猫は敵を理解する(2)
今回は一話丸ごと設定回です
魔族や獣人、妖精種族は、身体能力は人間より遙かに優れていたが、同じ種族でも部族単位で別れて生活しており、他の部族と協力し合う事がなかった。一方人族は、身体能力や魔力は他の種族に劣っていたが、農業や工業、商業といった分野で人同士が協力し合うことで、他の種族を圧倒していた。
カーン王国では、一応全ての種族は平等に扱われていたのだが、特に魔族や獣人達はその身体能力の高さから人族から警戒され、差別的な扱いを受けていた。
そのような魔族や獣人達が差別されていた時代、カーン王国の南端にある魔族の村で、覇王は生まれた。覇王がどのような両親から生まれたか、幼少期はどのように過ごしたかなどの記録には無いが、彼が成人になる頃には、生まれた村の魔族達をまとめ上げ、更に近隣村々から人族に対して不満を持つ魔族や妖精、獣人達を集めて、人族に対抗する集団を作り上げていた。
当初、その集団は差別という名の虐待に遭っている魔族や獣人を助け、虐待を行っている者達…主に人間の領主や貴族達だが…彼等から魔族や獣人を保護するといった活動を行っていた。
当然領主や貴族達がそんな集団を許すはずも無く、何度も討伐のための軍を送り込んだ。しかし、覇王は地の利を生かした戦術を巧みに用いて、それをことごとく退けてしまった。
何度も討伐軍を退けてしまった覇王の集団は、一気に反乱軍という軍団として王国に認識されるようになった。
そして、反乱軍となってしまった覇王の軍団の下に、王国に対して不満を持つ多くの魔族や獣人、妖精達が集まっていった。そして瞬く間に反乱軍は巨大な集団になってしまった。
もちろんカーン王国もそんな状況を指を咥えて見ていたわけでは無い。王国は反乱軍を撃つべく国軍を動かした。しかし、王国は反乱軍の勢力の拡大速度を読み間違え、戦力の逐次投入という愚策を行ってしまった。そのため王国軍の戦力は削られ、最終決戦となった王都近郊での戦いでは、王国軍二万に対し、反乱軍は一万と戦力比は2対1までになっていた。
戦力比から見れば、王国軍の勝利は確実に思えたが、それまでに負け戦の続いていた王国軍の士気は低く、結果は反乱軍の勝利で終わってしまった。
そして、カーン王国を滅ぼした覇王は、大陸南部に魔族や獣人のための国を作り上げたのだった。
覇王は、大陸南部に魔族や獣人の為の国を建国した。それを聞いたカーン王国以外の国の魔族や獣人達は、差別の無い彼の国に集まり始めた。
しかし、他の国々は覇王の下に多数の魔族や獣人、妖精族が集まることを警戒し、移動を禁じた。それに対し、覇王は魔族や獣人達の解放を呼びかけた。覇王は人族以外の種族が平和に暮らせる国を作りたかっただけと言われているが、他の国々はそんな事を信じることができなかった。
覇王の下に向かおうとした魔族や獣人達が捕まり処刑されるのを見てしまった覇王は、ついに他の王国に対し魔族と獣人を解放するための戦争を始めることを決意したのだった。
覇王が起こした戦争は、大陸全土を巻き込んだ大戦に発展し覇王が二国を滅ぼした後、勇者によって倒されるまで戦乱は続いた。
『覇王の起こした戦乱については、他の歴史書にて詳しく書かれているので、本書では割愛する』
前置きが長くなってしまったが、ここからは本題のムノー教について解説をしていく。
まず、ムノー神の信仰だが、他の神々と同じぐらい、覇王が現れる遙か以前から存在していた。
御本尊であるムノー神は、愛らしい子供の姿をしているとされ、教会には椅子に座った子供の姿をしたムノー神の像が設置されている。
ムノー教の教義は、極端な人間至上主義である。ムノー教では、人間は神の子供であり、そのほかの種族は人間に奉仕するために用意された種族であるとされている。そのため、ムノー教では、人間以外の種族は家畜と同じ扱いである。
しかしその極端な人間至上主義の教義のため、カーン王国では、ムノー教は余り人気が無く信者も多くはなかった。ムノー教の信者が爆発的に増えたのは、覇王が魔族や獣人の為の国を作った後であった。
覇王は魔族や獣人の為の国を作り上げたが、その国ではカーン王国と真逆に人族は虐げられ人族以外の種族が優遇される事となった。
覇王自身はどんな種族も平等に生きることができる国を作りたかったようだが、今まで抑圧されていた人族以外の種族が、鬱憤を晴らすかのように人族に対して差別するようになったのだ。
その魔族や獣人による人族への差別が、人族がムノー教を信仰するようになった切っ掛けとなったのは確かであったが、それだけが信者が増える理由では無かった。
覇王の国では、主に人間が信奉していた神々の信仰は制限されており、特に極端な"人間至上主義"を教義とするムノー教は弾圧されていた。しかし、宗教として弾圧される事が逆にムノー教の信者を増やすことになった。何故弾圧されることで信者が増えたのか、その理由はムノー教が覇王を倒すための旗印的な…その思想の中心となってしまったからである。覇王を倒し、人族の自由を勝ち取るという思想の中核としてムノー教が信仰され他結果、弾圧されるほど信者は増えていったのだった。その中で他の神々を信仰していた人達も、打倒覇王の為にムノー教に改宗する人が増えていった。
覇王が勇者によって倒されると、旧カーン王国ではムノー教徒による一斉蜂起が起きることとなった。旧カーン王国の領地には魔族と獣人の治安部隊が存在していたのだが、戦力の大半は覇王と共に大陸の中央部に出兵しておりその数は少なかった。蜂起した人々は力も武器も魔法も圧倒的に魔族と獣人達に劣ってはいたが、その劣勢を数の暴力で覆したのだった。
どんなに優秀な戦士でも、休み無く戦いを強いられれば疲弊し、消耗する。魔族と獣人達は倒されても倒されても襲いかかってくる人の群れ…人海戦術によって彼等は倒されていった。
人海戦術とは、こちらがどれだけ倒されようとも、最後に勝っていれば良いという損害を顧みない戦術である。このような戦い方は普通の心理状態ではとれない戦術だが、ムノー教は信者へ神への信仰の証…聖戦という形で信者を戦争に駆り立てていった。
しかし何故、ムノー教徒がこのような無謀かつ悲惨に戦いを行えたのか、それにはムノー教の神官による洗脳に近い教義の刷り込みが有ったためと言われている。この教義の刷り込みにおいて、ムノー神の神聖魔法に信者に神の教えを深く教え込む秘技があると噂されているが、その真偽の程は確かではない。
人族が大陸南部を魔族や獣人から取り戻す戦いにおいて、ムノー教はカーン王国の血筋を引く一人の少女を見つけ出し、反抗の旗印として祭り上げた。少女の名はクリスティン・カーン。彼女はムノー教の洗礼を受け、聖女として、ムノー教の大神官エイブラムと供に戦いにおいて先頭に立ち続けた。
そして旧カーン聖王国の領土を取り戻した後、クリスティンとエイブラムは結婚し、ムノー教を国教とする宗教国家、カーン聖王国を建国したのだった。
ムノー教を国教として建国されたカーン聖王国では、他の神々の信仰は著しく制限されることになった。覇王の占領下にあった際に各宗教が制限されていたことや、多くの人がムノー教に改宗した為、信者の少なくなってしまった神々の宗派は、それによってカーン聖王国で宗教活動することが非常に難しくなってしまった。
その後、カーン聖王国の二代目国王は、他の宗派が活動を行っていないことを理由に、カーン聖王国内で教会を建立することを禁止することで、カーン聖王国は、ムノー教による宗教独占国家となってしまった。
カーン聖王国では、国王はムノー教の大神官として政治と宗教の両方の頂点に立ち、貴族達も神官として活動するか、又は敬虔なムノー教徒であることが求められる。そして敬虔なムノー教とは、人族以外の種族を虐げる者を指すのだった。
現在、カーン聖王国には魔族は存在しない。カーン聖王国では、魔族は危険な存在として見つかり次第殺されていったからである。僅かな魔族が、カーン聖王国の手を逃れ、魔獣の森に逃げ込んだといわれている。
一方獣人は、魔族と違い魔法を使えないため危険性が高くないと判断され、根絶するのでは無く、労働力…奴隷としての扱いを受けることになった。
また、エルフやドワーフと言った妖精系の種族は、覇王の味方をした部族とそうではない部族と別れていたのだが、ムノー教の下で準国民として扱われている。ムノー教の教義では彼等も差別の対象となるのだが、人間に近い容姿と、その特殊能力…エルフの精霊魔法やドワーフの鍛治師としての生産能力等…を買われ、普通に暮らすことを許されている。
覇王の軍隊のイメージは、水滸伝の梁山泊です。
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