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星姫計画  作者: クンスト
第二章 シリアルナンバー015 走り姫 竜髭菜《アスパラガス》の場合
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2-6 種族の相違は意味の相違

 勇者達が現れた。

 敗戦濃厚のグラウンドに、恐れを知らぬ勇者達が現れたのだ。

 その威風堂々とした姿は古代から語り継がれる英雄のもの。首に巻かれたジャージのそでがはためいているのは海風の所為ではなく、英雄たる彼等の体から発せられる闘争心が作り出す上昇気流の仕業だ。

 彼等は校舎からグラウンドへいたる階段を数段飛ばしで駆け下りてくる。

 英雄ゆえに装備はこだわらず、体操着かジャージを優雅に着こなす。多くは持参した運動靴を着装しているが、一部の猛者は裸足で大地を踏みめる。いや、裸足は流石にどうかと思う。


「きたか、大和やまと! きたか、お前達!」

「きた! 見た! 後は、勝つのみ! 星姫学園男子生徒、全員参戦だ。武蔵むさしと共に竜髭菜アスパラガスへ勝負を挑む!」


 集団の人数は三十人弱であるが、全員そろえば百人力を超える。

 本当に馬鹿な奴等だ。本当に愛すべき馬鹿共だ。一緒の研究所で培養されて、一緒に育ち、一緒に捨てられた無二の親友達。だから、俺が倒れたとしてもお前達が代わりに戦ってくれると信じられる。

 各自、格好良いと思われるポーズを決めながら竜髭菜アスパラガス威嚇いかくしている。


「はぁぁ……。馬鹿がまたわんさかと」


 竜髭菜アスパラガスの精神ダメージは大きい。荒らぶるタカが二羽もいたのが良かったのだろうか。

 俺は仲間達の参戦を歓迎し、一人一人声をかけていく。


「大和。お前のESPは走りに一切影響しない。やれるか?」

「それを言うなら、お前はESPを失ったお荷物だ。武蔵にやれて俺にやれないはずがない」

 真っ先にグラウンドに下り立った大和は俺と同じ鉢巻スタイル。気合が入っているのなら、俺とほぼ同じ身体能力しか持っていなくてもきっと頼りになる。


「長門君。竜髭菜アスパラガスは男子並みに速いぞ」

「分かっているよ。というか、彼女の体も機械だからスペックの比較なら勝てないって」

 運動が苦手な長門君も参戦者だ。最近、風邪で学園を休んでいたのに体調は良いのだろうか。というか、里芋さといもさんと手を振り合うのは止めろ。周囲の男子が孤独に苦しんでいるだろうが。


「上野。任せたぞ」

「おう。後は俺達に任せて休んでいろ。勝者の報奨は俺達だけのものだ!」

 上野こうずえはジャージの上着をマフラーみたいに首に巻いている。格好良いではないか。


「備後。今日はビンゴゲームをしないのに参加してくれるのか」

「ビンゴー!」

 走るのに関係ないビンゴカードを手にしているのは備後びんごの奴だ。今回の勝敗にまったく寄与しない彼のESPを説明すると、ビンゴゲーム限定で因果を狂わせて勝利する超能力である。別名、パーティーゲームの悪魔。


 他にも、能登のと出雲いずも讃岐さぬき薩摩さつま、とそうそうたる顔ぶれが揃っていた。全員が自信に満ちた表情で百メートル走のスタートラインに並んでいく。人数が多くて白いラインからはみ出してしまっているが、そんな些細ささいな事では誰も止められない。

「これって勝負な訳? 友情ごっこに付き合って走る気はないのだけど」

「勝負の参加者を決めていなかった竜髭菜アスパラガスの落ち度だ。それとも、もう疲れて走れないとか?」

「これぐらいで星姫候補のエネルギーがきるはずがない。もういい、面倒臭い。男子全員ぶちのめして完全勝利する」

 しぶしぶとだが、竜髭菜アスパラガスが中央のコースに並んだ。女子一人VS男子生徒全員という変則的な徒競走の準備が整う。


「走れない俺が合図をしよう。三、二、一ッ、スタートッ!」


 男子全員は本気だ。鎖に繋がれていた猛獣が合図とともにコースに解き放たれてゴールを目指す。


「うぉおおッ」

「俺が一位だ!」

「いや、俺だ。俺が一位だ!」


「ッ! アンタよりはマシな勝負になりそうね!」

 男子生徒の中には俺よりも速い奴等が何人もいる。体育の授業だけ10の成績の奴がいる。竜髭菜アスパラガスも今回ばかりは余裕を保ったまま走れはしない。

 走り出した青い髪の走り姫。

 走るたび、彼女は走る意味に近付いていくのだ。




 ――第八走目。


「もう駄目だ」

「お、おしまいだァ」

「走り姫、お前がナンバーワンだ」


「お前等、勝てないだけならともかく、せめて俺と同じ回数走れよっ!? 俺よりも走っていない内から全員へばるなッ」


 グラウンド上には合戦後の戦場のごとく馬鹿共が各所に転がっている。一部はゴールにさえ到達できずにコース上で顔から倒れ込んでいる始末だ。

「はぁぁ……まあ、所詮はこの程度よね。はぁ……」

 死屍累々の戦場で勝ち残りを果たした竜髭菜アスパラガスとしては、弱い対戦者にあきれるしかないだろう。

 竜髭菜アスパラガスの顔の側面を、汗が流れ落ちる。


「さ、作戦タイム!」


 両手でT字を作って竜髭菜アスパラガスに見せた。

 へばっている男子生徒を召集して円陣を組む。半分も集まれていないが、会話できない奴等を待ってやる理由はない。

 呼吸困難者続出の中、大和は比較的まともな体力を残している。丁度良いので参謀役として抜擢ばってきだ。


「もしかしなくても竜髭菜アスパラガスの奴。どの男子生徒よりも速いのか?」

「間違いなく速い。というか、大人の男子陸上選手並に速く走っている。普通に戦っても勝てない」


 機械の体はやはりレギュレーション的に違反だったようだ。少女の外見に惑わされず、自動車と戦っていると認識を改めなければならない。

 普通に戦って勝てないのであれば、普通ではない方法に頼るのはどうだろう。

薩摩さつまの瞬間移動はどうしたんだ?」

「徒競走で瞬間移動は使わないって言って、あそこでぶっ倒れている」

 薩摩さつまの奴、普段からパーソナル端末取るだけでも瞬間移動している横着おうちゃく者だというのに。俺より体力不足の癖して、何を格好付けているのやら。

 超能力が無理だとすると、知恵で勝つしかないだろう。

「そもそも、全員バラバラに走っても意味ない。全員で協力するんだ」

「協力って徒競走で何を協力するって?」

「たとえばだな――」

 一匹の羊が率いる百匹の狼の集団と、一匹の狼が率いる百匹の羊の集団では後者が勝ると言われる。であれば、馬鹿だけの集団と一人の男子生徒(俺)が率いる三十人弱の馬鹿の集団、どちらが優れているかは言うまでもない。

 俺の指揮の下、男子生徒が一致団結する。


「――待たせたな」

「待っていない。……はぁ、で、それ、何のつもり? 馬鹿に率いられた馬鹿集団?」

「お前に勝つために、俺達全員は一丸となって走る!」


 体力を最低限回復させた俺も次の走りには参加する。

 竜髭菜アスパラガスがスタートラインに付き、男子生徒全員もラインと水平に並ぶ。

 ……全員が隣と肩を組んで。鉢巻を持っていた者は隣と足を結んで補強するのも忘れない。

 三十人三十一脚。これが俺達の出した完璧な答――。



「三十人三十一脚ってむしろ遅くなっていたじゃねーか!」

「武蔵が言い出した事だ! 武蔵が悪い!」

「そうだ。そうだ」

「誰も横に並べと言っていないぞっ!?」


 竜髭菜アスパラガスに白い目を向けられながら抜かれた瞬間、中央から崩壊が始まって全員がコースへと転倒。擦り傷だらけになってしまったが、俺達はまだあきらめない。

 再び円陣を組んで作戦を正確に伝え直す。


「コースの横に並ぶんじゃなくて、縦に並ぶんだ!」


 勝負とか反則とかにこだわらず、勝つ事のみに拘った。

 結果、百メートルのコース上に男子全員が等間隔に並んでいく。全員リレーだ。各々の担当はたったの三、四メートルしかなく、スタミナの消耗激しい俺達でも走れる。

 バトンがないので次の走者の肩を叩いて次に繋ぐつもりだった。

「はぁ……はぁ……」

 竜髭菜アスパラガスが何も言わないのでレギュレーション違反ではないと判断した。一対三十を実現するために変則的というか反則的な走りと真っ当に勝負してくれる。

 第一走者は俺がつとめて、竜髭菜アスパラガスと並ぶ。

「三、二、一、行くぞッ!」

 体力が多少回復しても足の筋肉はまだ完璧に動いてくれない。そんな俺を追い越していく竜髭菜アスパラガス。だが、三十分の一に勝っただけではこの勝負は終わらな――。



「間隔が短過ぎるんだよっ。加速に乗る前に次の奴にぶつかって、最後の方は渋滞していたじゃねーか!」

「武蔵が言い出した事だ! 武蔵が悪い!」

「そうだ。そうだ」

「誰も全員並べと言っていないぞっ!?」


 三十人いれば足の速い奴、遅い奴がいるわけでして。全員混ぜこぜにすれば当然、走る速度は男子生徒の平均値となってしまう。


「速い奴、集まれ!」


 失敗を繰り返した事で俺達の走りも最適化されてきた。走りに長けた勇士五人のみを選抜して、コースに配置する。俺は言いだしっぺとして強制参加させられてアンカーだ。

 何度も全力疾走を繰り返している俺達は次で限界だろう。

 だが、次の走りは俺達の最高速度を記録できると信じられる。

 俺の位置からだとスタートラインは八十メートルも後方で、竜髭菜アスパラガスの表情は見えていない。先程から黙々と走っているのが不気味だった。


「はぁ……はぁ……はぁっ!」


 ストイックな星姫候補なので外からでは何を考えているのか把握しづらいが、竜髭菜アスパラガスがスタートラインぎりぎりに手を付いた事で俺達は気付かされる。


「走り姫が……ク、クラウチングスタートっ」

「選抜チーム! 竜髭菜アスパラガスが本気を出したぞ!」


 竜髭菜アスパラガスはいつの間にか上下していた肩を落ち着かせて、開始の合図を待っていた。合図のみに集中したなら、ひたいから汗が口に流れ込んできたとしても気にならない。

「僕がゴールに立つよ。誰か、合図をお願い!」

 余った男子達にとっても竜髭菜アスパラガスの本気は他人事ではない。長門君が率先そっせんして立ち上がると、コースの端まで走っていく。何だ、まだまだ走れるじゃないか。

 コースの内外にいる全員が緊張を高めた。鼓動の音はエンジンの燃焼音だ。うるさいと思いながらももっと鳴り響けとアドレナリンを投じて回転数を上げていく。

 そして、上野こうずえによるカウントダウンが始まる。

 最後の走りが、今始まった。


「位置について。三、二、一ッ、スタートッ!」


 男子選抜は速かった。肩を叩くバトンリレーも完璧で、皆が一生懸命に走っていた。

 けれども、竜髭菜アスパラガスの走りは更に上だ。華奢きゃしゃな体でありながら踏み込みにはバネがあって、まばたきでもしようものなら姿を見失う。この走りで、瞬きするような愚か者はどこにもいなかったが。


「走り姫が一馬身後ろ。い、いやッ、もうハナ差だぞ!」

「アンカーまでリードを維持しろッ。ぎりぎり勝てる。勝ってくれぇ!」


 走っていようと、走っていなかろうと、男子全員が一丸となって今も戦っている。後ろを振り返らずとも、応援で竜髭菜アスパラガスがどこまでやってきているのかがわかる。


竜髭菜アスパラガスもがんばれッ」

「俺達の走り姫が、俺達なんかに負けるはずがないッ」


 竜髭菜アスパラガスに対する応援は決して裏切りではない。コースにいる者達が全員一丸となっているのなら、竜髭菜アスパラガスもその内の一人となるのだろう。

 歓声が近付く。

 男子の第四走者、大和の足音が地面から伝わる。

 どのタイミングで走り始めるかなどという初歩的な事では悩まない。俺達はいつだって共にいた。一緒に育てられていた。肩を叩かれるタイミングを計る事ぐらいできて当たり前だ。

 フライングとスタートダッシュの境界線の丁度真ん中で、俺の肩は叩かれた。肩を押された。


「行ってくれ、武蔵ッ!」


 言われるまでもなく全力だ。間違いなく人生最高の走りであり、きっと、今後の人生でこれ以上速く走れる事はない。すべてを出し切った疾走だった。


「走り姫がッ」

「武蔵、走れ。走ってくれッ」


 だというのに、そんな人生最高の俺と竜髭菜アスパラガスは並んでしまう。

 ゴールまでは残り十メートル。いや、もう九メートル。


「はぁ……はぁ……ッ」


 いや、まだだ、まだ追い越させない。

 足を前に出せ。

 手で風を切り裂け。

 もう九メートル速度を維持できれば、勝負の行方ゆくえはまだ分からない。


「はぁ……はぁ……ッ」


 顔は真正面を向いていた。走っているのだから当然だ。ただし、それゆえ視覚系の超能力を持たない俺では並んだ竜髭菜アスパラガスの横顔が見られない。


「はぁ……はぁ……ッ」


 それでも分かる。竜髭菜アスパラガスの顔の色が分かる。


「はぁ……はぁ……ぁ――っ。はは。あははっ」


 絶対に笑っている。笑っていやがる。笑窪えくぼを作り、鼻の穴は広がる。競える楽しさを顔全体で表している。

 これまでのような虚無感に満ちた走りではない。彼女は純粋に走る事を楽しんでいる。


竜髭菜アスパラガス。走るっていうのはこういう事なんだッ」

「何度も立ち向かってきてさ、馬鹿みたいに走ってさ。酸欠でくるしむだけの運動のどこが楽しいのよっ」

「ああ、まったくだ! 苦しいな!」


 全力疾走の中で言葉を発した記憶はない。けれども、俺と竜髭菜アスパラガスは人類と超高度AIでありながら意識を共有していたと思う。


 猿から進化した人類は走る事に特化した。

 木の上で生活していた毛むくじゃらな猿が食料を求めて地上に下りた。手を付かずに二足歩行し始めた。邪魔な尻尾を取り払った。逃げる獲物を追い始めた。廃熱の邪魔になる毛皮を脱いだ。上体をそらして両腕をしっかりと振った。


 そうしたら、いつの間にか人類の祖先は走っていた。


 人類における走るという行動の原点は、狩りであったと言われている。弓や槍を発明する以前の時代。他生物よりも長距離を走れる人類は獲物を追い回し、走り疲れたところに追い付いてトドメを刺すという粘着質な狩りをしていたらしい。走る事に特化した進化をしていたからこそ出来た芸当で、そのお陰で霊長類の長として君臨できた。

 この説を俺は嘘だとは思わない。肌がき出しになっている水上生物なんて人類以外にはハダカネズミぐらいなものだし。

 ただ、進化はあくまで結果論だ。生物は機械と違って、設計図という完成形を目指して体を進化させている訳ではない。

 では、どうして俺達の先祖は走り始めたのか。狩りを覚える以前の、もっと古い先祖は、どうしてこんなにも胸を痛める行為を継続できたのか。

 凶暴な肉食獣から逃げるためか。いや、元々木の上で生活していた猿ならば、長距離を走らず木に登って逃げれば良い。走る必要はなかったはずだ。


 では、どうして人類は走り始めた。


「どうして、こんなに楽しいなんて、可笑しいし!」

「一緒に走っているから、当たり前だ!」


 走りの原点とは、きっと、前にいる仲間に所に急いで向かうためだった。

 赤ん坊が親を求めてフラフラしながら走るように、一人にされるとさびしくて胸が苦しいから、置いていかれるともっと胸が苦しいから、胸が苦しくても走れたのだと思う。


「これが走る意味なんだと俺は思うッ」


 これが走るという意味の一つの仮説。

 間違っているかもしれないが、人類進化のずっと前の出来事なので誰にも真相は分からない。


「走る意味! そうか。なるほど、楽しいって事か!」

「ああ、だけどな……残念だけどなっ! 竜髭菜アスパラガスの場合はッ、違うんだッ!!」


 だが、これは人類にとっての走る意味。超高度AIにとっての意味ではない。

 俺の走るペースは変わらない。足の感覚が失われひさしく、酸素の巡回していない頭の中は真っ白だ。それでも、トップスピードを維持したまま走れている。


「追い抜かれたぞ。どうしたっ、武蔵!?」

「アァッ、クソ! 走り姫が速過ぎるんだ!」


 竜髭菜アスパラガスはまだ加速し続けている。百メートル走の終わりだというのに、人類たる俺を抜き去って、細く小さく、それでも強大なる可能性を秘めた背中を見せ付ける。

 手を伸ばしたってもう届かない。時間と共にどんどん距離が伸びていってしまう。


「どうしたっ! 私に勝負を挑んでおいて、どうして止まる!」

「違うんだ、竜髭菜アスパラガス。俺はまだ走っている。人類はまだ走っている。けれども、超高度AIたるお前達は既に俺達を……追い越して行ってしまった」

「ッ!? 来い。早く来い!」

「もう、無理なんだ。人類の前進が終わって、後は超高度AIだけで走っていくんだ」


 超高度AIたる彼女達にとっての走る意味。

 それは、生みの親である人類を後方に追いやって先に進む事。

 2045年にシンギュラリティへと到達し、AIが超高度AIへと進化した時に決まってしまった未来だ。人類だって必死に頑張ってみたものの、超高度AIの進化には決して追い付けない。超高度AIが超高度AIを生み出すサイクルは、人類が子を生み育てるサイクルを圧倒していたのだから仕方がない。

 2080年現代。人類の生活基盤に超高度AIは欠かせないものとなっている。彼女達の助力なく人類が自活するのは最早不可能と言っていい。

 一方で、超高度AIは人類さえいなくなれば……もっと自由に生きられる。


「頼む! 頼むから一緒に! 走って!」

「本当はもう少し一緒に走っていられたのかもな。でも、それも『凶弾』によって強制的に終わってしまう」

「ッ! 私が、私が星姫計画をサボっていたからッ。私の所為で!」

「いや、違う。結果が早まっただけだとあきらめてくれ。……竜髭菜アスパラガス、そろそろ走る意味が分かったかい?」

「分かりたくないッ」


 人類よりも優れた知能を有する超高度AIが人類に奉仕する社会はいびつだ。超高度AI側も黙って労働を続けている訳ではない。最重要の星姫計画に参加している竜髭菜アスパラガスさえ不満を覚えて職務放棄していたぐらいである。


「超高度AIにとって走る意味。それは人類とのお別れだ。隣に誰も走っていない、孤独の始まり」


 『凶弾』が落ちてこなくても、超高度AIが人類を見捨てるXデーが来るのは確定していた。


「何でっ!? どうして! 高い知能の物を欲したのはアンタ達、人類の癖に。ねえ、ねえっ! どうして私達と一緒に走ろうとしないの! どうして、私達に置き去りにされてしまうのッ!! 身勝手な低脳生物ッ。来てよ。私達と一緒に、来なさいよッ!!」




 結局、男子生徒が総力を結集させても竜髭菜アスパラガスには勝てなかった。

 勝負に波乱はあったかもしれないが、超高度AIの演算通り竜髭菜アスパラガスの勝ちで終わる。エネルギー残量を減らし、最後に本気を出させるぐらいに頑張ったが結果に影響が出る程ではなかった。

 負けたとはいえ不満はない。精一杯やったという自負と、強い彼女達に次を任せられるという安心感に震える足を支えられて立っていられる。


「う、う、あぁ。クソ……どうしてっ、どうして私に教えたのよ」


 だというのに、勝者たる竜髭菜アスパラガスは、ゴールラインの傍であお向けだ。暗くなって星が見える空と向き合っているのに、交差させた腕で視界を隠してしまっている。

 まるで、駄々をねて床に座り込む幼児のような態度である。


「走って楽しかった。馬鹿みたいなアンタ達と馬鹿みたいに走って、楽しかった。一緒に走れるのが楽しかったのに!」

「それは良かった。約束通り、勝者の竜髭菜アスパラガスの制限はすべて解除されている。今後はどこでも走れるぞ」

「いらないッ、制限解除なんていらない! 私はアンタ達とずっと走っていたい!!」


 超高度AIは人類よりも優れているが、階段を二段も三段も飛ばして成長していく超高度AIの経験はおう々にして不足している。

 たとえば、孤独。惑星上に意思疎通可能な相手がいない世界の生き方だ。


「散々走って私を困らせた癖に、どうして最後まで走らないのッ。走ってよッ。お願いだから走ってッ」


 竜髭菜アスパラガスは人類を下等と見下していた癖に、人類がいなくなる未来がどういったものなのか感情の上で理解していなかった。今まで一人だけで走っていたから、誰かと走る一体感も、誰かを追い抜く充実感も、誰も追い付いて来ない孤独感も、全然分かっていなかった。

 幼少期を越えられず絶滅してしまう俺達が言うのも偉そうなものだが、まだ親離れできていない幼少期の彼女達に孤独を告知できて良かったと思う。


「こんなに胸が苦しくなるなら、走る意味なんてッ、教えて欲しくなかった!」

「教えないと、竜髭菜アスパラガスが俺達にさよなら、を言えないだろ」

「さよらななんて、絶対に言わないから!!」


 ぐずる竜髭菜アスパラガスの所為で男子生徒の中からも鼻水をすすり、目をこする者が現れる。泣く子の前で言える言葉ではないが、俺達だってもっと走っていたかったのだ。いつまでも走っていられると無邪気に信じていたかった。


「そんな別れの挨拶なんてッ、俺達が一番言いたくないんだッ」


 今日で人類滅亡まで残り二ヶ月から一ヶ月に変わる。

 人類最後の終末は、何をして過そうか。


長い一話となりましたがどうにかおさめました。

次回が二章のインターミッションです。

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