学園祭 芽花椰菜《ブロッコリー》の成果物
校舎に戻ってくると、設備班による教室の飾りつけが始まっていた。折り紙を使ったリングは、今日でも定番である。
「紙でチェーンを作る? 無駄に工数がかかるから却下だ。物質プリンタで原子からくみ上げた方が断然、楽だろうが!」
イベントや行事では菠薐草が活躍する。生徒会から丸投げ……もといアウトソーシングされる会場設営事業を、配下のAI群を使って期日までに立ち上げる。それが菠薐草という女だ。
総選挙においてもほぼ単独で会場を作り上げた実績がある。建築姫にとって学園祭の一つや二つ、軽いものだろう。
「おいっ、この床の水は何だ? それに壁の穴はどうやって開いた? せっかく掃除したばかりなのに誰が汚しやがったんだ」
「あそこの部屋は確か、南瓜の生物学室だったと思うぞ。菠薐草」
「馬鹿カボチャが作った改造生物のホルマリン部屋だとォ! しぶとく生き残っていた一体が逃げ出しやがったんだ。ええぃ、どいつもこいつも俺の仕事を増やしやがって。今に見てやがれ!!」
鉢巻きをした菠薐草が教室に開いた謎の融解跡を埋めて、校舎の美化に努めている。作業のために機械が大きな音を立てているものの、突然、鳴り響き始めたアラート程にうるさくはない。
“――緊急アラート、緊急アラート。危険度BプラスのAI造生物が脱走しています。人間では危険ですので、男子生徒の皆さんは逃走予測エリアに近づかないよう――”
「今月の飼育係の男子生徒―っ。可哀相なデザインクリーチャーの捕獲にいくぞー」
飼育係ではない俺はスルーである。以前のように人工島を沈めかける程の大事件ならともかく、今日は飼育係の播磨と出雲に任せよう。
次の部屋はかなり手が加えられており、ピンク色のファンシーな色合いで構成されていた。学園祭だからという訳ではなく、常日頃から可愛らしいデザインがなされている。
部屋の名前は家庭科室。被服クラブの活動拠点だ。
シリアルナンバー025、芽花椰菜の活動拠点でもある。
「あー、武蔵お兄ちゃんだ。芽花椰菜に会いに来てくれたの?」
人形を机に並べていた芽花椰菜が、作業を中断して部屋から顔を出す。
愛嬌ある笑顔と、全星姫候補の中で最も低身長という譲れない特徴を持つ超高度AIである。どう学習を誤ったのか、自身を全人類の妹と定めて日々活動しているクオリティの高い奴でもある。
頭を撫で易い位置においてくるのも、もちろんすべて計算だ。超高度AIなので当然ではある。
「同級生なのに、お兄ちゃんは止めてくれって」
「でも、キャラ設定は大事ですよ。お兄様?」
「設定言うな」
妹属性に染まらない俺に対して、芽花椰菜はコロコロと呼び方を変えてくる。総当たりという地道な手段を使ってでも、俺を妹萌えにしようとしているのだ。最新、最年少の超高度AIの思考は、他の女子生徒と比較しても人間から更に乖離している。
フリフリのレースを追加した学生服を着た芽花椰菜は、俺を部屋へと招き入れた。俺も被服クラブの出し物に興味があったので、されるがまま手を引かれて部屋に入っていく。
「学園祭の出し物は人形の手編み体験、ではなさそうだな。机の上にメニュー表とジュースの入ったコップ。喫茶店か?」
「正解だよ。お兄ぃ」
ようやくまともな出し物を発見できた。他の女子生徒共は研究発表会と学園祭を混同して、人類にはまだ早い出し物しか用意していなかった。その点、芽花椰菜は違う。さすがは最新型である。
丁度、喉が渇いていたのでコーヒーを頼んでみる。
芽花椰菜は学園祭が何たるかを分かっている。白にピンクがアクセントのコーヒーカップへと、コーヒー粉とお湯を入れてかき混ぜるだけという実に平凡な方法でコーヒーを点ててくれた。
安っぽくも平均的な味わいのコーヒーが出来上がりだ。人類には未知の材料は一切含まれていない。
「兄様。ご用意できました」
「ありがとう。美味しそうなのでさっそく――」
クリクリした金の瞳の芽花椰菜に見守られながら、安心してコーヒーカップへと手を伸ばす。
……手を伸ばしたのだが、瞬間移動してきた男に一手早く動かれて、カップをかっさらわれる。
「あー、喉乾いた。丁度良い場所にコーヒーが。いただき」
人間一人が突然現れたなら驚くというのが一般的だろう。
けれども、ちょくちょく空間跳躍する奴と一緒に育った俺達は慣らされている。そのちょくちょく跳ぶジャンパー野郎が薩摩である。たった五十センチ先にある本やリモコンを取るのにもワープする堕落者でもある。
いなかった人間が現れたのなら、また薩摩だな、としか思わない。
グビグビっとコーヒーを一気飲みした薩摩に、クレームをつける。
「おい、薩摩。勝手に飲むなよ」
「悪い悪い。手の届く場所にあったから、つい」
「地球上にお前の手の届かない場所なんてあるのか?」
悪い意味で距離感のない男である。良く言えば気さくなのだが、人間の心の繋がりや重力は距離の二乗に反比例して弱くなるという概念が分からないので、ガサツな行動を取る事も多い。
「兄上、薩摩兄さんも悪気があった訳ではないのですから。コーヒー味のピッシュサルヴァーは、またすぐにご用意できます」
「悪いな、芽花椰菜。またコーヒー味のピッシュ……なんだって?」
芽花椰菜の用意してくれたコーヒーの銘柄には聞き覚えがない。人工島で栽培でもしているのだろうか。
新しい一杯を作るために、芽花椰菜は棚から玄米茶でも入っていそうな筒を取り出した。よく目を凝らすと、赤い花柄のデザインにバイオハザードマークっぽいのが混じっている。うん、きっと気のせいだ。
「ふーん、ふふふーん」
「芽花椰菜、コーヒー豆はきっと別の缶に入っている。間違った粉末をカップに投入しているぞ」
「兄者のからかいには乗りません。これであっていますよ」
匙をクルクル回して芽花椰菜が作るコーヒーの見た目に不審なところはない。匂いも香ばしい。まあ、そのあたりを抜かる超高度AIはいないだろうが。
「さっきのコーヒーも、同じ原材料か?」
「マイクログラム単位で同じですよ、兄御」
「つまり、薩摩が一気飲みしたのは、コーヒー味のコーヒーではない何かと?」
「ピッシュサルヴァーと言います。名前の由来と違って体が小さくなったりはしないので安心してくださいね。……男性器は除いて」
「おい、今、妹姫らしからぬ単語を言わなかったか?」
出来上がったコーヒーを受け取り、直後にテーブルの隅へと離しておく。最悪の場合、蒸気を吸っただけでも体に悪影響が及びそうだ。
こんなコーヒーもどき、一気飲みなど冗談でもやってはならない。
「うッ、ぐあァ。体が、熱い。あ、うああわァ」
なお、コーヒーもどきを奪い飲みした薩摩に因果応報が訪れるのは早かった。額から汗を流して蹲っている。
「薩摩っ、しっかりしろ! 気をしっかり持て」
「武蔵、くッ。駄目だ、熱くて震えも、ぐわぁ。喉が、ひぎぃ」
「薩摩ッ! お前がいなくなったら、誰に人工島の外への買い出しを頼めばいいんだ!」
「うげっ。くわ、ひァ」
苦しむ薩摩を救うためには、飲んだコーヒーを吐き出させるしかない。
そう思って薩摩の肩を掴んだのだが……男の肩にしては妙に小さくて柔らかい。指を突っ込んだ口も、女のように小さい。
「あれ、急に収まってきたぞ、武蔵。もう大丈夫だ……げふぉバッ?! やめろ、指を、指の先端を喉に突っ込んでくるな!」
「薩摩、今助けてやる!」
「ヤメロぉッ」
「デザインチャイルドの兄君達にもしっかり薬が通じたみたいです。服用から三分で収束。女化薬ピッシュサルヴァーは所定の効果を発揮しました」
俺が薩摩だと思って掴んでいた人物が、妙に華奢な腕で抵抗してくる。その力の弱さに違和感があって顔をしっかり見ると、俺の指は薩摩ではない女の口へと突っ込まれていた。喉仏や胸部を見る限り、女としか言いようがない。
女が突然現れた。薩摩が突然消えたり現れたりする事に慣れている俺でもさすがに驚く。
背徳的、というには趣味が過ぎる状況であるが、女の口へと無理やり指を突っ込んでいる状況を他の誰かに見られたくはな――、
「武蔵君。ぜひ一緒に学園祭の出し物の相談でも――」
――酷く間の悪い事に、シリアルナンバー001、馬鈴薯が教室に現れる。内部の状況を目撃した瞬間にフリーズしていた。
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▼芽花椰菜
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“シリアルナンバー:025”
“通称:妹姫”
“二十五体の星姫候補の中では最も新しい個体の一体。姉妹機を尊敬しており、人類に対してもやさぐれていない素直な超高度AIである。たぶん。
最新鋭機であるため、姉妹機のデータをフィードバックした事により各ブロックが最適化されている。ようするに背丈が十センチ以上も縮んでいる。
学習にやや偏りがあるためか、妹は世界を救うという信念に至っている。女は未来を救うの略語が妹という定義。
外見的には金髪と金の目、ツインテールがキュート”
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