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星姫計画  作者: クンスト
EXTRA 入学 二〇XW年九月 シリアルナンバー006 科学姫 大豆《ソイ》の場合
30/96

大豆-2 授業延期

 因幡いなば透視能力クレアボイアンスのESP発現体である。同系統の超能力所持者の中では最も強力な力を有する男だ。星雄スサノウに搭載される観測装置として大きく期待されて、研究所にいた頃は俺と成績トップを競うライバルであった。


「くっ、他にいくらでも魅力的な星姫がいるというのに、AAAカップごときで鼻血をれ流すとは不覚」

「はAAAAAAAAAAッ!?」

「いや、そこまでAは付与されない。人前を歩くにはパットを仕込まなければならない程に平坦な胸部をしているだけだ」


 ……この眼鏡の馬鹿野郎、本当にライバルだったのかな。おろかにも入学初日に超高度AIに喧嘩を安値で売っている。お陰で、男子生徒の評価が一気に下落してストップ安だ。

 大豆ソイは分かり易く怒りをあらわにしているからまだマシな方だろう。

 俺達に聞こえないようにこそこそ量子通信で、けれども確実にささやき合っている他の女子生徒達が問題である。


“シリアルナンバー003より、シリアルナンバー001宛

 この男子生徒達は問題ないのでしょうか?”

“シリアルナンバー018より、シリアルナンバー001宛

 やはり遺伝子操作により生み出された生物には精神疾患があると観測される。早急に殺処分すべきでは?”

“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー006宛

 少し落ち着きなさい”


“シリアルナンバー024より、マルチキャスト

 AAAッ、ぎゃははははっ!”


“シリアルナンバー006より、シリアルナンバー024宛

 胡瓜女、私を笑ったなッ。星姫学園サーバー1から10を掌握、シリアルナンバー024、胡瓜キューカンバーの個人サーバーのクラック開始! シリアルナンバー004、015、025協力しなさい”

“シリアルナンバー004より、シリアルナンバー006宛

 協力承認”

“シリアルナンバー015より、シリアルナンバー006宛

 人類相手に怒って馬鹿みたい。勝手にやっていれば?”

“シリアルナンバー025より、シリアルナンバー006宛

 おともいたします、お姉様!”


“シリアルナンバー024より、マルチキャスト

 ぎゃあああッ!? ちょっ、止めッ。私が必死に集めた人類史目録、ネットで起きた炎上事件編が消えちゃうッ”


 学園生活が始まったばかりだというのに女子生徒の多くから白いカメラレンズで見られてしまっている。

 特にスポーティーな青い髪の星姫からは酷く見下されているように感じる。乾いた愛想笑いを向けると、三角コーナーから目を離すように顔を背けられてしまった。

 間違いなく、男子全員がゴミあつかいだ。いまさら弁明してどうにかできる状況ではない。


「は、ははは。私とした事が低知能相手に。透視などあるはずがない。虚言癖の少年に何を言われたところで動じる必要性が」

「髪が紫だから下着まで紫なのか」

「廊下に出ろッ、虚言癖! 八つ裂きにしてやる!!」


 透視で見たままを喋っているだけなのだろうが、因幡がナチュラルにあおり過ぎた所為で大豆ソイの怒りがAIの三原則をオーバーヒート。量子通信で校舎の外から二つの球体モジュールを呼び出してしまう。

 窓ガラスが粉々に吹き飛ぶ。鉄製フレームがひしゃげる。

 そうやって教室に飛び込んで、大豆ソイの両肩、五十センチ付近で球体モジュールが静止する。一呼吸の後、球体が割れて中からギザギザなカッターがり出して回転運動を開始した。


「殺傷兵器呼び出したぞ、この女!?」

「お、俺達は悪くない。因幡の馬鹿野郎が悪いだけだ!」

「星姫様。星姫様。我等、迷える子羊をお助けください」

「せんせー。球体モジュールの持込は校則違反だと思いまーす」


 男子生徒のほとんどが壁際に避難した。俺もその一人だ。

 けれども、元凶たる因幡だけは席から立ち上がったもののそこから動かず、伊達眼鏡の位置を軽く調整している。恐るべき度胸だった。


大豆ソイ、一つだけ言っておく」

「今更、命乞いかっ! もう遅いぞ」

「いや、俺は廊下に出ない。それよりも、まだ自己紹介が終わらないのか。水着姫の番が来ないから早くしてくれ」

「そうか。分かった……、それが遺言かァア!」


 回転する刃に多数の机が切り刻まれてしまったため、授業開始は三日遅れた。




 因幡の所為で女子生徒からの心象が最悪の状態から学園生活がスタートしてしまったが、それでも男子生徒の中に因幡を悪く言う奴はいない。


「誰か因幡と相部屋になりたい奴いるかー?」

「星姫との素敵な学園生活潰した馬鹿とか、俺は嫌だぞ」

「因幡の奴。壁を透視して見えていないんだし、一人部屋でも変わらなくないか」


 悪く言う奴はいないはずだ。

 確かに因幡は許されないが、大豆ソイの態度にも問題があったのである。

 俺達はデザインされている。普通ではない人間であるのは真実である。だからと言って俺達の超能力は虚偽、虚像、妄想ではない。何世代にもわたって繰り返された非人道的な実験の結果に辿たどり着いた俺達のきずなだ。

 俺達はどれだけ否定されても構わない。が、超能力だけは否定されたくない。


「風呂は共同なのか。大和やまと、一緒に行くか?」

「いや、俺は男子寮の全体を把握しておきたい」

「了解。面白い物があったら後で教えてくれ」


 夕食後、相部屋となった大和と別れて、俺は一階にある大浴場へと移動した。

 2080年らしさ皆無のタイル張りに黄色い桶のある風呂には、既に数人先客が湯船に浸かっている。湯の中にタオルをけるのは厳禁なので、皆、頭の上に乗せてリラックス状態だ。

 ……一人だけ堂々と学生服のまま温まっている馬鹿がいるが。


「因幡。服着たままだぞ」

「……お、見えなかったからつい」

「お前のESP。強力過ぎて日常生活に支障きたし過ぎだ」


 最強の透視能力クレアボイアンスに透視できないものは――自分の服も含めて――ない。




 ようやく開始となった授業。

 圧縮記憶を直接脳内に注ぎ込む方式ではない初めての授業だ。それなり以上の緊張感を持って教室を訪れて、大きな声で挨拶する。 


「おはようございます!」


 教室に入ってから気付いたが、やけに人の姿が少ない。

 教室の左半分、男子生徒は一人の欠席もなく授業に出向いている。だというのに教室の右半分、女子生徒の姿が数える程しかない。

「超高度AIも病気になるのか。トロイの木馬かな?」

武蔵むさし、現実を見ろ。ただのサボタージュだ」

 大和にさとされるまでもなく理解している。女子生徒の三分の二以上が星姫計画を大義名分に授業を休んでいるが、それは建前に過ぎない。律儀に出席している星姫達の三通りの態度から、大量欠席の謎を簡単に推察できる。


 シリアルナンバー001、馬鈴薯ばれいしょ

 シリアルナンバー002、里芋さといも

 シリアルナンバー009、玉蜀黍とうもろこし

 彼女達は高度な知性体の対応で変わらぬ態度で俺達と接してくれている。


 シリアルナンバー003、黒米ブラックライス

 シリアルナンバー015、竜髭菜アスパラガス

 彼女達も高度な知性体の対応を見せているが、態度は真逆、俺達を知性ある何かと認めていない。ミドリムシに水泳する姿を視姦されて痴漢と騒ぐはずがない訳だ。


 シリアルナンバー017、分葱わけぎ

 シリアルナンバー023、人参キャロット

 この二人は制服の上からバスタオルを巻いている。可愛らしい透視対策で微笑ましい。


「完全に因幡の透視が避けられているじゃないか!! 因幡、お前どうしてくれるんだっ」

「俺を覗き魔と同一視するとは遺憾いかんだ。俺だって見たくて見ているが、意識して能力を発動している訳じゃない。不可抗力という言葉を超高度AIともあろう者達が学んでいないとは」

「それ、結局透視で星姫の裸を見ているって自白にしかなっていないぞっ」


 生来の透視能力者であるはずの因幡。研究所育ちでなければ、ここまで露骨に異性の体に興味を持つ事はなかっただろう。


“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー006宛

 この状況を作り出した責任を取りなさい”

“シリアルナンバー006より、シリアルナンバー001宛

 どうして私が!”

“シリアルナンバー001より、シリアルナンバー006宛

 超能力が実在しないのであれば、貴方が授業をサボる理由はないはずです”

“シリアルナンバー006より、シリアルナンバー001宛

 ……い、良いでしょう。科学姫の名前は伊達ではない”


 学級崩壊したまま授業が始まるのだろうか。こう不安に思っていると女子生徒が一人、遅れて教室に現れる。

 紫色の髪に白衣の女。大豆ソイである。


「女子生徒の皆、実体を退避させて授業を休む必要はどこにもない。超能力などありえず、透視は存在しない。それを今から私が証明しよう」


 大豆ソイはキャスター付きのパーティションを押しながら教室に入ってくる。上半分が不透明なガラスになっている衝立ついたてだ。

 犯人について証言する隣人が向こう側にいそうな感じのパーティションなので、不透明ガラスの向こう側にいる大豆ソイの表情は一切読み取れない。


「先日はまんまとだまされました。超高度AIの高いコミュニケーション能力は、人間が人間と会話する以上の意思疎通を可能にする。計算された完璧な表情から、そこの少年は私の下着の色を探り当てた。そういう詐欺師のトリックが使われたのはほぼ確実」

「ん、それはつまり、大豆ソイはパットで胸をかさ増ししていると?」

「違うと言っているッ」


 大豆ソイの説明は正しい。表情がまったく見えないのに彼女の深層心理が完璧に把握できてしまう。

 ごほん、とせきをして大豆ソイは因幡に問う。


「虚言癖の透視少年。さあ、この状態で私の何が見えるのかね?」

「――お前の髪色に黄色だとハロウィンっぽい」


 因幡が素直に答えると、大豆ソイは体を抱き締めながら教室を出て行く。パーティションから出て来た一瞬、彼女は真っ赤な顔で泣いていたような。

 結局、本日の授業は休止となった。いつになったら授業が開始するのだろうか。

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