3-11 『凶弾』迎撃
第一射に失敗してしまい、地球の男子共が言いたい事言っている真っ最中。もう少し滅びる人類に遠慮して悲観し号泣してみせろと俺が閉口している中。
……ふと、観測班の西洋唐花草が素っ頓狂な声を上げる。
『えっ! 外れたミサイルの軌道が!』
狙った小惑星に刺さらなかったミサイルが飛んでいった先、十メートル級の小惑星の後方で爆発。
直撃でなかったため破壊に至らなかったが、代わりに熱量に押されて小惑星が急加速する。そのまま前方を進んでいた二十メートル級の小惑星と衝突した。
衝突された二十メートル級の小惑星はスピンがかかり、空気抵抗もないのにカーブしていく。隣の三十メートル級の小惑星とぶつかる。
ぶつかられた被害者側、三十メートル級の小惑星はゆっくりと横にスライド。横の座標が一致していた五十メートル級と接触してしまう。
五十メートル級が減速して後方の百メートル級と接触。
百メートル級は回転がかかって三百メートル級の進行方向を邪魔して、結果――。
『――信じられない……。衝突が続いて、六つの小惑星が地球突入コースから外れていきました……』
『凶弾』の惑星群は宇宙規模で言えば密集している。が、実際には個々が百メートル単位で離れて飛んでいる。衝突を狙えたとしても、複数個の連鎖は運がなければ不可能と言って良い。
大和の運の良さを知っている俺は、さして驚かなかったが。
「まずまずだな。大和」
「三百以上の中の六個。一パーセント少しでしかない。次はもう少し連鎖させてみよう。……上の方が良いか」
「よし、発射!」
宇宙空間に上も下もないが、大和が指示した方向に向けて第二射を発射する。
三メートルの小さな惑星を狙ったミサイルは、惑星表面に刺さって起爆する。溶かされた惑星の一部が近場の小惑星に付着した。
破片の付着により、重心変化した小惑星がコマのような軌道で隣と更に隣の惑星とぶつかる。
ぶつかれた小惑星がまた一回り大きい隣の惑星と衝突していく。最終的に二十近い惑星が進路を大きく変更していった。
「手札が足りないのなら交換しながら増やしていく。わらしべ作戦、いけるぞ」
「俺の中ではボーリングのピン倒し作戦なんだが」
『作戦書提出された時には思考停止していましたが、どうして武蔵君達は宇宙で惑星使ってビリヤードを成功させられるのでしょう。真空中でのエネルギー交換を考えると、ええっと、惑星の組成も考慮があって……』
作戦開始からもう一分以上経過している。二度の成功で感覚を掴めたので、時間短縮のため両腕の全ミサイルを活性化させて連続的に発射していく。
「十キロの奴をどうにかしたいな」
「タイミングを一秒ずつ開けて、あっちとこっちと真ん中に狙ってみてくれ。あの大きさの奴だと三キロ級から連鎖させないと難しい」
「あっちってこっちか?」
「いや、そっちはこっちだ」
大和が指示する方向を狙ってミサイルを発射し続けると、面白いように『凶弾』の惑星群が軌道を変更していく。
惑星同士の衝突による変更は微々たるものである。が、宇宙空間において物体は慣性移動を続ける。毎時百メートルの位置移動でも七日続けば十五キロになる。この誤差みたいな位置移動がギリギリ地球への落下を回避させて、人類を滅亡から救う事に繋がるのだ。
『皆さん、全惑星の再計算急いで! 本当に衝突コースを外れているか並列演算を!』
超高度AIでも判断に悩む距離感ではあったが。
それでも、月と地球の間隔未満、地球の半径を超えるか超えないかの瀬戸際で『凶弾』が地球をスルーしていくとシミュレートしていった。
「両腕のコンテナ残弾ゼロだ」
「星姫ブースターのミサイル群が残っているぞ。やれっ、武蔵!」
残弾が三十発を切ったところで、ついに『凶弾』の本丸を切り崩す。
背面のブースターから後光のように突き出したノズルよりミサイルが一気に発射される。
出鱈目に撃ったとしか思えないミサイルが宇宙空間で花開くと、小惑星群が渦くように衝突しながら移動していき、一直線に並んでいく。
複数の連鎖が同時に作用して、人類滅亡級の三キロ級小惑星が十キロ級小惑星へと急接近した。『凶弾』の中でも一位、二位の大質量同士の衝突は圧巻で、空気伝達がない宇宙空間だというのにコックピットまで衝撃が伝わってくるかのようだ。
風化されない『凶弾』ののっぺりした表面が、削れながら悲鳴を上げる。
「太陽圏から出て行けッ!」
駄目押しで、惑星表面へと同円心状に残弾すべてを撃ち込む。
破壊力で粉砕するためではなく軌道を逸らすだけのエネルギーを加えるために、真横に回りこませて撃ち込んだミサイルが、まるで手で押し込むように二つの人類滅亡級小惑星を押し込んでいく。
『十キロ級、三キロ級共に移動を開始しましたっ。地球到達時には……僅か百メートルですがっ、危険域から外れます!!』
紙一重。
それも超高度AIでなければ結論に辿り着けない程の微少単位。
だが、その差が人類を滅亡から遠ざけた。肉眼で見えるぐらいの近距離であるが、一週間後に『凶弾』が地球に落下する事はない。銀河の遥か先へと過ぎ去っていく。未来永劫とはいかずとも、百年は地球に戻って来ることはない。
込み上げてくる達成感を形作るために、手を握り締める。
『――ですが、まだ人類滅亡級の一.五キロメートルが健在ですッ!』
計器に映り込むミサイルの残弾はゼロ。
俺は握り締めた手をそのまま、コンソールへと叩き付ける。
「クソぉッ、おおおおォおおッ!!」
作戦可能時間のタイムリミットが迫っているというのに、俺も大和も、地球の管制室の誰もが声を発せられない。
百メートル以上の隕石はほぼ地球衝突コースから逸らせたというのに、人類滅亡級の一.五キロメートルが無機質でありながらも残酷な魔王の顔をしながら直進し続けている。
両腕のミサイルコンテナを投擲するか。無理だ、質量差があり過ぎる。コンテナがミサイルで満載だった頃ならいざ知らず、爆発しない入れ物を投げ付けても意味はない。
何か手段がないのか端末から武装一覧を呼び出しスクロールしていく。が、ミサイルはもう残っていない。既に消費した事を示すEMPTYの文字表示が続くだけだ。
「――いや、一つだけ未使用が。……反物質って何??」
星姫ブースターの中、専用容器に保存される特殊兵装がたった一つだけ残されていた。
反物質。核融合の上を行く威力の超兵器らしいが、どうしてこんな有用なものがスクロールし終わらないと現れなかったのか。
量子通信で馬鈴薯が答える。
『反物質は星姫ブースターの余剰電力で閉じ込めています。使用するためには電源供給元の星姫ブースターごと衝突させないと駄目なので使えません。使ってしまうと武蔵君達の地球への帰還手段がなくなってしまいます!』
だったら、どうして使えない兵器を積んだのだと言いたくなるが、地球上に残していると危険だから作戦終了後に投棄して欲しかっただけらしい。そんな通学路にあるゴミ捨て場に生ゴミ出すような事を頼まれても。
ちなみに、反物質の総量はたったの百キログラム。星雄スサノウの総量と比較してごくごく僅かである。ただし、通常物質と触れて対消滅が発生すると隕石衝突並みのエネルギーが生じて星雄スサノウごと俺と大和は消滅する。
「どうして、こんな危ない物作ったッ」
『最悪人類と戦争になるかもって、星姫学園防衛用にって』
「どうして、こんな危ない物持たせたッ」
『ご、ごめんなさいッ』
「良くやったッ! 馬鈴薯!!」
『ごめ……えっ』
作戦終了まで残り三十秒。前面スクリーンに表示される一.五キロの小惑星はズームする必要もない程に迫ってきていた。
もはや、決断している時間さえ残されていない。
「進路変更急げ、大和っ!」
「指示が遅いぞ、武蔵。もうやっているッ」
『凶弾』を横切る進路を変更して、まっすぐ突っ込むようにコンソールに入力する。
星姫ブースターの左右から光源が短く生じて、槍のように長い穂先が小惑星へと向き直す。
「進路補正完了。『凶弾』に突っ込むぞ」
『それは駄目ッ。武蔵君が犠牲になる必要なんてないです!』
「……あのー、武蔵だけじゃなくて俺もいるんだけど」
「誰が宇宙の彼方で死ぬものか。衝突直前に星姫ブースターとスサノウを切り離す」
『帰る手段がなくなるなら一緒です! 武蔵君が帰って来ないと、私、どうしたら……』
「もう俺なんてどうでも良いから二人で話し合ってくれ……」
命の危険のある破壊任務に従事していたが、こうして実際に命の危険に身を投じる事になろうとは正直思っていなかった。
恐怖を感じない以上に、現実味を感じない。
『武蔵君は人類のために挺身する健気な男の子なはずがないのに!』
「自分でもそう思う。でも仕方ないだろう!」
馬鈴薯の言う通り、人類を救う英雄としての実感さえないのだ。
実感がないのだから、八十億の人類を守るなどという大それたものが行動理由であるはずがない。人工島さえ無事なら他はどうなっても心が痛むだけで済む。我が身を生贄にして、大和が巻き込まれて可哀想な破目になる事はない。
……では、どうして俺は小惑星と対峙してしまったのだろう。こう、自分でも首を傾げてしまう。
「――こうしなきゃって、思う前に体が動いていたんだよ!」
心が先に動いていたなら、人工島の外を見殺しにしていた。
だから、心が動く前に体を動かしていた。だから俺にも理由はさっぱり分からない。
『分からず屋の馬鹿! 皆ッ、スサノウのコントロールを奪って!』
「もう遅い! 星姫ブースター分離だッ」
俺達を一生懸命に運んでくれた戦友たる星姫ブースターとの連結を解除する。
宇宙進出時代の最初期に登場したロケットの三倍以上の長さを誇る、巨大な噴射装置と別れを告げる。
「武蔵ッ、エラーだっ!?」
……だが、ここで一つ致命的な問題が発生する。
星雄スサノウは人類が建造した巨大機動兵器だ。星姫アマテラスの設計図を盗用しているので、星姫ブースターとの連結部も意味が分からないまま組まれていた。実際、接続自体は不具合なくできていたのだ。
だからと言って、星姫ブースターと正常に分離できるとは限らない。誰もテストしていなかったのである。
本番中に不具合が生じて分離できない問題が発生する可能性はあって、緊急用の炸薬式の分離機構も真空空間で動かない可能性ももちろんあって――。
「……馬鈴薯! ごめん、帰れそうにな――」
『――武蔵君! 応答して、応答して。……応答してください。ねえ、馬鹿って言っちゃってごめんなさい。だから、応答をっ。応答をっ、武蔵君ッ!!』
星雄スサノウとの量子通信が途切れて数秒後。
地球の太平洋上を浮かぶ人工島の量子レーダーが、地球と火星の間の宇宙での対消滅を観測する。
次回が終わりとなります~。




