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星姫計画  作者: クンスト
Ver2.00 第一章 イリーガルナンバー035 剣道姫 蜜柑《マンダリン》の場合
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転入一月目 蜜柑-4

「重力があるぞっ?!」


 隣と触れ合うくらいに狭いロッカールームで苦労しながら体操着に着替えた後、チューブ廊下を進んだ先にあった剣道道場は畳部屋だ。足裏のザラついた感触が心地良い。イ草の爽快な臭気が鼻の奥までやってくる。


「重力の再発見、ニュートンの再誕か」

「ニュートン氏は無関係ですね。招いたからにはまともな重力ブロックくらい用意しますよ」

「用意できるなら教室も重力ありにすればいいのに」

「コストの問題ですね。授業でなければここも無重力か低重力です」


 道場の主たる蜜柑マンダリンは道場着でやってきた。同じ女子の無花果いちじくは男子と同じユニセックスな体操着である。

 教員はいない。生徒は独自の判断で行動を開始する。とりあえずストレッチから始めるか。

 背中を押してもらおうと大和を探して……あれ、長門君とペアを組み終えているな。

 仕方がない。他に余っている野郎を探して……あれ、全員が二人組を作り終えている。もしかして、俺だけが一人か。そこはかとない寂しさを感じる。


「武蔵君の背中は私が守ります」

「そんな四面楚歌な状況で背中合わせで敵に挑むような台詞を言われても」


 野郎は残っていないが無花果いちじくは残っていた。

 せっかくなので手を借りようとしたのだが、おい、割り込んできてどうした日向ひゅうが。相方の加賀かがと加賀の筋肉が泣いているぞ。


「そこの加賀を武蔵に譲るよ。遠慮するなって」

「いや、日向。加賀の筋肉は俺には贅沢だ。気持ちだけもらっておく」

「いやいや、鳥のささみが原材料の筋肉だから、そんなに高くないって。もらっておけって。なあっ」


 レートの合っていない取引には応じない。日向を放置して俺は無花果いちじくに背中を押してもらって柔軟を済ませた。

 次は道場らしく受け身の練習でもしようかと思案していると、金属同士が叩きつけられる甲高い音が木霊こだます。

 何事かと思って振り向いた先で、オレンジ色のポニーテールが揺らいでいる。女侍が金属の柱と対峙しながら抜刀していた。



「――また、駄目でした」



 蜜柑マンダリンだ。手にした得物は刃の付いた本物の刀に見える。

 斬りつけられた側である金属柱は、アルミニウム似の金属色が玉虫のように怪しく輝いている。太さは人間の腕くらいはあるだろう。

 明らかに道場には不釣り合いな物体だ。人の身長くらいの高さしかないため建物の支柱とも思えない。位置も微妙に壁から離れているので邪魔だった。

 試し切り用だとすれば納得のサイズ感であるものの、それはない。真剣を使ったデモンストレーションで斬られる定番は竹や畳、木の棒だ。金属柱では固過ぎる。

 あるいは、超高度AIの抜刀技術をもってすれば金属の切断も可能なのかとも思ったが……金属柱は傷一つ付いていない。反面、蜜柑マンダリンの刀は真ん中付近が大きく刃こぼれしていた。あれではもう使い物にならない。


「何をしているんだ??」

「修行ではないでしょうか」


 無花果いちじくいてみたものの、蜜柑マンダリンの行動はいまいち掴めない。

 金属柱から離れた蜜柑マンダリンは別の刀を手に取る。床から伸び出てきた竹を数本束ねた目標と対峙すると、抜刀。竹は綺麗に真っ二つとなって倒れた。


「――まったく。ツマらない物しか斬れません」


 はたから見ている分には綺麗なフォームでの抜刀であり、切り口も綺麗なものだというのに本人はまったく納得していない。溜息のような台詞を吐いてしまっている。


「超高度AIが剣の修行をするのか」

「剣道部ですから、彼女」


 部活動の一種なのか。それならば仕方がない、のか?

 声をかけようかと思ったものの、あまり語りかけて欲しくなさそうな背中だったのでスルーした。




 その後も授業らしい授業のないまま時間は過ぎ去って本日の学園生活は終了。食堂で夕餉ゆうげを楽しんだ――ディストピア飯を楽しんだとは言っていない――後はシャワーで体を洗って就寝との事である。

 うむ、完全に飼い殺されているな、俺達。



“――スサノウ計画ESP連隊に通達、上野こうずえだ”



 おや、脳内に直接、男の声が聞こえてきたぞ。


“緊急事態につきプライバシー規定の例外とし、男子生徒全員の精神連結を行った。各自、自然体のままシャワーを継続し心の中で会話をしろ。シャワー室も当然、監視されているものと想定して動け。星道学園の女子生徒に気取けどられるな――”


 大人しく女子生徒に従っていた俺達であるが、何もしていない訳ではない。さっそく、マインドハック上野(こうずえ)を頂点とするテレパシー系が動いたか。


“か、監視だと”

“クソ、ハレンチなAI共め”

“おい、加賀。シャワー中にマッスルポーズをとるな! 自然にできないのか”


 超高度AI達は普段から量子通信で秘密の会話を行っている。それと同じような感じで俺達もテレパシーで秘密の会話が可能だ。AIに盗聴される可能性はないため、捕らわれの身であっても安全に相談ができる。


武蔵むさし、星道学園の目的について分かった事はあるか?”

“俺達に対して尋問も拷問もないなら、目的は俺達ではないな。可能性があるとすれば星姫学園に対する人質か。俺達に人質能力があるかは疑問だが”

“武蔵が言うのか? お前への馬鈴薯ばれいしょの執着っぷりを思うと可哀想になる発言だ”

“いや、あの執着っぷりを知っているからだ。俺達の誘拐は警告にならない。猫の尾を踏む、竜の逆鱗をペンチで抜く、そのレベルの話だ。報復は必至だ”

“あー、そういうー。あー”


 上野は酷く納得してくれたようだ。男子生徒を唯一の人類と定義した星姫学園にとって俺達は重要人物過ぎる。害した時点で宣戦布告を通り越して総力戦が始まる。


“星道学園に全面戦争の覚悟があるなら、俺達を誘拐せずに人工島を直接制圧すればいい。……と、この程度の演算は超高度AIならコンマ一秒で思いつく”

“実際、奇襲だったとはいえ星姫学園をかなり押し込んでいたからな”

“俺達を誘拐するだけのロジックがあるのだろうが、一日過ごしても分からなかった。他の皆もどうだ?”


 超高度AIの演算に男子生徒がかなうはずもなく、真意は誰にも分からない。

 もう少し内部から探ってみたい気持ちもあるものの、母校で待っている女子生徒達の安否も気になっている。そろそろ、おいとまさせてもらうとしようか。


因幡いなば、脱出ルートを透視できているな?”


 俺達が暢気のんきに今日一日を過ごしていたのは天性のおちゃらけだからではない。いつでも自力で脱出できるという自信があったためである。

 最強のクレアボイアンスであり、今も服を着たままシャワーを浴びている男たる因幡ならば、壁を透視して外の様子を確認し、脱出ルートを探り当てる程度、造作もない。

 俺達の目たる因幡に、絶対の信頼が――、



“――見えない”



 伊達眼鏡を上げたり下げたりしながら因幡はテレパシーで伝えてくる。おいおい、冗談はお前の英語のテスト答案くらいにしてくれよ。Take Outを竹王って書くなよ。行き場のなくなったtを次の解答欄に記入するなって、超高度AIだって悩んだらしいぞ。


“宇宙空間だから何もないって意味か?”

“いや、本当に何も見えない。地球も月も、太陽も星も何も見えない。真っ暗な空間だけが続いている”

「……は?」


 思わずシャワー室の扉を開いて因幡の方を見る。俺と同じ行動を取った者は少なからずいた。


“透かし過ぎて星も見えていないだけじゃないのか?”

“一光年先の光さえ見えていない。そこに何もない。多少違和感はあるが、何だろうな、これ”


 因幡の言葉は判然としない。

 ただ、言葉はなくともイメージをダイレクトに共有できる。因幡が見ている光景を上野というルートを通じて長門ながとプリンターで出力する。監視されているだろうが、緊急事態の確認を優先だ。

 銭湯の壁には山が描かれるのが定番だろう。

 けれども、今シャワー室の壁に描かれた外の景色は、何も見えない真っ暗闇だった。


“これは、宇宙なのか??”


 本当に光一つない。黒いペンキを壁にぶちまけただけとも思える。これが俺達が捕らわれている宇宙船の外の景色だというのか。

 宇宙というのは百歩譲れる。超高度AIの技術力ならば到達可能な場所だ。

 だが、地球の近海を航行するのが限界のはず。こんな数光年先の星さえ見えない孤独なヴォイド空間に俺達がいるなどと信じたくはない。


“因幡を信じない訳ではないが、船の外に出て確かめなければ”


 想定以上の深刻な事態に俺達の顔つきはこわばった。裸体である事をのぞけば完璧なシリアス顔だ。

 船の外に出て俺達は自らの状況を自覚しなければならない。脱出は二の次。

 俺達は、星道学園は、どこに存在する?

 速攻で体を拭いて脱衣所を出た男子一同は、出口を目指してチューブ廊下を突き進む。どこが出口か分からないままエアロックを探して扉を片っ端から開放だ。


「ここも違う」

「こっちもだ」

「やっぱり通路を突っ切った先じゃないか。大和やまとはどう思う?」

「何かモヤモヤするんだよなぁ……」


 廊下を真っすぐに進んでいると、次の廊下では電灯が消えていた。

 そろそろ宇宙船の突き当りなのかと思っていると、暗闇に光の線が伸びていく。何となく見覚えのある光だ。

 暗くて見えないが、そこにいる。


「警告はしておきます。止まりなさい。ここは立ち入り禁止区画です」


 オレンジ色のポニーテールの女子生徒がそこにいる。

 本能的に危険を察知して体が強張こわばるものの、三原則的に大丈夫だろうと慢心しながらそのまま突っ込む。


「残念ですが。三原則があればこそですね――」


 光の線が斜め下から俺の体を切断するように振られた。

 体を動かしていないのに目線が斜めにズレ落ちていく――。



「――特優先S級秘匿コード――ナンバー、蜜柑マンダリン。剣道姫がいる限り、あなた方は船外に出られませんよ」


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