猫は説明する
「なるほど、そんな事があったのか。しかし、ジャネットも困ったもんじゃの~」
ジャネットの邸から魔術学校に戻ってきた俺達は、トビアスに子猫とリュリュが拉致された事と、それをネタにクラリッサが決闘を挑まれ、そして不正を逆手に取って、決闘を無効にした事を話した。トビアスは最初は顔をしかめていたが、決闘の結果を聞いて最後は笑っていた。
ちなみに、プラカードを使った説明は面倒なので、トビアスには動物会話を唱えてもらっている。
「ジャネットがあんな風なのは、カーン聖王国、いえ、ムノー教が原因でしょうね。しかし今回の決闘のおかげで、ジャネットは僕達に弱みを握られましたからね。今後はクラリッサに手出ししてこないでしょう」
「うむ、そうじゃな。一応念のため、儂の方からもジャネットには釘を刺しておくかの~」
「おねがいします」
トビアスに迷惑がかかるかもしれないが、ここは頼っておいた方が良い。子猫はトビアスに頭を下げてお願いしておく。
そんな子猫を見て、トビアスは目を細めて顎髭を撫でていたが、その手がふと止まった。
「しかし、お前さん、魔法陣を書くだけじゃ無く、人に変身できるとはえらく芸達者じゃの。…エーリカ先生の使い魔だとしても、規格外過ぎるんじゃないかの? 本当にお前さんは猫なのかの~」
トビアスは子猫をギロリと睨む。トビアスは以前子猫が「人間ではないか?」と言ったことがあった。その時は誤魔化したが、今回子猫がやったことは少し度が過ぎていたかもしれない。
(人に化けられることは話さない方が良かったかな~。だけど、今回の件でそれを話さないわけにはいかないよな。うーん…)
子猫はトビアスに追求され、その返答に詰まってしまった。トビアスは面白そうにそんな子猫を眺めていた。
「…えーっと、ドロシーさんに変身することが出来たのは、御主人様が、いざという時の為と渡してくれた魔法陣のおかげです。それに僕は単なる使い魔じゃなくて、高級使い魔ですから…」
人間であれば冷や汗を流しながら言い訳をしている場面だが、猫なので汗は出ない。だけど、緊張のためか鼻先が乾いてしまい、とても気持ち悪かった。
「高級使い魔か…。確かに高級使い魔は普通の使い魔より知能は高くなるのじゃが、それでも限度という物があると思うがの~」
高級使い魔は、高レベルの魔法使いしか作成できない。トビアスほどの魔法使いになれば当然作ることは可能だ。しかし彼は、使い魔より巨人を遠隔操作する方が性に合っていたらしい。魔術学校の警備を行うにも使い魔を使うより、複数の巨人を使った方が良い。そのため、トビアスは使い魔を持っていなかった。
(俺が規格外か…。ネム村の猫や森猫達は、地球の猫と違って賢かったよな~。字の読み書きや計算はできなかったけど、人間と同じように考えて会話もできたし、あの猫達が高級使い魔になれば、俺に近い使い魔になるんじゃないのかな?)
子猫はそう考えたが、ネム村以外の場所で会った猫達はそれほど頭が良くなかったことを思い出した。
(もしかしたら、ネム村の近辺の猫や犬達は、普通の猫や犬とは違うのかもしれないな。それとも魔獣の森に近いことが影響しているのかな? まだ王都で猫にあったことは無いけど、もしかしたら王都の猫は地球の猫並なのかもしないな)
「プルートは特別。こんな猫はなかなかいない。きっと人間の生まれ変わり」
子猫がそんな事を考えていると、クラリッサがトビアスにさらりととんでもないことを言う。
(ちょっと、クラリッサさん。そんな重要なことをばらさないで…)
「人間の生まれ変わりじゃと。ハッハッハッ、クラリッサちゃんは面白いことを言うの~。そんな猫がいたら儂も見て見たいものじゃ。…儂は、エーリカ先生は新しい使い魔を作る呪文を作られたと思っておるのじゃ」
しかし、トビアスは人間が転成した猫というクラリッサの話を笑い飛ばし、エーリカが新呪文を作ったのではという事を語った。
トビアスがクラリッサの話を信じなかったことに子猫は胸をなで下ろし、エーリカが新呪文を作ったのではという部分に乗っかることにした。
「御主人様ならそうかもしれませんね」
「エーリカ先生に、その特別製の呪文を教えていただきたいものじゃ」
子猫が優秀なのは、エーリカの特別製の呪文ということにして、今回のトビアスの追求を子猫はかろうじて逃れたのだった。
◇
ジャネットとの決闘のおかげで、今日は二限目以降の授業に出ることができなかった。入学早々サボりとなってしまい、どうするか悩んでいたが、トビアスが、「先生達には、儂の都合で授業に出られなかった」と説明してくれると言ってくれた。
「クラリッサちゃんが居なくなると困るのでの~」
トビアスは、クラリッサにエーリカのレポートについて教えてもらっている。つまり、それが終わるまでクラリッサが居なくなるのはまずいと言うことだった。
トビアスの小屋を後にした俺達は、図書館に向かうことになった。
最初はクラリッサがジャネットとの決闘で疲れていると思い「寮に戻って休もう」と言っていたのだが、彼女が「大丈夫。問題ない」と言ってくれたので、寮の浴場が開くまでの時間潰しとして図書館にいくことになった。行き先を図書館に決めたのは、もちろん子猫である。
「えーっ、寮に戻って休みたい~」
とリュリュは文句を言ったが、リュリュは決闘の間食事をしてお茶を飲んでくつろいでいたので実は一番疲れていないはずである。
邸の中を探索したり、魔法陣を書き換えたりメイドさんやドロシーに変身した子猫が実は一番疲れているのだ。
『じゅぎょうにでれなかったぶん、としょかんでべんきょうしましょう』
プラカードでそうリュリュに伝え、「えーっ、勉強なんてやだ~」とだだをこねるリュリュを何とかなだめすかして図書館に向かった。
図書館に入り、中を見渡すとカーゴがテーブルについて本を読んでいた。読んでいる本は、『パドワナ大陸探索記』の第一巻だった。
『パドワナ大陸探索記』は百年ほど前、当時のラフタール国王から魔族との戦争から復興したパドワナ大陸の探索を命じられた冒険者が、その旅の内容を綴った物である。
冒険者は十数年かけてパドワナ大陸を隅々まで歩き回り、各国々(カーン聖王国、ゼノア王国、ジャムーン王国)の民族や風土、産業や学術について詳しく記載されている。
それ以外にも、魔獣の森、ザム山脈(ラフトール王国とジャムーン王国の間にそびえる五千メートル級の山脈)、大河ラルトール(ゼノア王国との間に流れる大河)や、大陸に点在する地下迷宮についても詳しく書かれており、冒険者にとっても貴重な情報を与えてくれる。
大陸各地を巡る商人にとって『パドワナ大陸探索記』に書かれている内容は、百年前の物とはいえ大変参考になる物である。本当は魔法使いでは無く、商隊を率いた商人になりたいカーゴは、『パドワナ大陸探索記』を読むことでその欲求を満足させているのだろう。
ちなみにカーゴが読んでいる『パドワナ大陸探索記』の第一巻には、ラフタール国について詳しく書かれている。子猫も第一巻から読みたいと思っていたが、今日は『パドワナ大陸探索記』の別の巻を読むつもりだった。
クラリッサに抱きかかえられて、子猫は本棚を調べる。
「第四巻、カーン聖王国」
「…」
子猫が本を取り出すと、クラリッサが微妙な顔をした。
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