転入一月目 蜜柑-6
男子生徒が一人、ウレタンソードを手に斬りかかる。
「チェストーッ」
上段斬りで突っ込んだものの、蜜柑の間合いに入った途端に冗談みたいに吹き飛んだ。
「踏み込みが甘い!」
すぐに次の男子が攻め込むが胴を打たれて蹲った。
「昨日、十七分割されてから好きでした。俺が勝ったら付き合ってくださいっ」
更に次の男子は即死。
「備後、出雲。ジェットストリームアタックだ」
「ビンゴーっ」
「りょーかい」
一人では埒が明かないと三人同時に挑んだ奴等もいたものの、生存時間は一秒も延びただろうか。
なお、蜜柑はこの間、試合場の中央から動いていない。既に二週目、三週目の男子生徒がいるというのに、刃を当てるところか一歩移動させる事さえできていないとは情けない男共め。
「お前も戦えよ、武蔵」
打ち取られたばかりの大和が俺をウレタンソードでグリグリ刺してくる。
実力差は明白だ。正直、戦う前から敗北は分かっているので気は進まない。超高度AIが設計した実体と超高度AIの思考速度に人間が勝てるものではない。
「ふれー、ふれー、武蔵君」
「……無花果、あのなぁ」
チアリーダー姿の女子生徒の声援が白々しい。無花果も謎多き超高度AIである。女子生徒側、しかも星道学園の生徒会長たる彼女が本気で人間を応援するものか。
「どうして武蔵ばかり女子に応援される」
「母校に還ったら絶対に馬鈴薯にチクってやるぞ」
「帰るまでお前の命が続くと思うなよ。夜道には気をつけな」
なるほど、内紛によって俺を誅するつもりか。これが星道学園のやり方か。
「純粋に応援していますよ。がんばれー、武蔵君。他の男子達もふれーふれー」
「代われ、武蔵。俺がやる」
「無花果、お前に勝利を」
「ふ、まさか俺にフアンができるとは。人生分からないものだ」
無花果の声援を受けた愚か者共が波乱なく打ち取られて俺の番がやってきた。
素人ばかりとはいえ何人も倒しているというのに、蜜柑は汗一つかいていない。抜刀姿勢で俺を待っている。
「万に一つも、億に一つも、兆に一つさえも、あなた方に勝機はありません」
慢心ではなく歴然とした事実。一切の隙がない。
超高度AIとしてのスペックの高さも当然ながらあるが、これは、蜜柑の研鑽と努力に打ち立てられた自信なのだろう。
「なんでしたら超能力とやらを使ってはいかがでしょうか。あえて、ルールとして禁じていません」
「……超能力を知っていての発言だとすれば、舐めているな。悔しいから絶対に使ってやるものか」
「それこそ舐めていますね。人類は気楽で正直に言って羨ましい。いいですよ、何も知らないまま、あなた方は甘い日々を過ごしてください。どうせ、何もできない」
ジリジリと距離を詰めていく。これまで何度も男子生徒が斬られたお陰で把握できた蜜柑の間合いの限界まで接近する。
「――残念ですが、私の間合いは、まだ五十センチ広い」
ウレタン刀を振る事さえ許されずに斬られて終了した。
結局、誰一人、蜜柑を一歩も動かせなかった。
斬られ続けるだけでも体力を消耗し、道場のあちこちで男子生徒が転がっている。
もう勝負を挑む者もおらず――、
「お、俺と勝負して、勝ったら交際を前提に結婚――ぐふぇ」
――あ、青春ゾンビのごとく這っていた最後の挑戦者も無慈悲に背中を刺されて沈黙する。蜜柑は一人で道場の奥へと向かった。
真剣と思しき刀を持ち出して正座する。
向き合っているのは、謎の金属柱だ。
目を瞑った蜜柑は、俺達との勝負では汗をかかなかった癖に額に脂汗を浮かべた。
「――蜜柑は、戦っています」
ふと、無花果は俺にだけ聞こえるように耳元で囁いてくる。
「誰と? もしかして星姫学園とか?」
「まったく違いますよ」
「ハアアアァアッ!!」
覇気と共に抜刀した蜜柑は、金属柱に居合を放っていた。掛け声に負けない衝突音は響いたものの、金属柱は斬れていない。
「――斬れない。私には、やっぱり斬れない」
酷く落胆した様子の蜜柑。
……あの、意味深な事ばかり言う学風なのは分かったからさ。俺達にも少しは教えてくれ。
その日は疲れから夕食とシャワーも早々にすぐに就寝し、もう翌朝だ。
体力の有り余っている馬鹿とただの馬鹿が今日も剣道姫、蜜柑に挑戦しているが、昨日ほどの頻度ではない。
俺も一度は挑んだものの結果は昨日と変わらなかった。
打たれた腕をさすりながら壁に寄りかかる。先客は透視の因幡、瞬間移動の薩摩、未来予知の讃岐、それにテレパシーの播磨か。丁度良い。
播磨に目配せして中継を頼む。
“何だよ、武蔵。気色悪い目線を向けてきて”
“さっさとテレパシーで繋げ。情報を共有するぞ”
蜜柑との勝負中であるが、お利巧に勝負だけに集中している訳ではない。裏では各々が情報収集に励んでいる。
“まずは俺からだ。星道学園には……星姫カードが販売されていない。酷く残念だ”
“黙れコレクター”
“武蔵は状況を考えてものを言えよ”
“まったく、皆が真剣だというのに。遊んでいるんじゃねぇっての”
避難轟々である。俺が必死に探索した結果だというのに何故だ。
“だったら因幡はどうなんだ?”
“相変わらず外は何も見えない”
“蜜柑が隠すような何かはあったか?”
“ない。宇宙船の外郭に何かある可能性はあるが、透かしている所為で見えない”
因幡から新情報はない。ただ、何か違和感を覚えているらしい。伊達眼鏡を拭きながら思案顔だ。
“見えないのだが……何かが人工的だ”
“人工的?”
“感覚的なものだから、本当に人工物を見つけた訳ではない。もう少し時間がかかりそうだ”
因幡の次は薩摩の報告だ。南極から北極まで、全世界をテレポート可能な薩摩だけであれば一人で人工島まで帰る事も可能……と言いたいが、現実は非常である。
“現在座標も目的座標さえも分からない状態で跳ぶのは危険だ。石の中にいるになりかねない”
“……お前、座標不明のまま、あてずっぽうで女子寮の風呂へ跳躍していなかったか?”
“命をかけるに相応しい時が、男の人生に一度や二度はあるものさ”
この馬鹿を伝書鳩にして人工島と連絡するべきではなかろうか。戻って来なかったら野生に還ったと考えて。
“俺だってな、可能性があれば跳ぶのを躊躇わない。お前と大和が乗って漂流していたスサノウへも、座標さえ分かっていれば跳んだぞ”
一切の曇りのない眼だ。これが、薩摩という男の本性である。
“女子風呂は座標が分かっていたから跳んだんだ”
腐った息で曇らせた窓ガラスのような眼だ。これが、薩摩という男の本性である。
“まぁ、多少の誤差なら危険はない。石の中へ跳躍は失敗するから、むしろ、何もない宇宙空間への跳躍の方が怖いくらいだ。現状では跳ぶのは難しい”
汗を拭くためのタオルを取りに行くのにテレポートする薩摩。近場であればまったく問題ない。
“ただ、何か違和感が……”
“違和感?”
“跳んだ時の感覚? 間隔? が変なんだよな。うーん”
薩摩も因幡と同じような事を言っている。組んだ手を後頭部に添えて唸っている。単純な不調とも違う様子だ。
“俺も変な感じだ”
未来視の讃岐も同じような事を言い出した。
“未来は見えている。誤差もほとんどない。けどなぁ、何か違うんだよなぁ”
俳優の演技に難癖をつける映画監督みたいな事を言う。もう少し言語化してくれ。
男共が雁首揃えて首を捻っている。超能力者全員がそうかというと、テレパシー系の播磨は特に違和感を覚えていない。
試しに俺もアポーツを使ってみる。怠惰な薩摩と違って超能力を普段使いしていないので、久しぶりの発動である。
対象はその辺に転がっていたペットボトル。三五〇ミリリットル程度のため問題なく掴み取る事に成功する。
「――何か違うんだよなぁ」
俳優の演技に難癖をつける映画監督みたいな台詞を吐いてしまった。
もう少し言語化するならば、自室のドアを閉めた時にノブの材質が異なった感じか。問題なくドアの開閉はできるものの手に伝わる感触が異なる。
違和感の正体を知りたくてパーとグーを手で交互に作るが、何も分からない。
「どう違うのですが?」
「まず学園が違う。早く原隊復帰させてくれ」
「諦めてくださいね。それはそれとして、それが武蔵君の超能力ですか。すごいですね、サイエンスフィクションですねー」
いつの間にか近づいてきていた無花果に超能力を目撃されたようだ。敵性女子生徒に手の内を見せるのはどうかと思うが、まあ、この程度の情報は既に知られているだろう。
「何でも引き寄せられるのですか?」
「俺の体重以下の物体なら、材質や形状、大きさに制約はない」
「そうなんですか。液体でも大丈夫なんですね」
「状態は関係ない」
「一部だけを抜き取るような事は? 心臓だけ抜き取ってハートキャッチとか」
「試した事は――ってやけに食いつくな」
「実は……武蔵君に興味があって」
無花果はもじもじと可愛らしく挙動する。騙されてやってもいいが、同室で今後も生活するので止めておく。
超高度AIの実体動作はすべて演算されたものである。人間にとって好感触な行動は、人間に対して好意を持っているか、あるいは、人間に好意を持たせたいかの二択である――これは超高度AIに限定される話でもないだろう。
「奇遇にも俺も無花果に興味があるぞ」
「両想いですね」
「だから、星道学園の秘密を教えろ」
「特優先S級秘匿事項です。代わりに私の下着の色は――」
「言うなッ。この人工痴能!」




