3-1 ひょっこり星姫人工島
今朝の食堂では、行儀の悪い事に皆テレビのニュースに夢中だ。箸を進ませるよりもテレビ映像を目で追うのに集中してしまっている。
“――我々はここにスサノウ計画の実行を――”
「本当に映ったのか!?」
「どこだ。あの裏切りもん!」
「音量上げろ。聞こえないぞーっ」
世界を震撼させるニュースが流れているのだから、多少の行儀悪さは許して欲しい。かくいう俺も空腹にもかかわらずテレビを見てしまっている。
“――これが今朝、全世界に発信される予定だったテロリストの声明文です――”
「キャスター、現場の映像に戻せ!」
「どこぞのおっさんの犯行声明文なんて興味ない!」
まあ、俺も含めて学園の生徒は全員ニュースの内容になんて興味がなかったのだが。所詮はまだ社会活動に従事していない学園生なのですよ。世界とは自分の歩ける範囲の事であって、画面の向こう側は異世界と同レベルに遠い場所なのだ。
人工島に住む俺達の場合は特に世界が狭い。ESPに発現しているデザインチャイルドなんて異常者扱いなので当然だった。
“――今朝未明に星姫計画の星姫候補、シリアルナンバー002から010が現地に突入して制圧作戦を行いました。テロリスト共は全員捕縛。星姫計画への影響はゼロ。テロリストが使用する予定だった巨大兵器スサノウは証拠物品として押収されるようです。レポーターさん、現地の様子はいかがですか?”
“――はい、こちらは現場です。『凶弾』到達までおよそ一ヶ月に迫った大事な時期に起きるはずだった大事件ですが、あそこにいる私……ごほん、私達の可愛らしい星姫候補達の活躍で事件発生前に解決されました。いやー、やっぱり星姫候補の彼女達は最高です!”
「あ、ほら、いたぞ。チラっと長門君があそこに!」
「マジかよ。仕事とはいえ島の外に出られたなんて役得だ」
俺達がどうしてテレビに注目しているかというと、男子学生の仲間、長門君がチラチラと画面端に映りこんでいるからだった。知っている人間が映っているだけだというのに何故か興奮してしまう。
“――009、水着姫が私に手を振ってくれています! 残念ですが、今日は水着ではありませんね。あちらは002、料理姫です。手料理をぜひ食べてみたいと常々思っておりましたが……はて。ははは、彼女に抱えられている小柄な少年は一体どこの馬の骨なんでしょうか。妬ましい。キぃー”
“――あ、あのレポーターさん。これ、全国放送の生なので――”
“――カメラさんズームアップ! あの少年の顔を全国中継でさらして見せ物にしてやるのです。……え、未成年は不味い? アンタ、それでもジャーナリストかッ。取材を何だと思っているんですかッ。カメラを止めるなッ!”
「現地の取材班、良い仕事しているなー」
「おーい、これ録画しろ! 帰ってきたら長門君にちゃんと全国に載ったって見せてやろうぜ」
テレビ画面内ではシリアルナンバー002、里芋に抱え込まれて頭を撫でられている長門君が赤面していた。全国で熱愛を報道されてしまって、里芋的に総選挙は大丈夫なのだろうか。
生中継されている通り、星姫候補の約三分の一が人工島の外に出張している。そのため、今朝の食堂の女子生徒はやや人数が少ない。
そういえば、長門君が映っている事ばかりに注目して、何の事件なのか聞いていなかった。
最近話す機会の多い人参と竜髭菜がいるテーブルに移動して話を聞いてみる。大和はもちろん置き去りだ。
「人類も落ち着いているように見えて不安なのよ。今回の大捕り物は三年以上前から泳がせていたグループね。決起直前の気が緩んでいるところを星姫学園の武道派を送り込んで制圧したんだって」
「長門君? って子は確か潜入捜査に男子達が誰も志願しないから仕方なく選ばれて、今日まで色々仕事していたって聞いたけど」
あー、そういえば学園に来た直後ぐらいにそんな事を言われた気がする。あの頃は新しい生活に慣れるのを優先したくて、潜入捜査係りではなく窓拭き係りの方を選んだのだった。
“――誰だ!? あの少年は! ウォンテッド! 料理姫の胸部を後頭部に押し付けられている少年は誰――”
“――はい、いったん中継を切ります。どうやら現場は混乱しているようです。解雇……ごほん、回復するまで現地のドローン撮影をお楽しみください”
テロリストが集まっていた場所は都心から少し離れた山中にある巨大施設のようだ。地下に隠されていた格納庫の天井が開かれて、中にある巨大機動兵器が丸見えになっている。
全体的に図太い機動兵器だった。重厚と例えてしまって問題はない。専門の重機がなければ建造できるものではない。
けれども、この巨大機動兵器の顔に俺達は見覚えがある。
「おーい、大和。これってスサノウじゃないか」
「そーだろうな。俺達が研究所にいた頃は頭しか出来上がっていなかったのに、完成していたのか」
人類は最初から『凶弾』対策を星姫計画一つに絞り込んでいた訳ではない。様々な国家、機関がアイディアを出し合った結果、どうしようもなくなって一つだけが残ったのである。失敗作戦、廃止作戦は多いのだ。
廃止された計画の一つにスサノウ計画というものがある。巨大機動兵器を宇宙に打ち上げて真空空間で迎え撃つというのが概要だ。地上から打ち上げた『凶弾』撃墜ロケットの失敗がトラウマとなった人類の苦し紛れの作戦だった。
巨大機動兵器に積載する武装はどうにか用意できたものの、機動兵器そのもの建造技術の無さから計画は断念されたと聞かされている。
……ちなみに、俺達の製造元の計画だ。
「あのテロリスト共、スサノウ計画の生き残りだったのか。古巣の奴等だと思うとお礼周りしたくなるな」
俺の大切な子供の頃の思い出を作ってくれた白衣のマッドの引きつった笑い声。ESPを失った俺を研究者のひょろい手足で殴ったり蹴ったりしてくれたっけ。
「行くか。武蔵。付き合うぞ」
「もう過ぎた事だ。長門君が引導を渡してくれたはずだから、そんな怖い顔するなよ。大和」
午後になって外が騒がしくなったと思えば、遠くの空に現れたのは巨大ヘリコプターの群だ。六機が協力して一つの巨大構造物を吊り下げて運んでいる。
特殊カーボンワイヤーで吊るされた構造物は機動兵器の下半身らしい。遠く後方には上半身を運んでいるヘリのグループがいる。
「スサノウだ。……えっ、人工島に運び込むの、あれ」
校舎の窓に男子生徒が集まって、海の上を経由して星姫区画に運ばれていく巨大機動兵器の下半身と上半身を眺めていた。
「あんな物運び込んで、星姫のためにパーツ取りでもするのか、人参?」
「あれ、星姫の設計図を盗用してスペックだけ合わせたものだから……」
人参は言葉を濁したが、ようするに人類の低い技術レベルで建造されているから、部品としても使い道はないらしい。設計図があっても理解できなかった装甲材は代用品のため、星姫よりもかなり重量が増してしまっている。
それでも、星姫の近似値を示す機動兵器を野放しにしておくのは危ないと判断されたため、人工島に運び込まれる事になったそうだ。いちおう、性能確認のために上下をくっつけて試験するらしいが。
「格納が完了次第、人工島は赤道に向かって移動を開始するの。絶海の孤島になるから、人類に危ない人がいてももう手出だしできなくなる。皆、安心してね」
人参が男子生徒にそう言うと、なるほどー、と皆何も考えずに納得していた。俺もその一人であるが何か違和感があった。
長門君が別便で戻ってくるという情報がもたらされると、そっちにばかり気を取られて違和感を忘れてしまう。
週終わりの放課後には密かな楽しみがある。
放課後と夕方の間。購買所で物を買えるラストチャンスでいつも買うものがある。
「星姫カードください!」
夕食前に財布を空にする馬鹿ですが、何か。
一枚千円の馬鹿みたいに高いカードを購入して、男子寮の自室に戻る。静かな場所で精神を集中しながら中身を見たいのだ。星姫カードの開封は何ていうか、静かで豊かで、救われていないといけない。
俺の行動パターンを知っている大和も部屋に戻っている。何だかんだと興味津々なのだろう。本人達をいつも近くで見ているが、それでも皆は星姫カードが大好きだ。
「……あっ」
ハサミで封を切ってカードの絵柄を確認する。
「どうした。また外れ……というのはカードの子に悪い言い方になるな。誰だったんだ?」
大和の方へと振り向いた俺は、少し後れて取り出したカードを見せてやる。
「あ、当たった。シリアルナンバー001、馬鈴薯のレア……」
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▼馬鈴薯
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“シリアルナンバー:001”
“通称:身投げ姫”
“二十五体の星姫候補の中の最初期モデル。
星姫計画が星姫計画と呼ばれていなかった頃に建造された唯一の超高度AI。
長い髪は黒色。人類と共通している理由は最初の頃は人類との相違が必要と考えられていなかったため。ミステリアスな外見のみを意識して製造されている。
初期段階の話であるが、天文学に特化している。本人は朝の占い好き”
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キンピカ加工の中では、黒い長髪の彼女が虚空を見上げている。顔は真剣で、つまり微笑んでいない。こんなに愛想の悪いカードは馬鈴薯と竜髭菜の二人だけだ。
「ESPを失った武蔵がお目当ての物を引き当てるなんて、不吉な。隕石でも降ってくるのか??」
「言うなよ。俺が一番思っているんだから」
人工島は領海を抜けて太平洋のど真ん中へと移動中。住んでいる分には、特に揺れは感じない。
「私は星姫計画の超高度AI。シリアルナンバー001、馬鈴薯です。私は世界の人々に訴えたい。人類の生存を総選挙などというお遊びまで待っていて良いのでしょうか!」
ようやく帰宅できました。
全身麻酔は大変でしたー。




