男運のない私。
「・・・あの、すみません」
「そういえば皆様、そろそろ私新しい姿絵を描かせようと思うのですが、良い画家を紹介してくださらない?」
今お話しになっているのは、宰相の御令嬢だ。余計なお世話であろうが彼女の顔立ちに、そのフリルたっぷりのピンクのドレスは全く似合っていない。
「あの、少しよけていただけますか?」
「あ、最近画家ベルナールが良いと評判ですわ」
そう答えたのは、最近波に乗っている商人の娘か。
「私、描いて頂いたことありましてよ」
「私も描いてもらおうかしら!」
「あの!」
「羨ましいですわぁ」
きゃっきゃと騒ぐ令嬢を見ながら溜息をつく。
煩い。
・・・前略、お父様。 後宮に入って早2週間。私は早速はぶられているようです。
結局、諦めて遠回りをして自室へと戻ることにした。が、すぐに後悔する。ここ後宮はとにかく無駄に広い。いや、無駄ではないのか、数百人にも及ぶ妃が居るのだから。
建国当時戦が多く、世継ぎとなる皇子が次々と亡くなっていたと言う頃の名残か、この国では後宮に数百人の妃を入れるのが慣習である。
後宮に入れば身分に関わらず、皇帝に見初められれる可能性がある。よって、どこの家も娘を後宮に入れようと躍起になる。私からすれば、現実的に考えろよとか思うのだけれど。
だって、よく考えてみて、数百人いるのだ、数百人。皇帝に会うこともままならず、一生を終える人もいるわけで、見初められる保証なんてどこにもない。そんなことを考えている私はこの集団において、少々特殊かもしれない。
というか私は揉め事はできるだけ回避したい、平和主義である。
だから、選ばれないよう、極力陛下の目に止まらないように努力して、姿絵も手を抜いてもらったのだ。
基本的に皇帝は姿絵を見て、お渡りする妃を決める。何百人もの妃に一人一人会ってる暇なんかないものね。特に、今の皇帝は随分と政治改革に力を入れてらっしゃるようだし。お陰でここ何年か国内は非常に安定している。
で、手を抜いてもらった・・・というか結果的にそうなった。どうやら、他のお妃様たちは美しく描いてもらうために多額な賄賂を画家に送っているらしく、欄外に賄賂を求められ、そんな馬鹿なことはしないと突っぱねたら、かなり手を抜かれたのだ。そういう不正はどうかと思うが。・・・というわけで、自慢じゃないがそこそこ美しいと褒められる私の顔の面影はほとんど見えなくなり、地味に描かれた。まあ、結果オーライか。
皇帝の寵愛を受けるなんて、そんな面ど・・・いや、恐れ多いこと出来るわけないじゃない。どうせ、両親も大した期待はしていないだろうし。
では何故、私を後宮に入れたのか。答えは簡単だ。私が行き遅れだからである。
本来、この国の女性の婚礼適齢期は精々十代後半までだ。対する私は早26歳。立派な行き遅れである。
未だになんであんな父親と結婚したのか謎である母は、今でも美しい。そんな母に産んでもらったお陰か、絶世の美女というわけではないが私も十代の頃は、いくつもの縁談を受けた。
そして私は、自分に男運が尽くないことを悟ったのだった。容姿は良くてもひどく束縛をする男だったり、変態わんこ系だったり、プライドが高くて私が少しでも指摘をすると機嫌が悪くなる奴とか、一見温厚なのにドが付くSの人とか、御年60の好々爺とか、果ては可愛いけどどう見ても犯罪な5歳の男の子とか・・・。とにかく、まともな人が一人もいないのだ。え、なに?私がわがままなだけじゃないかって?そんなことはない...はずだ。
それでも、政略結婚を強要されるような家なら既に私は結婚していたかもしれない。が、生憎と辺境ながらも伯爵家に生まれ、父親も野心家ではなく日々を幸せに生きれればそれで良いと言う人で。それに甘えて妹達が嫁いでいっても、まあいいかと。そのうちに、そのうちにとか思っていたら、あっという間にこの歳だ。そうして流石に焦った両親に、後宮に放り込まれる事になったのである。
最初は私も、結婚しなくても後宮で、好き勝手しながらのんびり暮らすのもいいかなあ、とか思っていたわけだけれども・・・、女の園は恐ろしい。
宰相のご令嬢は云わばこの後宮内でのトップらしく、父親の権力をかさに着て好き勝手に振舞っている。そんな中現れた、自分よりも年上で顔の良い私が気に入らないらしい。最初に、私がもっと媚びへつらえば良かったのかもしれないが適当に流してしまった為、このような状況が生まれてしまった。
立派な大人である私が、5つも6つも年下の令嬢の幼稚な攻撃に傷付いたりはしないが・・・、無視されたり、冷めた食事を運ばれたり、陰口を叩かれたり、虫の死骸を部屋の前に置かれたり、ちっぽけな悪戯ばかりで、苛立ちが募る。
あぁーもう!
「「めんどくさい・・・」」
・・・・・・あれ?今誰かとハモった?
しかも男子禁制の後宮に男の声がした?
気のせいだよね。きっとそうだ。
「おい、誰だ」
いや、それはこっちの台詞である。
歩きながらいつの間にやら裏手にある小さな寂れた庭園まで来てしまっていたようだ。どこから声がするのかと見渡したら、雑草だらけの中一本だけ生えている木の陰から出てきた一人の男と目が合う。
私の色素の薄い金色の髪とは正反対の黒に近い茶髪。短髪の下に覗く素顔は中々凛々しい好青年だ。意志の強そうな瞳は深い蒼で、年の頃は28、9と言ったところか。背の高い身体に纏うのは皇帝しか身に付ける事の許されない禁色の紫・・・、皇帝・・・
「こ、皇帝!?」
いやいやいやいや、嘘でしょ!? こんな所で出会うなんて、私のお一人様計画が台無しじゃない!大体、もっと女の子と仲良くしたいのよ。可愛い女の子に囲まれたいわけ。わかる?宰相令嬢が怖くて従ってるだけだろう子の中に、すごい素敵な子見つけたのに。殆ど後宮に来ない皇帝と会ったとかバレたら全部水の泡よ!どうしよう!
「おい」
っ、・・・ええい、こうなったら逃げるが勝ちよ。
「陛下におかれましては、ご機嫌麗しいようで何よりございます。私、少し所用を思い出しましたので、失礼いたしますね」
そう言って踵を返そうとしたが、やはり無理だった。襟首を捕まれる。
「待て」
「・・・チッ」
「・・・今、舌打・・・」
「え?何でしょうか」
笑顔で誤魔化す。つい舌打ちとかしちゃったけど、皇帝の機嫌損ねたくはないしね。おほほほほほ。
「まあいい。・・・名前は?」
「陛下に名乗る程の者ではありませんわ」
「俺の妃だろう」
「・・・一応、そう言う事になりますかしら」
「ならば教えろ」
「何故ですか」
悪い予感しかしないんだけど。て、ちょ、近づいて来ないでください。
「ほー、知りたいと」
「い、いえ!結構です!」
だから、近いし!後ろ壁だし!
「周りのものが後宮に行けと煩いから来てみたものの、女の喚声が聞こえて、あの中に入るの面倒だな、と考えていたら面白い女にあった」
腕で囲い込むのやめてって!顔が近いですって。
「面白いって・・・っ」
「百面相してたが?」
「してません!」
「今も随分と顔が赤いのは気のせいか?」
「・・・っ」
気のせいです。そうやって、楽しそうに微笑むのやめて欲しい。
「暇つぶしにちょうど良さそうだし、お前の名が知りたい。これでいいか」
言い訳無いじゃない!私の計画はどうなるのよ。暇つぶしって何よ、暇つぶしって。いや、暇潰しじゃなければい良訳でも無くて・・・。
「・・・知りたいなら・・・」
「・・・ん?なんだ」
精一杯腕を伸ばして胸を押し返し、陛下と距離を取る。
「私の名前を知りたいなら、姿絵見て正式にお召しくださいっ!!」
腕の隙間から逃げ出して、振り返らずに全速力で走り去る。ドレスが重い。
手を抜かれたお陰で私の絵姿は、どう頑張っても私に見えない。身内ですら無理かもしれない。どうせ見つからないだろうと鷹をくくっていた私は、走り去る私を陛下がじっと見ていたことを知らなかった。そうして誰もいなくなった空間を見つめて爆笑していたことも。
そして、やっぱり男運がない私は、諦めの悪い陛下に見つけ出されて、絆されてしまうことも、その時はまだ知らなかったのだった。
読んでくださってありがとうございました!もっと掘り下げて書こうかなとも思ったのですが、大分さらりとなりました。でも、楽しかったですw
続編投稿しました。2016.1.30
「男運は全くないわけじゃ無かったかもしれない。」




