3-9 総選挙決着
「な、なぁ、なァアッ。どうして男子生徒が星姫計画に立候補しているの!? 無効です。こんなの無効です!」
『あくまで、僕達の立候補は里芋のプランに沿ったものです。星姫計画を乱している訳ではありません。事実、僕達は『凶弾』破壊のために星姫学園で訓練し続けていました』
「そんな授業していなかったわよっ!? 月に一度は馬鹿騒ぎ起して学園生活満喫していただけの貴方達がどうして立候補しちゃうの! ちょっと里芋、寝ていないで説明してッ」
自身が機能停止に追い込んだ里芋の両肩を掴んでガクガク動かす馬鈴薯。管理者権限を乱用して無理やり叩き起こしている。
「私は現在、セーフモード中で起動準備中よー」
「タヌキ寝入りしていないで答えて。一体何が起きているのッ」
実体で声を発する事のみ許された里芋が、男子生徒達がどうして星姫計画への参戦を決めたのか。その動機を語る。
「馬鈴薯が言った通りよー」
「ファジーに言わないで。超高度AIらしくはっきり言って!」
『清き一票を、お願いします!』
人類の中でも最も愛しいと思っている少年が世界を相手に活躍している。その状況が誇らしくて愛しくて、里芋は仕方がないのだ。
だから、馬鈴薯のプランが最良と分かっていながら、男子生徒達の意思を尊重してしまったのだ。男子生徒達の怪しい集会を監視する任務を帯びていたはずのに、つい共犯となって、全面協力してしまったのである。
里芋は人類救済を、人類の意思を尊重し守る事、と定義した。
「あの子達は学園生活を満喫してしまったのよー」
「それがどうしたとッ」
分からない? と若干以上に優越感を含ませた微笑み方を里芋はする。
代わりに、個性的なほんわりした口調を捨て去る。
「自分達を満喫させてくれた学園を守りたい。楽しかった学園生活を守りたい。そんな学園生活を用意してくれた私達を守りたい」
『投票ありがとうございます。僕達は僕達を救ってくれた世界を救います』
「……貴女、まさかそんな簡単な事も分からないの?」
馬鈴薯は衝撃に撃たれた。
ガラガラと電子頭脳で響くのは、高度に組み上げた演算がことごとく崩壊していく音だ。
馬鈴薯は彼女が定義した人類、デザインチャイルドのみを救おうと必死になって働いた。その彼女の想いは十分以上に伝わってくれたようで、男子生徒達は生まれの不幸を呪う事なく純粋に育ったのである。
しかし……馬鈴薯の想像以上に強く想いが伝わってしまったのだろう。男子生徒達の学園に対する帰属意識は馬鈴薯の演算を上回った。
「馬鈴薯がプラン発表しちゃうと、人工島は世界の敵となってしまう。人工島の星姫候補が悪者になってしまう。それが許せなかったのよー」
「『凶弾』が落ちてくるまでのほんの二週間足らずじゃない!」
「それでも許せなかったのよー。人類の最後の答えが、超高度AIは悪魔だったなんて。武蔵君は絶対に許容できないって言って男子全員を説得したわー」
「……もう、何でそんなに馬鹿なの」
男子生徒達が決起した理由は、超高度AIを人類の敵にしないためだった。
自分達の命が救われる計画を邪魔してでも、女子生徒達が世界から悪く言われるのを防ぎたかった。たったそれだけの思いで総選挙をかき乱している。
「それでもっ、世界が認める訳がない。馬鹿騒ぎで終わるだけ」
「いいえ、あの子達は票を伸ばしているわー」
「嘘よ! 乱入者に票が集まるはずがないじゃない」
「あの子達の頑張りを、まさか馬鈴薯が否定するのかしらー?」
「くっ。星姫候補全員動いて! あの子達の馬鹿騒ぎを止めて!」
――星姫学園、学生寮の一階、食堂ホール
男子生徒の総司令部では星姫区画に向かわなかった居残り組が必死に票を集めている。
「大和が集めた星姫カードのレアを売って集めた元金はどこまで増やせた?」
「備後がビンゴ形式の宝くじを当てまくって十億まで増やして、全額投資に突っ込んで未来予測のESPで百倍にしたところ。キャッシュ化して星姫カードへ課金するのに手間取っている」
「総選挙終了までに全額課金するんだ。全額だよ!」
居残り組は戦闘向きではないESPしか持たない男子生徒が大半であるが、だからといって総選挙を指をくわえながら眺めている訳ではない。総選挙一位を女子生徒から奪い取るための工作作戦を展開中だ。
「総選挙中継にサブリミナル画像を念写する。総選挙終了まで残り三十分。投票した星姫候補が宇宙空間のデブリになるイメージを投影し続ける。投票先をどうでも良い僕達に向けさせるんだ」
「長門君。そんなに連続してESP使用したら死ぬぞ」
「鼻血ドバドバ流しながら、シェルター単位の人間を精神感応させて投票先操っている上野君ほどじゃないよ」
「うるせぇー。前線の奴等だって頑張っているんだ。後方支援組の底力見せてやれ!」
「大国の組織戦術が本格的に開始された! 各国大統領の脳にテレパシーで語りかけて阻止して!」
――星姫区画、総選挙会場近辺、星雄スサノウ足下
「サイコキネシスとパイロキネシスの複合壁を維持し続けるんだ! 武蔵の野郎の所に女子生徒を向かわせるな!」
「そうだ! 武蔵ばかりもてやがって。俺達にもっと振り向かせろ!」
続々と集まって来る機動兵器の大群に追い詰められてしまい、足止め役を買って出ていた男子生徒は戦線を維持できなくなっていた。それでも、星雄スサノウの足下に集合して抵抗を続けている。
星雄スサノウのコックピットがある頭部を目指して登攀中の武蔵。彼を捕縛しようと推進力で飛び上がる機動兵器を念力ですべて叩き落す。
「黒米の実体が透明化して接近中!」
「よく感知した。透視能力! 黒米は俺の嫁だ!」
「馬鹿を言うな! 俺の嫁だ!」
隣同士で張り合っているが、体を支える力さえもう残ってはいないためスサノウの足に全員寄りかかってしまっている。それでも己の超能力を止めようとは思わない。
星姫候補が直接操作する手強い機動兵器だけでなく、星姫候補の実体が複数迫っても男子生徒達は手の平の先からESPを発し続ける。
『男子の皆! バイタルが異常よ。これ以上は命にかかわる。馬鹿は止めて投降して!』
「武蔵! 早く登れ!!」
――星雄スサノウ。首筋メンテナンス通路。
止められる危険のあるエレベーターを使わず、点検路の梯子を手で登った。
だいたい、百七十メートルほど続けただろうか。高層ビルに匹敵する高さだ。息を切らしてしまい、汗だらけの額を拭う動作さえ面倒になって行えない。
梯子で天井まで達したら、非常用の炸裂装置を点火しハッチを開放する。
不具合で中途半端に開かなかったハッチを肩で押し上げて外に出ると、そこは地上から百七十メートルの高度。強い風に吹かれるスサノウの首筋だ。
「はぁはぁ。これから宇宙行くというのに、たった二百メートルが長過ぎるだろ。はぁはぁ。ただ、コックピットまでもう少しだ」
強過ぎる風と冷たい大気が火照った頬には心地良い。
「おっと、うぉ!」
だが、上半身まで外に出たところで、より強い風が吹いた。疲労のたまった手には感覚が残っておらず、風に流されてスサノウの装甲の上を転がり落ちていく。このまま地上へと急直下で転落死――、
「危なっかしい。ほら」
――手首を握り締められて、そのまま体を牽引されていく。
風除けになっている頬の装甲表面カバーまで引っ張り上げられて、尻餅を付く。
男一人を軽々持ち上げて運んでくれたのは、陸上ユニフォーム姿の女子生徒だ。
「竜髭菜!? お前、どうしてこんな所に、総選挙は?」
「あんな世界レベルの見世物、早々にばっくれたから。誰にも見付からない場所に隠れていたら、アンタがたまたまやってきた」
言っている本人が一番白々しいと思ったのか、頬を赤く染めてそっぽ向いていく。
竜髭菜は俺がスサノウを盗りに来ると予測して、先回りして待っていたに違いない。
問題は、竜髭菜が俺を止めに来た場合であるが、さて。
「こんな張りぼてに乗って宇宙に行くつもり?」
「俺達は本来、そのために作られたデザインチャイルドだ」
「そう。馬鹿な男子が減ってせいせいする」
止めに現れた訳ではなさそうであるが、だからといって温かく見送るつもりではないらしい、いつも通りの素っ気ない態度しか竜髭菜は見せてくれない。
けれども、無愛想な超高度AIがいても良いのだろうと思いつつ傍を通り過ぎていく。もう人類は横に並んで走れない、そう竜髭菜は知ってしまったから、冷たい態度は仕方がない。
……何故か再び手を引かれた。
「……帰って来なさい」
「もちろん。できれば、帰るつもりだけど」
「絶対に帰って来なさいっ。まだ、アンタとの勝負に決着は付いていないから!」
超高度AIと人類の性能差は覆らない。速度の差は今後、更に広がっていくだけである。
けれども、知能が行き着くべきゴールが存在すると仮定したなら、『凶弾』によって人類が滅びないのであれば、超高度AIに遅れながらも人類はいつかゴールで再び並び立てるのかもしれない。
「ゴールラインの先で私達は待っている。いつまでもいつまでも、私達は待っている。走って来なさい。歩いて来なさい。這ってでも来なさい。でも、停止する事だけは許さない」
「……分かった。宇宙から帰って来たら、勝負を再開しよう」
手を引かれた先にあったのは、竜髭菜の潤んだ瞳。
冷めた表情ばかり見せていた少女の顔が、今にも感情で決壊しかけている。
宇宙行きは決定事項であるが、せめて竜髭菜の涙だけは拭ってから去りたい。こう指先を彼女の目筋へと伸ばして、溜まった雫を弾く。
ついでに青い髪の毛を撫でていこうかな、と欲が出る。やけに大人しい竜髭菜の頭を優しく――、
「――ごほん。良いですよーだ。どうせ、私は中途半端なシリアルナンバー023。最も少ない第一章の中で音痴に歌っただけの脇役ですからー」
いけない事をしていた訳でもないのに一瞬で距離を確保する俺と竜髭菜。
二人の仲に割り込んで声をかけていたのは、少し離れた場所にいたオレンジ色の髪の女子生徒、人参である。
「青春って免罪符が馬鈴薯に効くと良いですね。武蔵君」
「あのなぁ、人参……」
「はいはい。弁明していないで今は急いでいるんでしょう。……コックピットの電子ロック解除しておいてあげました。ついでに星姫アマテラスの打ち上げ台やブースターもハッキングしておいてあげたので勝手に使ってください。馬鈴薯にバレて置物になる私に構う必要なんてないから」
二人の星姫候補は俺を助けるために現れたと判明した。証拠に、星雄スサノウの口の部分がスライドしてコックピットの入口が見えた。
「二人とも! ありがとう。お陰で学園生活が楽しかった!」
人参は歌いながら俺を見送ってくれた。
竜髭菜は両腕を組んで顔を逸らしながらであるが、ガンバレ、と口を動かしてくれていた。
星を救うはずだった少女達から役目を奪った不届きな少年が、宇宙を目指すために荒々しき神を象った巨大機動兵器に搭乗する。
『総選挙締め切りまで残り三分! 接戦です! シリアルナンバー001、馬鈴薯と、どこの誰とも知れぬ馬の骨、男子学生達との接戦です!』
“――行かせない。私は私の人類を救う使命がある”
星雄スサノウは星姫アマテラスと異なり人間が操作するようにできている。……できているだけであって、操作し易くできているとは言っていない。
「主電源正常。動力伝達問題なし。問題があっても飛ぶしかない」
たった一、二週間の詰め込み教育で二百メートルの機動兵器を万全に動かせる訳もなく、打ち上げ台までの移動は里芋に作ってもらった自動運転プログラム任せである。
『誰がこのような展開を想像していたでしょう。人類の未来がこんな形で託されてしまって良いのでしょうか!?』
“――人類を守る。他の数億を敵にしてでも、あの子達だけは守ってみせる”
星姫発射用に建造された逆アーチ型の打ち上げ台へと、重量感に溢れた歩みで進んでいく。緩慢な一歩であるが、巨大さで速度をカバーしている。
足下にいた仲間達がブーブー文句を言いながら手を振っている。舞い散る土砂に巻き込まれそうな仲間達を救出した星姫候補の少女達が、人類救済という重責を最後の最後に奪われて放心している。
「本当にこんな巨体で宇宙まで飛べるのか不安になる。星姫用の星間ブースターを背面設置できると聞いているけど、どこに……? あっ、地下から現れるのか」
打ち上げ台の底は人工島の最下層にある格納庫と直接繋がっていた。
四角く開かれた搬出口から巨大エレベーターに押し上げられて、ホネカイに似た、後光の形をした超大型ブースターの先端部が現れる。
『残り一分! 総選挙会場のテントは破かれて、SF的な戦場があって、テロリストの巨大機動兵器が歩いて星姫の発射台を目指す。カオス。これが世紀末とでも言うのか。泣いても笑っても人類の未来が決定します!』
“――何をしてでも私は彼を守る!”
『だから、武蔵ッ! あなたを私は行かせない。星姫アマテラス起動ッ!』
「来たか、馬鈴薯ッ!」
だが、現れたのはブースターだけではない。ブースターを本来背負うべき対『凶弾』破壊機動兵器のご尊顔が地上へとせり上がってくる。
慈悲深き女神を模した星姫アマテラスが、ゆっくりと人工島の大地の上で立ち上がった。ハンガーのロック機構を無理やり引き千切って起動シーケンスを強制短縮する。
星姫アマテラスのスペックと星雄スサノウのスペックは同等と思いたいが、超高度AIが部品一つ一つを拘って組み上げた最高傑作が公開スペック通りとは思えない。操縦者の錬度は言うまでもない。
『行かせない。絶対に行かせない』
星姫アマテラスを直接操作しているのは馬鈴薯で間違いなかった。相手になどなるはずがない。
最後の最後に、最強の壁が進路に立ち塞がる。
両腕を水平に広げる星姫アマテラスは、体内に内蔵される無数の弾頭のセーフティを解除した。
『行かせないッ!』
「馬鈴薯!」
星雄スサノウの操作に慣れていない俺は、相手にただ片腕を突き出すのが精一杯だ。
そのため、星雄スサノウの腕は星姫アマテラスの頬の傍を通り過ぎて……高くそびえる打ち上げ台の壁に手を付く。轟音が響き渡り、空の先を突く台の先が大きく揺れ動く。
巨大兵器同士、比率的にほぼゼロ距離と言って良い距離で顔を見合わせる。
「行ってくるよ、ポテト姫」
『……行ってらっしゃい。武蔵君』
戦闘に発展するはずがなかった。
結局、馬鈴薯が俺の相手になるはずがなかったのだ。星姫アマテラスを持ち出して威嚇してきたところで、彼女が俺を傷付けられるはずがなかったのである。人類を救うという特優先S級コードを星姫候補が破る事はできない。
星雄スサノウに乗り込んだ時点でもう馬鈴薯に俺を止める手段は残っていなかった。
そして、総選挙においても勝敗は決する。
『総選挙一位は……一位は……星姫学園男子一堂っ?! 何たる悲劇! 何たる意味不明! 人類の皆さん。我々は総選挙で超高度AIの彼女達ではなく、ただの少年達を選んでしまいました。これは悲劇です。人類は超高度AIの所為ではなく、馬鹿な少年達の所為で滅んでしまうのです!』




