猫は敵を理解する(3)
「『パドワナ大陸探索記』で紹介されているのは、百年前のカーン聖王国の話だ。つまり…」
「今はもっと酷くなっているって事?」
「そうだろうね」
『パドワナ大陸探索記』に記されている内容を見るに、カーン聖王国では人族以外の種族は酷い扱いを受けている。そしてそのまま更に百年過ぎているのだ、状況は悪くなりこそすれ改善されることは無いだろう。
「カーン聖王国から逃げれば良いのに」
「他の国に逃げだそうにも、魔獣の森があるから。彼処は魔族や獣人でも抜けるのは難しい事は、クラリッサも分かるだろ」
「…そうだね」
クラリッサと彼女の両親は、魔獣の森を抜けてカーン聖王国から脱出しようとしたが、途中で両親は亡くなっている。子猫が偶然居合わせなければ、クラリッサも生きてはいなかっただろう。
「とにかく、もう少し続きを読むつもりだけど…クラリッサは大丈夫かな?」
子猫はクラリッサの顔を覗き込んで尋ねたが、彼女は無表情に「問題ない」と答えるだけだった。
◇
その後、『パドワナ大陸探索記』の続きを読み進めた子猫とクラリッサは、カーン聖王国とムノー教の関係について詳しく知ることができたのだが…
「うーん、ムノー教の事が分かるかと思ったけど…肝心の部分が無いよな~」
子猫は、知りたかったことが記されておらず不満を感じていた。
「プルートは何が知りたかったの?」
子猫の頭を撫でながらページを捲っていたクラリッサが、何を知りたかったのか聞いてきた。
「カーン聖王国の王がムノー教の大主教を兼ねるとか、ムノー教の階梯が5段階あるとか…僕が知りたかったのはそんな事じゃ無くて、ムノー教のもっと本質的な所なんだ」
「本質的なところ?」
「うん、どうしてムノー神は…いやムノー教は、"人間至上主義"という教義なのか…そこを知りたかった。本当にムノー神は、"人間至上主義"という思想を信者に言っているのかってことさ」
宗教で教義となっていることには必ず何らかの理由付けがある。しかしムノー教の教義である"人間至上主義"は、他の宗教の教義に比べて、その根拠がおかしいと俺は思っていた。
「教義では、人間は神の子供って書いてあったけど、そうムノー神が仰っているのでは?」
クラリッサがそう指摘するが、
「本当かな? 神の子共って、神が、ムノー神を含め神様全体を示すなら、"大地の女神"とか"至高神"、"好奇心の女神"の子供も存在するだろ。だけど…例えば、"大地の女神"とかの教義にはそんな事は語られていない。つまりムノー教の教義は、人間はムノー神の子供だと言っているんだ。だけど、そんな事、エーリカの所で読んだ神話には語られていなかったんだ」
「神話?」
クラリッサは、小首をかしげていた。どうやら彼女はエーリカの持っていた神話の本を読んでいなかったようだ。
「エーリカが持っていた本に載っていた神話だよ。クラリッサは読んでいないのか…。えーっとその神話だけど、
『神々と人間や他の種族は、元々別の世界に住んでいた。しかしその世界は、神々を持ってしても防ぐことのできない災害に見舞われたのだった。
そこで神々は、世界の住人を救うために龍達と共にこの世界を作り上げ、そこに世界の住人を移住させた。
ただ、この世界…『神々の箱船』を作ったことで、上級の神々は力を使い尽くしてしまい、この世界に存在する事ができず、あるものは力を求めてこの世界から旅立ち、あるものは世界に溶け込んでしまった。
そして残った中級神以下の神々は、この世界を管理して、旅だった上級神が戻って来るのを待っているのだった。
神と一緒に世界を作った龍も力を使い果たしてしまい、大きくその数を減らしてしまった。残った少数の龍達は、神々から太陽と月を管理する事を命じられている』
という話だったはず。
つまり神話では、人間や他の種族はどうやって生まれたかは語られていないんだ。『神々の箱船』というこの世界の創世に関して語られていたけど、人間やそのほかの種族、そして神についてすらその出自がなかった」
「うん」
子猫はクラリッサに神話の要約を話して聞かせると、僕が言わんとするところが分かったのか、彼女は小さく頷いた。
「ムノー教の教義を信じるなら、ムノー神が人間や他の種族を作った、もしくはランク付けしたことになる。そんな事ができるムノー神は、上級神…いやそれ以上の神じゃないとおかしいんだ。しかしムノー神は上級神じゃなくて中級神…いや、大戦の前は信者が少なかった事を考えると、本当は下級神だったかもしれない」
「…そうだね。ムノー教の教義はムノー神の位を考えると、変だね」
「それと、カーン聖王国でのムノー教の信者の集め方は、露骨すぎて不味いんじゃ無いかと思う」
"好奇心の女神"から聞いたのだが、この世界の神々は、世界に奇跡を起こすのに信者の数や信仰の強さが必要というルールを設けている。神々はその力をこの世界に及ぼすことは簡単だが、多くの神々が勝手に力を振るうと世界は崩壊してしまうためそのようなルールを設けているのだ。このルールは、邪神も含めて全ての神々が守っている。ルールを破るような神々は村八分となり、最悪の場合他の神々によって滅ぼされるらしい。
このルールがあるため、世界に影響力を持ちたい神々は、自分の信者を増やすことに一生懸命である。神々は、自分の神官を通じて神託を与えたり、神聖魔法という神の力を見せて、信者の獲得に努めている。これが一般的な神々の信者の増やし方だ。
しかし、カーン聖王国におけるムノー教の信者の獲得方法は、これとは少し異なる。
確かに魔族による大戦、その間の人間族への差別があり、人々はムノー教の信仰に傾いていったかもしれない。しかしそれも大戦が終わり平和になれば、他の神々の信者も増えていって然るべきである。しかしカーン聖王国では、ムノー教以外の宗教を実質禁止して、ムノー教の信者を増やしていった。
地球では、他の宗教を弾圧すると言ったことは当たり前であったが、この世界ではそれは不味い事である。なぜならこの世界には神々が実在しているからだ。そのような事をすれば、ムノー神は他の神々から不評をかってハブられるか、下手すると滅ぼされてしまうだろう。
「ラフタール王国には、ムノー教信者はほとんどいないし、他の二国…ゼノア王国とジャムーン王国…もムノー教の信者はいないと思う。…だから、」
「他の国に信者がいないのは、例えムノー教が布教されても人々がムノー神を信じる気になれなかったからだ。だけど、カーン聖王国では、その布教すらさせてもらえない状況なんだよ。
…神々にとって信仰心は財産みたいな物なんだ。人々が望んでやっているなら神様達も我慢するかもしれないけど、ムノー神神官が、意図的にやっていることが問題なの」
「…」
子猫の剣幕に押されて、クラリッサが押し黙ってしまった。
(ここでクラリッサに熱弁を振るっても仕方ないか。やっぱり神のことは神…"好奇心の女神"に聞くのが早いよな)
子猫は今晩にでも、"好奇心の女神"を呼び出す事に決めたのだった。
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