第1話 目覚め
二個目
宇都宮司は男だった。
身長177㎝、体重65㎏、その細身の体にはしっかりとした筋肉が存在し、髪は少し短めに切り揃えてある。
顔付きは彼の母親に似た美人さんで、エクステでも着けようものなら完全に美女に間違われること間違いなしである。
本人はそれをとてもコンプレックスに思っているのだが。
さて、先ほども述べたように宇都宮司はかなりの女顔だが男で間違いない、間違いなかったのだ。
朝、彼が目を、いや、『力』に目覚めるまでは。
「え……?」
司は目を覚まし、変な夢を見たなぁと考えながら体を起こし、背伸びをして固まった。
別にこの年でおねしょをしたとか、この年代の男の子特有のパンツがパリパリになっちゃうアレをしてしまったとかで固まった訳ではない。
むしろ今回の場合は先のどちらかの方が司はまだましと考えただろう。
ではなぜ司は固まったのか。
「なぜにおっぱいが……、しかも大きい」
司はいつもと違う可愛らしい鈴の様な声で、昨日まで無かったはずの大きな胸を凝視し呟いた。
しばらく呆然として、自分の胸を恐る恐る下から持ち上げて、気づいた。
(おっぱいは本物、ということは、さっきから全く反応をしてくれないのは、もしかしなくても……)
「あ、ない」
司はつうぅと涙を流し、しばしの間今は亡き息子に黙祷を捧げたのであった。
少し落ち着いた司は現状を把握しようと、小さくなった手を顎に当て考える。
何故か長くなっている髪がさらりと流れ落ちる。
(これは夢か?なわけないか、明晰夢は体験したことあるから分かる。これは現実で、恐らくその、考えたくないが俺は女の子になってしまったわけだ。ダメだ……全然意味分からん。とゆうかなんか頭痛い、激しく痛い)
司は痛む頭に手を当てて自分が熱を出しているのに気が付いた。
「あれ、熱がある。なんで、さっきまで何ともなっかたのに」
(やばい、せめてこの体を見せて俺は司だと説明してからじゃないと……)
司は熱のせいか朦朧としてきた意識を何とか保とうとするが布団に倒れ、そのまま意識を失ってしまった。
宇都宮家には司の他にもう一人子供がいる。
宇都宮雄貴、司の3つ下の弟である。
父親と母親のいいとこどりの彼は少し肉食系のイケメン君で、司を尊敬する姉、ではなく兄として見ており、そんな彼を司も時々女性扱いを受けている気がしつつも気のせいと流しながら可愛がっている。
その為、兄弟仲は非常に良い。
どれくらい仲が良いかと言うと、弟は夏休みで帰省してきている兄を毎日起こしに来て、寝顔を堪能して起こすくらい仲が良い。
そして今日も今日とて大好きな姉の寝顔を堪能しようと雄貴は司の部屋にやってきて司を見て固まった。
「お姉ちゃんがお姉ちゃんになってる!!!!」
もはや意味不明である。
「って、うなされてるし……。うわ!!熱っ!すごい熱じゃん。ちょっと待っててね、すぐ母さん呼んでくるから!」
熱でうなされる司を見て、雄貴は走って母親を呼びに行った。
「ハァハァ……神……ぅぅぅ、けい、しょう……?」
残された司の声は誰に聞かれることなく宙に消えた。
司は今度こそ夢を見ていると確信していた。
体の自由も利かないし、辺りは真っ白で何より本能が告げていた。
(本能てなんだよ……。でも本能としか言えんよなこればっかりは)
司が一人で考え込んでいると前に年齢不詳の男が立っていた。
「えっとぉ、誰ですか?」
「神よ、お帰りなさいませ。あなた様が留守の間この世界を見守る役はきちんと果たしました。それではあなた様からお預かりしておりました力をお返しします」
「え?ちょちょちょ!え?どゆこと?」
「すぐに分かります。ではお返しします」
「え、うわっ」
神の代行を名乗る男が光り、光の玉となり司の中へ吸収されていく、光が吸収されると司は体の自由が戻ってきたのを感じ、それと同時に自分という存在を理解した。
自分という、司という存在は人という器を破壊し、神の器へとなったのだと。
いつの間にか辺りは先ほどの真っ白な所から近い未来に自分が住む神殿の謁見の間に変わっていた。
司は当然のように玉座に座り自分の変化について考える。
(はぁ~、不思議な感じだなぁ。女で見習い神の自分を当たり前と感じる自分と、否定する自分がいる。まだ完全に魂の封印が解けてないんだね。知識は色々引き継いだけど。話を最初からなぞって思い出せば封印も早く解けるかも、私はこの世界を見守る神で前は部下同士のいざこざを収めるために自分ごと部下を封印して、その時に力を使い果たしたから長い魂の休息をとって、力が戻ったところで司として生まれ、それを感じとった代役の神もどき、というか最低限の神としての力と封印の鍵そのものが私の封印を解いた。か…)
「ま、取り敢えずはまだ封印によって天使の力にまで落ちてるスキル『テレズマ』を最低限使えるまでになりますか」
先は長いなぁと呟きながら司は庭に出て行った。
庭に出た司はその美しい庭園に驚きを隠せないと共に、知識の中にある神の庭という名にふさわしいと納得した。
とはいってもここは夢の中、どれだけ暴れても現実のこの場所には影響は出ない。
司は遠慮なくスキルをぶっ放すことにした。
司は今出来るであろうことから練習が必要なことまで次々と試していく。
さて、先程から司が使っている力、スキル正式名称ワールドスキルとは何かを説明する。
まず最初に、スキルとは誰しもが持っている訳ではない、それは生まれつきだったり何かの要因で突然使えるようになるもので、これまでの歴史の中でこの異能の力は秘匿されてきた禁忌の力である。
次にスキルには大まかに三種類に分類されていて、それぞれ『智のスキル』『力のスキル』『生のスキル』と定められている。
スキルにはランク付けがされていて、1~5までランクがある。
ちなみに、これらの種類分けやらランク付けは先代の神がちまちまと頑張ってなした仕事で、もしこれから新しいスキルが出てきた場合司のお仕事になる。
新スキルが出るなんて極々稀なことで、先代がいなくなってからも出てきていないぐらいなのだが。
司がスキル状態と身体能力をついでに把握し、現状でも十分に異常な強さを持つ自分にひいた所で、そろそろ目が覚めるなぁと考えていると。
「あ、来た」
司が熱を出して意識不明で中々起きないことに慌てた宇都宮家の両親は、司が女になってるとか驚いてる場合ではないとばかりに行動した。
なんの仕事をしているか分からない宇都宮家の大黒柱、宇都宮遼太郎は機密の保持の為などに使われる政府御用達の病院に司を入院させた。
この時雄貴は長年謎だった色々を察した。
未だに大学生と間違われる若さを保つ母、宇都宮希は雄貴を捕まえて買い物に出て、いつの間に測ったのか司の下着やら服やらを購入して来た。
雄貴が荷物持ちだったのは言うまでもない。
そんなこんなで司が入院して3日たったが司は目を覚まさない。
熱も下がり、検査をしても異常がなかったのにだ。
宇都宮家の面々は気が気ではなかった。
大事な息子、今は何故か女の子になっているが、は何時目を覚ましてくれるのか。
父、遼太郎は仕事より娘だと言い放ち、もう娘扱いである、軍人の様な服装の部下の人が泣きながら皇帝陛下がずるいと連呼して仕事ボイコットしようとしてると苦情が来てるとすがりつき、それを聞いた母、希が遼太郎を仕事して来いと叩き出したりしていた。
雄貴は姉の容体も気になったが、父の部下が皇帝陛下がボイコットしようとしてると言ったのを聞いて、父が一体どんな仕事をしているのかより一層気になった。
大よその見当はついたが……。
色々あったが遂に、入院初日に検査したきりなのでもう一度検査をと準備の最中に司は目が覚めたのだった。
司は目が覚めて、落ち着いた色の天井が目に入った。
(あ、これはあれを言わないとね。様式美、様式美)
「知らない天丼だ……」
「それを言うなら知らない天井でしょ。おはよう、姉貴随分と寝坊助だね」
司は素で間違えてしまったのを律儀に突っ込まれたのに驚いて見ると、雄貴が泣きながら司を見ていた。
司は心配かけちゃったねと言いながら雄貴の頭に手を置いてそのままアイアンクローをかました。
「確かに女の子になっちゃったけど対応が早くないですかねぇ?やっぱり前からちょいちょい姉扱いしてたなこの野郎!!」
「痛い痛い痛い!ごめん、ごめんなさい!」
「はぁ、もういいけどね、本当に姉になった訳だし」
「そう!そのことなんだけど」
雄貴が喋り終わる前に希が入ってきて、起きている司を見て目を丸くして驚き、次第に涙を目に浮かばせ、そのまま司に走り寄って抱きしめた。
しばらく部屋には希のすすり泣く声だけが響いた。
その後連絡を受けた遼太郎が飛んできて、司に抱き付いて仕方ないなぁと司が苦笑したり、娘が出来て嬉しいと司が気にしていたところを希と遼太郎が吹き飛ばしたり、3日間司が寝ている間にあったことを雄貴から聞いて呆れたり、久々に宇都宮家に笑顔が戻ったのだった。