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星姫計画  作者: クンスト
EXTRA 二年目 二〇XX年九月 学園祭
35/109

学園祭 蓮《ロータス》の成果物

 テクテクと次の教室に向かうと、絵具の人工物的な臭気がただよってくる。

 教室の表札には美術室と書かれている。となれば、室内中央で油絵を描いている女子生徒はシリアルナンバー011、ロータスで間違いないだろう。

 ロータスは大きなキャンバスと向き合い、一心不乱に筆で色をりたくっている。美術姫と言われるだけの事はある。

 ただ、絵が立派過ぎる所為で何をデッサンしたものかはさだかではない。


「おーい、ロータス。学園祭で展示する絵でも描いているのか。何の絵だ?」

「………………ホモ・サピエンス」


 俺の知っているホモ・サピエンスは、赤と青の渦巻きで構成され、かつ、緻密過ぎる象形文字が書かれた外見をしていなかったと思うのだが。ホモ・サピエンスよりも木星の方が似ているぞ。


「………………これ、貴方」


 ロータスは脱色した色合いの長髪を揺らして少しだけ振りむくと、絵について解説してくれた。

 物静かで、声を発するまでに間を有するのがロータスの特徴である。会話困難な女であっても、決して不親切という訳ではない。愛想の悪い奴の多い十番代では少数派にも、男子生徒とも会話してくれる超高度AIである。


「この現代アートが俺っていうのは信じられないが、どうして俺を描いてくれるんだ?」

「………………計画の成果?」


 短い言葉の中に多数の意味を圧縮させたロータスの発言を解読する際には、俺も返事が多少以上に遅れてしまう。

 計画とは、星姫計画の事で間違いないだろう。

 星姫計画の成果となれば、巨大小惑星群『凶弾』から人類を守るためにロータスが考えていた研究の成果と推測できる。

 おそらく胡瓜キューカンバーと同じく、学園祭のためにロータスも自身の研究を発表するつもりでいるのだろう。


「趣味で描いた絵の展示ではなく?」

「………………そう」


 ただし、現代アートを使って小惑星から人類を守る方法が見当つかない。実際には全人類を救える程ではなかったにしろ、超高度AIが好き勝手に研究して辿たどり着いた成果となれば、一目で分かる超技術だというのに。


「俺が風呂に入っている時の絵にしては斬新だな」

「………………お風呂に限定されない。貴方の体験と体組織のすべてを、圧縮情報として積層保存している」


 ロータスにしてはくわしく教えてくれたのだろう。だが、やっぱり言っている事の意味がいまいち掴めない。

 ドロドロとした画風の絵を見ても、これまでの人生が走馬灯のように思い出せたりはしない。デザインチャイルドゆえ、一般的ではない人生を歩んできたとは思う。だからこそ、一枚の絵で表せる程に俺の人生は簡単ではないのだ。



「あれ? 武蔵君だ。クラブ教室にいるなんて珍しいね。どうしたの――ふぎゃぁ?!」



 偶然、廊下を歩いていた一般通行超高度AI、シリアルナンバー024、人参キャロットが卒倒してしまった。俺のそばに来て、俺と同じようにロータスが描いている絵を見た途端の出来事である。

 目から焦点の失われた人参キャロットが足元に倒れている。事件性を感じるが俺は第一発見者に過ぎないぞ。


「……うっぷっ、情報酔い」

「大丈夫か、人参キャロット?」

「まだ気持ち悪い。異常負荷で実体がフリーズしたぁ」


 脈拍および胸の上下から呼吸の有無を確認し、迅速なる蘇生処置に取りかかるはずが、しくも人参キャロットは独力で復活してしまった。

 本調子とはいかないらしくクラクラしていたので、座らせたまま教室の壁にもたれさせた。


「情報酔いって、特に珍しいものはない。ロータスが絵を描いているだけだぞ」

「その絵が問題なのっ! あの絵に圧縮されている情報量がありえない程に過密。一枚のキャンバスに武蔵君の個人情報のすべて、脳のニューロンネットワーク図やらDNAやらが全部詰まっている。簡単に言えば、武蔵君完全収録図鑑」

「俺にはちょっと不気味な色合いの現代アートにしか見えないが?」

「情報が高圧縮されているから超高度AIでないと読み取れない。超高度AIだと読み取れる情報が多過ぎて酔っちゃうけど」


 超高度AIが口元を押さえて気持ち悪がる。レアな光景であるため、いまいち共感が難しい。人間でたとえるとどういった状態なのだろうか。


「大きな図書館に収蔵される本の文章すべてを書き込んだ〇ンキパンを食べさせられた感じ?」

「それは消化に悪そうだな……」


 脳のシナプスだけでも1ペタバイト以上の容量があると言われるが、ロータスのキャンバスには更に、一人の人間が築き上げたアイデンティティ――成長過程で負った傷、髪の長さ、腸内細菌の分布まで――も万遍まんべんなく描かれているという。

 病的なまでに緻密なキャンバスと専用機械。この二つがそろえば、記憶も完全に受け継いだコピー人間を製造できる。超高度AI達はそれだけの技術力を既に手にしているらしい。


「すごい。これが噂に聞くロータスの人類救済案ね。人類をデータとして保存しておき、『凶弾』落下後、環境が落ち着いてから人類再生を目指すという。似た案はあったけど、記憶も含めて完璧によみがえらせようとしたのは彼女だけ」


 恐ろしい話である。

 何より恐ろしいのは、データ保存について俺が一切承諾していない点である。


「………………去年。描いてもいいかって、いたけど?」

「美術のモデルになる以上の決断が求められていたなんて気付けるかっ」


 ロータスがぽつんと座っている美術室の壁には、俺以外の人間を描いたと思しき奇作が壁に並んでいる。枚数を数えると、丁度、男子生徒の人数と一致した。

 キャンバスの中で苦しむ大和達の顔を幻視するが、かざられている分にはただのデータ集に過ぎない。きっと勘違いだ。

 一種のセーブポイントになっている美術室には立ち入らない。終始、廊下からロータスに声をかける事しかできなかった。


「正直に答えろ。誰の指示で俺達を描いた?」

「………………馬鈴薯ばれいしょ


 すべての事件の黒幕はあのイモ女だというのか。


==========

 ▼ロータス

==========

“シリアルナンバー:011”


“通称:美術姫”


“二十五体の星姫候補の中では最も芸術肌な個体の一体。昼夜問わず美術室の中央でキャンバスと向き合っている。こう学生の間で噂となっており、実際、睡眠デフラグ中も半自動で実体を動かして描き続けている。

 人間、超高度AIどちらに対してもコミュニケーションは消極的である。無口な点では黒米ブラックライスと似通うが、あちらは事務的に会話をこなすだけ。ロータスは簡素な口調であるものの愛想がない訳ではない。

 白に近い色合いの長髪は、席から立ち上がってギリギリ床に接しないぐらいに長い。

 超高度AIとしての初期設定では人間科学に特化していたはずだが、人間の分析に傾倒し過ぎたきらいがある”

==========





 コツコツと廊下をハイヒールで歩く音が響く。


「――いい絵ね、ロータス

「………………うん」

「ええ、本当に。地球上に実物が残っていなければ、もっと希少価値が高まっていい絵になると思うけれど」

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― 新着の感想 ―
[一言] つまり、この絵を複製すれば、 馬鈴薯の部屋に飾って、逆ハー?!
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