無かったことになりました
「確かに、決闘の場に魔法陣が描かれていた事から、この不正がプワール家…ジャネットさんが仕掛けように見えますわ」
そう言いながらドロシーはジャネットとフレデリカを睨むと、ジャネットとフレデリカはビクッと体を震わせる。
「…ですが、ジャネットさんが不正を仕掛けたとしては、魔法陣の発動がおかしかった事は皆さんも御存じの通りでしょう」
クラリッサは黙ってドロシーの話に頷いていた。
「もし、ジャネットさん達が不正を働いたのであれば、クラリッサさんの動きを止めた、身体拘束の魔法陣の発動だけで良かったはずです。クラリッサさんに向かって放たれた魔法の矢をこの魔法無効化の魔法陣で消す必要はありません」
ドロシーは、自分が発動させた魔法陣を指し示しながら説明を行う。
「魔法陣が何故ここに描かれていたかは別として、状況から考えるとジャネットさんが決闘に勝つために魔法陣を使用したとは思えないのです。もちろんクラリッサさんが魔法陣を使うことなど出来ないでしょう。となると、他の…第三者がこの不正に関わっていたと私は推理するのです」
ここまでジャネットとフレデリカは、ドロシーの説明を放心状態で聞いていた。彼女たちにしてみれば、魔法陣の不正が暴かれ決闘に負けたことになったはずが、クラリッサの見方であるドロシーによって覆されようとしていることが、意外すぎたのだ。
「だ、第三者ですか? ドロシー様、それは一体誰なのですか?」
先に我に返ったのはフレデリカだった。彼女はドロシーに第三者が誰か問うてきた。もちろんその第三者とは俺なのだが、もちろんそのことをジャネット達に教える気は毛頭ない。
「それは私にも分かりませんわ。私に分かるのは魔法陣によって決闘に不正が行われたことだけですわ。…よって私はこの決闘を無効としたいのですが、どうでしょうか? まあ、あのまま決闘を続けていれば、クラリッサさんが勝利することは明白でしたわ」
そう言いながらドロシーは三人の顔を見回す。
クラリッサは、少し不思議そうな顔をしていたが、ドロシーが目配せをするとコクリと頷いた。
一方ジャネットとフレデリカは、ドロシーの意図が分からず顔を見合わせ、悩んでいた。
「…もしかして、決闘が無効というのが不服なのでしょうか? そうであれば、私が立ち会いますからもう一度決闘を行えば宜しいでしょう。ああ、その前にこの魔法陣を誰が描いたか、トビアス校長先生にお願いして調査を…」
「ド、ドロシー様、決闘は無効と言うことで宜しいです」
「こ、ここは当家の訓練場です。ここに勝手に魔法陣が描かれた事が公になるとまずいので、調査のほうは当家でやらせていただきます」
ドロシーが魔法陣の調査を匂わせた瞬間、二人はコクコクと頷いて取り繕い始めた。
「あら、そうですか。…ではそちらにお任せしますわ。それとこの誓約書ですが、…マナよ火種となれ、イグニション!」
ドロシーは、着火の魔法を唱えると、誓約書に火を付けた。
ちなみに、着火の魔法は魔法で火種を生む魔法で、火種が無いときに使う魔法である。火種なので、そんな火力は無いため燃えにくい羊皮紙に火を付けるのは難しいのだが、俺は魔力を込めることで炎の温度と持続性を上昇させておいた。
「ドロシー様、な、何をなさるのですか!」
ドロシーが誓約書を燃やしたことに驚いたジャネットが叫ぶが、魔法の火は瞬く間に誓約書を燃やし尽くした。
「「誓約書が…」」
「もう決闘はなされないのでしょう? だから誓約書も不要ですわ」
落胆しているジャネットとフレデリカを尻目にドロシーは誓約書が完全に灰となることを確認すると、その灰を足で踏み散らした。
(これで、ジャネット達は誓約書が燃えてしまったと思ってくれたな)
実は今燃やしたのは誓約書の羊皮紙では無い。ジャネット達が自決コントを繰り広げている間に、俺はこっそり誓約書をポケットから取り出した別の羊皮紙とすり替えておいたのだ。誓約書がこのままジャネット達の手元にあると、ドロシーがいないところで再びクラリッサに決闘をふっかける恐れがある。そこでジャネット達から誓約書を取り上げる必要があるのだが、単に取り上げるとドロシーが誓約書を持っていることになり、話がややこしくなる。そこで燃やして、誓約書が無くなってしまったということにしたのだ。
「では、私は先ほどのお部屋に戻らせていただきますわ。…ああ、それと今回の決闘についてですが…ジャネットさん、貴方も決闘の詳細について他の人に知られたくないでしょう。ですから、決闘についてはもう話題に上げないようにしませんか」
ドロシーがそう提案すると、「分かりましたわ」とジャネットが小さく頷いた。
「では、クラリッサさんも私とお部屋に戻りましょう」
ジャネットとフレデリカにそう言い残して、ドロシーはクラリッサの手を引っ張り邸に向かって歩いていった。
◇
「どうして決闘を無効にしたの?」
邸に入ったところで、クラリッサは何故決闘に決着を付けなかったのか尋ねてきた。
「最初は、ジャネットを魔術学校から追い出すつもりだっただけどね、途中で考え直したんだ」
「何故?」
「もし、ジャネットが魔術学校を退学することになると、母国であるカーン聖王国に帰るよね。そうなるときっと、どうして魔術学校を退学になったのか、噂になるだろうね。…そうなると、クラリッサの事がカーン聖王国の貴族達に知られてしまう」
「…」
「クラリッサの実家が、気付いたら問題だろう?」
クラリッサが生きていると知れば、カーン聖王国にある彼女の実家が何か行動を起こすかもしれない。俺としてはそんな事態は避けたかった。
そこで、決闘を無効としてジャネット達に貸しを作ることで、彼女たちが母国に帰ってもクラリッサの事を喋らないように仕向けたのだ。カーン聖王国の貴族が、獣人との決闘で事実上負けたなんて絶対に話せない。
(まあ、まさか負けたのを恥じて自決しようとするとは思わなかったよ。…ムノー教徒って、ちょっとやばいかもな~)
などとドロシーが廊下を歩きながら考えていると、背後からポフンとクラリッサが抱きついてきた。
「プルートは私のことを心配してくれた…。嬉しい」
いつもなら子猫が抱っこされて撫でられているところだが、今はドロシーの方が大きいので、クラリッサの頭を撫でてやった。
二階の客間に戻ると、本物のドロシーはクークーと可愛らしい寝息を立ててまだ眠っていた。もちろん、俺が魔法で眠らせた侍女のドミニクも眠っている。
「僕は部屋に戻るから、クラリッサはドロシーが起きたらボロが出ないうちに帰らせるんだ」
「分かった」
俺は変身を解いて子猫に戻ると、客間を出て大急ぎで檻のある部屋に戻る。そして檻の中のダミーと入れ替わった。
◇
それから二十分ほどして、子猫は檻から出されリュリュと共に魔術学校に戻ることとなった。もちろんクラリッサとドロシーも一緒である。
「私はどうして眠ってしまったのでしょうか?」
ドロシーは眠ってしまったことに疑問を抱いていたが、「ケーキが美味しくて、感動のあまり気絶した?」とクラリッサに言われて「まさか」などと笑っていた。
(とりあえず、ジャネット達はこれでもうクラリッサにちょっかいを出してこないだろう。…だけど、クラリッサを狙ってきた暗殺者と狙撃犯はまだ誰か分からないんだよな~)
今日の決闘騒ぎを見る限り、ジャネット達はどちらにも絡んでいないことは確かだろう。子猫はどうやってこの二つの犯人を見つけ出すか悩むのだった。
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