3-7 彼女の総選挙
太陽が沈むと同時に星姫区画がライトアップされる。
『人類が待ちに待ったビッグイベント。我々はついに総選挙の投票時間を迎えました。さあ、人類の皆さん。星姫を決めるために投票を!』
ついに人類の総決算、星姫を決める総選挙が始まった。
世界同時中継される公式番組――名司会者や有名ゲストが登場。ただし人工島には招待されていない――では開始直後より一億票もの投票があったと報じられた。
投票数はリアルタイムで投票、集計、中継される。その性質を活かそうとした諸勢力が、心に定めた星姫候補へと投票を開始して主導権を握ろうとしているのだ。星姫候補二十五体のプロフィール紹介など今更だという勢いで、暫定一位に躍り出たのは――、
『おっとっ! 開幕直後にシリアルナンバー025、芽花椰菜が一位です。全人類の妹、妹姫を推す妹連合の組織的な投票だ!』
――全星姫候補の中で最も背丈の小さいツインテール。金髪金眼の可愛らしい天使が全世界に向けて手を振った途端、一気に得票数が一億票も増えた。投票権と交換可能な星姫カードの販売速度も加速し続けている。
男子寮の共用スペースでも、テレビの中で微笑む芽花椰菜を目撃した途端、一部の男子生徒が端末の投票ボタンを連打し始める。作戦前だというのに馬鹿野郎共め。
星姫候補のプロフィール紹介、自己アピールはシリアルナンバーの末尾から行われるらしい。
トップバッターたる芽花椰菜が自己紹介を開始する。フリフリのスカートの前で緊張気味に両手を握り込んでいる姿が健気である。
『は、初めまして、で良いのかな! シリアルナンバー025、芽花椰菜です。人類のお兄様達。どうぞ、よろしくお願いします、ですっ!』
「……芽花椰菜の奴。同級生に対しても妹キャラを通すのかと質問したら「キャラ設定は大事です」って返しやがったんだぞ」
「まあ、俺達よりも製造日数的に若いのは確かだ」
隣にいる大和と意見交換しつつ、俺はテレビから目線を外して局地作戦用の強化服を着込んでいく。特殊部隊仕様の耐熱耐寒装備であり、服を着るというよりは人工筋肉で出来た全身スーツの中に体を滑り込ませるのに近い。
『続けて紹介するのは、シリアルナンバー024、胡瓜。炎上姫……もといSNS姫です。フォロアー数で世界最高を常にキープする彼女ですが、日々の言動もあって今日も炎上中。得票もまったく伸びていない!』
「まあ、胡瓜はなぁ……」
「リアルで会話する分には面白い女だと思うぞ」
共用スペース内では、ベルトを締める音がそこいらで響いている。男子生徒は全員、黒い強化服を着込んで隣同士で点検を開始していた。作戦行動前のダブルチェックは大事である。
手を強く握り握力を確かめた後は、ハッキングツールを満載した端末の動作チェックを行う。人工筋肉を己の骨格に合わせて調整し、強化服の気密性を検査する。
ふと、テレビから一際大きな歓声が上がる。
『続いてはシリアルナンバー023、人参。歌い姫の登場です! 彼女はやはり歌で自身をアピールするとの事です。しかも、総選挙に合わせて歌い姫が作詞、作曲した新曲! 世界中の期待の高まりを表して歌い姫が暫定一位になっています』
芽花椰菜は先行逃げ切りに失敗して、早々に一位の座を人参に譲ったらしい。人参のこれまでの人気を考慮すれば健闘した方だろう。
人参の得票数は十億票。グラフの桁が足りなくなって十億ごとのメモリになってしまう。
『シリアルナンバー023、人参。……人類の皆さん、私の歌を聴いてください』
同級生も聴いた事のない新曲は、『凶弾』から人類を救おうして苦悩する少女達の物語だった。
『――空から星が落ちて来なければ、こんなに苦しくなかったのに』
『――歌のように素直に言えたなら、こんなに苦しくなかったのに』
『――でも、星の姫となったから、私は苦しくても歌うから』
「人参は歌がうまくなったな」
人類救済を誓うような力強い歌詞ではない。寂しさや悔しさで胸が一杯になっていく人参の歌声は、票を集めるには不適切なのかもしれない。実際、彼女も票が欲しい訳ではないはずだ。
それでも票は伸びていき、二十億の大台に達する。
「武蔵、準備オーケーだ。そろそろ行こう」
テレビに注目している間に、皆の準備は整っていた。
戦闘服を着込んで準備を整えた男子生徒が全員、俺を見ている。人類最後の馬鹿騒ぎを馬鹿騒ぎで終わらせるために、俺達は出撃を決めたのだ。だから、この場には男子生徒が全員集まっている。
長門君が率先して手を伸ばすと、釣られた皆が手を重ねていく。
固く繋がれる三十弱の手の一番上に、俺も手を置いた。
「試験管で育った仲だ。最後も仲良く隕石に磨り潰されるかと思ったが、人生そんなに甘くはないらしい。ここを最後に、もう姿を見る事のないメンバーもいるだろう」
思い返して考えてみても、こいつらは馬鹿だった。最後の最後まで一緒に馬鹿する破目になるとは研究所で解剖されるのを待つだけの日々では考えられなかった。
『武蔵! どうして俺達を裏切った。超高度AIは敵だろ。敵を助けるためにESPまで失うなんて、人類を救うという使命を忘れたか。見損なったぞ! デザインチャイルドの面汚しめッ』
『――大和。女の膝枕について知りたくないか?』
『…………詳しく聞こう』
世界が滅びるなら研究所の外も内も同じ。こう達観していた仲間達はあっさり俺の口車に乗って研究所で反乱を起して脱走を果たした。最後まで興味ないフリをしていた長門君も今では唯一のガールフレンド持ちというリア充ぶりである。
適当に遺伝子組み替えただけの奴等ばかりだというのに、全員が個性的で、面白い奴等で、一緒に遊べて楽しかった。
「だから今言っておく。お前達は俺の最高の親友だ。終末をお前達と過せて最高だった」
最後の一年間。学園生活は特に楽しかった。
ただ、学園生活が楽しかったのは俺達だけの功績ではない。俺達は男子生徒。学園生活を送った半分に過ぎない事を忘れてはならない。
「最高の学園生活だった。最後の最後まで楽しく生きたい! それを深刻顔の女子生徒達に教えに行こう!」
「楽しかったのは武蔵だけじゃない!」
「おうよッ」
「よっしゃーっ、祭りに参加だ!」
「当然じゃないか」
「俺達デザインチャイルドは不滅だッ」
一度、手の先を床まで沈めてから一気に天井まで伸ばす。団結は最高まで高まった。
「これより、スサノウ計画ESP連隊は本懐を果たす! 超高度AIたる星姫候補から人類救済という無理難題を取り戻して、世界を救うぞ!」
もう全員が集まる事は、ない。
それぞれが得意分野から総選挙へと介入するために散っていく。半数は俺と付き添って星姫区画へと侵入するが、侵入後は陽動や工作でバラバラになっていく。
正直言えば寂しいが、男が男友達の前で泣く訳にはいかない。
きっともう戻れない男子寮から、俺達は去っていく。
「シリアルナンバー015、竜髭菜。……以上」
陸上ユニフォーム姿の竜髭菜。彼女の実に端的なアピールタイムが終わったところで、全世界からの総投票数は百億を突破した。
得票数トップは人参。
次点は……まだアピールを終えていない馬鈴薯である。竜髭菜は五位と前評判ほどに高くない。票が馬鈴薯に流れているのだ。
政治家を決める選挙と異なり票の入り方がかなり偏っている。リアルタイムで票が入っていくため状況は流動的。けれども、総選挙の結果は既に予想可能だった。
“このままなら、シリアルナンバー001、私の当選でほぼ確実”
星姫カードの総販売枚数から逆算すると、投票数はまだまだ少ない。
所得に合わせて値段調整されていた星姫カードは人類のほとんどが複数枚を購入しているのだ。百枚級や千枚級の購入者ぐらいは、探せば見付かる程度に存在する。総選挙はまだまだ始まったばかりである。
しかし、統計学的には既に終わってしまっていた。
人参のトップ維持も残り数分間だ。着実に票を伸ばしている馬鈴薯に追い抜かれる。そして、馬鈴薯のプロフィール紹介を待つまでもなくトップは入れ替わるだろう。
“まあ、総選挙の結果に意味はありません。誰が勝っても同じプランが採用される。人工島の打ち上げは決定事項です”
馬鈴薯は、プラン完遂のために邪魔となる障害をすべて排除し終えてから総選挙に望んでいる。
人類国家は人工島の位置を完全に見失っており、人工島の発射を邪魔する事はできない。打ち上げ後に激怒して攻撃しようにも、観測衛星とミサイル基地は既に馬鈴薯の手に落ちてしまっている。スタンドアローン化していたはずの区画にさえ、いつの間にか量子ネットワークとの回線が作られてしまっている。
最悪、人類が攻撃できたとしても地球最高の機動兵器、星姫が迎撃する。
人工島の内側にいる他の超高度AI達も馬鈴薯を止める事はできない。全員、馬鈴薯に対して管理者権限を委譲してしまっている。不都合な行動を取れば直に機能停止させられてしまうのだ。
「シリアルナンバー009、玉蜀黍。総選挙に水着審査はなかったと思うけど……私、水着にならないと駄目かなぁ」
“現時点で私が一位。玉蜀黍は急に失速したから、二番手にシリアルナンバー002、里芋が上がってきている”
奇しくも一位、二位はシリアルナンバーと一致した。
里芋は馬鈴薯のバックアップを目的に製造された超高度AIである。馬鈴薯にもしもの事があった時に星姫計画を引き継ぎ遂行するが、人類という定義について二体の意識は共通していた。イモ仲間なのは伊達ではない。
決まってしまった勝負に暇を感じながら時間が流れるのを待つだけ。
馬鈴薯が総選挙の優勝コメントを一秒で考えて推敲していると――、
“かいちょー、あのー。すいません”
“どうしたの。胡瓜?”
――得票数最下位を争う胡瓜が、酷く申し訳なさそうに量子通信してくる。
“星姫区画に侵入者警報が。男子生徒達が星雄スサノウへと向かって行ってるんですけど、どーしましょうか”




