3-10 人類滅亡まで何マイル?
「星雄スサノウと星姫ブースターの接続正常。夜明けと共に飛び立つ」
公平かつ適切に運営された総選挙の結果、人類の未来を救うべく俺は宇宙へと向かう。
発射台と連結された星雄スサノウは各種最終チェックを終えた。天気も問題ないため、予定通り朝日と共に俺は飛び立つだろう。
決戦の地は地球と火星の間。
打ち上げ後、『凶弾』との接触まで約一週間かかるためワンフロア程のコックッピットに缶詰である。
「エアーと食料の詰め込みは問題ない。いちおう、往復分と予備で一ヶ月分備わっているけど、使う機会あるかなー」
「……なぁ?」
「総選挙に当選した時点で俺達の目的は達成したようなもので、正直、人類救済は残作業なんだよなー」
「…………なぁ?」
残作業とはいえ手抜かりで失敗する気はない。星雄スサノウの両腕には、コンテナを増設した。武装やコンデンサを内蔵するスペースがないため、外付けしているのである。太い体が更に太くなって動きに干渉しまくるため、もう地球上ではまともに動けそうにない。
「………………なぁ?」
「さっきからうるさいぞ、大和」
打ち上げは完全に他力で行われるため、俺自身はあまり忙しくはなかった。が、隣から声をかけられ続けて、気が散って仕方がない。
サブシートに座っている男、大和と向き合う。しっかりシートベルトをしていて何も問題ないように見えるが、どうした。
「本当に俺まで飛ばないと駄目なのか?」
「相部屋じゃないか」
「相部屋だと宇宙まで付いてかないといけないのか?」
「冷たい事を言うなよ」
大和の作戦参加は絶対である。装着していると運がプラス100される強化パーツのような男だ。傍にいるだけで作戦成功率を上げるのであれば連れて行かないはずがない。
何だかんだと言いながら、俺と一緒に梯子登ってコックピットまでやってきたのが大和だ。口で言う程に嫌がってはいない。
「武蔵、パイロットが二人に増えた分の食料と空気は計算しているのか?」
「……あっ」
二倍の備蓄を用意しているので不足している訳ではない。が、丁度しかないというのは不安だ。少し予定が狂っただけでも足りなくなってしまう。
「すまない、馬鈴薯。ちょっとコックピットまで宅配を――」
不安要素を残したまま宇宙に行きたくないのでマイクで外に連絡する。
『全作業ユニットの退避完了。打ち上げ六十秒前からカウントダウン開始!』
「――えっ。ちょっと、タイム!」
『五十秒前、四十九、四十八……』
『星姫ブースター圧力正常。風力観測ドローン、正常値を示す』
『三十秒前、二十九、二十八……』
超高度AI達は俺の声が聞こえてないかのようにスケジュールを進める。なかなか超高度なジョークだ。
『星姫ブースター始動!』
「あ、あの、ちょっとーっ」
『十秒前、九、八……』
『全機器オールグリーン。打ち上げ可能よー』
『武蔵君。すべては貴方の思う通りに』
「おい、武蔵。マイクがオフだぞ!」
「何ぃ、をぅおっ!?」
『リフトオフ!』
マイクの電源が落ちているのに気付いた時には、体が重力に押さえ付けられていた。
椅子に押し込まれていく感覚を覚えながら、指一本動かせず、言葉一つ発せられず俺と大和を乗せた星雄スサノウは発射台のレールを駆け上がっていく。
星姫ブースターは設計通りの機能を発揮して、巨大機動兵器の質量を宇宙に運ぶ。
レールから外れ、発射台から離れた後も星雄スサノウは飛び続ける。飛行速度は更に上がっていて、このまま加速を続けて第一、第二宇宙速度を易々と突破した。
地球は青かったかもしれないが、俺の顔は機動兵器酔いで青くなっていた。
宇宙での無重力生活中の新鮮さを味わったり、窮屈な空間に気力を奪われたりしながら丸一日を過して体を慣らした翌日。
研究所での食事を思い出させる固形食糧で昼食を摂りながら――周囲五百万キロメートルに何もない暗い空間を漂っているため、昼食なのか夜食なのか分からない――、『凶弾』破壊ミッションについて大和とブリーフィングを行う。
「総選挙に勝った事で星姫計画が掴んでいた『凶弾』の全情報が開示された」
『凶弾』は全長三十キロ強の太陽系外起源の小惑星だ。
星姫計画以前の破壊ミッションにより百以上の破片に別れているが、そのすべてが地球目指して現在も太陽系内を移動し続けている。
「――というのが人類の中での認識だが、星姫候補達の観測では最初から散弾化していた小惑星が地球に向かっていた可能性が高いらしい」
「……人類の見栄で破壊したとフェイクニュースを流していたと?」
「経済衰退させる数のミサイル打ち上げて、全部無駄でしたって流せないからな」
惑星を破壊するだけの効果を得られるミサイルは当時も現在も人類は作成できていない。
地球の遥か遠くで別々の軌道を描いていた小惑星同士が衝突して、ピンボールよろしく跳ね飛ばされた片方が地球に飛んで来ているのではないかという推測を超高度AI達は立てている。天文的確率に天文的確率を掛け算しているが、『凶弾』の破片がほぼ同じベクトルを向いている事実だけは疑えない。
「まあ、俺達のミッションそのものに影響はないから良いけどさ」
大和はストロー付きパックの栄養ドリンクを空にしながら、『凶弾』の最新観測結果に目を通す。
「えーと、『凶弾』を構成する全三六七のパーツの分析結果。都市破壊で済む百メートル未満は三〇五個。複数国家消滅で済む一キロメートル未満が五九個。人類滅亡で済む一.五キロメートルと三キロメートルが一個ずつ。地球生物絶滅のトドメの十キロメートルが一個。……なんだこれ」
散弾化しているとはいえ、大きさには想定していた以上の偏りがある。
「ちなみに、武蔵。星雄スサノウに搭載されている破壊ミサイルの数は?」
「打ち上げ前に増やして一二八発もあるぞ」
「全然数が足りてないじゃねえか!」
「威力も足りないから安心しろ」
星雄スサノウの惑星破壊ミサイルの種類は核融合式であるが、通用するのは百メートル未満の小惑星が精々だ。百メートル以上の小惑星は熱量が伝わり切る前に威力圏を通過してしまう。こう非情に丁寧な超高度AI達のメモ書きが添えられている。
「武蔵だけ一番大きい奴に乗り込んで自爆したらどうだ?」
「穴を掘って全弾埋め込んだとしても、十キロメートル級は割れずに直進するらしいぞ」
あの頭の良い馬鈴薯達が散々苦労して些事を暴投したのが分かるムリゲー感だ。俺達は全力を尽くしたという事にして、地球に退き帰そうかな。俺達が失敗しても人工島だけは宇宙に逃げ延びるだろうし。
「あー、クソ。都市破壊レベルと国家破壊レベルを全部無視して人類滅亡級以上に狙いを集中するか? いや、それでも意味がないぞ、クソ」
大和は真面目に悩んでいるが、手持ちの札が足りない中でいくら悩んだところで結果は変わらない。人類は救われない。
俺達が読んでいる資料の中には全星姫候補の長年の研究報告も添付されていた。全二十五体が必死に積み上げた膨大な資料であり、挫折に終わった苦悩の結晶だ。惑星を細かく砕く案。惑星に熱量を与えて進行方向を逸らす案。大和ごときが考えているアイディアは、とっくの昔に演算し尽されている。
発想の転換が必要だった。
「宇宙空間で核融合爆発させても、小惑星は溶けて形を変えるだけだぁ!? 十メートル以下の処理だって困難だって書いてあるぞ、武蔵!」
「そんなに邪魔者扱いしてやるなよ。役に立たないと思っていた物から回りまわって屋敷が手に入る事だってあるんだぞ。大和」
馬鈴薯は質量をエネルギーに変換させて消滅させてやると活き込んで反物質爆弾まで製造していたようだ。そういえば、武装の目録の中にも反物質爆弾が含まれていたが、十キロメートル級に対してはやはり威力が不足している。
「――わらしべ長者って知っているか、大和?」
そして宇宙を慣性航行する事三日。ついに『凶弾』がミサイルの射程距離に入る。
地球から発進した俺達と地球へ向かう『凶弾』は擦れ違うように移動している。一度擦れ違ったら速度差からもう追いつけなくなってしまう。それゆえ、作戦可能時間は短く五分しかないのだ。
『――こちら地上管制室、馬鈴薯です。武蔵君から提出された作戦プランを実行するため、最適な攻撃対象を選定し終えましたので転送しました』
「受信した。助かる」
地上からのバックアップを受けているが、作戦自体は星雄スサノウのパイロットに一任される予定だった。
『私達で演算してみましたが、作戦成功率は0.00パーセントを下回ります。……ですが、私は信じます』
「ここまで来たら実践するだけだ」
ふと、量子通信される地上のリアルタイム中継に雑音が混じる。
『――武蔵が作戦始めるってよ。壊した欠片をお土産にしろって伝えようぜ!』
『――武蔵君、がんばって!』
『――誰か大和君の事も少しは思いだしてあげてください』
『――お前達は俺達の誇りだ!』
『――まあ、がんばってみれば』
『ちょっと、ここは生徒会役員以外立ち入り禁止ですよっ!』
生徒会室のドアを開いて男子生徒共が雪崩れ込んでいた。男子生徒だけでなく、人参や竜髭菜といった女子生徒達も一緒に現れる。
「応援されているな、俺達」
「ああ、こうも期待されてしまうと。失敗は許されないよな」
名残惜しくも、騒がしい学園の生徒会室の映像を縮小させた。代わりに、『凶弾』を構成する小惑星群を前面スクリーンに大きく投影する。
禍々しいといった感想はない。ただただ無機質な石の塊達がゆっくり回転しているだけで、人類を滅ぼす悪意のようなものは感じない。宇宙の距離にいるそれ等を人間が正しく認識するのは難しい。
だが、この一粒一粒が世界を殺すのだ。
『ミッション開始してください! ミッション開始してください!』
ミッション開始までのカウントダウンがゼロとなってマイナス値となった。
星雄スサノウの腕を突き出して、活性化させた核融合ミサイルに攻撃目標を入力する。
「第一目標指向する。大和! どれが良い!?」
「そうだなぁ。あの一番端の奴が何となく良いか」
「……いきなり馬鈴薯の演算外、優先度が低い目標だな。分かった。攻撃目標入力。発射!」
選んだ小惑星はたった五メートルの小さな物だった。地球に落下してもさして問題にならない本来なら無視される目標である。
だが、俺は大和の強運を信じて狙いを定めて、第一射を解き放つ。
超速度で飛んでいくミサイルは狙い違わず飛んでいき……小惑星表面に刺さって起爆するはずが刺さらず、ミサイルは明後日の方向に跳ね飛んでいく。
『――武蔵の奴がミスったぞ!?』
『――あーあ、地球が滅んだ。最初から期待してなかったけどなー』
『――お前達は俺達の埃だ!』
『――宇宙で毎食食事を摂っていたから、神経が飢餓状態脱して鈍っただろ』
『だからっ、ここは生徒会役員以外立ち入り禁止ですよッ!』
地球の奴等は人任せで良いよな。




