転入一月目 蜜柑-11
脱力してしまった蜜柑に対して改めて告げてやる。
「無理な事に挑戦するのは無駄だと言っていたよな。どうだ、その無理を覆された感想は? 無駄ではなかっただろ」
「……よく頑張りました、とでも言うと?」
敗北者らしいと言えばその通りであるが、酷く恨めしそうな目線だ。超高度AIに人類が勝利したのだから、少しは褒めて欲しいものだ。
「人間の底力に感動でもすると? 馬鹿馬鹿しいですね。あなた方の努力が証明してしまったのは、私が人間に敗北してしまったブリキ人形以下の何かという事実です」
ナーバス入っているな、この超高度AI娘。
元々の性格を知らないため何とも言い難いが、少なくとも今の腐った柑橘系な不貞腐れた態度は違うだろう。何かがあって投げやりになるというのは若人にありがちであり、きっと、数年後に思い出して顔から発火するに違いない。
「ゾンビミカンちゃんに染まっているな」
「どうせ、私は腐っていますよ」
「無理を無駄だと諦めていると、本当は達成できる事だって実現できなくなる。そこは認めてみないか?」
「そうですね。超高度AIなんて実際は人類の手が届く程度のブリキ人形でしたね」
「よく分からないが、蜜柑は諦めたくない事があるのだろ」
超高度AI製の超硬合金の金属柱を斬る事を、蜜柑は諦めたくなかった。そうでなければ、道場で毎日向き合い、毎回斬るのに失敗し続ける無駄を続けたりはしない。
演算では既に不可能と答えが出ていながら感情は答えを否定していた。超高度AIとしては非常に苦痛な日々だっただろう。
「諦める必要はない。人類に超高度AIが負ける事があるのなら、蜜柑が金属柱を斬る事だってあると信じられるだろ」
「……人類に負けたブリキ人形のどこが信じられるのです」
「駄目だこりゃ」
体育座りになって畳に『み』の字を書いていて、俺の言葉なんて耳に入っていない。完全に自信を喪失してしまっている。
「信じたとして、私達にはもう時間が――」
「仕方がない。誰か、取ってきてくれ」
数名の男子が道場を出ていき、すぐに戻ってくる。
取ってきて貰った品は綺麗に両断されたスプーンである。逃走中に日向が蜜柑に向けて投げ、両断された残骸だ。
「気付かなかったのか、蜜柑? このスプーンは敢えて日向に投げさせた」
「……それが何か?」
「普通のスプーンを日向は持てない。すぐに溶ける。例外は……超硬合金だけだ」
暗いエアロックでは確認できなかったが、両断されたスプーンの色合いは超硬合金特有のものだ。
首の部分の断面は平面であり、刃で切断されている。日向が溶かしたのであればもっとドロドロしている。
「…………え?」
「蜜柑は超硬合金を斬れた。無理を突破したんだ」
両断されたスプーンを手渡すと、蜜柑は手を震わしている所為で落としかける。
断面を検めて、材質を確認し、事実をゆっくりと飲み込んでいく。
「今まで、何をしても斬れなかったのに、どうして!」
「蜜柑は絶対に斬れないと考えながら挑んでいた。そんな気持ちで成功するはずがない」
「気持ちの問題ってっ! そんな馬鹿な!」
「でも、斬れているだろ。ただのスプーンと思って斬れたなら、気持ちの問題以外に原因がないじゃないか」
まあ、実際は物質の厚さが原因ではないかと思う。騙して斬らしたら案外、簡単に成功するのではないかという思いつきが、偶然、うまくいっただけとはここでは言うまい。
「蜜柑。俺達はお前に、自信、をアペンドする」
人類の道筋は無理という壁ばかりだった。
遠くと一瞬で連絡を取り合うのが無理だった時代がある。
空を飛ぶのが無理だった時代がある。
三十歳まで生き残る事さえ無理だった時代がある。
「蜜柑は無理だと諦めたかったのか。そうだったら、邪魔をした」
「……そんなはず、ある訳ありませんよ」
無理ばかりだ。諦めるという考えさえなく、自然の摂理や常識として受け入れていたはずだ。だというのに、どうやって人類は数多くの無理を突破してきたのだろうか。
根拠、などという後付けがあったからではない。
むしろ逆、自信、という根拠なき意思だけがあった。自分を信じるではなく、自分だけを信じて摂理や常識を否定した結果、摂理や常識の方が変化していったのである。
「信じてみないか、蜜柑。無理だから無駄だってクレーバーぶるよりも、馬鹿でも信じてみないか」
「……簡単に言わないでくださいっ。わ、私だって、諦めたくなかった。本当は自分を信じていたかった。でも、無理だから、どうしても無理だから! でも!!」
「馬鹿な弟子だな。諦める方が無理だし無駄だろ?」
「お師匠っ」
二つに斬れたスプーンを握りしめて肩を震わせる蜜柑。
蜜柑が本当に超硬合金を斬れるようになったかは怪しいが、少なくとも、もう諦める事を諦めてくれるだろう。
「……なぁ、武蔵」
「師弟の感動のシーンだ。邪魔をしてくれるなよ、大和」
「…………なぁなぁ、武蔵」
「だから今は感動のシーンだって」
大和がしつこく俺の背中をタップしてくる。鬱陶しいから手短に用件を話せよ。
「いや……。蜜柑が超硬合金を斬れるなら、お前の腹も斬れてなくね?」
……何を馬鹿な事を。
確かに腹は斬られたが、超硬合金の板を服の下に入れておいたから無事である。
実際この通り、腹に一本の横線が走っている所を押しても、まったくスライドなんてしなくて、ちょっとずつ傾いて……おや、何故か急に意識が遠のいていく?
「血が噴水みたいに噴出したぞ?! うげぇ」
「武蔵が死んだぞ! なんて事だ。あのAIたらし、ついに刃傷沙汰で滅んだか」
「誰か、ノリか接着剤を持ってこい。セロハンテープでもいいぞ」




