第五話 氷狼と目覚め
(氷狼なんて! 嘘だろ)
水狼の上位種氷狼を見た途端、俺は動けなくなった。恐怖で固まるなんて漫画や小説などでよくあるけど、今この瞬間体験した。うん、これは怖いわ。命の危機なのに、動けないなんてどんなペナルティだよ。確実に死ぬ。
直立しながら頭がパニックになっていたが、目の前のさっき知り合った魔人が大地(と言っても凍っているが)を蹴り、氷狼に蹴りを入れようとする。うんさすが、魔人。怖くないのかね。まさか、魔界とかBランクは日常茶判事だっりして。うぇ俺、魔王に辿り着く前に死ぬじゃん。
しかし、アディル(アディルと呼べと言われた)の攻撃も氷の壁が邪魔して氷狼に通らなかった。すると、氷狼は突然吠えだして、氷狼の足下からボコボコと氷が突き出して此方に向かってきた。え? うそ!? まだ動けないんですけど!? アディル軽々と躱さないで! お陰でこっちが凍ってっ!!
気づいたらアディルが目の前にいて息が止まっていた気がしたので、思いっきり空気を吸う。
アディルが大丈夫? と聞いてくるので、近づこうとしたら右足に熱を帯びたような感覚と痺れてる感覚がある…何だと思い、靴を脱いで見てみると変色していた。あ、これ凍傷だ。アディルに大丈夫じゃないと伝えると、治癒魔法を唱える。
「我が魔力を得て人に癒しを『キュアヒール』」
因みにこれは治癒魔法の中級だ。この程度の凍傷は直してくれる。切り傷などは容易く、後も形もなくなる。流石に深い傷でパックリ割れ、となると上級。切断された、となると最上級。特級は体調を治し、伝説級はこのままでは命の危機があるという傷を治し、古代級は例えもう助からないという傷をも治せる。神級は死後直後なら蘇生魔法をかけ生き返らせれるという。
よくわからんがそんな感じだ。あ、初級はかすり傷なら跡形もなく、切り傷なら応急処置程度にしかならない。
足の指をグーパーさせて、ちゃんと血が巡っているか確認する。うん、治った。
そんなことをしていると、アディルが魔法? 魔術なんじゃ? と話しかけてきた。ただ単にそれ名称が違うだけじゃ…と思いながらも魔法だと言うと、不思議な顔で首を傾げる。なので、説明する。
「魔法はさっきみたいなことで、決まった詠唱を唱えて魔力を用いて具現化させることだよ。その魔法を使うのが魔法使い。そして熟練の魔法使いなら杖とかいらないけどな」
うん、我ながらよく纏められたモノだ。アディルに杖を見せてみると、なるほどという顔をして杖を眺めてる。よほど珍しいのだろう。そうなると魔術と魔法は名称の違いではなく根本から違う感じかしてきたぞ…。
ってことでアディルに聞いてみた所、魔術は魔法の詠唱の代わりに魔術陣を展開させて魔術をぶっ放す、だそうだ。それには魔術陣を理解しなくてはいけないらしくて、頭が悪い俺には出来そうもない。
「結構、大変だな」
俺がそう言うとアディルは少し笑って、
「その分、魔法より詠唱がないからすぐ発動できるよ」
と言ってきた。そりゃそうか、俺は笑ったが次の瞬間にはその顔は少し凍りついた。あの声が聞こえて来たのだ。
「グルルルルゥウ」
あぁ(体感的には)ついさっきまで聞いていた声だ。獣を思わせるその声の主を見ると先程俺を氷漬けにした張本人、氷狼がいた。
「ディアス、お主どうする?」
そんな事をアディルは聞いてきた。どうすると言われても、アディルの戦闘能力があれば勝てるかもしれないが、さっき蹴りを防がれていたので簡単に倒せそうもない。俺が相手と言っても簡単にまけそうだ。
そうと決まれば、
「…どうするも何も……逃げるしかないじゃん!!」
逃げるが勝ちだ!
ダッと地面を蹴って走り出す。勿論、氷狼とは反対の方向に。
「ディアス! こっちは森の中央に向かう方だぞ!」
知ってる。わかっていながら走り出した。というか俺、体力タイプじゃないからすぐに息切れになるな。
「とにかく! 迂回して、やり過ごす! 俺じゃ相手にならんからアディルが気を引いてくれ」
「我が?」
「そうだ!」
「わかった!」
承諾してくれた。アディルは俺達を追いかけてきている氷狼に振り向いて拳を突き出した。攻撃はやはりというか外れて、地面が抉れる。こわっ! あんなのまともに食らったら終わるじゃん!
流石魔人というところか、身体能力が半端ない。それとも身体強化の魔法でも使っているのか? …いや今は考えている暇はない。
地面が割れると同時に俺は迂回して走り出した。氷狼との距離は三メートルちょっと、いける。そう思った。
「ディアスっ!!」
そう叫ばれたのと同時に胴体に衝撃が走る。何が起こった、何だ…この身体を伝わる生暖かい液体は。
恐る恐る自分の胴体を見る。そこには氷に貫かれ、氷に血が滴っていた。
「あ、あがっがぁぁあああああああああああ!!!」
自分の状態がどうなっているのかを分かってしまった。激痛が走る、痛い痛いいたいイタイ身体中が焼けるようにっ!
アディルの呼び声が聞こえる。とにかく俺は気が狂ったように叫ぶ。痛みが全身に走っていてまともに考えることも出来ない。
「あぐっ、ア…ディル…」
安心させようとアディルの名を呼ぶ。あれ? 泣いてる…アディルが泣いている。さっき会ったばっかじゃん。特に親しい関係でもない、ただの旅仲間。旅には危険が付き物だ、誰か死ぬのは当たり前。俺もその内の一人にしかならない。
あーぁ、せっかく転生したのに。二度目の人生を面白おかしく楽しみたかった。あ、でもあの家に生まれた…時点…で…。
そこで俺の意識は途絶えた。
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必死に呼ぶ。叫ぶ彼を冷静にさせようと。名前を叫んでも正気に戻る気配は無かった…けど、彼が意識を途絶える少し前、彼はアディルの名を読んだ。
「ア…ディル…」
それだけで何かが奥底からこみ上げてきた。何だろう、こんなの魔王城を追い出されたときぐらいだ。
頬に何が伝う。それが涙だとアディルはわかったとき、彼の意識は途絶えた。
「そんなっ! やっと我と仲間になったのに! 短い付き合いだけど、我はお主を友達だと思ってる!! だからっ! 目を覚ましてよ!! ディアス!!!」
アディルには魔術が使えなかった。大量の魔力を有していても、肝心の魔術は使えず、義妹達が魔力が少ないながらも身体強化の魔術を使えるのに関わらず、彼だけはアディルは使おうとしても使えなかった。
アディルは悔いた。何故、魔術を使えない! 何故、大量の魔力を持ってして生まれた! 何故、友達を助けられない! この魔力なら神が使いし魔術だって使えたのに!
グルルルルゥと氷狼の声が聞こえた。鋭い鉤爪が地面を蹴り、此方に向かっているのがわかった。
アディルはそれが鬱陶しいく感じた。
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氷狼は好機だと思ったのだろう。相方の人間が死んで、精神が揺らいだのを氷狼は感じ取ったのだから。いくらこの魔族が強くても、隙をつけば倒せなくともない。そう思い氷狼はニヤッと笑うが、それは慢心にしかならなかった。
「ギャイン!」
何が起こったのかわからなかった。ただ自分が吹っ飛ばされたのだと、氷狼は即座に理解した。
自分を蹴飛ばした張本人を睨もうと視線を向けるが、逆に此方が怯んでしまった。
「鬱陶しいんだよ、お前。そこでお座りな」
性格が変わるとはこういうことなのだろうか。明らかに先程の雰囲気と口調が違う。
そして自分が本能的に怯んでしまったのにはもう一つ理由があるとわかった。その魔族の背後からは大量の濃い魔力が溢れ出ているのだ。
自分自身が到底敵うわけもない魔力。何故、今までこいつを相手して生き残れたのかを氷狼は疑問に思うほどだ。
魔族は氷狼を無視して、先程自分が殺した人間を見る。氷狼は首を傾げた、何をするのかと。そいつはもう死んでいるんだぞ。
氷狼は次に起こったことがわからなかった。魔族がその人間の額に手を触れたと思うと一瞬、ほんの一瞬だけ眩い光に見舞われた。氷狼は思わず目を瞑り、光が収まったと感じて目を恐る恐る開けた。
氷狼は驚いた。さっきまでいたあの魔族がいなくなっていたのだ。その代わりにあの人間が突っ立っていた。
あれ? と氷狼は首をまた傾げる。何故あの人間は自分の魔の力から逃れているのか、先程まで氷に貫かれていたではないか、と。
「『グラビティ』」
その人間がそう呟いた瞬間、黒色の魔術陣が現れ自身の身体が重くなる。まるで上から何かを押さえつけられているかのように。
思わず情けない声を出す。するとその人間はニヤリと笑った。氷狼にはそれは死神の笑顔にしか見えず、ガタガタと身体が震え出した。
「さて、氷狼? お前は上位種だ、水狼から強くなって力を慢心していたのはわかる」
何だ、こいつは。さっきの人間とも魔族とも違う。まるで混ざり合ったかのような、氷狼はそんな感じがした。
「俺もそうだしな」
とにかくこいつはヤバイ、本能はもうすでにわかっていた。
「そうだな…」
そいつは焦らして来る。氷狼にはその焦らしすら恐怖に感じて、魔物の上位種と狼の誇りを忘れて情けない声を出す。
「悲しむのは早いよ? だからな、これから一生下僕として俺たちに仕えるか、死ぬか」
死神は笑った。実に楽しそうに、面白おかしく。
「……どっちがいい?」
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デ……ス………ディ…ス…!
誰かが読んでる気がして俺は目を覚ます。あれ? いつの間に気を失っていたのだろうか?
確か…氷が俺の身体に…っ!
「あれ…無い…」
確かに気を失う前まではあったあの氷。服は円型に敗れていたが、氷は突き刺さっていないし、傷もない。こんなのは最上級ポーションを大量にぶっかけるか、伝説級治癒魔法を唱えるしかない。そうなると、誰がしたかと言えば…目の前にいる心配そうに此方を見ている奴しか思い至らなかった。
「もしかして? お前が治してくれたのか?」
「え? …もしかして覚えてない?」
「は? 覚えてないって? 確かに氷が刺さったときからの記憶はないけど」
覚えてない、とはどういうことだろうか? アディル、何かをしたのだろうか。そう俺がうんうん考えてると、アディルは何でもないと手を振った。
こういうときは年相応だよな…さっきまでの魔人様とは考えられないな。まぁ、魔族の寿命ってわかんないから俺より年上かもしれないけど。
「何だよ、もう…まぁいいけどさ。所で何でそいつがいるんだ?」
「あはははは、こいつ我らの下ぼ…ゲフンゲフン…仲間になるんだって」
「そうなのか」
どうやって説得したんだろ。まさか脅し? 嘘、魔人様強ぇ。当の本人の氷狼でさえ、ぎこちない笑みをして尻尾振ってるけどさ。
まぁ、とにかく上位種はありがたい。狼だしな。そこらの魔狼達には到底敵わないし、敵うとしたら同じ上位種かそれ以上だけだもんな。
このパーティ、俺以外めっちゃ強いですやん。そして種族バラバラ。
「まぁ、いいや…じゃニール村を目指そう」
「思ってたけどニール村に行って何をするんだ?」
「物資の供給…一人分は持ってるけど…二人+一匹はちょっと、な」
そう、とアディルは頷いて立ち上がる。俺も続いて立ち上がろうとするが、さっきのダメージの影響かふらついて倒れそうになるところをアディルに受け止めてもらった。
「すまんな」
「いいって! 早く行こう、我疲れ、たっ」
「アディル!?」
今度は逆にアディルが倒れてしまった。気を失っているのか、何度揺さぶっても起きない。
するとアディルの身体が発光して身体が小さくなっていく。
「なん、だ?」
光が収まった時、アディルがいた場所には一匹の黒い竜がいた。
「なっ!?」
魔族は魔物が膨大な魔力を得て人型になったと言われている。
そんな事が昔読んだ本に書いてあったのを俺は思い出した。それが本当ならアディルは元々竜だった…ということだが。
「このサイズは流石におかしい…」
小さな竜は両手のひらサイズしかない。そこからはみ出るのは尻尾ぐらいだった。
《アディル様は竜だったんですね》
え? 誰か喋って…? あれ、うん? まさか。
「氷狼…?」
《やっとですか。ふぅ、主は手がかかりそうですね》
余計なお世話だと思う。
俺がそうふてくされてるのを無視して氷狼は続けた。
《取り敢えず、魔力を急激に失って気を失ったと思いますので、しばらく休めば大丈夫かと》
「そっか…」
よし、と俺はアディルを持ち上げる。そしてポーチをゴソゴソと漁り、ある物を取り出す。
縮小魔法をかけた小さな入れ物だ。
《それは何です?》
「普通の木の入れ物。これにアディルを入れて縮小魔法かけて、ポーチに…」
《待った待ったです!》
「何だよ?」
俺のやり方に文句か? これ今のアディルにピッタリだし、生体にも縮小魔法かけれるし、ポーチの中が空気ないとかないけど…大丈夫だと。
俺は不機嫌な目線を投げかけると氷狼はうっと狼狽えるが、理由を話す。
《魔力が戻って気がつくと人間の姿に戻るんです! 勿論そのままというのはあると思いますが…》
言いたいことはわかった。アディルが箱の中で目覚めると人間大に戻り、箱はバラバラにポーチも切り裂けバラバラに…ということだろう。
それは避けたい。うん。
「わかった…じゃ、この箱は別にいらないし…うーん…じゃ氷狼の背中に括り付けて…」
ポーチからベルトやら金具やら取り出して、氷狼の胴体に箱を括り付ける。氷狼は嫌そうにしていたが、主の命令なので逆らえない。
「これでよし!」
完璧☆ よくある動物の上に乗るための台みたいな感じのやつできた。
そこにポーチから取り出した縮小魔法がかかっているハンカチを取り出し、元の大きさに戻す。そしてその木箱の中にセッティングすれば完成だ。
「ここにアディルを入れてと」
そっと傷がつかないように入れる。尻尾がはみ出たがくるりと曲げさせなんとか入れた。
うん、これなら気がついても箱が壊れるだけだし…被害を受けるのは氷狼だし。
《主、何か言いました?》
「…何も」
地獄耳か? こいつ。まぁいいけど。
これで問題は解決なので、ニール村へレッツGOだ。
「そういえば、背中の氷なくなってるな」
《魔の力を使うとき以外は引っ込めているんですよ》
「へぇー」
魔の力ってなんだろ…? 魔力? …いや魔法かな。
中二勃発!
一つだけ補足説明を。アディルが竜になるのは、気を失った時や寝る時だけです。本人は自分が竜の姿になっていることは気づいていないです。
そして、氷狼が話せた理由は、主従契約の魔法をかけられ言葉を覚えたからです。話すときは口を開きますがほとんど動かしません。所詮念話みたいなもので。
あれ、一つじゃない…。
2月16日…鞄をポーチに変更しました。