転入一月目 蜜柑-7
蜜柑へ挑戦を開始して二日が経過した。
未だに一太刀どころか一歩も移動させられていない。実力差は嫌ほどに痛感したため、闇雲に戦いを挑むのを止めていた。野郎で円陣を組んで作戦会議だ。
「蜜柑、ちょっと強過ぎないか?」
「超高度AIの実体は消費電力が多いはず、繰り返し挑めばスタミナ切れかヒートオーバーを起こすと考えていたが、安直だったな。最小限の動きで消耗を抑えている」
大和の言う通りだろう。一歩も動いていない理由はただの恰好付けではなく、消費電力を抑えるためか。あるいは、道場の床に遠隔給電装置でも仕込んであるのかもしれない。
「勝つためには移動させる。移動させてスタミナが減った瞬間を狙う。それしかない」
「問題は人間の俺達の方が先にへばるって点か」
軽いウレタン刀を振っているだけと言っても、不慣れな剣道だ。蜜柑
と比較して動きに無駄の多い俺達はすぐに汗だくになってしまう。
蜜柑に挑戦する前に肉体作りを行うべきとなり、道場に並んだ俺達は素振りを開始する事にした。
「竹刀で素振りした方がいいのか?」
「そもそも、素振りの方法も分からない」
教員のいない星道学園の悪さが出ている。授業がすべて自習というのは楽園に見せかけた砂漠の大地である。
蜜柑に勝つためには学びが必要だ。ここは、AIに知性がない頃から始まった人類の習慣、まずはAIに訊いてみようを実践するとしよう。丁度、傍に暇そうにしている超高度AIがいる。
「無花果、教えてくれない?」
「うーん、私が教えてもいいけれども、もっといい適任者がいますね」
「誰だ??」
「蜜柑です」
その蜜柑に勝ちたくて練習したいのですが。
「別にいいですよ。どうせ、変わりませんから」
敵に塩を送って塩分過剰で高血圧にしたいのかな。
俺達と戦っている時間を除いて、蜜柑はいつもの金属柱と向き合い続けている。時々、居合を放っては真剣を刃こぼれさせており、斬るに至っていない。
「忙しくはなさそうだが、そっちの金属はいいのか?」
「だから別にいいですよ。どうせ、斬れませんから」
投げやりな超高度AIである。まぁ、剣術を指南してくれるのであれば、ありがたく教えを乞おう。
刀の持ち方さえ間違っていた男子生徒が、蜜柑の指導によって見かけは随分と様になった。
「右手は添えるだけ? バスケと違うのか」
「逆に、どうしてバスケと同じだと思ったのですか。左手も気を付けてくださいね」
やる気はなさそうであるが、教え方は丁寧な方らしい。
せっかく会話できているので色々と気になっていた事を訊いてみるか。
「なぁ、タンバリン」
「蜜柑ッ!」
「どうしてあそこの金属柱を斬りつけているんだ? 訓練にしても毎回、刀を刃こぼれさせて勿体ないだろ」
ポニーテールを少し揺らした蜜柑は、話題の金属柱へと視線を向ける。
「執拗に斬りつけて、まるで親の仇みたいに」
「言い得て妙ですね。まあ、似たようなものですよ」
金属柱と対峙する蜜柑は真剣そのものだ。俺達と戦う時とは明らかに違う空気を醸している。
なにせ、渾身の居合を放って傷一つ付かない金属柱を見て、いつも奥歯を噛み締めている。遠くから眺めているのに分かるくらいの悔しがり方だ。
「そもそも、あの金属柱って何で出来ている。金属にしても傷跡がまったくできない固さって、チタン合金か?」
蜜柑の技量が達人級である事は身で味わって理解している。そんな彼女の居合を受けても、新品のアルミホイルみたいな表面を保っている金属柱は異様に固い。
「あれはモース硬度19に相当する超高度AI製の超硬物質です」
……モース硬度って10が最高だった気がするのですが。
「あずきバーより固いの?」
「あずきバーより固いです」
いつの間に超高度AIはそんな超硬物質を生み出して……いや、人類に隠し事が多いからな。
「私はあの合金を斬りたいのです」
「斬りたいだけなら、なまくら刀を使わずにレーザーブレードを使えばいいのに」
「やってみせましょうか?」
そう言うと金属柱へと向かっていった蜜柑は、どこぞより取り出した懐中電灯のような柄を握りしめて、レーザー発振をオンする。
「ヒィッ」
「ご乱心か?!」
「殿、松の廊下にございますっ」
電気が流れるような音と共に伸びるレーザー刃に、直近のトラウマを想起させられた男子生徒はおののいた。素振りを止めて、凶器を手にした蜜柑の動向を遠巻きに注視している。
斜めにレーザーブレードを構えて、下から上へと振り切る。
哀れな金属柱は斜めに滑り落ちてい――、
「――無傷だと?!」
――人間だって骨ごとスパスパ斬れるレーザーブレードで斬られたというのに、金属柱は焦げ跡さえもなく表面はピカピカだった。
「固いんですよ、これ。固過ぎなんですよ」
「いやいやいや。だったら、どうやって加工するんだ」
「専用の触媒を使い、高圧高温下でギリギリ削れます」
つまり、真剣ごときで斬れる品物ではないのだな。
いや、ダイアモンドを削るためにダイアモンドを使うと聞いた事がある。同じ超硬金属で作った刀ならば斬れる可能性はあるかもしれない。
「その手もこの素材に対しては使えません。それに、手持ちの剣だけで私はこれを斬らねばなりませんので」
超高度AIでなくても分かる無理ゲー感だ。どうしてそんな課題にワザワザ挑んでいるのだろうか。
「そう、無理な事はもう分かっている。私はこれを斬れません。だから、あなた方も諦めてしまえばいい」
蜜柑は馬鹿にした口調で男子全員を見て言った。斬れない金属柱を斬ろうとするのと同程度に、超高度AIに人間が勝つのは不可能なのだと言っている。
反論したくはなった。が、目標がオリンポス山よりも高い事実は否定できない。実際、正攻法で勝てるビジョンが一切浮かばない。
俺達の今の状況はまさに、無理に対して無駄を働いてしまっている。
どうして蜜柑に反論できようか。
「無為に過ごして、ただ時間が過ぎる日々が怖い。だから自分は頑張っていますよ、こうアピールのためだけに努力を続ける。別に情けないとは思いませんよ。愚かとも言いません。ただ、笑えもしませんが」
「いや、あのなぁ、蜜柑」
それでも、蜜柑の腐った態度は見過ごせない。彼女の態度は決して許されたものではない。扉の開いた巣箱から逃げ出さないモルモットを見ているようで、気に喰わない。
絶対に何か言い返してやる。
……と、心の中で考えている隙間に、俺ではなく別の男子生徒、声から察するに日向が会話に割り込んでくる。
「――そんなにそこの金属が邪魔なら、俺がどけようか?」
遠くにいたからだろう。俺と蜜柑の話を断片的にしか聞いていない日向は、決して斬れない金属柱が邪魔になっていると勘違いしたらしい。
トコトコと歩いて金属柱の前に立った日向は、床から突き出した超硬物体に触れる。
「どかす? はっ、何を言っているのですか。床の下まで貫通させているので動かせるものではありませんよ」
「よっこらせ」
「引っ張り出す事もできません。まして、手で掴んで飴細工のように曲げて引きちぎるなんて馬鹿な真似は――」
「おおー、固い金属。クロム鋼かな。おー、よしよし、よっと」
「――馬鹿な真似は……ま、ままッ、曲がったっ?!」
日向が数回、手で撫でた金属柱はデレたツンデレみたいにぐにゃりと曲がった。熱を加えていないのに液状化していた部分を手刀で切り取ってしまう。
特に不思議な光景ではない。日向はサイコキネシス系でも特に、スプーン曲げに特化した男である。奴に攻略できない金属は存在しない。異性は一切攻略できないが。
「重っ。念力でないと運べないぞ、この重量」
切り取った金属柱をどこに運ぶかで日向は悩んでいる様子であるが、大丈夫だ。もっと別の事で悩む事になる。
「――お師匠。どうかッ、私を弟子にしてくださいッ!!」
蜜柑が日向の前にスライディング土下座を敢行していた。




