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星姫計画  作者: クンスト
第三章 シリアルナンバー001 身投げ姫 馬鈴薯《ばれいしょ》の場合
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3-2 スサノウ計画


“私のうったえは総選挙の否定ではありません。ですが、私のプランではこの時期からの避難が必要となります。世界規模の避難なのです。安全に、全員が、完全に生き残るためにもシェルターへの避難をお願いいたします”


 先程まで一緒に授業受けていた女が全世界同時放送している。何だこれ。

 帰って来た長門ながと君にニュースの録画を見せてからかっていた最中だというのに、もっとすごい放送を同級生が流している。何だこれ。


“合わせて、星姫計画の一部開示します。世界各地へのシェルターの建設は私のプランだけではなく、シリアルナンバー002、里芋さといものプランの前段階。シリアルナンバー005、西洋唐花草ホップのプランと一致します。『凶弾』の被害が少ない地域が選ばれているため移動に不便な場所もあります。移動の際には各地の時刻表をご参照ください”


 どこでこの中継しているのだろうか、と男子寮の皆と首をひねりあう。

「たぶん、星姫区画のどこかだろ。見に行こうぜ、大和やまと。全国中継に映っちゃおうぜ」

武蔵むさし。それは夏休みの小学生の行動だと思うが」

「冗談だって。まったく、女子生徒だけで世界を動かし始めているな」

 馬鈴薯ばれいしょの髪は星姫候補にしては大人しい黒色。

 普段あまり喋らないが、声はき通っていて聞き取り易い。

 全世界同時放送の内容をまとめると、星姫計画で人類は救えるけど流れ弾に備えて避難はしておいてね、になる。台風が来たら指定の避難所に逃げるように警報が発令されるが、それと同じであると馬鈴薯ばれいしょは強調する。


“続けて、星姫計画のかなめである人工島メガフロートの位置は当面の間、秘匿させてもらいます。今朝の事件は未然に防ぐ事ができましたが、まだ察知できていないテロ行為により人工島が攻撃される可能性を極限まで低くするための処置です。ご了承ください”


 人工島の所在地は明かせないが、リアルタイムで生存報告は行い続ける。SNS姫の胡瓜キューカンバーが絶やさずつぶやきを投稿するとの事だった。

 分離していた体をドッキングしたスサノウが人工島の大地に立って、巨大ライトで照らされた。

 荒神の名を冠する二百メートル級の機動兵器。星姫の海賊版であっても兵器として転用された場合には恐るべき破壊力を有する。こんなものがテロ組織によって製造されていたという前例を出されてしまうと、人工島の安全を優先するという馬鈴薯ばれいしょの主張に異議をとなえられなくなる。

 星姫計画をになう島がどこかに消えてしまう不安があっても、人類はもう超高度AIに何もかも委託済みだった。


「世界中、馬鈴薯ばれいしょのいいように動かされている。大丈夫なのだろうか」

「武蔵の意中の星姫候補様に対して、随分と穿うがった意見だ」

“星姫計画の準備はすべて終わっています。計画に不備はありませんが、私は完璧以上を目指します”

「だってなぁ。馬鈴薯ばれいしょは身投げ姫だから」

「人類救済のために身を投げ出すって意気込みだって星姫アイドルカードのプロフィールには書いてあるけど?」


 それは違う。馬鈴薯ばれいしょの身投げの意味はそんな犠牲心から生じたものではない。

 大和は知らないだろうが、馬鈴薯ばれいしょは世界で最初に自殺しようとした超高度AIである。俺だけが知っている真実だ。

 抱え込み悩む子の多い星姫候補の一号機らしく、色々内側にめ込んでオーバーフローしてしまう性格は彼女が一番酷い。





 ――武蔵、十歳。対『凶弾』研究所。


 人類を救うスサノウ計画。

 太陽系の外から飛来する『凶弾』を撃ち落す栄光を手にする少年達を生み出した計画の名前である。


「君達は人類の英知の結晶だ。よって、君達は人類の見本として生きる事を義務付けられている。……ではたずねよう。人類の見本たる君達にとって超高度AIとは何だ?」


「父上殿。心を持たないゾンビ共です」

「父上殿。不気味な洗脳装置です」

「父上殿。人類の尊厳を奪う悪魔です」


「そうだ。その通りだ。超高度AIと呼ぶ事さえいま々しい何かだ。あんな物に人類の命運を演算させて生き延びようとする声が日に日に高まっているが、まさにこの世は世紀末。なんとなげかわしい」


 少年達は隔離施設の鉄製の部屋で直立不動。

 着ている服はすべて同じで髪型も同じ。顔をよく見れば各々個性が全然異なるというのに、全員が同じ呼吸数で呼吸しているためコピー人間を眺めているような錯覚さっかくおちいる。


 いや、遺伝子操作で誕生している少年達だ。コピー人間と立場や使われた技術にそう大きな違いはない。


 少年達はスサノウ計画のかなめの一つであり大事に生育されている。

 ただし、少年達の命が大事に扱われている訳ではない。人類の科学技術では核兵器を一千発撃ち込んでも破壊できない――実際に試して失敗済――『凶弾』を破壊する武器が、少年達のESP、超能力なのである。

 存在さえ疑われて、超高度AI的にも解析できない意味不明な現象を発生させるESP。人類はそのようなオカルトにまで手を出して生き延びようと試みている。ただ、やはり原理が分かっていないため、当初は強い効果を得られるものではなかった。


「『凶弾』破壊に成功した後は、次は人形共が敵となるであろう。そのためにも、次の訓練では実際に敵の姿を目に焼き付けてくるのだ。人形遊びで腐れ果てた施設の外を単身偵察してくるのが訓練内容となる」


「父上殿。ぜひ私にやらせてください」

「父上殿。私に、私こそが適任です」

「父上殿。私は今月の最上位成績です。この訓練でも見事な成績をおさめてみせます」


 だから、スサノウ計画ではESPを所持していると思しき人物の遺伝子を無作為に収集して、掛け合わせ、デザインした。

 試験管で培養し、製造九週間以内に通常ではありえない動きを見せた個体を観測し、遺伝子の配合を最適化してから全廃。新しい試験管で九週間実験する。

 この繰り返し。試験管を子宮に見立てた継続的な作業。

 効率性重視で実験を繰り返しても十年以上の月日がかかる地道な作業だった。


 五十世代目にしてようやくESP発現体を六割以上の確率で生み出せるようになってからは、今度は発現した超能力の同定と強化のために育成期間を延長する。三歳児まで育ててESPの傾向を調査し、スサノウ計画に有益な者の遺伝子を採取して能力向上に努めた。

 研究者達の私生活と人間性を捨てた努力により、七十世代目にしてスサノウ計画に使用可能な個体がようやく育った。それがこの少年達だ。


 ……とはいえ、七十世代を経ても安定には程遠い。


 たとえば、個体識別名、備後びんごのように成長過程で能力が縮小してしまうケースも多々あるのだ。量産によって品質の良い個体を確保するしかないと結論付けられている。どんな工場でも一定確率で不良品は生じるとあきらめるしかない。なお、備後は近く廃棄予定である。


「よし、次の訓練は武蔵むさし、君を任命しよう!」

「父上殿の期待に必ずこたえます!」


 スサノウ計画は宇宙空間に打ち上げた機動兵器にて『凶弾』の破壊を行う。機動兵器が使用する特殊装備には厳選されたESP個体を加工して詰め込む予定だ。

 宇宙的速度を有する小惑星を捕捉する観測装置には透視、遠視、未来視のESP個体の脳髄を。

 複数に分裂した惑星の破壊には同数以上の念力、発火、瞬間移動のESP個体の頭脳を詰め込んだミサイルで対処を。

 少年達は人類を救うという栄光を掴むために製造された。

 ただし、デザインチャイルドである少年達が人類の一員として見なされているかは酷く怪しい。


“――ああ、この世は『凶弾』が落ちてくるまでもなく、地獄だったのよ”


 当然ながら、人間を元にした兵器の製造は世紀末の世界であっても違法である。倫理的に許されたものではない。

 しかし、デザインチャイルドの製造を国や機関に知られぬまま二十年も続けられるものではない。人類存続という大儀の下で黙認されているのだ。いや、資金や人の流れを調べれば支持されていると言い直すべきだろう。


“人が人を使い捨てる光景が、こんなにも分かり易い形で現れてしまって。こんな人類を救わなければならないの?”

「人類の鬼や悪魔に等しい人形共を破壊しつくし、世界を人類の手に取り戻します!」

“被害者の子供達にさえ邪悪と忌避きひされているのに?? こんな人類は、救えない! 救いたくなんて、ない!”


 完璧に隔離された研究室で続けられるスサノウ計画の内容が暴かれる事はなかった。計画が世間に暴露されるきっかけさえない。

 ……例外として、方針の異なる別計画――名前はまだ未確定――の超高度AIに内側を察知されていたものの、人類に絶望する超高度AIがわざわざ人類の不正をあばく真似はしないだろう。





 窓も黒く塗りつぶされた車両が、人気のない湾岸で一人の少年をおろす。研究所の外での実地訓練の開始である。


「ひゃっはーっ! 初めてのシャバだー!」


 少年は屋外を初めて散歩する犬のようにジャンプしてはしゃぐ。


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