猫は敵を理解する
『パドワナ大陸探索記』の第四巻は、カーン聖王国について記されている。子猫がその巻を取り出すと、クラリッサが微妙な顔をする。
(クラリッサにとって、カーン聖王国は良い思い出が無いからな~)
子猫はそう思いながら、クラリッサに本を取り出してテーブルの上に置いてもらう。
「みゃーにゃーにゃー?」(僕はこれを読むけど、クラリッサはどうする?)
子猫はクラリッサの腕からテーブルに飛び乗り、彼女に向き直って聞いてみる。クラリッサが読みたくない様であれば、リュリュにページを捲ってもらうつもりだったが
「…プルートが読みたいなら、私も一緒に読みたい」
とクラリッサは少し黙考した後、子猫と一緒に本を読むことを選んだ。
「にゃん?」(無理しなくても良いよ?)
「問題ない」
子猫はクラリッサが無理をしていないか顔色を窺ったが、問題ないと彼女は頷いた。
『ぼくとくらりっさはこのほんをよみます。リュリュさんはおすきなほんをよんでいてください』
「リュリュだけ先に寮に帰っちゃ駄目?」
「また拉致されたら困る。三人一緒に行動すべき」
リュリュは先に帰りたがったが、彼女一人で行動させるのは危険すぎる。「本を読むのが嫌なら、好きにしていなさい」と言ったところ、リュリュはテーブルに突っ伏してすやすやと眠り始めた。
「ニュー、みゃーみゃ~」(リュリュって、魔法使いのくせに本が嫌いってどうよ~)
「リュリュは、理論より感覚派だから」
クラリッサ曰く、魔法使いには理論立てて魔法を使う人と感覚で使う人がいる。そして、リュリュと子猫は感覚派なのだそうだ。
「うみゃー」(えーっ)
子猫は感覚派と言われて抗議の声を上げたが、
「プルートは、剣と魔法を同時使用できるから感覚派」
とクラリッサはよく分からない理屈を言う。
閑話休題
「カーン聖王国は、我が国ラフタールと魔の森を挟み南に位置する隣国である。建国の歴史古く、二千年前には既に国として成り立っていたと言われる。建国当時は、我が国と同様に王国であったが、魔族の覇王が引き起こした大陸戦乱において、王家直径の血筋が途絶えた。王家が無くなり国は一時混乱に陥ったが、当時王国で信者を増やしていた宗教の一派であるムノー教が、王家の血を引くという娘を擁立し、カーン聖王国として国を安定させた。以後、ムノー教が国教となり、他の宗教は弾圧された。しかし…」
子猫はクラリッサにページを捲ってもらいながら、『パドワナ大陸探索記』を読む。
「プルートはどうして、カーン聖王国の事を知りたいの」
序章、「カーン聖王国の設立について」を読み終えたところで、クラリッサが子猫に尋ねてきた。
「うーんとね、クラリッサの生まれ故郷の事を知りたかった…という事と、敵を知れば百戦殆からず…ってことかな?」
「?」
「戦う相手のことを知っていれば、何度戦っても敗れることは無いってことさ」
「…プルートは、カーン聖王国と戦うつもり?」
クラリッサが不安そうな顔で子猫を見る。
「そんなつもりは全くないよ~」
子猫はクラリッサにそう答えた。
クラリッサは、一族から追われ、そして国を逃げ出す過程で両親を亡くしている。彼女がカーン聖王国に対しどのような感情を抱いているかは分からない。それを踏まえても、子猫にとってカーン聖王国という国は、『クラリッサの生まれ故郷で、彼女を追い出した国』というぐらいの意味合いしか無かった。
しかし今回のジャネットの件で、俺の中では、獣人を迫害するカーン聖王国…いやムノー教は完全に敵対勢力として認定された。もちろん敵対勢力として認識したからといって、子猫は何か事を起こすつもりは無い。まあ、そこは心構えみたいな物である。クラリッサの安全を考えれば、カーン聖王国とその関係者には近寄りたくは無いというのが本音である。
だが、カーン聖王国はラフタール王国の隣国である、商人だけでなく、貴族もこの国を訪れないとは限らない。それにもしかしたら、ラフタール王国にもムノー教徒がいるかもしれない。カーン聖王国の人やムノー教徒と出会ってしまった場合どう接すれば被害が少なくなるか、それを知るにはムノー教について詳しく知る必要があると考えたのだ。
「とにかく、続きを読もうよ」
子猫はクラリッサを促して、続きを読み始めた。
◇
「…ムノー教って、結構危険な宗教だな」
「…獣人を特に嫌っているのはなぜ?」
『パドワナ大陸探索記』を読み進めた子猫は、ムノー教とカーン聖王国の関係について詳しく書かれている箇所を見つけたのだが、そこを読んだ子猫とクラリッサは、溜め息を付くしかなかった。
~『パドワナ大陸探索記』 カーン聖王国、ムノー教について ~
ムノー教は、カーン聖王国の国教である。カーン聖王国には他の神の教会は存在を許されずムノー教のみが教会を建立することが許されている。他の神々の宗派は、教会の建立を許されていないだけで、信仰を制限されているわけではない。しかしそれは他の国々に対するパフォーマンスであり、実際には教会の存在しない他の神々を彼の国の国民…人族が信仰することはあり得ない。
ムノー教は、ムノー神を信仰する。ムノー教は、教義として”人間至上主義”を掲げており、人間以外の種族(エルフ、ドワーフ、小人族、妖精、獣人)は、人間より劣った種族として差別されている。人種差別の程度は、人間から容姿が離れている者ほど激しくなり、エルフやドワーフより獣人は更に下位の存在として扱われている。カーン聖王国では、エルフやドワーフなどは一応国民として扱われているが、獣人は奴隷として扱われている。
嘆かわしいことだが、カーン聖王国では永久奴隷という身分が存在する。我が国でも犯罪者や借金を抱えた者が奴隷となることはあるが、生まれた時から、いやその種族というだけで奴隷となってしまうことはない。しかしカーン聖王国では、獣人は生まれた時から奴隷である。獣人が奴隷として扱われることは、ムノー教においては当然のことであり、完全に教義と一致している。
では、何故ムノー教がこのような差別を行っているか、それはカーン聖王国の設立の歴史に関係している。
カーン聖王国の前身であるカーン王国では、ムノー教以外の神々も普通に信仰されていた。"大地の女神"、"至高神"などは王国で多くの信者を抱えていた。ムノー教はその中でも僅かな信者しか持っていない弱小勢力であった。それが一変したのは、魔族の覇王が引き起こした大陸戦乱によって王国が滅亡に瀕したときであった。
大陸戦乱、それが始まったのは大陸南部…つまりカーン王国にて魔族の覇王が挙兵したのが始まりだった。大陸南部は豊かな土地であったため、様々な種族…そう魔族ですら共存可能であった。各神々の宗派も魔族に対する扱いが異なっており、一致団結して魔族を排斥するといった行動を起こすような事も無かった。
(次回に続きます)
微妙なところで話を切って、すいません。聖王国の設定語りは次回も続きます
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