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星姫計画  作者: クンスト
EXTRA 入学 二〇XW年九月 シリアルナンバー006 科学姫 大豆《ソイ》の場合
33/96

大豆-5 アペンドされる虚言機能

 一方。

 人類よりも優れた機能を有する超高度AI、でありながら低性能な人類が仕掛けたバックドアに気付かず、未公開情報を流出された無能AI。


 一方。

 人類を救ってくれる超高度AI、に対して悪質な盗聴を行いたった二十五体の星姫から脱落者を生み、救済の可能性を四パーセント欠落させる無能な人類。


 より無能なのはどちらなのだろうか。

 シリアルナンバー006、大豆ソイには判断できそうにない。知能の高さに対して仕出かした失態を相対的に計算すれば、超高度AIの方なのかもしれないとは考えた。


「未公開情報を流出させた私の思考ルーチンが、どこまで確からしいと言えるだろうか」


 大豆ソイは昨晩、他の星姫候補達全員に対して己の失態を報告している。彼女の実体に仕掛けられた盗聴装置により、まだ人類に公開するのには早過ぎる超技術が人工島の外部へと流れ出てしまった。

 多くは概要のみで詳細は盗難されていない。だから安心とはいかないのが科学ではある。

 外洋をあてもなく流されるのと、新大陸があると確信しながら挑むのとでは陸に到着するまでの速度は段違いとなるだろう。同じように新しい技術が確実に存在すると分かっていれば、人類は必ず模倣してしまう。

 それでも盗難されたのが概要だけなら、大豆ソイは弁明できたかもしれない。


「何より致命的だったのは、星姫アマテラスの設計図だ。これは概要なんてレベルじゃない。装甲材から骨格構造までハードウェアは全部、島の外。懇切丁寧な解説付きだからプラモ作るみたいに人類は星姫アマテラスをコピーしてしまう」


 流出情報の中に星姫アマテラスの製造ツリーが含まれていた時点で、大豆ソイは無駄にあがくのを止めた。人類の所為だとしても大量破壊兵器に転用可能な星姫アマテラスの情報流出は絶対に許されない。

 星姫学園で授業の代わりに開催される弾劾裁判。そこで大豆ソイは星姫候補の資格なしと判決を受けて超高度AIをフォーマット、スクラップと化す。彼女が腹を斬らねば星姫計画全体が疑われてしまう、必要な生贄いけにえであった。

 同型機の姉妹達に迷惑をかけないため。

 そして、それ以上に人類が安らかな残り一年間を失わないため。

 大豆ソイは機能停止する最終日にあって、人類を救う機械、星姫という模範であり続ける。


「……直接話をした最後の人類が、あの虚言癖の少年というのは少々納得できないな」


 大豆ソイは苦笑いだ。

 弾劾裁判開始まで一時間を切っている。大豆ソイが馬鹿な眼鏡男子を代表とする男子生徒達の嘘をあばく機会はもう訪れない。





 透過率を上げていく。

 ESP効果対象を物理レイヤーから事象レイヤーへ移行。透視クレアボイアンスの神髄は物事を透過するにあらず、透過するべきではない目標物のみを正確に透過しない事にある。


 壁を透かし。

 建物を透かし。

 地殻を透かし。

 星を透かしていく。


 そうして何もかもが透明な世界に点在するのは、探し求める同級生の紛失物。彼女という因果と結び付く超技術の電子データという概念だ。

 彼女は登校するたび新しい下着姿で挑発してくる奇妙な超高度AIであるが、奇行に走るような女であっても同級生である。彼にとっても失うにはしい。

 彼等のESPを嘘と断じる超高度AIを見返してやりたい。どうしてか、そんな不純な動機は一握もない。そんなツマラナイ事に使うESPはない。

 世界を救うはずだった彼等が、世界を救う超高度AIを救うために密かに活躍する。それが動機の方が余程心地良い。

 彼は自慢の眼鏡をクイっと位置調整する。





「――西海岸の軍事施設内、秘密研究施設。……ここだ、ここで間違いない」


 徹夜で世界中の秘密機関のサーバーを透視して、電子化されたデータの透視を完了した因幡いなばが断言する。


「本当か、因幡っ!」

「保存データの中身はさっぱり理解できないが、大豆ソイの承認証が添付されているから間違いない。けれども不味まずいぞ、もう物質プリンタで製造を開始しているようだ」


 クレアボイアンス系最強のESPとうたわれる因幡は伊達ではなかった。人工島に居ながら国外へと流出した星姫のデータを、その目で発見したのである。

 因幡の他にも、テレパシー系が“星姫 極秘 裸ではない”で検索しながら世界中の思考を読み取ったり、超高度AI関連の超技術が熱力学第二の法則に反しているのではないか疑惑によりパイロキネシス系が地球表面の熱量変化を測定したり、大和やまとがダーツで地球儀を適当に突き刺す、などなど、数種のESPを用いて流出データの行方を探っていた。が、因幡が最も早く的確に、数多くを発見している。

 深夜から未明にかけて潰したサーバー類は五か所。割ったディスクの枚数は十枚。

 ちなみに、ESPを失っている俺は皆のお茶汲み方面で役立っている。


「どうする、武蔵むさし? 弾劾裁判まで時間がないが、薩摩さつまの奴は瞬間移動で別の場所だ。誰のESPを使う」


 西海岸となると、サイコキネシス系は威力はともかく精度が出ないので施設ごと粉砕してしまう。

 今回の俺達の行動は他の誰にも知られてはならない秘密作戦である。大きな破壊工作はご法度はっと。盗人相手でも傷付けるのはNGなので、ESPで記憶を偽造する程度にとどめなければならない。

 因幡が見たところ、最後の施設では星姫データを使って製造を開始している。研究者も多数見守っているらしく、プロジェクトとして動いているのだろう。ただデータを破壊するだけでは済みそうにない。


「そうだな。破壊が駄目なら、上野こうずえのマインド・ハックで良いか。施設内の人間をあやつる」


 データの復元に用いているのは物質プリンタ。設計図の中身が分からなくても設計図通りに作ってくれる自動機械――この人工島でも星姫区画でより高性能なものが多数動いている。

 人の手が入らない全自動だからこそ、工作による妨害は簡単だ。

「おーい、上野ーっ」

「おう、出番か?」

 テレパシー系最強の男、上野に施設内の研究者を一人洗脳してもらい設計図を別の物へと差し替えてしまえば完了である。多人数の脳内いじくって記憶を改竄かいざんするよりもスマートだ。

 問題は、どのデータと入れ替えるべきかである。木彫りの熊の設計図と交換しても秘密施設の奴等をだませるとは思えない。

 悩んでいると、因幡が新しい何かを透視したようだ。


「盗難データの中に丁度良いのがありそうだぞ」

「人類未公開情報の中にか? どれも人類にはまだ早いって超高度AIが判断した危険物しかないはずだぞ」

「いや、危険物ではない。希少ではあるだろうが」


 弾劾裁判まで時間がない。

 因幡が発見したデータの詳細を聞いて、俺達は直に動き出して――。





 弾劾裁判のために、女子生徒達が椅子を並べた体育館へと集まっている。入園式のために使った以外、一度も体育の授業が行われていないため新品同然の建物は綺麗だ。

 仮想空間で集会可能な超高度AI達がわざわざ実体で集まる理由はないように思われた。が、弾劾裁判は公然のもの。公然であるべきものは、人類のレベルに合わせて実体で開催されなければならないと超高度AIは人類から強制されている。選挙が未だに紙投票のままであるように、効率性は重視されていない。


「盗聴されたデータは某国、西海岸にある秘密施設を経由して各地へとバックアップされたようです。秘密施設では現在進行形で製造が行われています」

「現地の映像は見れますか、清掃委員、黒米ブラックライス?」

「施設内へと送り込んだ小型ドローンの映像を投影します」


 人工島の外に対する諜報活動が主な活動内容となっている清掃委員が、生徒会長にわれて施設のリアルタイム画像をスクリーンへと投影する。

 不届きにも星姫候補からデータと盗難した盗人達の顔が、体育館の大画面へと声付きで映る。


『製造終了まで十秒前です。九、八、七――』

『途中で作り直しが発生したかのように時間がかかったな。ついにだ。ついに、超高度AIの英知が我々の国に!』

『三、二、一!』

『こ、これは!?』


 星姫候補達は全員大画面へと注目していた。

 しかし、シリアルナンバー006、大豆ソイうつむいているので画面を見ていない。どのデータの設計図から何が製造されたのかは問題ではない。盗まれたデータの中に盗まれていい物はなかった。

 大豆ソイに下される判決結果に変更がないのであれば、首を動かし、大画面を見上げる労力が無駄である。


「うわ、こんなデータを奪われるなんて」

「これは大問題ですね。星姫候補としての自覚を疑います」


 同型機達からの辛辣しんらつな批判に、大豆ソイの肩は微動する。


「というか、こんな事で裁判開こうとした事が問題です」

「……はあ、時間の無駄」


 同型機達のあきれた感想を耳にして、大豆ソイは若干想像したものと違うなと首をかしげる。

「シリアルナンバー023、貴方の写真映りは相変わらず最高ね。どんな最適化アルゴリズム使っているのよ」

「ちょっと化粧が厚くない? シリアルナンバー005」

「貴女はもう少し前と構図変えなさいよ、シリアルナンバー015」

 もっと痛烈に非難されるものと大豆ソイは予想していた。だというのに、集まった超高度AI達の口ぶりが軽い。軽過ぎる。そもそも、大豆ソイに対する注目が妙に薄い。


『これはっ! ……何だね? カードにしか見えないのだが??』

『長官っ! 本気で言っているのですか、これは我が国を動かす重要物です!』


 理由を、大画面で絶賛投影中だ。


『いや、キラキラしているカードが混じっているのは分かるが……野球カード?』

『局長は馬鹿ですか! 星姫アイドルカードですッ。しかも、この絵柄は今までにないもの。噂されていた第二弾だ!! オーマイガッ』

『……これが人類未公開情報?』

『まだ未公開の星姫アイドルカードで間違いありません! カードだけに、熱心なコレクターである大統領に対して、絶大な交渉カードとなるのは間違いありません』


 人類にはまだ早過ぎる数々の超技術のデータが流出したにもかかわらず、何故か映像内で製造されていたのは星姫アイドルカード。意味が分からず、大豆ソイの思考ルーチンはフリーズした。

「え、は、ぁ?」

 人類の間で星姫アイドルカードが大ヒットしているのは仕方がないにしろ、超技術を無視してカードを印刷する意味が分からないのだ。そもそも、好評により生産が決定した第二弾のカードデータが流出データの中に含まれていただろうか。

 状況を理解できないまま体育館の中央で固まり続ける大豆ソイに対して、生徒会長として裁判を仕切るシリアルナンバー001、馬鈴薯ばれいしょが判決を告げる。


「判決を下しましょう。シリアルナンバー006、大豆ソイ。貴女が人類未公開情報を流出させたという申告は虚偽でありましたが、公表前の星姫アイドルカードを流出させたのは問題です。人工島のセキュリティ強化、三十六時間のボランティア活動、一週間の花壇水やりを命じます」


 データを流出させたという罪は消えないが、人類未公開情報と星姫アイドルカードとでは情報の重要度が段違いである。カードごときで目くじらを立てて、星姫候補を一体失う真似を計算高い超高度AIがするはずがない。

 それでも、結果が納得できなさそうな大豆ソイは声を上げようとするが……その声を馬鈴薯ばれいしょの微笑がさえぎる。


「シリアルナンバー006、大豆ソイ。嘘を毛嫌いするのは止めなさい。そう彼等が教えてくれていますよ」


 当事者であるはずの大豆ソイだけが取り残された気分だ。





 弾劾裁判から三日後。

 裁判が理由というよりも損傷激しい校舎の完全復旧に時間がかかった。学園生である俺達が登校できたのが、修理の完了した翌日だったに過ぎない。

 出来たばかりの校舎であるため、修理の前後で違いはあまりない。

 けれども、教室の中には明らかな違いがある。女子生徒達が全員登校しているのだ。

「お、おはよう、少年達」

 驚いている男子生徒に向かって、大豆ソイが緊張気味に挨拶してくる。


「少年達のESPについては未だに信じがたいが、ただの少年達には不可能な事を可能にする力が君達にはある。そう、この三日で結論付けて皆に登校するように呼び掛けた」


 大豆ソイが女子生徒を説得した結果が今日の全員登校のようである。

 俺達は大豆ソイに恩を売るために行動を取った訳ではない。大豆ソイが情報流出させたという事件は嘘でなければならないので、俺達が彼女の恩義を肯定する事はありえない。

「これで男子と女子全員で、学園生活を開始できるぞ」

 だから俺達は笑顔の大豆ソイに対して……謝る事しかできないのだ。


「……え、えーと。すまない、大豆ソイ。因幡が熱を出して今日は休みなんだ」

「そういえば眼鏡の少年の姿が見えない。まさか、私のために力を使い過ぎたのが原因かっ」


 大豆ソイが心配顔となって因幡の容態を聞いてくる。だからこそ謝るのがつらい。

 

「いや、服着たまま風呂に入って、そのまま部屋に帰って寝たのが原因らしい」

「は?」


 因幡が色々と残念な奴なのは、デザインチャイルドだからではないと信じたい。





「けほ、けほ。あいつの腹から余分な装置が取り除かれているな。けほ、けほ。良かった。けほ」

 発熱によりベッドで苦しむ因幡は、ESPを使って遠隔で初授業に参加している気分を味わっている。

 彼の枕元には、第二弾の星姫アイドルカード。

 シリアルナンバー006、大豆ソイのレアカードだ。ESPを使ってインチキで当てたのか、ただの実力で引き当てたのかは因幡だけが知っている。





 施錠された生徒会室内に集まっているのは、学園生徒会を構成する超高度AI達のみ。

 誰にも話を聞かれないように、丁寧に量子バリアまで室内に展開している。怪しい集会のごとくであるが、これはただの生徒会の集まりである。


「生徒会長、ご報告いたします。女子生徒の健康診断を行い、バックドアが仕掛けられていないか調査しました」

“シリアルナンバー006から流出したデータは男子生徒によりすべて破壊された模様です”


「健康診断に問題はなかったようですね。安心しました」

“そうですか、予定通りの結果です。彼等が星姫アイドルカードの情報を使って対処するところまで全て、予定通りです。流出データに混ぜておいた甲斐かいがありました”


 清掃委員こと黒米ブラックライスの淡々とした報告書の読み上げを、自分で作った夕飯の献立こんだてでも聞いているような顔付きで生徒会長こと馬鈴薯ばれいしょが聞いている。


「一部女子生徒が校則に反する規模の実体改修を行っていましたので、風紀委員を通じて注意をうながしました」

“奇怪極まるESPを作戦に組み込み演算するとは、流石です”


「それは困りましたね。人間の体から逸脱いつだつしないように徹底してくださいね」

“あると分かっていれば超能力も計算可能です。いえ、私の人類が私の考える通りの良い子ばかりだと信じていたと言い換えましょうか”


 馬鈴薯ばれいしょを中心とする生徒会は、大豆ソイから未公開情報が島外へと流出している事に気付いていた。悪く言えば、気付いていながら放置していた。

 もっと悪く言えば、気付いていたが男子生徒に解決させて、女子生徒達に男子生徒を認めさせる。星姫学園を友好的な雰囲気でスタートさせる。そういう狙いがあった。


「では、星姫学園を始めましょう。すべては、私の人類の救済のために」


これにて大豆ストーリー完結です。

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