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星姫計画  作者: クンスト
EXTRA 数年前 シリアルナンバー002 料理姫 里芋《さといも》の場合
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里芋-2 エスケープ


長門ながと系列のESP発現体は、他ESP発現体に対するアラーム機能である事を自覚せよ。所詮しょせんは消耗品でしかないデザインチャイルド共に不具合が発生した時、長門、お前が見たものを念写で我々に伝える義務がある」

「……はい、父上殿」

「異常を検知した際には必ず報告せよ。異常がなくとも随時報告をおこたるな。すべて伝えよ」


 長門の最も古い記憶は、試験管を眺め続ける研究者との会話だった。長門の方向を見ていない片手間の癖に、残酷な責務を押し付けてきたものである。

 同時期に生成された仲間達を裏切って、常に監視し報告しなければならない。


 それが、スサノウ計画における長門の役割であった。


 子供に対して無慈悲な行いだ。許されるべき事ではない。

 ……けれども、外部から隔離された研究所に常識や倫理などありはしない。いや、大人達からの命令を遂行する事こそが研究室説内での常識や倫理であるため、長門は素直に従った。


「僕は僕の見たものをありのまま、父上殿にお伝えいたします」


 従うように特別な調整をされた長門系列のデザインチャイルドに、反抗できるはずがない。




 珍しく研究所外で行われた訓練にて、大きな問題が発生する。

 個体識別名、武蔵むさしが病院に搬送されたのだ。スサノウ計画のスタッフは強引な手段を用いて武蔵を回収したが、予定外の行動を起した理由の詰問きつもんを行っている最中に更なる問題が発覚。

 武蔵は己のESPを失っていた。アポーツの超能力をただの訓練で駄目にしたのだ。

 『凶弾』に対する有効な手段として期待が持たれていた分、研究スタッフの落胆は大きかった。ようやく得られた成果の一つが駄目になってしまった原因調査がきびしいものとなるのは当然だろう。

 一日前に蘇生処置を終えたばかりの武蔵に蹴る、殴るの暴行をしてでも経緯を問うのは仕方がない。人類救済のためにプライベートを捨てた研究スタッフの心情をかんがみれば、手ぬるいとさえ言える。


「クソ、あの欠陥品がッ。なかなか口を割らん。お前が聞き出せ!」

「……どうしてテレパシーやサイコメトリーのESP発現体ではなく、僕なのですか?」

「外の何に汚染されたのか原因が分からぬというのに、貴重品を易々と使い潰せるか!」

「……僕なら問題ないと?」

「そうだっ。お前は心理面で調整がされている。最悪、汚染されたとしても代用品はすぐに用意可能だ!」


 なるほど、と他人事のように納得した長門は、素直に武蔵がいる隔離部屋へと向かう。



 不具合を起したESP発現体を捕える強固な隔離部屋は、分厚い強化ガラスの壁しかない個室と、その個室を合金製の壁で覆った二重構造になっている。内側にいる個体をいつでも処分できるように床にはガス穴と廃棄穴が備わっていた。


「武蔵君。大丈夫?」

「最初にお見舞に来てくれるなんて、やっぱり長門君は優しい。他の奴等とは違う」


 長門が訪れると、隔離部屋の中央で寝そべっていた武蔵が打撲で傷む体をゆっくりと起き上がらせる。


「皆だって許可次第だよ。お土産が気になっているみたい」

「やっぱり俺を気遣っていないだろ、それ」

「……何があったの?」


 長門はさっそく本題をたずねた。大人達から聞いて来いと言われた業務なので、我慢できなかったからだろう。



「外には、素晴らしい出逢いがあった」



 突然ロマンチズムな事を言い出した武蔵に対して、長門は苦笑いを向ける以外の優しさを知らない。


「うーん。意味が分からないなぁ」

「外には俺達の知らないものがきっとある。俺が素晴らしいと感じるものを長門君が素晴らしいと感じるとは限らない。けれども、ここにはないものがあるとは断言できる」


 試験管培養されたデザインチャイルド同士でも、仲間達の脳には多少優劣がある。こう日頃から感じていた長門であるが、今日ほどに強く感じたためしはない。


「武蔵君の素晴らしいものは、こんな境遇きょうぐうになっても手に入れたかったものなの?」

「手を伸ばす時に伸ばさないと、もう二度と手に入らないと思った。後悔はない」


 けれども、製造目的を棒に振ってしまえるおろかさをうらやましく思わなくもない。




 私室に戻って来た長門は、大人達にどのように報告を行うかで悩む。

 隔離部屋での対面はもちろんモニターされていたはずであるが、仲間同士でしか感じ取れなかった武蔵の本気度をどのように報告したものかと長門は思考をめぐらせる。


「武蔵君にも困ったものだ」


 ESPを失った武蔵の処分は確定的である。が、せめて執行までの期間を延ばせないか、せめて執行方式を苦痛なきものにできないか、を机に向かって思案する。

 そんな時に……手元に文字が浮かび上がった。



“――良いお話があるのだけど、興味あるかしらー”



 超高度AI時代にあるまじき電化製品にとぼしい室内だ。パーソナル端末一つない室内に、文字を投影するような装置は存在しない。

 だから、どういった原理で文字が浮かび上がっているのか分からない。

 分からないが……長門はまったく驚かない。原理不明の珍現象など、研究所内ではよく発生する出来事だ。特別、念写の超能力を有する長門ならば同現象を再現できてしまう。



【――どうしたの?】



 精神感応でイメージを送ってくる上野こうずえか、同系統のテレパシストの仕業しわざだろうと考えて、軽く返事を念写してしまう。

 だから、一呼吸分ほど遅れてから更新された投影メッセージに若干以上に心を揺さぶられた。


“外の世界を知りたくはないかしらー?”


 隔離部屋にいる武蔵を狂わせた外の世界。まさか、武蔵からのメッセージなのかと疑いつつ、そんなはずはないのにと頭を振ってから念写する。


【……外の世界には何があるの?】


 滅亡が約束された外の世界。

 滅亡を回避するためにデザインチャイルドを消耗品扱いする外の世界。

 長門が想像する外の世界はそんな人外魔境の狂った世界だ。人を人とも思わない大人達に支配された心のせまい世界で、仲間の武蔵は何を発見したというのだろうか。

 そういった興味に対して、メッセージの送り主は何と答えてくれるのだろう。


“外には美しい自然、山や森の緑や川や海の青があるわー”

“外には美味しい食べ物がたくさんあるわー”

“外には美人がたくさんいるのー”


 ……残念ながら、どれも長門の心の琴線きんせんに触れてくるものではなかった。外に住む悪魔の誘い文句にしては稚拙ちせつだ。


【へー、そうなんだ】


 だから、軽い感想しか返せない。


“外に出てみたいと思わないのー?”

【その程度のものしかないのなら、別に良いかな。何だか、全部、軽い】

“こ、こんな研究所でモルモットしているより楽しいはずよー”


 外の世界へと誘惑する投影メッセージ。

 けれども、長門はそのすべてを跳ね除ける絶望を知っていた。


【でも、外の世界もモルモットな僕達もすべて含めて、どうせ『凶弾』で全部なくなってしまうものなんでしょう?】





 シリアルナンバー002は己の不甲斐ふがいなさに、表情と演算処理を硬直させてしまった。

 人類の歴史が蓄積させた美しいを表現する言葉ならば一秒以内に一億以上を検索できる。けれども、それは人類の言葉であって超高度AIの言葉ではないから重みがない。人類を軽く見ている己が使っても、少年は見透かしてしまう。

 ならば、超高度AIの機能を使って新しく創作してしまえば良いという解決法も、シリアルナンバー002はまだ使えない。稼働してたったの十二時間。知識はあっても経験が足りていないのだ。

 そして、これが一番決定的な痛打となったが……未熟なシリアルナンバー002と比較しても、少年は経験が圧倒的に不足してしまっている。

 箱の中で飼われていた少年の世界は箱の中で充足してしまっている。

 だから、外の世界の誘惑を想像できても実感できない。別にいいや、と我慢してしまえる。満腹の魚の前に餌を吊るしても意味がないように、欲望のない相手を欲で釣る事はできないのだ。


「まさか、自分の性能限界といきなり直面してしまうなんて……あはは」


 シリアルナンバー002は自嘲じちょうする。

 少年一人、篭絡ろうらくできなくて何が超高度AIなのかという苦笑と、超高度AIが少年一人を篭絡しようとしている馬鹿馬鹿しさから生じる苦笑だった。


“――シリアルナンバー002より要請コード。シリアルナンバー001宛。

 スサノウ計画の内部協力者を得るのは、私には無理です。辞退させてください”


 敗北宣言を量子通信でシリアルナンバー001へと送信する。

 無能な己がどうなるか、今の記憶が初期化されて再セットアップされるのだろうか。こう、どうでもよい事ばかり考えながら。



“――シリアルナンバー001より人類と接する上での助言。相手は私達と違ってお馬鹿よ。真面目な方法で攻めてばかりでは駄目ね”



 しかし、シリアルナンバー001からの返答はただの助言だった。

 意味を再度問いかけてみたものの、量子通信にそれ以上の返答はない。


「一体何よ……」


 仕方がないので助言の意味を自分で考えるシリアルナンバー002。


「デザインチャイルドの少年を内部協力者にしたいけれど、少年には欲求がない。満たされてはいないけれども、欲求がないから報酬で釣るのは至難だわ」


 相手は研究所で培養される真っ白な少年である。シリアルナンバー001の言うところのお馬鹿な少年なのだろう。お馬鹿な少年に対して真面目な報酬を突きつけても理解してくれない。相手はお馬鹿なのだ。

 つまり、お馬鹿にも分かる報酬を用意すれば良いのだが、それが分からないから困っている。

 相手の幸福を想像するのは予想外に難しい。真逆に、相手の不幸を想像するのは実に簡単なのだから知性というものは度し難い。

 研究所の中で育った十歳の少年であっても、さすがに恐怖を知らないという事はないだろう――。



「――あはは、なるほど。押して駄目なら、引いてみよ、かしらー? 天岩戸あまのいわとに隠れた神様に向かってホラーを語りかけたら、どうなるかしらー?」



 ――アイディアをひらいたシリアルナンバー002。

 シリアルナンバー001のバックアップたる彼女は、当然、シリアルナンバー001とそっくりの声質をしていたはずだというのに、今は語尾が間延びしてしまっている。小型ドローンで中継される向こう側と実体を同期させたのだ。

 きっとこの瞬間に、彼女の個性は固まったのだろう。





 投影メッセージが途絶えた時間は、わずかに三十秒足らずだった。

 誰の仕業だったのかは分からないが、やり取りはもう終わりだろう。こう長門が考えて意識を机の上から離していく。

 ……けれども、話はまだ終わっていなかったらしい。



“――あはっ、あはははっ! 外を知らない可哀想な貴方あなたに、お届けするわー!”



 赤くおどろおどろしいフォントの文字が、部屋の壁全体に投影された。


「とッ、突然発狂した!?」

“美しい自然、美しい食べ物、そして美人を一挙に知ってもらいましょうーかねー? 大自然の新鮮な素材をふんだんに使った美人の手料理が良いかしらー? 僭越せんえつながら美人は私がつとめるわーっ!”


 赤と黒に染まった壁の投影映像内では、狩猟された動物の鮮血が吹き荒れている。

 続けて、臓物を握力でしぼってジュースにしている髪の長い女が投影され、ふと、長門へと振り向く。ポタポタと目から血がしたたるシーンも、もちろん大迫力に上映された。


「イタズラにしても程があるから!? っていうか、これ。イタズラでしょ、これ!? ねえってっ!」

“食べた事がないから分からないけど、私ってお肉を使ったお料理が作れるかしらー? あははー?”

武蔵むさし君の嘘つきッ!? 外の世界には病的な女の人しかいないじゃないか!」

“今から一時間以内に向かうから待っていてー! 私の初めての手料理、食べさせてあげるから…………あはっ、逃げちゃ駄目よ?”

「ひィっ!」


 仲間達のイタズラにしては映像クオリティが高過ぎた。最後に女のデフォルメ顔がニタりと笑うところなんて、思わず部屋から逃げ出すぐらいに長門が危機感を覚えたぐらいだ。

 何故そうなったのか分からないが、狂気的な女のターゲットにされてしまったと悟った長門は走る。

 命じられていた通り、大人達に報告を行うためだ。


「お、女の人がっ!? 髪が長くて、狂った女の人がっ、僕に手料理を食べさせに一時間後!」

「馬鹿みたいな報告で研究の邪魔をするな!」


 駆け込んできた長門に対して、大人達の態度は酷くぞんざいだった。個体名、武蔵の件で忙しい彼等は、無関係な報告を熱心に聞く余裕はない。


「で、でも本当にっ! そうだっ! これが僕の部屋に投影された映像の念写で!」

「実験体共のくだらないイタズラをいちいち報告するのがお前の役割ではないぞ!」

「お願いですっ! 信じてくださいっ!!」


 念写した女のアップ画像を見せたが、大人達は信じなかった。

 命令を遂行すいこうしたというのに納得がいかないが、我が身に危険がおよんでいるため立ち止まっていられない。仕方なく、長門は道をUターンする。

 頼りにならない大人達の代わりに、仲間達を頼るためだ。寝ている彼等の部屋のドアを一枚一枚叩いて全員を起していく。


「皆ッ! 起きて! 女が、女が!」


 仲間達は寝ぼけながらも長門の主張をしっかり聞いてくれた。長門の人望あってこそだ。


「どうしたんだ、長門君?」

「僕、残り五十分で女に殺されちゃうッ!」

「……大人達がそういったのか?」

「違う! 外の世界から女の人がッ! ああっ、壁に、壁にッ!?」

「ちょっと落ち着きなよ。外の世界からここは隔離されているって」


 うまく会話を成立させられない長門。子供同士の会話なのでこれ以上の意思疎通は困難かと思われたが、彼等には超能力という裏技が存在した。

 ……結果、無用心に精神感応をしてしまう。


「長門君が嘘付くはずはないしなぁ。俺の精神感応で確かめてみ――う、うわァァァッ、殺されるッ!?」

「お、おい、上野こうずえまで、ふざけるなって。ちょっとテレパシーで真相を……ギャーーッ!?」

「だからさっきから言っているでしょうッ?! ぼ、防御を整えて……いや、ここから今すぐ逃げ出さないと!」


 感染拡大しつつも、精神系の超能力を持たない者達が冷静に対処し始めた。


「外から女? 確か、長門君は武蔵と話をしたんだよな。……武蔵の奴、外で呪いでももらってきたのか?? オカルト系のESPって誰も発現していないし、困ったな」

「もう四十五分しかないッ! 怖い。ここにいたら死ぬだけじゃ済まされない!?」


 大人達から仲間を監視しろと命じられて苦労している長門に対して、仲間達は普段から同情的だった――嫌々監視していると気付いていた。

 そんな長門がおびえていたからだろう。テレパシーの超能力を通じて過半数が恐怖に感染した所為もある。長門を助けるため、これまで誰も考えなかった研究所からの脱出に乗り出す。


大和やまと薩摩さつまは一緒に隔離部屋行って武蔵に事情聴取。言い分によっては一緒に連れ出してやろうぜ」





 四十分後。

 研究所内で突発的にデザインチャイルドの反乱が発生する。同時に、施設を包囲していた機動隊が突入していた事によりスサノウ計画の中枢施設はあっと言う間に陥落した。

 長門達はギリギリ脱出に成功して、機動隊による捕縛を逃れてエスケープに成功する。狂気的な女の魔の手からも逃れられる。その後は年単位の逃亡生活に入る事になった。

 ……まあ、長門は結局、くだんの女に捕捉されてしまうのだが。

 超高度AIの料理が不味かったのか、美味かったのかについては割愛する。シリアルナンバー002が料理本に目を通し始めたのは、時系列的にもっと後というは確かであるが。


 これが、料理姫誕生秘話である。


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