙よりも遠き場所だ。
けれども、性別変化により女となった今の薩摩ならば、女子寮や女風呂という女が頭文字の場所への行き来は自由だ。
「俺は、俺の超能力を試してみたいんだ。どこまで行けるかを試してみたい。これは傲慢な考えだろうか、武蔵?」
女の顔をした薩摩が、新大陸や宇宙に憧れるフロンティアスピリッツに満ちた目で遠く――女子寮方角――を望む。
「いや、お前は間違っていない。自分の可能性って奴を信じてもいい。俺達はまだ若いんだ」
「お前と大和が宇宙で遭難していた時も、俺の超能力をもっと理解して伸ばしていれば救いに行けたんだ。移動先が地球上に限定されるのはきっと、地球上にまだ行った事のない場所があるからなんだ。俺は二度と後悔しないために、可能性の先に跳ぶために……行ってくる」
「行ってこい、薩摩っ!! 俺は何も弁護してやらないが、そんなものはお前には不要のはずだっ」
薩摩は跳んでいく。
憧憬の場所。憧れても憧れても届かなかった秘境へと跳んでいく。
男――今は女――の旅立ちは呆気ないものだ。たった数秒前までそこにいたのかさえ分からず、別れの涙さえ流す暇がないのだから。
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー005。
女子寮の大浴場って今、アルコール消毒中ではありませんでしたっけ?”
“シリアルナンバー005より、シリアルナンバー001。
三秒前に現れた誰かが洗浄液に満ちた浴槽に浮かんでいます、生徒会長”
……あーあ、テレポートの超能力は何かと役立ったのに。こんな事で失うとは嘆かわしい。
「さて、コーヒーはいただいていないが、そろそろお暇するか。何故か馬鈴薯もいる事だし」
「文化祭の出し物は決めましたか、武蔵君?」
「色々見て回っているがパッとしたものがなくて」
手を振る芽花椰菜に手を振り返して、彼女の被服クラブから去り行く。
その後も学園祭の出し物を決めるべく、星姫達の伏魔殿を馬鈴薯と共に巡ったのだが、琴線に触れるものはなかった。
「種類は豊富でしたが、満足できなかったようですね。武蔵君」
「学園祭っぽさが足りない」
馬鈴薯は種類豊富というが、出し物が人類に対するホラーハウスばかりで偏っているとしか思えない。食事処すら、飲んだら体が変化したり、食材に食べられたりする系のものばかりだ。
学園の校庭を見渡せるベンチに座って、設営の進む出店をぼぅーっと眺める。
百メートル走も可能なトラックつきのグラウンドには入場ゲートと来賓客を防衛するための十メートル級の二足歩行兵器が仁王像のごとく立っている。見えているだけでも過剰な戦力であるが、きっと見えていない戦力の方が多いだろう。
残念ながら、眺めていても名案は浮かんでこない。
「既存のものでしっくりこない場合は新しく出店するしかありませんが、出店する場合の期限は明日までですよ」
「準備するにしても時間がないか。弱ったな」
「――ごほん。悩んでいるのでしたら、よければ武蔵君は私の――」
夕日に照らされる校舎。
遠くで建築音と生徒の笑い声に似た怒号が聞こえている。近代的なノスタルジーを覚える風景に、コツコツと鳴るハイヒールの音響。
ハイヒールは何かを提案しようとしていた馬鈴薯の声を遮断して、ベンチの手前で停止する。
「――はっ。悩んでいるのなら、私に協力してくれない?」
長く髪を垂らした女子生徒が、堂々と俺をスカウトしてくる。夕日の赤に負けない紅色の髪が、彼女の気質を如実に表す。
シリアルナンバー010、大蒜。
女子生徒の中で最も危険な女が、ついに動き出す。




