決着
ジャネットの巧みな戦術にクラリッサは翻弄されていた。
クラリッサは、人間より瞬発力や力に優れた獣人の肉体を盛っている。10歳の小柄な体だが、その動きは大人の戦士とひけを取らないレベルである。
恐らく肉体言語での戦いであれば、年上で体の大きなジャネットであっても遅れは取らないだろう。しかしいくらクラリッサが戦士並みの動きが出来ても、魔法を唱えるときは必ず動きが鈍くなる。
クアラリッサが眠りの粉魔法を唱えるときは、魔法陣を描くために走ることは出来ない。
ジャネットは、クラリッサが魔法を唱えるタイミングを機敏に察知し、不可視の矢を唱えて邪魔をする。またクラリッサが不可視の矢を唱えようとすれば、自分の背後にフレデリカやドロシーが来るように移動するのだ。
ジャネットも貴族のお嬢様の割には動きが素早かった。それはジャネットが努力家で有り、家庭教師のフレデリカの教えに従って魔法だけではなく、体を動かす訓練もちゃんとこなしていたからである。後、彼女が普通の魔法使いが着るようなローブではなく、ゴスロリ風の服を着ていることもプラスに働いていた。そのこともあり、ジャネットはクラリッサの動きについて行けていた。
(魔法のみが条件じゃなければ…もっと簡単に倒せるのに。でも、プルートは私なら勝てると思って決闘を受けるように言ったんだもの。無様な戦いは見せられない)
クラリッサはいつもパーティまたは子猫とペアを組んで戦って来た。そして戦いの際は、魔法を唱えて前衛のサポートを行うのが彼女の役目だった。当然このような魔法だけを使用した一対一の戦いは経験したことは無かった。いや、俺もこんな戦いをしろと言われたら戸惑うだろう。クラリッサは、慣れない決闘の場で良くやっていると言えた。
しかしクラリッサは、ジャネットを倒せない事に焦りを感じていた。
「どうして不可視の矢を避けられるのですか。…だから獣人は嫌いなのです」
一方ジャネットも、クラリッサを倒せないことに苛立っていた。普通の魔法使いであれば、眠りの粉魔法の呪文を唱えている最中に不可視の矢を放たれて、それを避けることなど出来ない。しかし、クラリッサはそれを全て避けきっていた。
戦いが始まってから五分が経過したところで、ジャネットは汗を流し、『はぁはぁ』と息を切らし始めた。牽制の魔法を放つのも散発的になってきており、魔力切れも近い様だった。
一方クラリッサの方は多少息が上がっているが、体力も魔力も十分残っている。子猫の予想通り二人の持久力の差が勝負の分かれ目となりそうだった。
「このままでは…仕方有りません、あれを使うしか…」
ジャネットの息が上がってきた事に気付いたのか、フレデリカがそう小声で呟いた。本物のドロシーであれば聞き逃すような小声であったが、俺にはしっかりと聞こえていた。
(そろそろ魔法陣を使うつもりか)
ドロシーは、フレデリカの魔力がどの魔法陣に向かうのか、それを感知することに注力した。
◇
「…スリープ・パウダー」
「…スリープ・パウ…くっ、遅れた!」
クラリッサが何度目かの眠りの粉魔法を唱えるのに合わせて不可視の矢を唱えたジャネットだったが、そのタイミングが遅れてしまった。ジャネットが呪文を唱えきる前に呪文が発動し、きらきらと光る粉が舞い散った。
ジャネットはそれを吸い込まないようにその場から飛び退ろうとしたが、彼女を粉が包み込む方が早かった。クラリッサは、ジャネットが眠りの粉魔法にかかったと確信したのだが、
「えっ?」
きらきらと光る粉がきえさると、ジャネットが何事も無かったかのように走り出す。
「抵抗された?」
驚くクラリッサは、その動きが一瞬止まる。
そしてジャネットはその隙を見逃さ無かった。
「不可視の矢よ我が刃となって敵を滅ぼせ~インビジブル・ボルト」
ジャネットが不可視の矢を唱え、魔法の矢がクラリッサに放たれた。
「避けるのは…えっ?」
驚いて動きが止まったが、クラリッサにはまだ余裕があった。魔法の矢が放たれる直前にその狙いを外そうとしたクラリッサの動きが何者かによって妨害される。見えない手に捕まれたクラリッサに魔法の矢を避けるすべは無かった。
◇
(フレデリカ、ナイスタイミングですわ)
眠りの粉に包まれた時、ジャネットは一瞬負けを覚悟してしまった。しかし、彼女の腹心であるフレデリカはタイミング良く魔法陣を発動してくれた。きらきらと光る粉はその効力を失い、ジャネットはそこから抜け出ると、動きの止まったクラリッサに向かって不可視の矢を唱えた。
(忌々しいほど反応よく良く動く猫娘ですわ)
しかしジャネットが魔法を放とうとした瞬間、クラリッサはその狙いを外すべく身構えていた。このままでは魔法の矢を放ってもまた避けられてしまうだろう。しかしジャネットはそのまま魔法の矢を放った。
クラリッサは魔法の矢から逃れようとしたのだが、その体が麻痺の魔法でも唱えられたかのように硬直していた。
(さすがです、フレデリカ!)
魔法の矢は狙い過たず、クラリッサに突き刺さりそれでジャネットの勝利が確定するはずだった。しかし、魔法の矢はクラリッサに当たる直前でかき消えてしまった。
「フレデリカ、どういうことですの?」
勝利を確信していたジャネットは、思わず叫んでいた。
◇
(なるほど、魔法無効化を発動させるつもりか)
フレデリカはジャネットが立っている場所に描いた魔法無効化の魔法陣に魔力パルスを送っていた。
(うん、これはこのまま発動させよう)
ドロシーは、フレデリカが発動させようとした魔法陣を発動させる。発動した魔法無効化によって、眠りの粉がかき消える。
(次は身体拘束の魔法陣か。このままだとクラリッサが怪我をするな。止めるか…いや、こっちをつかえば…)
ジャネットが唱える不可視の矢を命中させようと、フレデリカは身体拘束に魔力パルスを送っていた。もし初どうさせればクラリッサは魔法の矢を受けて怪我をすることになる。発動させない方が良いのだが、ドロシーは、フレデリカの狙い通りの魔法陣を発動させ、そしてもう一つの魔法陣も発動させたのだった。
◇
「フレデリカ、どういうことですの?」
魔法の矢がクラリッサの目の前で消えたことに驚いた、ジャネットが叫ぶ。
「ええーー」
フレデリカも起きた事が信じられず、叫んでいた。
身体拘束の魔法陣から解放されたクラリッサは、何が起きたのか分からず呆然とドロシーの方を見ていた。
「…どうやら、何か不正があったようですわね!」
ドロシーは立ちすくむ三人を睨め付け、そう声高く叫んだ。
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