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ケーキに合うお茶は…

(眠り薬でドロシーを眠らせるつもりか)


 子猫(おれ)は、魔法の手(触手)で二階の窓にしがみつき息を殺してジャネットとフレデリカの企みを全て聞いていた。


「では、ケーキの準備をしますので、ジャネット様はドロシー様のお相手をお願いします」


「分かりました。くれぐれも間違いのないように…お願いしますよ、フレデリカ」


 ジャネットは、フレデリカに念を押すようにそう言って、客間に戻っていった。


「はい、お任せください」


 フレデリカは一礼すると、小瓶を持って奥の使用人達の部屋の方に向かっていった。恐らく、そこでケーキに薬を仕込んで運ばせるつもりなのだろう。


(まずいぞ、何とかしないと…とにかく邸の中に戻るしかないな)


 子猫(おれ)は、大急ぎで邸の屋根裏に戻り、使用人達の部屋の天井に潜んだ。

 小さく穴を開けて部屋の中をうかがうと、フレデリカが二人の侍女にケーキとお茶の準備をさせていた。

 侍女はどちらも二十代半ばの女性で、侍女と言うよりメイドのような服装を身につけていた。メイド服と言っても、秋葉で見かけるようなミニスカでは無く、くるぶしまで隠れるような長いスカートのメイド服である。


「このル・トリリンフのケーキをお客様にお出しするのよ」


 フレデリカに命じられ、侍女の一人が、戸棚からル・トリリンフの"季節の果物ミルフィーユ"を取り出して切り分けていた。


「かしこまりました。それでは、ケーキに合わせるお茶は、どのような物をお持ちすれば宜しいでしょうか?」


 もう一人の侍女は、お茶の担当らしく、フレデリカにお茶について尋ねていた。


「お嬢様のお相手は、コーズウェル公爵令嬢です。最高級の茶葉…そうね、ゼノア王国産の青茶があったわね。あれをお出ししなさい」


「フレデリカ様、青茶をお出しするとなると、しばらく時間がかかりますが?」


 お茶担当の侍女が、別の戸棚から青茶の葉を取り出しながらそう言う。


「そうだったわね…でも、それ以外のお茶だと、"季節の果物ミルフィーユ"に合わないわね。…仕方有りません、お客様にはしばらくお待ちいただきましょう」


 フレデリカは、たとえ薬を盛るにしてもお持てなしに妥協をしないつもりのようだった。


 ちなみに青茶とは、通常の茶葉に特殊な加工をして作られたお茶である。加工の結果青くなった茶葉を水の状態から入れ、ゆっくりと沸騰させて抽出させることで、最高に香りの良いお茶を煎れることができるのだ。

 その際に火加減を間違え急激に沸騰させると香りが飛んでしまうため、火加減に細心の注意が必要で、そのため煎れるために時間がかかるのだ。


「フレデリカ様、ケーキの盛りつけは、このようでよろしいでしょうか?」


「ええ、それで良いかしら。後、ドロシー様の分はこの一番大きくカットされた物にするから、忘れないようにね」


 そう言って、フレデリカはさりげなくドロシーの皿のケーキに魔法薬(ポーション)を数滴振りかけた。

 ケーキ担当の侍女はそれに気付かず、ケーキの皿を台車に乗せていく。


「お茶は…もう少し時間がかかりそうね。…私は先に部屋に戻っているから、貴方たちお茶ができ次第運んで頂戴」


「「かしこまりました」」


 フレデリカは、ケーキに魔法の睡眠薬を盛る事ができたので、後は侍女達に任せて部屋を出て行った。


(まずいな。このままじゃ、ドロシーが眠らされてしまう)


 子猫(おれ)は、屋根裏からフレデリカのやったことの一部始終を見ていたが、何も手を打てずにいた。


(こうなったら危険だけど、…やるしか無いか…)


 このままではまずいと思った子猫(おれ)は、実力行使に出ることを決意した。





「ル・トリリンフの"季節の果物ミルフィーユ"! 私も食べてみたかったよ~」


 フレデリカが部屋を出て行ったのを確認して、ケーキ担当の侍女ミラルが、皿を見ながら叫ぶ。


「ミラル、ぼやかないの。あたしらみたいな庶民がル・トリリンフのケーキなんて食べられるわけ無いじゃん」


 お茶を煎れるために火加減をみながらもう一人の侍女ドミニクはミラルをたしなめた。ドミニクの方が一月ほど早く雇われたため、先任ということで立場は上だが、ミラルは25歳、ドミニクは24歳と実はミラルの方が年上であった。


「えーっ、でもちょっと無理すれば、あたしでもケーキぐらいは買えるんだよ~。ドミニクも食べてみたいでしょ?」


 ミラルは、そう言ってケーキの皿を手にとってうっとりと眺める。


「それで、お給金の半分がケーキに消える? そんなもったいないことはできないわ」


 ドミニクは、青茶を煎れたケトルが載ったコンロから片時も目を離さずにそう答える。


「ああ、この上に載っているベリーの美味しそうなこと。一つぐらい摘まんじゃおうかしら…」


「こら! 止めなさいって」


「冗談だよ~。でもこのナイフに付いたクリームはなめちゃおう」


「あーっ、ずるい。私にも残しておいてよ~」


 ドミニクは、コンロから目を離さずに叫ぶが、時既に遅くミラルは既にナイフに付いたクリームを始末していた。


「ずるーい」


「あーん、怒らないでよ。その代わりお茶の準備しとくから」


 ミラルはカップとティーポット、そして砂糖とミルクを台車の上に準備し始めた。


「後は、火を止めて蒸らすだけね」


 お茶のセットが準備を終えた頃、ドミニクがコンロの前から立ち上がった。

 その時だった、二人の周りにきらきらと光る粉が降り注いだのは。


「「えっ?」」


 粉を吸い込んでしまった二人は、その場に崩れ落ちるように倒れて眠ってしまった。


(ふぅ、眠りの粉(スリープ・パウダー)はちゃんと効いたようだな)


 二人が眠りに落ちたのを確認した子猫(おれ)は、天井の一角を切り裂いて静かに部屋に降り立った。


(おっと、コンロの火を止めないと)


 子猫(おれ)魔法の手(触手)でコンロの火を消す。これでもう少し蒸らせば青茶は完成である。


(さて、青茶が出来上がるまでに終わらせないと…)


 ポケット(無限のポケット)から羊皮紙と魔法陣を描くためのペンを取り出すと、子猫(おれ)は眠っている二人の侍女を見比べた。


(どっちにしようかな~。うん、ドミクク、君に決めた!)


 子猫(おれ)は、魔法の手(触手)ペンを握ると、魔法陣に修正事項を書き加えていった。




 コン、コン、コン、コン


「失礼します」


 ドアを四回ノックした後、ドミニクは扉を開けお茶とケーキの載った台車を押して客間に入っていった。


「…」「…」「…」「…」


 客間ではクラリッサ、ドロシー、ジャネット、フレデリカの四人が異様な雰囲気を漂わせ。押し黙って睨み合っていた。


 そのような中ドミニクは、平然とテーブルにケーキセットとお茶のカップを並べていった。

 ドミニクが一番大きなケーキが載った皿をドロシーの前に置くのを見て、フレデリカは安堵の溜め息を付く。


 そして、ドミニクがケーキとお茶を並べ終わったところで、


「ドロシー様、こちらがル・トリリンフの今日の限定品、"季節の果物ミルフィーユ"ですわ」


 と、ジャネットがようやく口を開き、ケーキの紹介をした。


「まあ、これが今日の限定品ですの…なんときれいなケーキなんでしょう。ケーキの上のフルーツ…まるで宝石のようですわ。

 それにこの青茶、ゼノア王国産ですね。ものすごく良い香りですわ」


 ドロシーも先ほどまでの異様な雰囲気を振り払うかのように、あえて大げさに驚いていた。


「さすが、ドロシー様。良くお分かりになられました。ル・トリリンフのケーキには、このお茶が一番合うのです。…ドロシー様、どうぞケーキのほう御賞味くださいませ」


 フレデリカが、ドロシーにケーキを進める。


「あら、皆さんもご一緒にいただきませんこと?」


「そうですわね」


「…」


 フレデリカに促された三人は、ケーキを一口口に運ぶ。


「ああ、さくさくとした生地の間に挟まれたフルーツの食感と味わいが絶妙ですわ~」


 ドロシーは、そのままホバリングして口からビームをはき出しそうな感じでケーキを絶賛する。


「美味しい」


 先ほどまでムスッとした顔で一言も喋らなかったクラリッサも、そのケーキのおいしさに顔をほころばせていた。


 カラン


 三人がケーキを一口食べたところで、床にフォークが落ちた。

 もちろん落としたのはドロシーである。フレデリカの盛った魔法薬(ポーション)はまさに即効性であった。ドロシーはフォークをケーキに突き刺そうとしたポーズのままで眠りに落ちていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


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