2: 薔薇姫、依頼を受ける。
もう二月も下旬だなんて信じたくないです…お待ち頂いていた方、すみませんでした。
時間が経つのって早いですねえ(白目
ハンター、という職業が存在する。
護衛や賊の掃討、魔獣と呼ばれる魔力に侵され凶暴化した獣の討伐など、荒事を専門的に請け負う人々だ。
単独で活動する者もいるが、通常ハンターはギルドに属し、その窓口を仲介して依頼を請け負う。ギルドは所属するハンターの人間性や能力を保証し、依頼人に対して適切な人員を斡旋する。ギルドに所属しない者は信頼を得にくいため、よほど高名な者でなければ活動に支障を来すのだ。
この国にギルドはいくつも存在する。依頼内容や支払える報奨金、ギルドの信用度など、様々な事情の兼ね合いで依頼人はギルドを選び、窓口へ依頼を持ち込む。そしてギルドが斡旋した――あるいは依頼人が指名する場合もあるが――ハンターに依頼をすることになるのだ。
アーシェ・ファレスは現在、リオナという偽名でギルドに所属し、ハンターとして生計を立てていた。
彼女が所属するのは【獅子王の牙】という、信用度、実績、実力ともに全ギルドの中でも最高峰と謳われるギルドだ。このギルドに所属するハンターは、数多いるハンターの中でも上位の実力を持つ者ばかりだ。面倒事に巻き込まれた際に面識を持った【獅子王の牙】のギルドマスターに実力を見込まれた結果だった。
当然ながら、厳しい審査を経てギルドに登録された他のハンターたちから妬まれた。罵詈雑言を浴びせられ、敵意を向けられる日々が続いたが、アーシェには全く効果がなかった。針の筵状態は実家にいた時から変わらないので、痛くも痒くもないのだ。
しかし、荒事の専門家がそれで収まるはずもない。ある日、とうとう一人のハンターが実力行使に出た。その場にいた誰もが諫めることもせず、それどころか我先にと参戦したのだから、アーシェは相当嫌われていたのだろう。
もっとも、彼らはかすり傷一つつけることもできないまま、彼女の手で完膚なきまでに叩きのめされた。ハンター同士の揉め事には我関せずという態度を貫くギルドマスターが、慌てて仲裁に入るほどに恐ろしい有様だったため、それ以来彼女に暴力を働こうとする者はいない。
「おっ、リオナじゃないか! 相変わらず胡散臭いかっこだねぇ」
市井で暮らすようになってから知り合った八百屋の女主人が、夕暮れ時の街中を歩いていたアーシェを認めて声をかけてきた。フード付きのマントを目深に被り、口元を布で隠した姿は異様で、町中でひどく浮いている。【獅子王の牙】の徽章のおかげで不審者として通報されずに済んでいる彼女に、出会った当初から何かと良くしてくれる恩人だ。
「私にはちょうどいいよ。それで、今日のおすすめは?」
「今日はいいリンゴが入っているさね。リオナにだったらサービスしとくよ」
「ありがとう、二つもらおうかな。後は…」
貴族令嬢とは思えないほど、慣れた様子で買い物を続ける。幼い頃から一人でお忍びと称して街を出歩き、果ては家を飛び出してハンターとなっている彼女に、貴族令嬢らしさを求める方が間違っている。
「毎度ありー!」
明るい笑顔を見せる女主人に別れを告げて、アーシェはまた歩き出す。ここ最近は平和なのか、割と暇だ。
他のギルドに比べて【獅子王の牙】の依頼料は割高だ。その分質の高い働きはするが、金銭的に余裕のある者しか依頼を持ち込めない。そのせいか、手の空く時間が多くても生活に困らない程度には稼げる今の生活を存外気に入っていた。
自宅に戻ったアーシェは、まずマントを脱いだ。黒く染めた髪がさらりと揺れる。白金のような淡い色彩は庶民には珍しいし、見つかりやすい。瞳の色を変えるのは難儀なので、元のオールドローズのままだ。
口元の布を外し、買ったばかりのリンゴを齧る。八百屋が薦めるだけあって、瑞々しくおいしい。
家を出た後、アーシェは旅から旅への根無し草と化していた。元々好奇心旺盛な性分だったため、様々な場所へ行くことを楽しんでいたが、ギルドに所属してからは王都に落ち着いている。
「んー、ん?」
魔術で通信が入り、アーシェは生返事を返してリンゴの欠片を呑み込んだ。相手は【獅子王の牙】の構成員だ。
「お久しぶりです、リオナ。早速ですが、緊急の依頼が入りました。あなた向けの依頼ですよ」
「私向け?」
「大型魔獣の討伐です」
確かにそうだとアーシェは思った。大型魔獣の討伐は困難を極める。アーシェのような高威力の魔術に長けた魔術師なら、戦闘に慣れてさえいれば、単体でも大型魔獣に致命傷を与えることは容易い。だが、火力を魔術で賄えない者は、対魔獣用に魔術を施された特殊な武器と、人手で補うしかない。
「…場所は?」
「エルテの森です」
地名を聞いて、アーシェは脳裏に地図を描く。王都エリネルの北部にある鬱蒼とした森だ。交易都市カルデニアと王都を繋ぐ道があるが、賊や魔獣が多々いるため、迂回路を使うのが常識だった。通るのは余程の物好きか、ただの無知か、一分一秒すら惜しむ程に急いでいるかのどれかだ。
「依頼人」
「セノン・バイデン氏です」
カルデニア市長の名を聞き、アーシェは納得した。彼は【獅子王の牙】の常連だ。一度彼の依頼をこなしてからというものの、毎回アーシェを指名するお得意様である。
「魔獣の特徴は」
「姿は猪ですが、かなり巨大化しているとのことです」
「わかった」
「それから、被害者を発見した場合はその特徴と位置を具体的に報告してほしいと」
「捜索は?」
「する必要はないそうです」
簡潔に言葉を交わす。交わしながら、アーシェは支度を進める。窓の外を見ると、既に夜になりつつある。夜の魔獣は昼よりも更に獰猛だ。
「他に連絡事項は」
「以上です。ご武運を」
「わかった。直ちに現場へ向かう」
通信を切って、転移の魔術を発動する。一瞬にしてエルテの森の中心地に辿り着いたアーシェは、思わず眉を顰めた。普段は静かな森だが、今は神経を逆撫でするような、不快な風が吹いている。
目を閉じて、集中する。僅か一秒足らずで魔獣の位置を特定したアーシェは、微かな溜め息を吐き出した。魔獣だろう気配の傍に、複数の人間の気配もある。脳内地図と感覚的な距離感で判断する限り、王都エリネルとカルデニアを結ぶ道の上のようだから、運悪く通りがかったのだろうか。そう思いながら、アーシェは再び転移した。
猪に似た巨大な魔獣の姿が視界に映る。旅人にしては上等な装いの一行に襲いかかろうとしているようだ。早くその頭を切り落としてやろう――そうアーシェが思った瞬間、風が雄叫びを上げた。
アーシェの意志に呼応して巨大な刃と化した風が、いとも容易く魔獣の首を切り落とした。暴風は、一瞬で静けさを取り戻す。魔獣が絶命したことを確認し、アーシェは目の前の人々を観察した。
一行の中で一際強い存在感を放つのは、貴族然とした青年だ。灰金色の髪に、藍色の瞳。僅かに強張った面持でこちらを見つめている。甘く整った顔立ちと、細身だが鍛えていることがわかる体躯は、姉が好んで読んでいた少女趣味の恋愛小説に登場する王子のようだ。
元は貴族令嬢のアーシェだが、デビュタントを済ませていないために社交界に姿を現したことがなく、貴族の顔見知りは少ない。それなのに、どうしてだろうか。見覚えがあるような気がする。しかし、いったい誰なのかは思い出せそうにない。
思い出せないということは、どうでもいいことなのだろう。そう思い直して、アーシェは小さな吐息を零した。
昨年末から仕事が立て込み、年明け早々毎週職場で事件が発生して、先々週ぐらいからようやく落ち着いたので、ようやく二話目投稿です。
お待たせしてすみませんでした。ここまで読んでくださってありがとうございます。
次は今回ほどお待たせしないで済む筈です。
時々レヴィネイスが可哀想になります。




