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 その日、まだ日が落ちて間もない時刻、(たつみ)幸星(こうせい)は早めの夕食をとる為、そのレストランを訪れた。レストランといっても、町の大衆食堂兼、居酒屋といった風情の、肩の凝らない店である。

 かつて、最終戦争以前、アメリカとメキシコの国境を挟んでサンディエゴと向かい合っていた国境の町ティファナは、今もメトロポリス・サンディエゴと、その自治境を係争中の独立都市(メトロポリス)である。

 カウンターで、大量のマッシュポテトとチキンパイを頬張る巽の耳に、男達の喧騒が聞こえて来た。店の隅では数人の男達が、カードに興じている。一人は観光客のようだったが、他の三人は、皆、地元の人間のように見えた。その内の一人が、こっそりと手札を隣の男に渡しているのを認めて、巽は眉をひそめた。

 観光客らしい、大きなボストンバッグを抱えたスーツ姿のその男は、明らかにカモにされていた。

 始めは勝ち続けて調子に乗っていた彼は、段々と負けが込んでくるようになり、それで余計に熱くなって冷静さをすっかり欠いてしまっている。

 巽は店の奥にあるATMで、マネーカードの中から50クレジットばかり現金化した。

 金貨である。

 1(クレジット)は1(ゴールド)(金貨)に相当し、1Gあれば、ちょっとしたディナーなら二人分。たばこなら5カートンは買える。自治政府によっては、その地域の貨幣価値に合わせた、独自の通貨を用い、紙幣を発行しているところもあるが、世界政府公認の通貨は、1G金貨(一万円相当)1(シルバー)銀貨(百円相当)1(ブロンズ)銅貨(十円相当)の三種である。ただ、金貨や銀貨をじゃらじゃらと持ち歩くのは重いし、危険なので、マネーカードやIDカードに書き込む電子マネーとしてのクレジットが認められていた。

 金貨が五十枚入った、ずっしりと重い布袋を、巽は無造作にそのテーブルに置いた。ゲームに夢中になっていた男達が、一斉に振り返った。

「面白そうだね、俺もまぜてよ」

 男達のけげんそうな顔つきを気にした風もなく、巽は椅子を一つ引っ張ってきて、さっさと座ってしまった。

「おいおい」地元民らしい男の一人が言った。「子供の遊びじゃないぜ、ぼうず。……いや、お嬢ちゃんかな……?」

 男達は一斉に笑った。スーツの観光客でさえ、くっくっと笑い声を漏らした。たしかに目の前にいる彼は、少女と見まがう程の美しい顔立ちをしているし、その深く澄んだ、黒い大きな瞳は、とりわけ巽の年齢を実際よりも更に若く見せていた。

 巽はわざとぷぅっと頬を膨らませて、言った。

「俺、もう子供じゃないもん。お金だって、ほら!」

 巽が袋から金貨をテーブルにぶちまけると、男達の目の色が変わった。

「ぼうず、一体この金はどうしたんだ?!」

「ん? 俺のおこづかい」

 巽が人なつこい笑顔を見せると、男達も口元をゆるめた。

 見るからに世間知らずの、金持ちのボンボンに見えたのだろう。

「いいぜ、そいつを賭けな」

 リーダー格らしい、赤いキャップをかぶった白髪まじりの男が言った。

 ゲームは単純なドロウポーカーである。配られた五枚のカードの内、任意のカードを一度だけ交換出来る。

 男達は余程手札がいいのだろう。得意げな顔を隠そうともしない。それでも巽は、平気で掛け金を競り上げた。

「エースのフォーカード」

 誰かがひゅう、と口笛を吹き、三人のいかさま師は勝利の確信に笑いさざめいた。

 だが、たとえ相手がいかさまを仕掛けて来ようと、その上をいくのが巽 幸星である。

「ストレートフラッシュ」

「うそだろ?!」

 男達は一瞬凍り付いたように言葉を失った。

「どうして? 不思議はないだろ。そっちはエースが四枚、こっちはダイヤの8、9、10、J、Qのストレートフラッシュ。数字はこっちが下だけど、手役はこっちが上だ。だから、俺の勝ち」

 巽はそう言って、にっこりと笑った。少女のように愛らしい笑顔にすっかり騙されていたことを、男達は後になって痛感したことだろう。

 所詮は町のちんけないかさま師など、各国のカジノ業界で数々の逸話を残している強運のギャンブラーの相手ではないのだ。



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