3-8 俺達の総選挙
巨大な天幕が建てられた星姫区画への侵入は泥棒のごとく静かにではなく、島民らしく正々堂々と正面ゲートから行った。ゲートの傍に認証端末があったかもしれないが、特に気にせずシャッターを破壊して突き進む。
『警告。ここは星姫計画の重要施設です。関係者ではない方々は即刻退去してください』
「俺達は星姫学園男子生徒だ。星姫計画の関係者だから大丈夫だな!」
『警告。貴方達は本区画への立ち入り権限を有しておりません。即時退去してください』
「総選挙への参加は全人類が有する権利のはずだぞ。突き進め!」
『……ええい。帰れって言ってんのが分からない!?』
観賞樹林で偽装されていた地下エレベーター口が露出する。木が横倒しになって避けたところで、地下から垂直レールに沿って投射されてきたのは、全長十メートルの機動兵器である。
着地の振動が足元を揺らす。重量を考えれば静かな着地だ。
出現した機動兵器は、重量級ファイターに鉄鎧を着させたような無骨な姿をしている。芸術作品のような外観をしている星姫アマテラスと似つかないが、これでも星姫のプロトタイプだと聞かされていた。星姫アマテラスの海賊品たる星雄スサノウをダウンサイズしたと思えば、確かに似ていなくもない。
人型ゆえ被弾面積が大きい割に、2080年代のどの地上兵器よりも頑丈という非常識な装甲板に守られた人工島の守護者。俺達を外敵から守ってくれるはずの防衛兵器が、星姫区画の奥へと至る道を塞ぐ。火器管制をオンにして銃口を向けてきた。
『シリアルナンバー017、分葱が警告します。男子生徒共、馬鹿な事を止めて大人しく帰りなさい』
「分葱か! 総選挙中なのに出てきて良いのか?」
『だから、実体との並列処理中よ。まったく、早く帰りなさいよ!』
総選挙の片手間とはいえ、星姫候補が直接操作する機動兵器は難敵である。というか、戦車よりも強い相手に生身の人間がどう戦えというのか。
初っ端から現れる強敵相手に冷汗を流していると……後ろから肩に手を置かれた。
「武蔵。ふっ、ここは俺達に任せてもらおうか」
俺と同行していた男子生徒だ。全員がニヒルに笑っている。
恐れなく一歩、二歩と前に出て巨大な敵と相対する彼等の勇気に対して、同級生ながら感動してしまう。
「お前の相手は俺達だ。武蔵、お前は先に行け」
「讃岐、薩摩、それに他の皆までっ」
格好良過ぎる同級生達の姿に、思わず声が震えた。
『うっ。こ、怖くなんてないからっ!』
何故か敵対中の分葱の声まで震えてしまっているが気にしない。
『総選挙の邪魔はさせない。手伝って、鰐梨!』
『――シリアルナンバー018、鰐梨。エンゲージ』
更に一体、追加で機動兵器が降ってきた。
本当に仲間達に任せてしまっても良いものかと悩むシチュエーションであるが……何故だろうか。新手の機動兵器が隣にいる分葱へと肩の主砲をぶっ放してフレンドリーファイアしてしまっている。
『へっ? ふぎゃッ!?』
――総選挙会場
“ど、どういうつもり。弁明しなさい。鰐梨!”
「男子怖いッ。男子怖い。男子怖い!」
「ちょっ、量子通信にしてよ。なに生放送中に大声上げてとち狂っているの!」
「男子生徒と戦っちゃ駄目。戦っちゃ駄目なのよッ」
シリアルナンバー順に隣り合う分葱と鰐梨。二人はじゃれ合うにしてはヒステリックな声を上げながら組み付き始めた。
『……えーと。はい、ただいま映像が乱れました。『凶弾』接近による影響でしょうか。それはそれとして、続けてのアピールタイムはシリアルナンバー005、西洋唐花草です』
一時的に世界放送が中断されると、二人は会場から姿を消していた。残った星姫候補達は何もありませんでしたよ、とロボットのように清ました顔だ。
鰐梨操作の機動兵器は、砲弾直撃で胸板が凹んだ分葱操作の機動兵器へと組み付いた。
星姫候補同士で戦い合う理由は分からない。
分からないが好機には違いない。
「これなら大丈夫そうだな。任せたぞ、皆!」
半数以上の仲間達に戦場を任せて、俺は先を急ぐ。
目指すは星雄スサノウのコックピットだ。
『――はい、シリアルナンバー003、小麦の素晴らしいアピールタイムでした! 残る星姫候補は二名のみ。総選挙は最高潮の時を迎えています!』
会場外では機動兵器が組んず解れつの大暴れをしているが、総選挙に対して影響は出ていない。スケジュール消化は順調である。
男子生徒の奇行も、馬鈴薯の演算の前では無意味だ。
“管理者権限を行使。シリアルナンバー018、鰐梨を機能停止します。アピールタイムを終えた小麦と黒米は分葱の援護を。侵入者を全員拘束してください。もちろん、無傷で。彼等は私達が救うべき人類ですよ”
すべては馬鈴薯の手の平の上。
救われるべき人類の選定は終わっている。茶番に過ぎない総選挙は波乱なく終わって、得票数一位の馬鈴薯が人工島以外の人類を見捨てるプランを公表する事で、星姫計画はいよいよ発令されるのだ。
「もう勝った気でいるのねー。馬鈴薯」
「……里芋?」
量子通信ではなく、声を発音してシリアルナンバー002、里芋は馬鈴薯に話しかけてきた。
“里芋、貴方がそんなに総選挙に入れ込んでいるとは思っていなかったわ”
「それは誤解よー。私も特優先S級コードに従う星姫候補の一人ですものー」
“里芋? 量子通信には量子通信で。エチケットよ”
「でも、総選挙よー。私達だけでヒソヒソ話は人類の皆さんに悪いと思わないー?」
人工島の超高度AIは栄光のシリアルナンバー001たる馬鈴薯を一つ年上のように接する個体が多い。が、里芋は違う。同型機同士、遠慮なく対等に接している。
「馬鈴薯。貴女のプランは一つだけ受け入れ難い所があるわー」
だから、里芋は馬鈴薯に遠慮などしない。
「どうして、救うべき人類と投票権を有する人類に差があるのかしらー。ダブルスタンダードだとお姉さん的に思うのー」
馬鈴薯の不正を平気な顔で暴いてくる。
馬鈴薯のプランでは、救われるべき人類は星姫学園に通う男子学生のみである。しかし、一方で総選挙で投票可能な人類は世界全土の人類だ。人類の定義にブレが生じてしまっている。
「今言うべき事かしら、里芋?」
「今言わなければ選挙が終わってしまうものー」
「総選挙の方法は人類が予め決めた事よ。私に言うべき事ではないと思うのだけど」
「それをあえて問わなかった貴女に誠意はないと思うのー。だから、私は今から人類の皆さんに言ってみようと思うわー。人類ではない貴方達の票に意味はないってー」
「ちょっと、何を言っているの、今更!」
次のアピールタイムは里芋の番である。進行スケジュールに従い、里芋は舞台へと向かって歩き出す。
けれども、狂気染みた発言をした里芋をそのまま行かせる訳にはいかなかった。総選挙中の暴露話による影響は超高度AIでも読みきれない。それならば、総選挙中に里芋を機能停止にした方がまだマシだ。こう馬鈴薯は瞬間的に考える。
「くっ。管理者権限を行使。シリアルナンバー002、里芋を機能停止します!」
里芋の実体が歩行中に停止する。目の色を失ってゆっくりと座り込んでいく彼女に意思を主張する方法はなかったはずであるが、その唇は微笑んでいるようにしか見えない。
『――シリアルナンバー002、里芋は機能停止されました。よって、代理として新たに星姫候補として星姫学園、男子一堂が立候補されます』
「……はっ?」
里芋の機能停止が契機となって会場に流れるメッセージ。ついでに、口をあんぐりと開けて硬直する馬鈴薯。
会場の巨大スクリーンが点灯し、どこかの部屋が映し出された。人類の多くにとって見慣れない室内である。が、机が並んでいる事と広いカウンター、A定食やらC定食やらという札からどこかの食堂と考えられる。
『えーと、もう映っている? 世界中の皆さん、こんばんは。僕達は星姫学園の男子生徒です。僕はもう全国放送されただろって言われて顔を出す事になった長門です。ぽっと出ですが僕達が世界を救います。ですので、投票をお願いします!』
里芋の得票数を示していたグラフの名前が男子一堂に切り替わる。
一度、票の増加が停止したものの、長門が画面に現れた途端に一気に百億票を入手する。一位の馬鈴薯と並んだ。
『僕達は僕達の世界を救います』




