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レット・イット・スノウ!

時系列は本編一部~二部の間です。

では、どうぞ。

 ナウアノルはやや温暖な気候帯に属するが、それでもやはりこの季節ともなると寒いものは寒い。

 小脇に紙袋を抱えながら、ルーカス・ウォルターは白い息を吐いた。

 既に街路のガス灯には温かな光が瞬いている。十二月の冷たい風が肌を刺し、何処からか枯れた木の葉を運んでくる。空模様はあいにくの曇り。星は見え無さそうだ。

 とぼとぼと石畳の上を歩く。傍らに連なる家々からは時折団欒の声が漏れ聞こえてくる。

 今日は一年の最後の日、いわゆる大晦日(ニューイヤーズ・イブ)だ。世の多くの人々は家でゆっくりと過ごし、家族とゆっくりと過ごす。そういう風習だ。

 で、今の今までルーカスが何をやっていたかと言えば。

「……」

 ふぅ、と大きな溜息を一つ。

 ここで彼を取り巻く環境を少し説明しよう。

 彼の暮らすナウアノルという国は、現在ある戦争の最中にあった。

 国と国同士の諍い……ではない。

 人とそれ以外の、生存競争。あるいは侵略者への防衛戦――《深き者》と呼ばれる、海から現れる怪物との死闘である。

 その中で、ルーカスは訓練兵という立場にあった。神々や英雄、精霊などの力の一端たる《神具(アストラ)》の使い手であるが故に。

 まあ今まで上手くやってきたと思う。訓練兵としては前代未聞、破格の戦果を上げてきたという自負もある。

 が、それが一変したのは今年の頭だ。

 ある大事件が起きた際に、相棒の父親が危険区域に取り残されてしまったのだ。

 その人を救い出すため、出動制限を無視して、ルーカスは現場へと向かった。

 結果として無事救出はでき、事件の解決にも一役買ったのだが……問題が一つ。命令無視である。

 当然ながら軍法会議に掛けられる。そこで出た結論は――『今までの戦果の白紙化』。

 さすがに不味かった。一般学校で例えるなら、卒業まであと一年というところでいきなりそれまでの成績が全部消えたようなものだ。正直、留年の危険すらある。

 以降はと言えばもう戦果回収にてんやわんやだ。件の相棒がある程度手伝ってくれたことも幸いし、何とか卒業に必要な分の単位を集め終えたのが、今日。それを軍本部の事務に提出し、ついでに少し買い物をしたその帰りである。

 とは言え、帰るのは実家ではない。ここからはもう圧倒的に遠いし、そもそも両親とは一年の終わりと新年の始まりを共に祝うような間柄でもない。

 学園から与えられている寮でも、ない。実のところ、ここ数ヶ月寮の自室には碌に帰ってない。近々引き上げる算段もつけ始めているのだ。

 彼が向かってるのは、その引っ越し先であった。

 中央区に程近い、北区の街路。そのやや奥まったところにある一軒の家がそれだ。新調された表札に刻まれた文字は『Sargent(サージェント)』。とは言え以前の、あの薄ら暗い地区よりもまだ明るい方にある貸家へと移った後の住まいだ。

 これまた真新しい木製のドアに手をかけようとすると、その前に勝手に向こうの方が開いた。

 いや、違う。

 中から、一人の少女が扉を開けたのだ。まるで、彼が帰ってくるのが分かっていたかのように。

 オリーヴ色の瞳とぱっつんと切り揃えられた褐色の髪が特徴的な彼女は、屋内から漏れ出る光を背に、優しく微笑みかけてくる。

「おかえり、ルーカス」

「……ああ、ただいま。アメリア」




 出された野菜のスープとパンを口に運ぶ。

 視線の先では、アメリアが踏み台に乗りつつ台所で水仕事をしていた。その小さな背中を、ルーカスはぼんやりと見つめる。

 思い返せば、新年祭を誰かと過ごすというのは幼い頃以来だろうか。それこそ、《神具(アストラ)》が発現するよりも前の。

 ……ルーカスの実家であるウォルター男爵家は没落貴族だ。《深き者》出現以降、《神具(アストラ)》を持つ親族をずっと輩出できなかったというハンディキャップが、家名を落とす大きな要因となったのは否めない。それくらい、《神具(アストラ)》とはこの国で、この世界で重要なものとなっている。

 その家系に、ようやく誕生した《神具(アストラ)》を持つ子がルーカスだ。一族にとっては復興への命綱に等しい。当然、かかる重圧は並大抵のものではない。

 ふと気がつくころには、家の中から家庭的な温かみは失せ、あるのは粗末ながらも優秀な戦士を「組み上げる」環境だけだった……と思う。はっきりと記憶がある時には既にそうなっていたから、断言はできないが。

 あっという間になくなった夕食の締めに熱い紅茶を一杯、喉に流し込む。

 ちょうどそこで洗い物が終わったのか、アメリアが向かいの席に来た。

「……」

「……」

 目と目が合う。沈黙。

 あの事件以降、アメリアとの関係に少し変化が起きているのを、ルーカスは感じていた。なんだか、こんな妙な雰囲気になることが多くなった気がする。

 ただの相棒よりは踏み込んだ、でも、家族と呼ぶにはまだ距離がある。これを何と呼べばいいのか、ルーカスはまだ知らない。

「あー……そう言えば、ジョセフさんはいないのか?」

 場の空気に耐えられず、そう切り出す。

 ジョセフとは、アメリアの父の名だ。少し前まではある事情からかなり荒れた生活をしていたが、今はフリーの技師として復職しているとか。元々貿易が主産業だった国である。機械を弄れる人材は引く手数多だ。

「ん。さっきまでいたけど、明々後日の昼までに納品しなきゃいけないものがあるとかで。今夜は工房の方に泊まるみたい」

「それは……大変だな」

 ルーカスも先程まで働いていたわけだが、まさかこれから本番という人間がいるとは。

「全く……新年祭の時ぐらい家にいてくれてもいいのに」

 アメリアがどことなく不服そうに唇を尖らせる。こういうところは、ジョセフもアメリアも揃って不器用だ。器用さを全て手先にやってしまったのだろう。流石親子、似ている。

「しかし、困ったな」

「?」

「いや、実はな」

 言いつつ、傍らの紙袋から中身を取り出す。

 それは紅い液体が満たされた撫で肩瓶が二本。ワインである。上等の代物ではないが、そこそこ奮発したモノだ。その筋では有名な産地のものらしいが、余り詳しくないので良くは分からなかった。

「新年祭だからと思って買ってきたんだが……これからお世話になる予定だしな」

 ルーカスがこれからサージェント家で暮らすという話が出た当初、ジョセフは流石に良い顔をしなかった。

 当たり前である。年頃の娘を抱える家に男が上がり込むわけだ。それも、貴族である。ある事情から、ジョセフは貴族に対して好感情を抱いてはいない。それはルーカスも知っていた。

 それでもどうにか引っ越しが決まったのは、アメリアの強い要望があったからだ。

 曰く、「見ていないとその内栄養不足で倒れたりしそうで怖い」とかなんとか。心底余計なお世話である。

 とは言え、厄介になるのは確かなのだ。その前に何とか贈り物でもしておこうと思ったのだが……。

 と、そこで。

「……」

「な、なんだ……?」

 アメリアがじーっと、その瓶を見つめているのに気付いた。

 思わず気圧されて身を引いてしまう。

 やがて彼女は、少し恥ずかしそうに眼を逸らしながら、

「……二本あるし」

「あるし?」

「一本、私達であけてしまう……というのは……」

「……ほう?」

 思ってもみなかった提案に、思わず口の端が吊り上がるのを感じた。

 法では、一応飲酒は十六歳から可、とされている。

 だが、それは飽くまで文章上での話。実際にそれくらいの年齢がアルコール類を口にするのはバースデイパーティーなどの特別な宴の席。普段から呑む、というのは仕事に慣れ、経済的に安定し始める二十歳を超えた辺りだ。校則で飲酒は非推奨となっていることも併せて、学生には馴染みの薄い品物である。

 だが――否、だからこそ興味はある。幸い、明日も祝日。出動の予定はない。

「ルーカス、凄く悪い顔してる」

「お互い様だ」

 言いつつ、使い終わった食器を持って台所へ。

 シンクにカップや皿を置くのと入れ替わりにコルク抜きと、ワイングラスを二つ手に取る。口のやや下が大きく膨らんだ形。ブルゴーニュと呼ばれる型だ。

 食卓に戻り、瓶のコルクを抜く。途端にブドウと仄かなアルコールの香りが溢れる。

 グラスに注ぐと、照明の下で鮮やかに映えるワインの紅。

 ちょっぴり、いけないことをしているような、不思議な高揚を感じた。悪戯小僧というのはいつの時代もどこの土地もいるモノだが、その気持ちが少しわかる気もする。

「――乾杯(Santé)、だ」

「――乾杯(Santé)

 静かに、静かに。二人だけの(フェット)が始まった。

 グラスをぶつければチン、と澄んだ音が鳴り響く。

 そのまま一口。思ったよりも渋味は無い。スッキリとした酸味が口の中に広がり、芳しい香りが鼻腔の奥をくすぐる。

 思い返せば、随分と長く、奇妙な付き合いになったものだと思う。

 お互いのことを知ったのは三年近く前だ。戦闘で組むようになってからは二年と少し。

 彼女の支援に助けられたことは何度もあった。

 であれば。

 お返しというには重くて、ちょっと味気ないかもしれないけれども。

 ……(オレ)は、目の前のこの少女を助けられるように、なりたい。そう、思う。

 そして気づいた。

 ヒトのことを言えない。自分も十分に、不器用な男だ。

 ふと、視界にちらと映りこむものがあった。

 そちらへ目を向ける。カーテンが下ろされた窓の、その向こう側。

 気になって、近付いてみた。着いてきたアメリアと共に、厚手の布地を掴み――一息に開ける。

「わ――」

 思わず、と言った様子で、アメリアが声を漏らした。

 窓の外では、いつの間にかしんしんと雪が降り始めていた。

 悲しいことも、楽しいことも。

 この一年の全てを真っ白に還していくかのような、雪景色。

 だが――。

 くい、と。

 服の袖を引かれた。

 見れば、アメリアがこちらを見上げている。

 アルコールのせいだろうか。やや朱がさした頬と、仄かに潤んだオリーヴ色の瞳。

 吸い寄せられるように、顔を近づける。

 嗚呼、と。

 この関係を何と呼ぶのかが、少しだけ分かった気がする。

 彼女との口づけが、私にそれを教えてくれた。

 柄にもない。夢想的で、少女的な考え。

 そんな微熱を冷ますように、今はただ――。

 雪よ、降れ。 降れ、降れ……!




 新しい年の始まりを告げる、その夜。

 ルーカスとアメリアは、恋人になった。

お酒飲んだことないので描写適当ですみません。

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