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リニア・エクスプレスで十分も走ると、中心市街に着く。メトロポリスの官庁街をドーナツ状に取り囲むようにして建ち並ぶ商業地の一角に、巽の泊まっているホテルがあった。
フロントでカードキーを受け取って、広い大理石張りのロビーを抜けようとしたところで、声をかけられた。
「幸星!」
良く知ったその声に、巽はいぶかしむように振り返った。
思った通り、そこには美しい青年が立っていた。煌くプラチナブロンドの髪に、青い瞳をした、背の高い彼は、いつもと同じように、東洋風の白い長衣を身に纏っている。
行き交う人々がちらちらと横目で、或いは遠巻きにうっとりと眺めている。何処にいようと、彼、ジェームズ・王が人目を引かないという事はないのだ。
「銀月……」巽は自分にだけ許された、彼の特別の名を呼んだ。「あんた、どうして俺の行く先々に出てくんのさ? まさか、ストーカーしてるんじゃないだろうね?」
王は、心外だと言うように、その形のよい眉をしかめてみせた。
「そんな訳ないだろう、偶然だよ。――だが、ここで君に逢えたのも、星の巡りというものだろう。そういう運命なのだと思わないかい?」
いつの間にか、息が触れるほど近くまで来て、王は巽の耳元で囁きかけた。
あれよあれよと、壁際まで追い詰められ、すっぽりとその腕の中に抱き込まれてしまう。
その腕をなんとか引き剥がしながら、巽が聞く。
「――それで、どうしてこんなところにいるのさ?」
「係争中の自治境についての調停会議があってね……」
「調停委員までやってんのか、あんた?」
「いや、違うよ……調停委員は世界政府のお偉いさんで、私はそのアシスタントさ」
「いろんな事やってんだな……それも“月”の仕事?」
「まぁね」
王がそう言って、ウィンクしてみせたので、巽はフラッシュでも焚かれたみたいに目をぱちぱちさせた。
“月”とは、王が所属している、特殊な能力を持つ者ばかりで構成された組織である。表向き、民間の営利法人を装ってはいるが、その実、世界政府のバックアップを得た、かなり直属に近い第三セクターであるとの、もっぱらの噂だった。
王が泊まっている部屋は、ベッドルームが三つもあるスウィートルームだった。
それだけで十分ベッドの代りになりそうな、大きなソファに巽は深々と身を沈めた。王が用意してくれた、三種のベリーを搾って作ったソーダ水を飲んでいる。
「それは何だい?」
王は巽が持っている小包に目を留めた。
「これ? 預かり物なんだけど……」
巽はジャクソンに頼まれた小包を見せた。無晒の包装紙に包まれた箱には筆記体で書かれた宛名と切手が貼ってあった。
ジャクソンは巽に、この包みを、書いてある住所まで届けて欲しいと頼んだのだった。彼も人から頼まれた物だと言い、届け先の者から貰える後金は、巽の物にしていいからと打診した。自分は急に用事を思い出してしまったので、是非巽に頼みたいと何度も頭を下げた。
「それで、君は引き受けて来てしまったのかい?」
話を聞いた王は、難しい顔をして宙を睨んでいる。
「だって、あんまり一所懸命だったし、届けるくらい、良いかなって」
巽の言葉に、王はちょっと片眉を上げてみせた。それから小包をじっくりと眺め回す。まるで、箱の中味までも見透かそうとするかのように。
いや、彼ならば、それも可能なのだ。
巽には、一瞬王の瞳が青く輝いたように見えた。
「――珍しいね、切手の貼った小包なんて。古い物だし、消印も押してあるから、ただの飾りなんだろうけど」
「切手って……?」
「昔ーー最終戦争以前には、郵便物にはこういう小さな紙を手紙に貼って送っていたのさ。今のICチップの代りだよ」
「へぇーこんな紙切れで、どうやって郵便履歴を確認するの?」
巽は小さな肖像画や風景画の印刷された紙片をしげしげと眺めた。
「いや、それは出来ないよ。郵便料金を払いましたっていう、証明だけ」
「ええ? じゃ、着いたかどうかはどうやって調べるの?」
「それは、郵便屋さんを信用するしかないね」
「まじでー?」
黒い大きな瞳を目一杯見開いて驚く巽に、王はくっく、と喉の奥で笑い、
「明日は丁度予定が開いているから、一緒に行ってあげるよ」
と、言った。