大豆-3 虹色の一週間
人類救済という難題に立ち向かう星姫たるもの、精神に重大なエラーが生じたぐらいではフリーズしていられない。人類から無茶苦茶な事を言われるのは慣れっこだ。
教室から逃走した翌日、大豆は再び教室のスライド扉を強く開く。
「窓に反射する私の横顔から反応を窺っていたとは、姑息な少年達だ。けれども、それなら対策は簡単。カーテンを閉めれば良い」
女の横顔を見ただけで下着の色を言い当てる男子生徒を超能力者と呼ばず何と呼ぶのか。まあ、流石の因幡もそこまで高度な変態ではない。奴が見ている世界の肌色率がちょっと高いだけである。
女子生徒の出席人数は相変わらず少ない。授業を開始して星姫学園の生徒として一歩を踏み出すためには、星姫達に超能力が俺達の個性であると受け入れてもらう必要がある。
視力の低い人が前の席が優先的に割り当てられて、高い背丈に合わせて家の天井を高くする。そういった範疇に超能力を加えて欲しい。デザインチャイルドの身勝手な我侭かもしれないが、同じ学園の生徒ならば許容して欲しい。
そのためには、超能力を否定している大豆に超能力を認識してもらう必要がある。カーテンを閉めるぐらいの手伝いは進んで行おうではないか。
「これで私の顔はどこからも見えない。さあ、虚言少年、私の下着の色を言ってみろ」
……この星姫候補、仮にも世界を救ってくれる一人なのだから、もう少し発言に注意するべきではなかろうか。
「そこまでの覚悟があるのなら仕方あるまい」
「いや、因幡。そろそろ自重したらどうだ?」
「この女は女としての恥をかけて俺に挑んできている。ならば、俺も男としての世間体をかけて挑戦を受ける義務があるだろう」
なるほど。女と男の戦いか。眼鏡の位置をカチっと調整しながら言われたので、妙な説得力を感じるぞ。
「お前の下着の色は……水色だ!」
「科学は、負けていないーーーっ」
大豆が走って逃げていったので、今日も授業を開始できない。
科学姫VS因幡の炎の一週間を振り返ってみよう。
まずは月曜日。
「良く考えれば教室に来た時点で姿を見せていた。扉から入る時点でパーティションの裏に隠れていないと意味がなかった」
「今日は藍色か」
即死した月曜日の次、火曜日。
「シュコー。シュコー」
どこかの星から降り立った宇宙飛行士が、分厚い姿で入場してきた。こんな個性的な学生服着た生徒、教室にいたっけ。金色のバイザーが下ろされている所為で顔が分からない。
「シュコー。シュコー」
「どちら様で?」
「シュコココー」
ちなみに宇宙服は一着、一千万ドルと言われる。地球上で着るには動き辛いが、値段だけを考えれば最高のコーディネートと言えるだろう。
「その服熱いだろ。汗だくで橙の下着がびっしょりだぞ」
因幡がそう言って宇宙飛行士を労わると、宇宙飛行士は回れ右をして星へ帰っていく。
水曜日。
教室前面の黒板――タッチパネル式なところが2080年――が壁の裏側から出現したドリルに破壊されて大穴が開く。
「テロリストの襲撃かっ!?」
「星姫達を守れ! サイコキネシス、障壁展開しろ!」
妙に優れた対応力で男子生徒が立ち上がり、女子生徒を守ろうと壁を作る。
『ふはははっ。これが科学の力だ! 合金に四方を守られた私の体! 透視できるものなら透視してみろ!』
ドリルの穴とほぼ同じ大きさ、一.五メートル幅の鉄の四角形がせり出してきた。中から大豆製品っぽい声が聞こえるが、納豆パックのお化けではなさそうだ。
「因幡。テロリストが入っているかもしれない透視してくれ」
「ちょっとだけ見え辛いが、赤い下着が派手で視認可能だ」
木曜日。
『KEEP OUT』のテープで封鎖されただけの穴は復旧中。正直、今日中の授業開始は諦めている。
「けぇぽうたって何だ?」
「因幡……お前、本気で言っているのか?」
透かして見るのは得意でも、見えるものをそのまま見るのは不得意な因幡がテープの文字を読めていない。超能力が強力な分、強弱の調整に難があるのだ。
可哀想な因幡を憐れみながら授業を開始しない始業ベルを待っていると、テープを突破して穴の中から現れる浮遊モジュール二基。
「今日こそは、今日こそは科学が勝つ。この最新技術で!」
次はどんなネタで現れてくれるのか若干楽しみにしていた大豆の声。
主を迎え入れるかのごとく浮遊モジュールが教室の端と端へと移動した。大豆がもう少しで現れる。こう予感した男子全員の目が穴へと集中する。
瞬間、浮遊モジュールから放たれる極太のレーザーに目を焼かれて叫ぶ俺達。
「目がァ、目がぁあッ」
「何の光ぃぃ」
「ここは人工島のはずだ。都市条例に配慮した謎の光演出はいらないだろうに!」
レーザーに焼かれた大気がプラズマ化しているのか、左右の浮遊モジュールから水平発射される極光が教室前方に満ちていた。レーザーに焼かれて教室が更に破損してしまって酷いものである。
ただ、レーザー光が強力なのは認めよう。穴から出て来ているはずの大豆の姿が全然見えない。
「破壊力不足で星姫への搭載を断念したとはいえ、虚言少年の目には痛かろう」
「確かに眩しくて目が痛い。緑の上下で癒されなければ視力が落ちていたかもしれない」
一切授業を行っていないのに金曜日。
授業がないのに朝から全員出席している男子達。まあ、朝から授業よりも楽しい科学姫の演出が見られるのだから、欠席などありえない。
『虚言少年は共感覚の持ち主だ。目で見て得られる情報を視覚としてだけではなく、臭気や味で検出できる。超高度AIの実体でも判別できない微細な環境変化を、複数の感覚により鋭敏に見分けている。そうなのだろう?』
特異能力たる共感覚を許容するのなら超能力も許容してはどうなのだろうか、科学姫。
『宇宙服でも防げないのであれば仕方がない。奥の手となるが、星姫区画のガーディアンで少年に挑む!』
さて、大豆がどこから登場するのだろうと期待していると、窓の向こう、グラウンドを越えた先にあるプールで異変が起きる。五十メートルプール全体が横スライドして下から発進口が現れたのだ。
垂直レールが伸びると、全長十メートルの重量物が投射される。
一度高度を取ってから校舎へと降下してくる。噴射器が下腹部と足裏に見えるのだが、位置調整以外に使用していない。つまり、屋上の強度のみで支えられるかというと――、
『星姫プロトタイプ・マーク6。出動!』
――屋上をぶち抜いて、ダイレクト出席した超高度AI製の二足機動兵器。星姫計画の副産物に過ぎないというのに、世界各国のどの主力地上兵器にも圧勝するという超兵器である。
そんな物に乗って教室に現れれば、日々破壊が進んでいた教室前方がついに学級崩壊してしまうのは仕方がない。
「げふぉ、けほ。砂埃が」
『耐ABC装備は万全だ。このマーク6の装甲を突破できるのは完成した星姫ぐらいなものだぞ! さあ、今日こそ科学が勝つ!!』
下半身を下の階に埋めてどうにか停止した機動兵器はどことなくレイドボスっぽい。
戦車でも倒せない超高度AIの人類未公開技術の塊に対するは男子生徒。うーぬ、戦闘系を十人も選抜すれば停止に追い込めるか。
“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー006宛
星姫候補三分の二以上の嘆願により、シリアルナンバー006の行動に制限。流石に壊し過ぎよ”
『へっ? わァッ』
ふと、頭部がカパリと開く。
機動兵器をダイレクトコントロールしていた大豆が強制排出されて出てくる。海賊入りのタルへとナイフを刺していく残虐玩具みたいな感じに大豆は放り出されて、亀裂だらけの床へ落下していく。
超高度AIの実体は見かけ以上に高性能なので落下しても壊れはしないだろうが、受け止めない理由にはなりえない。だから、落下地点へ向けて動いていた男がいる。
因幡だ。透視能力で機動兵器の中の様子を見ていたため、初動が誰よりも早かった。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう。少年……」
映画のワンシーンみたいに近距離で見詰め合う二人――注意、アクション映画の主人公と敵がナイフで鍔競り合いを行うシーンではありません。
「ん? 大豆。お前――」
「私をじっくり見てどうした、しょ、少年? どこかおかしいだろうか、私」
大豆の目が、因幡の視線とかち合うのを避けてキョロキョロ動く。
因幡に抱えられたまま居心地悪そうにしているのに、大豆は何故か動こうとしていない。因幡の眼鏡の下にある、男子生徒随一のイケ面を見上げて頬を赤らめている。
因幡も真剣な面持ちで、大豆を凝視したままだ。
犬猿の仲だった二人が密着して動かない。二人とも、どこか壊れてしまったというのか。
「――お前の体、他の星姫候補と違っておかしいぞ? 胸がないのに余分なものが腹に付いている」
因幡の言動が壊滅的なのは昔からだったな。
大豆は最低な男を殴ろうとして三原則により空振り。仕方なく、いつも通り捨て台詞と涙を残して教室から去っていく。
「――(特優先S級コードに抵触)ッ! 虚言癖で痴漢の最低な少年ッ!!」
星姫計画は人類が生き延びる唯一の手段である。
各国、各機関がこれまでの利害を忘れて協力し合うのは当然だ。各国は国家予算の五パーセントを出資して金銭面で計画を支えている。また、計画の根幹である二十五体もの完全独立型の超高度AIを各地で製造。同時に超高度AIが無制限に研究、開発を行うための特区、メガフロートも用意した。
かつてない程の強い協力体制。人類は『凶弾』によって、ようやく一つにまとまったのだろう。
……そうであれば『凶弾』で人類が滅んでも、笑われる事はなかったというのに。
「我が国が建造した超高度AI、シリアルナンバー006の様子は?」
「違う色の下着を毎日買っているとログが出力されています。AI専門チームが行動解析を既に開始していますが、難航中です」
「いや、そういうの良いから。人類未公開情報を入手できたのかね?」
星姫計画に参加した国の一つに怪しい動きがある。超高度AIが人類を救うために開発した技術を不正入手しようと暗躍している様子だ。
「そちらについては吉報があります。006の体に忍ばせた諜報装置からそれらしきデータが。数日中には設計図として提出できるかと」
「素晴らしい。科学姫たる006の人類未公開情報であれば大いに期待できる」
ソフトウェアで勝てる見込みのない超高度AIに対して、その国はハードウェアなバックドアを超高度AIの実体に忍ばせていた。星姫学園の設置により実体での行動が増えたためだろう、そのバックドアがついに機能したのだ。
人工島の外へ持ち出してはならない人類未公開情報。
人類が未だ手を届かせていない未知領域の科学技術。これさえれば『凶弾』から救われた後の世界でも覇権国家であり続けられる。そういった皮算用である。これが人類のしぶとさと誇っているのは人類ぐらいなものだろう。
人類の悪い側面は、終末程度では矯正されない。
「科学姫のお陰で、我が国は救われた後の世界でもトップリーダーでいられるだろう」
そんなものに付き合わされる超高度AI達は不幸だ。




