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星姫計画  作者: クンスト
第一章 シリアルナンバー023 歌い姫 人参《キャロット》の場合
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1-2 食堂での相席

 学園の朝は起床のラッパと共に始まる。

 だが、俺はラッパよりも早く目覚めており、既に学生服に着替え済みだ。


「――ラッパなんて待っていられない。だって空腹で死にそうだから」

「……武蔵むさし。それ、人参キャロットちゃんの曲の替え歌? 歌なんて珍しい」


 俺に後れること三時間。ようやく目覚めた大和やまとを急かして着替えさせる。同室の者同士は一緒に行動しないと連帯責任を負わされるのである。大和が遅れて飯抜きになるのは許容できても、俺が飯抜きになるのは致命傷だ。

 二人で部屋を出て、大和の肩を後ろから押しながら食堂に突き進む。

「武蔵おはよー。もう着替えて、君は早いなー」

「ああ、長門ながと君。おはようだ」

「武蔵ちーす」

上野こうずえちーす」

「ビンゴー」

備後びんご―」

 都度、部屋から現れる眠い顔した同級生と挨拶を交わしながら、廊下を走らない速度で歩いた。




 寮は男女で別れているが、食堂は特に必要がないので共用となっている。席についても特に決まりはない。


「武蔵君。ここ空いているなら座って良い?」


 ザワ、とさざ波のような衝撃が食堂全域に伝播していく。女子が俺の目の前の席に座ろうとしているだけだというのに、失敬な。

「腹ペコ武蔵の異名を持つ男に、女!?」

「しかも、人気絶頂の人参キャロットちゃん、だと!? 奴の背後にはウィザード級のハッカーが付いているぞ」

 外野がうるさくてたまらない。そうは思わないか、大和。

「そうか。だから武蔵は金欠になっていたのか。金で感情は買えないが、終末に一人ってのは寂しいもんな」

「大和お前はどんな想像を働かせた! ……はぁ、人参キャロット、どの席に誰が座ろうと自由だ。一緒に食べたければ食べれば良い。面白い話はできないけどな」

「クス。男の子達はやっぱり面白いなー」

 二十四時間ぶりにまともな食事にありつけた俺は寛大だ。男子共の戯言たわごとを無視して人参キャロットの相席に応じる。

 C定食の沢庵たくわんを一枚一枚しっかり噛み締める。そうしながら、人参キャロットが話を切り出すのを待つ。彼女との接点は昨夜の砂浜ぐらいしかない。だから、どうして食堂で相席を求めてきたのか分からなかった。

 俺よりも何千倍、何万倍も知能の高い女が何を考えているのか興味深い。


「武蔵君は私の歌でどれが一番好き?」


 歌い姫らしい問いかけだと思うが、何故俺にいてくる。

「歌、歌ねぇ。マザーグースとか」

「私、その曲歌っていないんだけどなー」

 試験管で誕生してから十歳ぐらいまでは色々あって、十歳から去年までも色々あって、この学園に来るまでは歌を知る機会がなかったもので。

「私に興味がないの? 歌い姫って暫定三位の人気なのに」

「事前考察は公的には認められていない。アングラサイトを星姫候補がエゴサーチするなんてめられた行為じゃないぞ」

「もう。武蔵君って意地悪なんだ。総選挙で私に投票してくれるって言ってくれたのに」


 ガタ、とどこかの席で音がした。誰かが茶碗をひっくり返したのかな。


「暫定では、って話でしかない。人参キャロット以上の適任者がいればそっちに投票する」

「酷いなぁ。武蔵君って女を引っ掛けとっかえしちゃう悪い男の子なんだね。私もその一人?」


 バリ、とどこかの席で箸が折れる音がした。ハンドグリップと箸を間違えたのかな。


「事は人類救済だからな。シビアな査定を行って当然だ」

 丁度、人類救済や総選挙が話題に挙がったので、パーソナル端末を操作してテレビのチャンネルを切り替える。歌い姫が歌い始める瞬間だったので幾人かが残念がった声を上げるが容赦ようしゃしない。

「あー、私が歌う所だったのに」

「恥ずかしいって気持ちにはならないのか。それはそうとニュース番組を見よう。星姫にはもっと詳細な情報が入っていると思うけど」

 切り替えた番組では、いよいよ三ヵ月後に迫った人類滅亡の原因について特集している。


“――という訳で、こちらが『凶弾』の最新の観測画像です”


 地球軌道上六百キロ上空を飛ぶハッブル望遠鏡三世が捉えたもの。宇宙の遥か向こう側……という程に遠くない。もう木星の内側までやってきているそいつの名前は『凶弾』。

 たった直径十キロの小惑星で、人類滅亡としては在り来たりな存在だ。

 正確には俺が製造される前から様々な試行錯誤が行われた結果、直径十キロだった惑星が砕かれて大小数百の破片となり、そのすべてが地球目指して現在も侵攻中なのである。散弾となった事により地球のほぼ全域が被害範囲となっている。

 余計な真似をしてくれたとは思わない。砕かなかったとしても直撃を受けた地域千キロは即死して、その他も惑星気候の変動で滅亡は確定していたのである。


“――いやー、怖いですねー。でも安心してください。発表では星姫計画に遅れはありません。予定の105%で進捗しております。流石は超高度AI、星姫様達です”


 テレビ番組の司会が笑顔で評している事について人参キャロットさん、一言お願いします。

「同級生の前で言われちゃうと、ちょっと照れちゃうよね」

「歌っている所を視聴されるよりも恥ずかしいのか」

 星姫候補達があがめられている理由が宇宙の果てから現れた『凶弾』である。

 人工知能が人類よりも賢くなって早くも四十五年。

 超高度AIとなった彼女達の最初の偉大な発見こそが『凶弾』だった。膨大な観測データをあっと言う間にひも付けた初期の超高度AIが人類へと警鐘を鳴らしたのだ。宇宙局の人々は混乱し、十年ほど経って民間へ発表された際にも大きく混乱したようだが割愛する。

 人類は進化の袋小路におちいるよりも先に、恐竜と同じようにリセットされようとしている。そして、恐竜と同じように成す術なく滅びてしまう直前だ。

 だが、恐竜と異なって、人類はぎりぎり人類以上の存在を創造するのに成功していた。超高度AIという人類以外の知性体ならば、人類にできない事ができて当然・・である。

 このようにして、人類滅亡の窮地は超高度AIたる星姫候補の彼女達に丸投げ……委託された。


 特優先S級コード。


 三原則などより上位に設定された彼女達の存在理由だ。

「そろそろ番組戻そうか。最近発売された私の歌が一通り聴けるから、どれが好きか教えてよ」

「あ、次は占いのコーナーだったのにチャンネル変えた!? 星姫候補だからって横暴だ」

「ねえ、武蔵君は私の歌のどこが好き? 教えてよ」

 人参キャロットは人懐っこい自縛霊のごとく己の歌の評価をたずねてきたものの、朝食時間中に俺は感想を答える事はしなかった。

 朝から、お前の歌は嘘っぽくて全部嫌いだ、と言うような非常識な真似をしたくなかったからである。




 三ヵ月後に歴史が真っ白になってしまうかもしれないのに組まれた歴史の授業が終わる。

 放課後となり、男子学生も女子学生も自由時間を各々楽しみ始める。

 とはいえ人工島から出られない俺達に可能な自由行動は少なく、基本的には毎日同じ行動を取っている。

 一部を紹介しよう。



 一人目。ホームルーム後に真っ先に外へと出て行ったのは走り姫こと竜髭菜アスパラガス

 いつも授業に無関心で人とも超高度AIとも話をしていない彼女であるが、何故か放課後には陸上ユニフォームに着替えていつも走りこみを行っている。体育少女という珍しいジャンルで現在人気が沸々と上昇中だ。歌い姫には届いていないが、まだ三ヶ月あるので結果は分からない。


 続けて二人目。今度は男子から。男子寮の友にして昔からの顔なじみの長門君。

 彼は他男子から殺意のこもった羨望せんぼうを一身に受けている人物である。何故ならこの野郎、分不相応にも料理姫こと里芋さといもと交際中なのである。二人一組になって手を繋ぎ、調理室へと向かっていく。

「行きましょうかー、長門君」

「うん、里芋さといもさん」

 ぶーぶー言われながらも物理的な暴行を受けていないのは長門の人望が高いからだろう。そういう男だからこそ知能が数段高い相手と恋愛できているのかもしれない。


 そして三人目というか実質四人目。次に行動が読み易い相手は今朝も会った人参キャロット

 メディアへの露出が一番多い星姫候補のため、常にスケジュールに追われている。授業を休みはしないものの、電子体だけでもマルチタスクで働いているのだろう。



「ねえ、武蔵君。ちょっと時間取れるかな?」


 ……忙しいはずの彼女だというのに、何故、今日に限って俺ばかりにかまってくるのだろうか。


「ふ、いらん子扱いされていた俺達の秘められた能力。解放の時がやってきたのか」

「ああ。長門君までは許せても、武蔵の奴まで許してはデザインベイビーの名折れ。地獄に落ちろ、ベイベー」

「おーい、誰かペンチ持ってきてくれ。なるべく痛覚に訴えそうな形をした奴!」


 ヒソヒソと喋っている癖に筒抜けの会話をらしている男子共め。バイオポットに沈めて遺伝子を再調整してやるぞ。

「暇はあるが、どんな用事か教えてくれないのか?」

「うん。ちょっとねー」

 笑顔で誤魔化されながら手を引かれて、校舎の外へと連れ出されていく。




 連れて来られた先は昨夜と同じ砂浜だ。夜は気付かなかった海の透明度の低さが、はっきりと分かってしまう。

「それで、ここまで連れて来た理由は?」

「うん。私の歌を、聴いて欲しいんだ」

 歌い姫のオレンジ色の髪が小さくなびく。

「私の歌がどう聴こえるか、終わったら教えて」

 星姫候補シリアルナンバー023。

 歌い姫と呼ばれる程に歌に熱中する彼女の意図は人類には分からない。何故なら、彼女は超高度AIだ。人類では理解不能な思考できっと動いている。


「――夜明けなんて待っていられないっ。だって明日が来ないから!」


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