熱い氷菓
『ブロンドチョコレートの羽衣』から4年経った2人のお話ですが、こちらだけでもお読みいただけます。
パーフェクトレディと平凡男子のある夜。
クリニックでの勤務が終わって、コンビニでお目当てのものを買って向かうのは自宅マンションじゃなく、駅から近い県立高校から徒歩20分の賃貸アパート。車を置いてタクシーで来たのは、彼のプライベートを守る為。インターホンを鳴らすと「はぁい」と間の抜けた声が聞こえた。
「あぁ、お疲れ」
ドアを開けて現れたのは、2ヵ月ぶりに会う、8歳年上の彼氏。
彼氏―――倫太郎さんはこの近くの県立高校で国語の先生をしている。出会った時の私は24歳で彼は32歳。彼の教え子が私の1つ後輩で、その子と食事帰りに歩いていた時、倫太郎さんと出会った。彼は私に挨拶してからは後輩と話してばかりいて、なんだかおもしろくなかったことを覚えている。あれから彼が自分の教え子と一緒に食事にも行ったけど、後輩曰く私の話は何一つなかったと聞いて、機嫌が急降下した。私は人より優れているって自覚があった。実家は規模の大きい医科グループで、幼少から学校の成績も良くて、さらに周りからは美人だと言われて周りがチヤホヤしてくれたから。お姫様扱いされるのが当たり前だったのに、道端の石ころみたいに扱われたのがすごく悔しかった。
それから後輩の力を借りて、彼の興味を引こうと必死だったけどいつの間にか私が彼に惹かれていった。どうにかお付き合いにこぎつけたけど、お互いの事情ですれ違いだったり別れ話も出たりした。色々あったけど、お互いの気持ちをぶつけ合って心の結びつきが強くなったように思う。少し成長したのかな? お互い。でも彼は生徒との密度が高いから少し嫉妬もするけど。
ここ最近は倫太郎さんと連絡もまともに出来なかったと思う。私も仕事が忙しかったり実家の用事に付き合ったり、彼は学校の文化祭でバタバタしてたから。最後に会った日も2人で食事をして終わりな感じだったし、明日は休みが被る貴重な日だから、彼の家で過ごす約束を取り付けた。
私はコンビニで買ったアイスを冷凍庫に入れた。コンロに置いてある鍋を開けると柔らかく煮込まれた野菜と鶏肉がゴロゴロ入っていてコンソメの香りがした。手を翳すとかなり温かいから倫太郎さんがやってくれたんだろうな、と思って水切りかごに置いてあった大ぶりな黒いボウルと木製スプーンを借りてコンソメ煮をたっぷりよそった。よく煮込まれて柔らかい野菜を噛みしめて、家事スキルの高い彼を心の中で毒づいた。こんなんだったら女が自信なくすよ? 現に私がなくしてるから。
「まだ仕事残ってるの?」
「うん、教材作ったらとりあえず一段落。ってかそれだけ食べてんの? オムレツとかご飯とか冷蔵庫にあったのに」
「え? そうなの? 見てない」
でも今はこれだけでいい、ともぐもぐ食べ進める。彼の仕事が終わったとほぼ同時に完食した。
お風呂を頂いて冷凍庫からアイスキャンディを出した。倫太郎さんはカップアイスを食べながらテレビを見ていた。
「それ好きだね桐華」
「うん、大好き」
「桐ちゃんがソレにハマるとか意外すぎて」
子どもの頃、私にとってアイスは有名ブランドのものだったり、パティシエが時間をかけて作るものだった。でも今食べてるのは75円のアイスキャンディ。でも梨の瑞々しい甘さがしっかりあって、店で見かけたら必ず買うようになった。
「私にとっての最上のアイスはコレだからね」
「やめてくれよ」
彼が鼻で笑ってアイスの淵を掬った。彼の色眼鏡が外れた今は、こんな話も笑って出来るしプレゼントもすごい高額でなければ受け取ってくれるようになった。5年前の私に言っても信じるだろうか。
倫太郎さんの隣にぴったりと身を寄せると「くすぐったい」と笑って私の髪を後ろに流した。人より明るい色をした長い地毛は、去年暗髪に変えて肩につく長さで切った。年齢だったり仕事でまとめるのが大変だったり理由は色々あるけど、一番は倫太郎さんが品の無い女と付き合っていると思われたくなかった。それでも彼が髪を愛おしげに撫でてくれるのは、今も変わらなかった。
「そうだ倫太郎さん、父が来月の30日にパーティをやるらしくて。それで良かったら倫太郎さんも一緒にどうかって言われたの」
「お父さんが? そっか……。ううん、俺いいや」
「別に周りのことは心配しなくていいよ? 忘年会みたいなものだから畏まったものじゃないし、兄も妹も年配の先生たちと話してるより倫太郎さんと話す方が楽しいって言うから。……もしかして学校?」
「いや、確か29日から年末年始の休業に入って、俺は部活も補習も27までだから」
「そっか……でもダメ? 挨拶周りとかは私の側にいればいいし、父が早いうちに解放してくれるから大丈夫だと思うけど」
「うーん……じゃあ…行くよ」
「ホント? 嬉しい。きっと父も喜ぶ」
私は倫太郎さんの肩に頭を預けた。彼のアイスはもうキャラメルが完全に混ざっている。
アイスキャンディの残りがあと2口になったところで彼が自分の最後の1口をくれた。私も一口あげようと思って差し出したけど「うーん……」と曖昧なリアクションをされた。
「食べないの?」
「えー……」
「もう溶けるから食べちゃうよ?」
アイスを全部口に入れて棒を捨てた。甘い氷の塊を崩しているところに長い指で横を向かされた。彼と視線がぶつかって2秒でお互いの唇が重なる。それだけじゃない。私の口をこじ開けた舌でアイスを攫った。さりっと氷の粒がぶつかる音が聞こえた。頭はボーっとしているのに、心臓はいつもより早く働く。彼に突然キスされて驚いたのか、普段は見られない彼の官能的な部分を感じて興奮しているのか。どちらかは分からないけど、口の中のアイスは梨味の水に変わっていた。
「歯磨きしよ」
アイスを飲み込んだ倫太郎さんは、顔色を変えることなく洗面所へ行ってしまった。
ああ……ああ……
「勘弁して……!」
倫太郎さん……私の恋人……もとい不健全な教育者よ、私の理性を返してよ。
全身が熱いなか、お腹の中だけが冷たかった。
初めて応募します。
緊張しますが、たくさんのユーザー様が見てくださることを。
そして、倫太郎先生と桐華先生を好きになってくれるユーザー様が増えますように。