冬なんてなくなってしまえばいい
あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
冬の女王様が塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
困ったとても偉い王様は冬の王を呼びつけ、どうなっているのか説明するように言いました。
これには冬の王様も困りました。なにしろ塔に送り出した時は笑顔で別れ、女王がいない寂しさ寂しさを表に出さないようにがんばったのです。
とにかくどうにかしなければ、という事で、最後に会った秋の女王を訪ねる事にしました。
秋の国を訪れた冬の国王はさっそく秋の国王の元に向かいました。
冬の国王を迎えた秋の国王は、冬の国王から事情を聞くと、それは困った事になった、と言って、秋の女王をつれてきてくれました。
呼び出された秋の女王は、冬の国王の話を聞くと、その頬に手を当て、ため息をつきました。
そして、秋の女王は、塔にこもる直前の冬の女王の表情が暗かった事を告げたのです。
これを聞いた冬の国王は驚き、その原因を秋の女王に聞きました。
しかし、秋の女王はそれ以上のことを知りませんでした。
冬の女王が引きこもった理由まではわからず、気落ちする冬の国王に、秋の女王は言いました。
冬の女王の心は、本人に直接聞いてみないとわからないのだから、こんなところにわざわざ来る暇があったら、塔に乗り込んで直接聞けばいいのではないか、と。
それを言われた冬の国王は、季節の塔に、女王以外の人は入れないから困っている、と返します。
それを聞いた冬の女王は、呆れたようにため息をつきました。
自分の奥さんが一人で塔の中で困ってるかもしれないのに、塔の中に自分の思いを届ける気概もないの?と。
秋の女王の言葉で覚悟を決めた冬の国王は、塔に侵入する覚悟を決め、季節の塔へと向かいました。
さて、冬の女王がどうして塔の中から出てこないのか、その理由を、塔に乗り込んで直接問いただすことに決めた冬の国王ですが、問題はどうやって塔に乗り込むかです。
国の季節を司る季節の塔は、とても大事なもののため、当然警備は万全で、普通の人であれば近寄るだけで捕まります。
冬の国王であるため、いきなり捕まることはないと思いますが、捕まらないだけで、塔の中には入れません。
なぜなら、季節の塔に入れるのは、季節の女王と、大女王と呼ばれる、この国を取り仕切っている国王の妃だけだからです。
入れてくれと言って入れないのならば、どこからから侵入するしかない。冬の国王は日が暮れるのを待ち、季節の塔に侵入することに決めました。
夜になりました。
冬が長引いているため、雪が積もり、寒さは服で覆っていない部分の肌を刺すようです。このままでは、冬が終わっても寒さがなくならないかもしれない、と改めて覚悟を決めた冬の国王は、正面を見据えました。
そこには、季節の塔の中を見通せる切り抜きの窓があり、そこから侵入できます。
しかしそこは地面からかなり高いところにあり、通常であればその窓を見ることさえできません。
では、なぜ冬の国王がその窓をみているのか。その理由は簡単です。冬の国王が、今は背の高い木のてっぺんに立っているからです。
しかし、今冬の国王が立っている場所から季節の塔まではまだ距離があり、どんなに頑張ってもその窓から侵入はできそうにありません。
それは当然冬の国王もわかっていて、だからこそ、その右手はには塔に刺入するための道具が握られていました。それは、冬の国王が普段猟で使っている弓でした。弓に番えられる矢にはロープが結びつけられています。
冬の国王は、木の幹に足を絡みつけ体を固定すると、塔の窓に向かって矢を放ちました。
矢は吸い込まれるように窓に入っていき、冬の国王の手元には矢にくくりつけられていたロープと弓だけが残りました。
手元のロープを引きますが、びくともしません。そのことで弓が壁にしっかりと刺さっていることを確認すると、ロープを木の幹に縛り付け、そのロープ伝って季節の塔へ向かって進み始めました。
塔への侵入を、誰にも咎められることなく成功させた冬の国王は、塔に向かって放った矢の確認をします。塔の壁にしっかりと食い込んだ矢は、国王が引き抜こうとしてもびくともしません。矢に込められた呪術の力を確認した冬の国王は満足げに一度頷くと、周囲を見渡します。が、一度も入ったことのない場所のため、冬の女王がどこにいるのかどころか、自分がどこにいるのかすらわかりません。
とにかく上に進めば会えるだろう、という根拠のない考えに従い、冬の国王は塔を上へ上へと登り始めました。
塔を上へと登っていた冬の国王ですが、ふと、一枚の扉の前で立ち止まりました。
冬の国王が立ち止まったその扉には、梅の枝が飾られていたからです。
梅の花は、冬の女王が好きな花で、冬の国王の庭には、梅の木が多く植樹されています。梅の花が咲いても、冬の女王は季節の塔に篭っているため見ることはできません。咲いた花を見て自分を思い出して欲しい、と言って冬の女王が植えたのです。
確信があるわけではありません。
それでも、梅が飾られたこの扉が、どうしても気になったのです。
冬の国王は、息を一つ吸って心を落ち着けると、梅の花のある扉を開きました。
扉を開けると、そこは色とりどりの花の咲いた、見事な庭園になっていました。規模こそ冬の国王の庭にかないませんが、その庭園は手入れしている人が、この庭を大事にしていることが感じられました。
視線を花に奪われながら、まるで吸い寄せられるように部屋の奥へ、奥へと進んで行く冬の国王。
やがて、冬の国王を呼び止める声がありました。
振り返れば、そこには冬が続くこととなっている理由の冬の女王が立っていました。
冬の国王は、予想以上に早く出会えたことに戸惑いつつ、一体どうして冬を続けるのかを聞きました。
冬の女王は、冬が嫌われていることを知り、ならばこれ以上ないほどに嫌われ、国民の全員から冬などいらないと言わせることで、冬が二度と回ってこないようにしようとしたと言いました。
冬の女王の答えを聞くと、冬の国王が考えていた以上に冬の女王が思いつめていたことを思い知らされました。何しろ、季節が一つ消えるほどに嫌われようとするなど、並大抵のことではありません。
ましてや、その恨みの矛先は全て自分に向いてくるのです。考えただけでも足がすくんでしまうそれを、冬の女王は今まさに実行しているのです。
冬の国王は、一つ唾を飲み込むと、冬の女王の覚悟を台無しにするかもしれない一言を口にしました。
それは、冬の女王がどんなに嫌われようとも冬は無くならない、ということです。
それを聞いた冬の女王は口を大きく開け、冬の国王をまじまじと見つめてきました。
その視線に押されるような錯覚を覚えながらも、冬の国王は事情を説明します。そもそも、各季節の女王の本当の役割は、季節ごとに引き起こる災害を最小限に抑えることです。季節の女王がいなくなれば、春は温度差で体が辛くなり、夏は水が干上がり秋はなくなり、冬は氷が解けなくなってしまうかもしれないのです。
それを聞いた冬の女王は、冬の国王から顔をそむけ、それ以上何も言わなくなってしまいました。
冬の国王はため息をつき、自分がいかに冬の女王のことを誇らしく思っているのかを語って聞かせました。冬の間は会えないけれど、冬の幸を守っているのは自分の妻だということ。冬の長さを調整できる範囲で調整していること。冬を越えた後に冬の女王に会った時に愛おしさがこみ上げてくることなどを。
最後は完全に私情が入ってしまいましたが、思いのたけを冬の女王にぶつけた冬の国王が顔を上げると、冬の女王が顔を赤らめて冬の国王を見つめていることに気がつきました。
そのことに気がつき、冬の国王が何かを言おうとしたとき、冬の女王がまっすぐに窓の外を指さしました。
なにがいいたいのかがわからずに首をかしげると、冬の女王は冬は終わらせるようにするから、人に知られる前に塔から出て行くように言いました。
次の日。
季節の塔を誰にも見つかることなく脱出した冬の国王が城で仕事をしていると、とても偉い王様から呼び出しをくらいました。
もしや塔に侵入したことがばれたのだろうかとひやひやしながらとても偉い王さまの元に行くと、そこには満面の笑みで冬の国王を迎えるとても偉い王様がいました。
満面の笑みの事情を聞くと、どうやら冬の女王が無事に春の女王との会議を開き、春の訪れがはっきりしたからだ、というのがわかりました。
どうやら季節の塔に侵入したことがばれたわけではないようだ、と胸を撫でおろす冬の国王。その後、冬がいつ終わり、冬の女王がいつ自分の元に帰ってくるのかを聞いた冬の国王は、自分の城に帰りました。
自分の城にたどり着いた冬の国王は、城で働いている使用人全員を集めました。
集まった使用人達に向かって、冬の国王はいいます。
冬の女王が帰ってくる。これまでは帰ってきた時に慰労会はしたけれども、それほど大きな規模ではやってこなかった。が、今回は盛大にやろうと思う。皆、手伝ってくれ。
冬の国王の呼びかけに、城の使用人達は腕まくり。
冬の女王が城に帰ってくるまでに、城内の飾り付けや当日のご馳走の手配などを済ませるために大忙し。
冬の国の城の扉がゆっくりと開きます。
その扉をくぐってくるのは、冬のあいだ塔で過ごし、人に憎まれることで冬を無くそうとした女王です。
女王がなぜ季節の塔から出ようとしなかったのか。その理由を知らない使用人達は帰ってきた冬の女王を万来の拍手と歓声で迎えました。
こうして無事に冬を終わらせたこの国では、表面上はなんの問題もなく春を迎え、無事に季節が巡るようになりました。
「・・・・・・ねぇ、知ってる?」
場所は変わって別の城のなか。
水着しか着ていない女がソファにもたれかかり脱力しきっている男に向かって語りかけます。声をかけられた男は顔を女に向け、それで返事にします。
「冬の女王の話、聞いた?」
「あぁ、聞いたよー。季節の塔に閉じこもったんだって?全く、どうしてそんなことしたんだか」
「そっちじゃなくて。その冬の女王を塔から出すために冬の国王が塔に乗り込んだって話よ」
「それは初耳。で?」
「私も塔に篭ろうかしら。そしたらあなたも塔に乗り込んできてくれる?」
「かんべんしてよ・・・・・・」
城のなかに、男の力のない声が消えていきます。