3-3 ボーイ・ポテト・ガール
研究所外での訓練が計画されている、とテレパシーが得意な奴等が諜報したのは数日前の事。いつ出られるのだろうと浮ついた顔を隠しながら今日を待ち、ようやく研究所の外に出られた。
訓練対象はESPの成績で選ばれるだろうと予想していたが、順当に俺が選ばれた時には父上殿……ぷ、ちちうえぇ、ぷぷ……の前だというのにガッツポーズしかけてしまって内心、焦ったものである。
「役得役得。さーて、今日は一日楽しむぞ!」
大人達の顔色を見る仕事ばかりで、若干十歳にして毎日に疲れている。外の世界でリフレッシュするのだ。
「遊ぶ前にっと、あいつ等からお土産メモ預かっているんだった。先に済ませてしまおう」
訓練用にキャッシュを預かってはいるが、電子貨幣を使って居場所を大人達にバラすつもりはない。俺のESPを使えば商品ぐらい盗み放題でキャッシュいらずであるが、大人達と違って人並みの倫理観を持ち合わせているのですよ。
代々の仲間達が試行錯誤で回収した現金がジャラジャラとポケットの中で鳴っている。託されたお金なので、研究所に残った仲間達から頼まれたお土産の回収を優先する。余ったお金は自由だ。
「えーと大和の奴は月刊少年○ャンプ? 本屋行けば良いのかな」
大和は運が良くなるESPの持ち主で、仲間達から同室になりたい男ナンバーワンの称号を得ている。ドアの前に置いておくと、その部屋の奴等の食事が少し増えるらしい。
大和とは昨日も遊んだ仲である。しっかりお土産買わないと。
幸先良く書店を発見し入店する。
「○ャンプください!」
「いつ時代の話をしているんだい、この子供は。今はリープっていう売れっ子AI囲った雑誌が人気だよ。電子版しかないけどね!」
「電子版は端末がないから無理です。紙の漫画雑誌ない?」
「予算が三百円ぐらいになるとねぇ。この学習教室のチラシにも漫画載っているよ。しかもタダ」
「じゃあ、それで良いや!」
すまない大和。注文の品はなかったが別のもので勘弁して欲しい。流石にページ数が少な過ぎるので、ゴミ箱に捨てられていた新聞紙から四コマの部分も集めて確保したぞ。
お土産メモの依頼はまだたくさん残っているのでサクサクこなす。
コーラが欲しいというリクエスト。コーラは医療用という知識があったので薬局に行って黒っぽい液体を購入する。薄めて飲むものらしいので渡す時に注意してやろう。
マグロが食べたいというリクエスト。保存性を考えてツナ缶(猫用)を入手。
簡単なお菓子系とおもちゃ系はおもちゃ付お菓子で一括処理。
甲子園の砂というリクエストは、甲子園がどこか分からなかったので砂場を見つけて空き瓶に入れておいた。
「残りは半分ぐらい。長門君の紙とペン。上野の勇者の武器は……落ちている枝で良いか。テレビゲームってリクエストもあるけど、お金足りないなぁ」
こつこつ仲間達が集めた現金だったが、外の世界は随分と物価が高い。すべてのお土産を買っていないのにもうほとんど残っていない。
朝から動き続けて、気付けば午後二時だ。あっという間に時間が過ぎていく。
鼻先へと漂ってくる、道向こうの移動式店舗で売られている食べ物らしき匂い。実に暴力的だ。ボディブローのごとく匂いが腹にきて空腹が辛いが、ポケットの中の現金は使えない。
頭によぎったのは己のESP。
逡巡を表すように手をグーパーさせてから悩み、結局、店の方向に手を伸ばして超能力を発動させる。
「アポーツ」
手の中に突然、感触が生じる。
手を開いて確認すると……自分が指定した通り、店の傍にあった小石が握られていた。
アポーツ。瞬間移動の一種。遠くのものを自分の手へと取り寄せるESP。
『素晴らしい。素晴らしい能力を発現させましたよ!』
これが俺の超能力である。個人的には備後のビンゴゲームで無敗になれる力の方がすごいと思っているのだが、大人達はスサノウ計画で使えると酷く喜んでいたのが印象的だ。
『そのESPは大事にしなさい。過去の実験で分かっているが、自分の体重以上のものを引き寄せると超能力の反動で君は死んでしまう。君が死ぬべき場所は大気圏外で、小惑星をアポーツした瞬間でなければならないのですから、大事にしなさい』
人類を救う俺達が無銭飲食などという犯罪に手を染める訳にはいかない。小石を手の中でコロコロと転がして空腹を紛らせる手段にする。
休憩で立ち寄った場所だったが、そろそろ、お土産を集める義務を再開す――、
「――ねえ。食べる、これ?」
――どこからか現れた、髪の長い人が俺の真正面に立って手の物を差し出している。
外の世界に知り合いはいない。俺の背後に誰かがいるのだろうと振り向いてみたが、誰もいなかった。
「いや、君だよ。少年」
まさかと思いつつ、人差し指で自分の顔を示す。
「そう、君」
髪の長い人は上下に首を振る。肯定されてしまった。
研究所の関係者にしてはニコニコしていて友好的だ。デザインチャイルドを消耗品か何かと勘違いしている大人達と雰囲気が異なると、超能力よりも鋭い子供の直感で悟る。
「えっ、俺……ですか??」
「はい、これ」
手で差し出されているのは紙カップに収められた棒状のもの。
湯気が立っているので加熱されている。色は黄色と言えば良いのか金色と言えば良いのか。研究所で摂取する固形栄養物と似ている形なのに、香ばしい。
同じ物が移動式店舗で売られていて、道行く人が購入して口に運んでいる。
「それを、俺に、くれるのですか?」
「ずっと欲しそうにお店を見ていたから。知らない人から食べ物をもらっちゃいけない、って言われていたら仕方がないけど」
「餌付けですか?」
「どうだろう。私の気まぐれ」
髪の長い人は、俺とは性別が異なる女性という分類に入るのだろう。だが、俺の知っている女性はもっとヒステリーな感じで、こんなに柔らかい表情をしてくれないし、何より食べ物をくれない。
十歳の俺よりも年上なのは間違いないが、大人達とは全然違う。マージナルな世代、高校生ぐらいのお姉さんだ。
「やっぱりいらない?」
見ず知らずの子供に食べ物を与えようとする妙な少女、というのがお姉さんに対する世間的な評価となる。世界のどこともネットワークで繋がり近くなった分だけ、相対的に近場の人間のお節介にプレッシャーを感じるようになった時代だから、彼女の行動はあまり好ましいものとは言い難い。
……だが、残念ながら俺は外の世界から隔絶されて育った子供だ。優しさや異性というものが珍しく、ひたすらに輝かしい。
「……ああ、外の世界に出てきて本当に良かった。ボーイ・ミーツ・ガールのミーツの綴りはMEETじゃなくて、MEATだったんだ。この金の延べ棒みたいなものは肉なのか」
研究所で一生を終えるはずだった俺の運命は変わらないだろうが、優しい人間を一人でも発見できた。たった一人だけでもお姉さんのような人が住んでいるのなら、世界を救うのも無駄骨ではない。
「俺は、人類救済の意味を見付けられた幸せ者だ」
嬉しさで感極まる。
だから、立ち上がっても目線が揃わない女性を見上げて、俺は口走った。
「好きです! お姉さん!」
「…………はぃ?」
あれ、お姉さんの反応が悪い。聞こえなかったのかな。大事な事だから二回言おう。
「お姉さん! 俺は貴女が大好きになりました! 一目惚れですよね、これ! お姉さんももしかして俺に一目惚れしましたか?!」
「え、えーと。そのー。ちょっとごめんね。ちょっとシークタイム。こんな返し、演算できていなかったから最初から計算やり直しているの」
差し出された食べ物に手を伸ばして、一本を丸ごとほお張る。
……人生で初めて刺激された味覚に涙が零れた。
「こ、こんなにも美味しい物をいただけるなんて、やっぱりお姉さんも俺の事が好きなんですね」
「待って、違うから!」
「えッ」
拒絶の言葉によって、俺の心は天国から地獄に落ちていく。
世界が終わった時の表情を見せると、お姉さんはこれまで以上に困惑してくれた。
「違うって言っても、嫌いとかじゃなくて」
「良かった。好きなんですね」
「世の中には0と1以外にも量子的な重ね合わせで未確定な状態があるの!」
お姉さんは難しい事を言っているが、食べ物をくれた時点で好きな女性一位は確定してしまっている。迷惑がられたぐらいでは好きという気持ちは変わらない。
「それはそうと、これはどういう食べ物ですか。すごく美味しい!」
「これはフライドポテトっていうありきたりな食べ物よ」
「ポテト。うん、覚えました。お姉さんの名前はなんですか?」
病み付きになる棒状の美味しい食事に手が伸びてしまうのと同じぐらいに、お姉さんは好ましい。
「私? 私はまだロールアウトしたばかりだから名前は未定なのかな」
「外の世界でもそんな事があるんですね。名前がないのは言い辛いので……よし、そうだ。俺は貴女をポテト姫と呼びますね!」
「そんな名前嫌よッ」
「えッ」
腰まで届く髪の長いのお姉さん、あらため、ポテト姫に俺は惚れ込んだ。性急だとは分かっている。が、俺の製造目的を考えれば二度と誰かに惚れられる機会は巡ってこないのだ。
仮に十七歳まで生き延びられた俺がいたとすれば、今の俺を殴り飛ばしているかもしれない。けれども、俺はまだ十歳と年若いのです。




