学園祭 胡瓜《キューカンバー》の成果物
「学園祭を開催しましょう」
……突然、何を言い出したのか、このイモ女。
ホームルームを司会進行する女子生徒にして、星姫学園の生徒会長にして、世界で最も賢い超高度AIの一体にして、人工島最高権限所持者でもある女が突然言い出した。
男子生徒は困惑気味である。
年間スケジュールでは、学園祭は組まれていない。パーソナル端末でも確認した。
「馬鈴薯。この季節の行事には、お月見しか書かれていないんだが?」
「それは人工島が宇宙脱出を果たした場合のものでした。ぶっちゃけ、カモフラージュです」
なるほど。成層圏を脱出すれば、地表からよりも大きな月が見えたかもしれないな。
「ごほん、学園祭を開催しましょう」
人類は騙せても、俺は騙されない。
無事に星姫計画を達成して、俺も酸素欠乏症になる事なく病院から退院を果たした。
地球を掠めた『凶弾』も無事に重力ターンで地球圏から飛び出している。次に地球の衝突コースに乗るのは早くて三百年後と言われている。三百年も準備期間があれば、超高度AIの指数関数的な技術発展により、確実な対処が可能だろう。
数十年ぶりに頭上を見上げなくて済む解放感を味わう人類に悩み事はない……と言いたいが、俺達は大きな問題を抱えている。
「学園祭を開催するどころか、学園そのものの存続が危ういのでは?」
「それとこれとは別です。忙しい日々を終えたのですから、ちょっとぐらいご褒美で学園生活を楽しんでもいいじゃないですか」
部活や仕事を頑張った帰り道にコンビニでアイスを買う、のとは訳が違うと思うのだが。
星姫計画を完遂した今、人工島の是非を巡り国際社会は議論を続けている。最終的にどう決定するかは分からないが、超高度AI特区であった人工島を閉鎖し、星姫候補だった超高度AI二十五体は製造元の国に帰還するべき、という意見が多数派だ。これまでの特例や異例を正常化しようとしているのだろう。
人工島が閉鎖されようとしているのだから、星姫学園も連鎖的に閉鎖されようとしている。こういった状況下で学園祭を開催している暇はない。
「そういった訳で、学園祭を開催しましょう」
どういった訳なのか説明して欲しい。
百歩譲り、星姫学園のバラン――寿司の合間に挟まれている草のイミテーション。食用ではないのは実食で確かめた経験がある――に等しい男子生徒に詳細を説明しないのは、いつもの事なのでスルーしてもいい。
けれども、教壇に立つ馬鈴薯と同じ超高度AIたる女子生徒の多くも困惑しているのだ。情報同期を行うべく、隣同士で顔を見合わせている。
「何か意見がある人は挙手を。なお、私は皆さんの管理者権限所持者です」
ニコっ、と微笑んでいるだけで完全なる強権行使だ。
反対する理由も権限も持たない生徒全員の無言の許諾により、学園祭開催が決定したのだった。
学園祭となれば出店や催し物を考えなければならない。クラブ活動を行っている学生ならば、特に考えずに部活の特色を活かした店を出せばいい。
「長門君―。お姉さん達は、創作料理のお店にしましょーかー?」
「あ、あの、里芋さん。物質プリンタは調理道具に入らないと思うんですけど……」
問題はクラブ活動を行っていない生徒である。
俺を含めた男子生徒は約半数。女子生徒は三分の一が未所属新人だ――女子生徒は生徒会や島の管理部門のいずれかに属するため、完全に未所属という訳ではない。
一人で店を構えるのは困難なので誰かを誘ってみるか、あるいは、他の誰かの元へと馳せ参じるか。大和の奴がまだ入院中でなければ一緒に考えたというのに。ちょっと深宇宙で救出が遅れたくらいで入院生活とは、体の弱い。
「とりあえず、よさげなクラブがないか巡ってみるか。料理クラブ以外で」
生物の肉を用いずにタンパク質を合成する。
そんな生命に優しく冒涜的な調理を開始している料理クラブをスルーする。長門君が廊下を歩く俺へと手を伸ばして――長門君以外にも未知の合成食材の六本脚がドアから伸びていたようにも見えるが、きっと気のせい――いたが、仲睦まじい二人の間に割り込むなど、俺にはできない。
まずは文化系クラブが集まる地帯に足を向ける。学生人数の少なさもあって普段は人の気配のない場所なのだが、学園祭決定の影響もありそこそこ人の動きがある。
「あれー、武蔵君。何してんの?」
「胡瓜こそ、生徒会の仕事はどうした?」
シリアルナンバー024、胡瓜が教室の窓のサッシに肘をついて俺を呼び止めた。
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▼胡瓜
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“シリアルナンバー:024”
“通称:SNS姫”
“二十五体の星姫候補の中では最もオタク肌な個体の一体。近代文化の調査、保全に精力的で、自ら種火となって炎上し、火を絶やさない。
美人揃いの姉妹機に負けない顔立ちの割には、世間からも男子生徒からも残念な女というレッテルを張り付けられてしまっていて、取れそうにない。腐っても超高度AIなので勝てる相手ではないはずだが、見くびられるケースが多発。DoS攻撃に晒される日々である。
外見的にはキュウリ色の髪と目の下の隈が目立つ。
内面的には倫理学に特化していたはずだが、どうしてこうなった”
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胡瓜は馬鈴薯を頂点とする生徒会に参加している。たしか、役職は書記だったはずだ。クラブ活動は行っていなかったはずである。
「生徒会員だからといって、出し物が免除される訳じゃないからねー。しぶしぶと用意してんの」
「お前が出し物ね。半世紀前のレトロゲームでも展示するつもりなのか……って、おい、これは何だよ」
胡瓜の背後に見える教室の内部には、完全密閉型の医療用ベッドが並んでいる。主に、体が欠損するレベルの傷を負った患者向けの治療器具であるが、先進国の首都病院に数台あるかないかの超高級品だ。
それが、教室内に六基ほど贅沢に並んでいる。
「あー、これは私の作品だから、人類の皆様が使っているのとは別だよー」
「……もしかして、星姫計画の成果物か??」
「そっ。新しい出し物を思いつくより効率的でしょー。廃案になった私の成果をリサイクルして活用しているのよ」
「お前の案って確か、人類を電脳空間に誘う系だったよな」
「不評だったので、即ボツにしましたー」
ボツにしながらも水面下で研究を続けていた癖によく言う。
……寝ている時に拉致られてたので覚えていないが、何を隠そう、俺は胡瓜の計画に囚われた経験を持つ被害者だ。クリア不能のフルダイブ系ゲームに浸されて、二十四時間以内に脱出できないと体を溶かされて電子生物化するタイプの災難だった。
半笑いの殴りたくなる顔を見せる胡瓜は、大丈夫と手をヒラヒラ振っている、
「まぁまぁ。体を融解させる機能はオミットしておいたから、普通のフルダイブゲームになっている」
「脱出機能のない仕様を先に改善しろよ」
「そこは今、テストプレイで確認中―」
胡瓜が教室の黒板のスイッチを入れる。と、映し出されたのは仮想空間の映像で……大和らしき男が姫様っぽい格好の胡瓜(目の隈なし)と向き合っている。
『――大和様。世界をお救いください』
『姫。世界を救えば元の世界に戻れるって、本当ですよね?』
飲み込み損なった唾が気管に入って咳き込みまくる。間違いしかない間違い探しの絵を見せられた時のリアクションである。
いや、大和が残念なAIを姫と呼んでいる理由だけなら分かる。
このフルダイブ型のクソゲーはゲームスタート時の記憶が抹消されてしまうのだ。そんな状態で文明レベルの低い街並みを目撃したプレイヤーは、あたかも異世界転移してしまったと錯覚を受けてしまう。
「大和がどうして??」
「病院で暇していたからー。低酸素で壊れた脳細胞を治している間にプレイしてもらっている」
「クソ。大和、気付けッ。そこの女は元凶だぞ! いますぐ刺し殺せ!!」
異世界転移の主人公となってしまった大和が、異世界の人類国家の姫に扮した胡瓜に迫られている。
『はい、世界が平和になれば、ゲームクリア……いえ、王都防衛に利用している魔的リソースに余裕が生まれます。王都の魔力すべてを用いれば、大和様のご帰還も叶うでしょう。まずは冒険者としてギルドに――』
『――ちなみに、たった一人を送り戻すのに王都すべての魔力が必要なのに、どうして俺を召喚できたのです?』
『……え? それはですね、同じ世界でも行くと来るとでは消費エネルギーが異なるのです』
あまり練られていない世界観をツッコんだ大和に対して、ゲーム内の胡瓜がその場で考えた回答を答える。
『つまり、来させるのであれば省エネルギーで可能と。だったら、超高度AIの誰かを呼びましょう! 俺が苦労するよりも、超高度AIに世界を産業化させた方が早いです』
『……いやいやいや。召喚魔術は誰かをピンポイントで呼べる訳ではなく』
『俺の運なら一発ですよ。とりあえず、胡瓜でいいか。アイツが島からいなくなっても気付く奴いないだろう』
「はぁぁアあっ?! 気付くし! 皆、心配してくれるしーっ!! 黒米とか事務処理的に無言でモーニングコールしてくれるんだぞ」
ゲームの内外両方で胡瓜が喚いた。
まあ、テストプレイヤーとして大和を選んだのがそもそもの間違いだ。アイツが敵を倒すとすべてレアドロップになってしまう。バランス調整にならない。
『その人物の才覚が高いほど、必要となる魔力は大きくなるので駄目です!』
『……え、でも胡瓜は世界で最も栄養価のない奴なんだろ?』
『キュウリをなめんなよーッ』
大和の奴は放置しておいても問題なさそうなので、俺は次のクラブを目指して歩き始めた。




