勝敗の行方
「何を仰るのですか、ドロシー様! 不正など…」
フレデリカは、ドロシーが『不正があった』と叫んだことに対して反射的に異議を唱えてしまった。
「不正が無かったと仰るつもりですか? では、ジャネットさんの魔法の矢が消えてしまった現象を説明してください」
ドロシーがそう反論すると、フレデリカは反論できず、唇を噛んで俯いてしまった。
「それに、ジャネットさんの魔法の矢が消えてしまう前、クラリッサさんの動きがおかしかった、これは何か不正があったと考えるべきでしょう」
ドロシーは、ここぞとばかりに不正があったとまくし立てた。
「「…」」
それに対して、ジャネットもフレデリカも反論することができなかった。
「プル…ドロシー、何があったの?」
クラリッサは何が起きたのか分かっておらず、ドロシーに対して説明を求めていた。
「クラリッサさん、今から私がこの決闘で行われた不正を暴いて見せますわ。いえ、実はもう私には全ての謎は解けてますの」
某少年探偵のように、ドロシーは胸を張ってそう宣言した。
◇
「どうして魔法の矢が消えてしまったのか。その秘密を今からお見せします」
「秘密とは、…ドロシー様?」
ドロシーが秘密を見せると行ったことで、フレデリカはかなり焦った様子であった。ポーカーフェイスを保とうとしているが、額には冷や汗が出ている。
「クラリッサさん杖を貸してくださいませんこと」
「ん? 了解した」
ドロシーはクラリッサの所に歩み寄ると、杖を受け取る。
「皆さん、息を止めて目を閉じてくださいね」
ドロシーの忠告に従って皆が目を閉じたことを確認すると、杖をかざして訓練場の真ん中で魔法を唱え始めた。
「マナよ力強き風となりて、全てを吹き飛ばせ…トルネード」
魔法が発動し、ドロシーを中心として訓練場に巨大な竜巻が吹き荒れ、砂が舞い上がった。
ドロシーが唱えたのは、竜巻と作りだして敵を吹き飛ばす魔法、竜巻である。生み出された竜巻はトロールを空高く吹き飛ばすほどの威力を持つが、今回は呪文を若干アレンジして、竜巻が訓練場を覆い尽くすほどの大きさに広げる。そして有効半径を変える見返りとして、風の強さを砂を吹き飛ばす程度に威力を抑えた。
「竜巻の魔法! ドロシー様は火炎弾さえ唱えられなかったはずなのに!」
ジャネットは、ドロシーが竜巻の魔法を唱えたことに驚く。
「…風で砂が…そんな…これでは」
フレデリカはその場に崩れ落ちるように膝を突いていた。
「これは…魔法陣?」
クラリッサは、自分の足下の魔法陣が有ることに気付いて、慌ててドロシーに駆け寄ってきた。
「クラリッサさん、先ほどのおかしな現象は、全てこの魔法陣の仕業ですわ」
砂を全て吹き飛ばされてしまった訓練場は、その下に描かれていた魔法陣が全て露わになっていた。
ドロシーによって不正を暴かれたフレデリカとジャネットは、その場に崩れ落ちるように座り込んでしまった。
◇
「決闘において、誰かが魔法陣を使って不正を行っていたことは明白です」
そう言いながらドロシーは、座り込んでいるフレデリカから誓約書を取り上げた。誓約書を取り上げるとき、フレデリカは一瞬抵抗しようとしたが、ドロシーの顔を見て抵抗をあきらめたようだった。
「この決闘の誓約書によると、『(5)敗者は魔術学校から退学すること』になっていますね。つまり負けた方は学校を去ることになるわけですが…」
ドロシーは誓約書を見て、敗者は学校から退学することになっていると読み上げる。
不正を暴かれ、敗北が決定づけられたジャネットとドロシーはそれを聞いて「ビクッ」と震えた。
(そう、このままじゃジャネットは魔術学校を退学することになる。さあ、二人はどう出る?)
わざわざカーン聖王国から魔術学校に留学してきたジャネットが、決闘に負けて退学となれば不名誉極まりないことだろう。しかも正々堂々と戦っての敗北であればまだしも不正を見破られての敗北だ。このことがカーン聖王国の貴族達に知られれば、実家の伯爵家もかなり困ったことになるはずだ。
ドロシーは、二人が何か言い出すのを待っていた。
「「…」」
「「…」」
「「…」」
「ああ、もう、なぜお二方は黙っているのですか?」
ドロシーそう言うと、ようやくジャネットが口を開いた。
「仕方ありません。決闘に…獣人に負けたとあっては、伯爵家…いえムノー教徒として生きてはいけません。こうなっては私が取るべき道は一つです」
「ジャネット様、まさかこのような事になるとは…このフレデリカ一生の不覚です」
「いえ、全て私の不徳のいたすところです。このまま生き恥をさらす事はできません。フレデリカ…介錯は任せます」
「…分かりましたジャネット様。私も直ぐに参ります…」
ジャネットとフレデリカは、まるで時代劇で不覚を取った武士のような会話を繰り広げていた。
(ま、まさか自決するつもりなのか?)
ドロシーが二人の会話に唖然としていると、ジャネットが懐から懐剣を取り出し、フレデリカは泣きながら杖を構えて魔法を唱えようとしていた。
「あほか~」
ドロシーは、いざという時のためにポケットに仕舞っておいたスリッパを取り出すと、それで二人の頭をスパーンと叩いてしまうのだった。
「ドロシー様、なぜ私達の邪魔をなされるのですか」
「そ、そうですわ。しかも私の頭をそのようなモノで叩くなど、いくらドロシー様でも許してはおけません。謝罪を要求しますわ」
二人をスリッパで叩いて自決を止めたのは良かったが、なぜか二人とも涙目でドロシーに抗議してきた。
(自決を止めたのが、まずかった? …いやスリッパで叩いたことが問題だったのかな?)
とにかくジャネットが自決することを食い止めたドロシーは、詰め寄ってくる二人を落ち着かせるように話しかけた。
「済みません。ジャネットさんが自決しようとされたので、慌ててしまいました。でも自決など、早まらないでください」
「決闘に…獣人に負けたとあれば、ムノー教徒として自決ぐらい当然です」
なぜか胸を張ってそう主張するジャネット、それを当然のように受け止めているフレデリカに内心頭を抱えつつ、ドロシーは話を続ける。
「負けたと仰いますが、誰がジャネットさんが負けたと判定されたのですか?」
「…ドロシー様、それはどういうことでしょうか?」
ジャネットは、事態が良く飲み込めていないのか当惑した顔であった。
「…ドロシー様、もしかして勝負は着いていないと仰られているのでしょうか?」
フレデリカの方は、さすがにドロシーが言ったことの意味に気付いてた。
「ええ、そうです。この魔法陣による不正が行われたのは確かですが、誰がその不正を行ったかは不明ですわ」
「「「えっ!?」」」
三人は驚いた声を上げると、ドロシーに説明を求めるように見つめてきた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。