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星姫計画  作者: クンスト
第三章 シリアルナンバー001 身投げ姫 馬鈴薯《ばれいしょ》の場合
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3-6 人類を救う救わないのフレーム

 総選挙まで一日。『凶弾』落下まで二週間となった今日。

 どこの海を航行しているか分からないが、人工島の気温は高まっている。

 おそらく赤道へと接近しているのだ。宇宙へと星姫を打ち上げる際、最もエネルギー効率が良い場所が赤道だからである。まあ、総選挙で選ばれる星姫候補のプランによっては打ち上げ中止もありえるだろうが。


「……ここにきて馬鈴薯ばれいしょの一位独走状態。総選挙の結果は目に見えているか」


 世紀末直前で星姫候補のトップとして敏腕を振るう馬鈴薯ばれいしょの働きは、滅亡とお祭り騒ぎを混同して目をらしていた人類に現実を直視させるものとなった。

 お気に入りの星姫候補を選ぶのではなく、より確実に人類を救ってくれる子を選ぶ。

 総選挙の意義を改めて考え直した人類は明日、馬鈴薯ばれいしょへと投票を行うだろう。


「現時点でシェルターへの避難率は人類の五割。残り五割の半数も来週までに避難予定。人類の各国家ではシェルターの外で活動してくれる人材不足で組織的な行動が停滞中」


 シェルター避難により民族大移動並みの混乱が世界中で発生している。

 それだけではない。通信衛星の謎の停止、巨大空母の座礁、潜水艦の一斉浮上、大国首脳陣のスキャンダル、SNS姫炎上、カルト組織の一斉摘発や星姫アイドルカードの偽造組織摘発――。様々な事件が続発している。静かな最後を迎えるつもりが人類にはないらしい。

 だが、これでも人類は理性的と言える。人々は順番を守って次々とシェルターへもぐっている。暴動は数える程しか起きていない。

 不安に潰れてしまいそうな人類の理性をギリギリ保っているのは、星姫の存在だ。


「そんな人類の不安さえ、馬鈴薯ばれいしょは計算に組み込んでいるのだろうな」


 明日の夜に行われる総選挙の準備のため、学園の授業は休止された。下手をするとこのまま『凶弾』落下まで授業は行われないかもしれない。事実上の学園閉鎖だ。

 男子生徒は星姫区画に設営されていく野外会場を眺めているだけで、何もしていない。重機や大型クレーンが動き回っている会場は危険なため、手伝いを申し出ても断られるだけだ。

 会場は巨大なまくに覆われたサーカス会場のようである。幕を支えているのは押収された星雄スサノウだ。水平に伸ばした両腕に、縦に長いテントをくくり付けている。

 ライトアップされた星姫区画を遠くに望む俺は、人工島外周の歩道に突っ立っている。いつかのように海岸を目指した訳ではない。今日は歩道に用事があった。

 今日は来ないかと思って待っていたが……遠くから特徴的な長い黒髪をなびかせる姿が歩いてくる。学園の教室の次に会える可能性が高かったのが、この海が見える歩道だ。

 防風林の間から吹き込んでくる海風が頬をでてくる。

 遠くから歩いて来た彼女と擦れ違い、そのまま過ぎ去って行――、


馬鈴薯ばれいしょ。話がしたい」

「……初めて、声をかけてくださいましたね」


 ――今日を逃すと明日は総選挙だ。このタイミングで話しかける以外に、もうお互いに時間はないだろう。


「超高度AI程ではないにしろ、これでも察して話かけないようにしていた」

「まるで、私に後ろめたい事でもあるような言い回しですね」

「罪悪感が一欠けらもないというのなら、それはそれで問題だ。俺の知っているポテト姫は血が流れていないだけで合理性一辺倒のロボットって訳じゃなかったはずだぞ」

「超高度AIにだって潤滑液は流れていますわ。アップデートを定期的に行っているので、武蔵むさし君の知っている私ではなくなっているかもしれませんが」


 立ち話も難なので二人で並んで移動を開始する。

 場所は以前、歌い姫の持ち歌を聞いた浜辺である。今回は岩に腰掛けず、やや距離を開いて海の向こう側を眺めてみる。馬鈴薯ばれいしょの顔はあえて見ないようにする会話を選んだ。


「明日。人類は救済されるのか、馬鈴薯ばれいしょ?」


 本題から切り出した。ただ、星姫候補に対してあまり意味のない問いかけだ。

「もちろんです。私達の誰が星姫に選ばれたとしても、人類は救われます」

 人類を救うという使命、特優先S級コードに呪縛された星姫候補に人類救済以外の解はありえない。人類が救われなかったとしても、それは星姫候補の演算が間違っているだけであって人類が救われない訳がない。

 実際、馬鈴薯ばれいしょの優しげな声質に嘘は含まれていないと感じ取れた。

 超高度AIに対して穿うがった考え方を持つ人間は、超高度AIの見せる声質や表情などに意味はない、全部作り物だから信じるなと言うだろう。

 ……ナンセンスにも程がある。目に見える物がすべて偽物だから目を潰せ、と言っているようなものである。極論が過ぎる。

「本当にか?」

「本当に。身投げ姫たる私を信頼できなかったとしても、他二十四体の星姫候補がいるのですよ。武蔵君は何も心配しなくて良いのです」

 超高度AIが人類に対して安心感ある顔や声を示した。そういった配慮や事実さえ捨ててしまうのであれば、人類の方が超高度AIに合わせて電極を脳に差し込んでしまうべきなのである。

 馬鈴薯ばれいしょは嘘を言っていない。彼女に任せておけば人類は救われる。

「人類は全員救われるで間違いないな?」

「はい。全人類の命を私達は保障します」

 問題は……馬鈴薯ばれいしょにとって、人類とはどの範囲までを示す言葉なのかが明確化されていない事だろう。


「ちなみに、全人類とは何人ぐらいになるんだ?」


 外見は十七歳の俺と同世代に見える馬鈴薯ばれいしょ

 だが、外見は人類に似せてあっても思考の異なる他知能だと忘れてはならない。

 一年間の共同生活で体感しているが、超高度AIと人類との間で会話が成立するのは彼女達の頭が良いからでしかない。単語の意味や感性にズレがあっても彼女達の方が修正してくれる。


「私にとっての全人類とは星姫学園の男子生徒と同数です」


 逆に言えば、超高度AIが意識的に単語の意味や定義の齟齬そごを補正しなければ、簡単に会話は成立しなくなる。


馬鈴薯ばれいしょっ!」

「他にも人工島には星姫区画従事者、学園の教師や食堂のおばちゃん、その家族、ライフラインを支える者達。そういった彼等がいますね。私にとっての全人類ではありませんが、別に太平洋に捨ててしまおうとは思っていません。余分な人員ですが、彼等九八三人のホモ・サピエンスも救われてしまいます」

馬鈴薯ばれいしょッ!」


 超高度AIと呼ばれる彼女達にも、未だ解決できていない難題の一つにフレーム問題というものがある。

 超高度AIの演算処理能力は圧倒的であるが、無限ではない。単一時間で可能な演算には限りがある。当たり前の事であるが、計算式で行動する彼女達にとっては悩ましい問題だった。


「人工島は高度に機械的自動化オートメーションが進んでいますが、ホモ・サピエンスを用いる方がコスト的に優れている分野もありますから。そう珍しい事ではありません。2080年代になっても、ホモ・サピエンスは盲導犬や救助犬を使っているじゃないですか。機械よりも生物の方がコストや性能で優れているなんて話は珍しくもないのですよ」

「そういう心配をしているんじゃないっ。人工島の外の人類はどうなるんだ!」


 フレーム問題を考える上で、道を歩く、という例題を挙げよう。

 歩行程度の事、知能のない機械であれば特に問題なくこなせる動作だ。だが、道に落とし穴があった場合は知能がないので穴に落ちてしまう。

 超高度AIであれば道に穴があってもまたいで歩けるかもしれない。だが、穴の数や穴の大きさが不明な場合、超高度AIはどんな危機が起きても歩けるように様々な演算を行う。演算した分だけ歩く挙動は遅れてしまうだろう。

 けれども、現実世界では道に潜む危険は穴だけではない。

 対向車線からの車両の飛び出し。近くを走行する車両のタイヤの脱落。段差。水溜り。ネコの飛び出し。隣接建造物からの人の出入り。隕石落下。等、考慮しなければならない危険は数知れない。超高度AIの能力を持ってしてもすべてを割り出すのは時間が必要だ。

 そして、せっかく時間と手間をかけても、演算した時間が長ければ長い程に状況は変化してしまっていて再計算を求められてしまう。一つの石を取り除く動作の間に二つ石を追加されてしまったら何度石を取り除いても仕事は終わらない。

 結果、超高度AIは危険を演算し続けて、道を一歩も歩けなくなってしまうのだ。


「人工島の外に私の人類は存在しません」

「今シェルターに避難している人達は生き残れるのか!?」

「シェルターの強度では隕石の直撃を防ぐのは不可能です。直撃しなくても、巨大な地震や津波に襲われて破損するか、運悪く生き残っても生き埋めになるだけでしょう。そういった災難を乗り切ったとしても、外の世界は地殻ごと破壊された焦土です。食料不足と環境変化で一ヶ月以内にほぼ全員が死滅します」


 頭が良いから逆に歩けなくなってしまう、というのでは困る。

 よって、超高度AIが歩くためには危険をある程度割り切るしかないのである。学習によって候補をしぼり込み、演算にタイムアウトを設けている。詳しいアルゴリズムは超高度AIにしか分からない。

 ただ、星姫計画において馬鈴薯ばれいしょは人類救済という難問を乗り切るために、人類という定義にフレームを設けた。

 八十億の犠牲を割り切って、星姫学園の男子生徒三十人弱のみを選択した。


「私のプランは人工島を箱舟にする事です。総選挙の終了と共に、人工島は宇宙へ脱出します。島全体を打ち上げるだけの推力を確保するのには苦労しましたわ」

「俺達だけしか、助からないのか?」

「『凶弾』落下の影響による気候変動がいつまで続くか分からないので、自給自足するための装置も取り付けました。島の地下に生活スペースを広く取ったつもりですが、十年以上は狭い生活になると覚悟してくださいね」

馬鈴薯ばれいしょでも、やっぱり人類救済は駄目だったのか?」


 選択された側である俺達が、選択してくれた超高度AIを非難する事は許されない。それだけ大事にされたと喜ばしいぐらいである。

 それでも俺は……馬鈴薯ばれいしょのように割り切る事ができない。

 己が他人類と異なるデザインチャイルドだとしても割り切れない。

 何故なら、俺達は世界を救うようにデザインされた人類だからである。他人類や超高度AI以上にこだわりが強いのだ。


「……ですから、私の人類は救済されると言っているではないですか。武蔵君は昔から馬鹿ですね」


 会話をしていたはずなのに、いつの間にか会話は成立しなくなってしまっている。

 思わず馬鈴薯ばれいしょに掴みかかりたくなってしまったが、俺は十歳の頃にESPを用いて彼女を海から掴み上げている。何もかも今更だった。

 目の前の海は、十歳の頃に見た海のように黒い。

 俺は馬鈴薯ばれいしょの目を一度も見ないまま浜辺から立ち去るしかなかった。

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