森猫との遭遇
これは一週間前にアデリーナと別れた後の話(続き)です。
今回はちょっとシリアスな猫の事情です。
村の猫達は”好奇心の女神”になることを了承してくれた。
まあ、俺にとっちゃ猫を手玉に取るなんて簡単なものだ。
などどほくそ笑んでいたら
「ところで、信者になるって具体的にはどうすりゃ良いのさ?」
カリンが聞いてきた。
俺はそこではたと気がついてしまった。
信者ってどうすりゃ良いのだろう。
日本人の御多分にもれず俺はかけらも信仰心が無い。
お盆は仏教だし、正月は神道?、クリスマスはもはやイベントであり宗教色なんて欠片も無い。
「えーっと、まずは神様を讃えましょう。何か良いことがあったら”神様ありがとうございます”などと言っておけば良いかと。あと困ったときは”神様助けてください”と願って見たら何か良いことが起きるかもしれません。」
とりあえず無神論者な日本人ではこれぐらいが精一杯だ。
「ふーん、そんなんで良いのかね~」
「そうすりゃお前みたいに回復の奇跡が使えるようになれるのか。」
トラジマの猫が聞いてきた。
「そんな簡単には使えるようにはなりませんよ。もっと信者を集めたほうが良いのですがこの村の同胞達だけではちょっと足りないかもしれません。」
「50匹もいてまだ不足なのかい?」
「カリンさん、村の教会はもっと信者が多いでしょ。後できれば神を祀る神殿みたいなものがあれば良いかもしれません。」
「いや、俺達じゃそんなもの作れないぞ」
「「「無理だ~」」」
いや、俺も猫がそんなもの作れるとは思っていないが、何かシンボルはあったほうが良い気がする。
「神様を讃える物については僕の方で考えます。あと信者ですが100匹以上集めたいと思います。」
「100匹ね~、森猫を仲間に引きれることができりゃそれぐらい行くかも....」
カリンがそう言って考えこむ。
そういえば俺も森猫って言われていたな。
森猫ってことは村と違って森に住む猫ってことなのかな?
「カリンさん、森猫ってどんな方たちなのですか?」
「...森猫ってのは村を出て森に住むようになった猫達のことさ。」
「村を出て...森のほうが生活が楽なのでしょうか?」
「そんなわけないだろう。村にいたほうが餌ももらえるし家もあるから冬も過ごしやすいよ。」
「ならなぜ森に....」
「そりゃ村で養える猫の数が限られてるからさ。増えすぎると当然捨てられることになるわね。」
「....」
村で飼える猫の数に限りはあるのは俺も理解る。
しかし実際に告げられると元人間としてはすごく耳に痛い。
「自分の子供が森に捨てられるのに耐え切れず子供を連れて森に移っていった猫が森猫なんだよ。」
「そうですか」
「森に住んでいる奴らにこそお前が使う奇跡が必要なんだよ。」
トラジマの猫が俺にそう言ってくる。
確かに村の近辺じゃ魔獣と言っても小さい奴らばかりだが、森に行けばもっと大きいやつばかりだろう。
そんなところで子供と一緒に住んでいるんじゃ大変なのは間違いない。
「カリンさん、どうやれば森猫達に会えるんでしょうか?」
「あたしゃ村からほとんど動かないからね~。誰か知ってる奴はいるかい。」
「魔女の小屋の辺りまで出張った。しかし見かけたこと無い。」
今まで影に隠れていたのか大きな黒猫がすっと現れてそう言った。
俺も小屋の周りで会ったことは無いのでもっと森の奥の方にいるのだろう。
「そうですか、ある程度場所が判れば合う手段はあるのですが...もっと森の奥に行ってみるしか無いようですね。」
「子猫一匹じゃとてもじゃないが森の奥には行けないよ。村の狩人でさえ時々怪我をしてくるんだよ。子猫じゃ生きて帰ってこれないよ。」
「僕はこう見ても使い魔ですから魔法も使えるんで、なんとかなると思います。」
俺も危険だとは思うが、これもアレを取り戻すため。
それに人間に捨てられた猫が苦労していると思うと助けには行ってやりたいとも思う。
「お前一人じゃ無理。俺も行く。」
先ほどの黒猫がそう言って俺の横に座った。
「黒猫が付いて行くなら少しは安心かね~」
黒猫さんの名前はクロスケのようです。
黒猫が、子猫の隣に並ぶと彼が猫にしては凄く大きいのが分かった。
体長100cmは超えており顔もかなり厳つく、まるでクロヒョウのようだ。
「ありがとうございます。早速今日の夜にお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」
「夜の森は危険だ。昼じゃダメか?」
「なるべく人には知られたくないのです。」
「何故だ」
「村の人達は教会の神様を信じています。人間の間でも信仰が異なると争いが起きます。そこに猫達が異なる神を信じていることが人間に知れると絶対争いが生まれます。」
地球じゃ宗教戦争は未だに終わりが見えない。
神が違うだけで殺しあうのが人間だ。
もし猫が人間と違う神を信じていると知れた日にはどうなるか....あんまり想像したくはないな。
「お前物知りだな。」
「僕は使い魔ですから。」
村の猫達とそうやって話し込んでいるうちにどうやら夜が明ける時刻なってきた。
太陽も月も天に固定されているので朝焼けは無いが空が薄く輝きはじめ太陽がある程度明るくなるまではぼんやりと大地を照らしてくれる。
村の猫達はそんな空に向かって一斉に鳴き声を上げ集会が終わったことを告げる。
俺は黒猫に今晩小山で来てくれるようにお願いして村の猫たちと別れた。
◇
深夜の森を黒猫が駆け抜ける。
子猫はクロスケの背中にしがみついている。
最初は一緒に走っていたのだが子猫の走り方は猫としてはあまりにも乱雑らしく我慢ならんと言われて背中に乗せられてしまった。
そりゃ元人間なんで足音を立てずに走るなんて器用な真似は出来ませんよ。
しかしビロードの様な毛ざわりのクロスケさんの背中はとても居心地が良い。
思わずもふもふしたら怒られてしまった。
森の中をクロスケは疾走するが、30分近く走っているけど全然スピードが落ちない。
猫は基本短距離ランナーだと思っていたが彼は違うようだ。
しかも走りながら時々襲ってくる鉄鋼蟷螂とか巨大なサソリとかを避けたり叩き落としたりしている。
子猫じゃ歯が立たなかった相手も爪で一撃ってすごい力だ。
俺達はエーリカと薬草を採集した所を過ぎ更に森の奥に進んでいく。
20分ぐらい走った所で彼はスピードを緩め何か匂いを嗅ぎ始めた。
「どうしました?」
「猫の臭がする。」
どうやら森猫のテリトリーに入ったみたいだ。
俺には全然猫の匂いがしないけどクロスケは嗅ぎ分けたらしい。
「これからどうする。」
「このまま匂いを辿れますか?」
「出来なくもないが時間がかかる。」
「時間を掛けたく無いので、ここは森猫から出てきてもらいましょう。」
「どうやって?」
「僕が歌を歌います。森猫たちに歌が聞こえないと出てきてはくれませんので、クロスケさんは僕を乗せて匂いを辿ってください。」
「....」
クロスケは頷くと匂いを嗅ぎながら歩き始めた。
その背中の上で俺は呪歌”動物さんいらっしゃい”を歌い始めた。
この呪歌はその題名通りに歌が聞こえる範囲の小さな動物・昆虫を呼び寄せる効果を持つ。
最初歌った時は何も対象を考えてなかった為虫が大量にやってきて俺の周りがすごいことになってしまった。
何回か試してみて呼び寄せたい生き物の大きさや形をイメージすればそれ以外の物には効果が出ないことが判った。
なので今回は猫をイメージして歌っている。
ファイヤー○ンバーのボーカルじゃないが猫よ俺の歌を聞けーだ。
20分ほど歌ってそろそろ歌うのが苦しくなってきた頃それらしい影が森の奥からから現れた。
俺は近づいて影が猫であることを確認し呪歌を止めた。
猫は呪歌の影響か夢遊病者の様にふらふらしていたが、歌が止むと目が覚めた様に俺たちに警戒し始めた。
「歌ッテイタノハオ前タチカ」
「あなた達森猫に会いたくて僕が歌っていました。」
森猫の言葉は村猫さんと違って微妙に聞き取りづらい。
「オ前タチハ村猫カ?」
「黒猫さんは村猫だけど、僕は違うよ。僕は森のハズレの魔女の使い魔です。」
「ナルホド。使イ魔トイウコトハ、サッキノ歌ハ魔女ノ魔法カ。」
どうやら魔女が僕を使って森猫をたぶらかしたと思われているようだ。
「いいえ魔女は関係ありません。僕はあなた達にお願いがあってやってきました。」
「オ願イ?」
「はい。できれば森猫さんたち全員に聞いていただきたいのですが、どうやれば会えますか?」
「今ハ無理ダ。オ前タチニカマッテイル暇ハナイ。スグニココカラ立チ去レ。」
「そこを何とかお願いできませんか。」
「ダメダ、ココカラ立チ去レ。」
森猫達は何か問題を抱えているのか俺達に来てほしくないらしい。
何とかして森猫全員にあって信者に勧誘したいのだがけんもほろろに断られた。
うーん、どうしたら良いのだろう。
そうやって俺が悩んでいると
「森猫の中にミコというメス猫は居ないか?」
クロスケが唐突に森猫に尋ねた。
「ミコ?新シク入ッタ女ガソウイウ名前ダッタカモシレナイ。」
「彼女は子猫を連れていなかったか?」
「オレハ知ラナイ。」
「俺は彼女の知り合いだ合わせてくれ。」
突然知らない猫の名前が出てきて俺はびっくりだが、どうやらミコはクロスケの知り合いらしい。
「合わせろ...」
クロスケが苛立ったように言い、森猫も尻尾を立てて威嚇し始めた。
このままじゃバトルが始まってしまいそうだ。
「二匹とも落ち着いて下さい。僕は森猫とは争う気はありません。」
「ダメダ、ココカラ立チ去レ。」
森猫はダメの一点張りだ。
クロスケの爪がグッと伸びる。
「しょうがありません。こんなことはしたくは無かったのですが。我が瞳、汝の心を捕まえ操らん チャーム」
俺は森猫を睨むと不意打ちでチャームの呪文を唱えた。
この呪文は相手が術者の瞳を見れる距離でしか掛からないし、昆虫とか知性のないものには効かないがこういった場合にはかなり使える呪文だ。
「グッ」
ピクッとした後森猫の瞳から力が抜けていった。
どうやらうまく呪文にかかってくれたみたいだ。
俺としては森猫との交渉を考えるとこういった強硬手段は取りた無かったがしょうが無い。
此処は時間優先で行かせてもらうことにする。
「何をした?」
突然様子がおかしくなった森猫を警戒しつつクロスケが聞いてくる。
「魅了の呪文を掛けました。これでしばらく彼は僕の言うことを聞いてくれます。」
「お前、やっぱりすごいな」
クロスケは魔法に感心しているが、魅了の呪文が効いている時間はそんなに長くない。
また、魅了の呪文は呪文に掛かったとしても無条件にこちらの言うことを聞いてくれるわけではないので、話術でうまく誘導してやる必要がある。
彼に森猫達のところまで連れて行ってもらう為に俺は会話による意識の誘導を始めた。
「僕と貴方は友達でしょ? 僕はプルートと言いますが貴方のお名前は?」
「オ前ト俺ハ友達、ナマエハ、ギムダ。」
「ではギム君、僕達を君の住処に連れて行ってくれないか。」
「プルート友達。俺森ノナカデ生キル。寝床ナイ。」
どうやら彼は特定の寝床を持っていないみたいだ。
どうしようかな...そうだクロスケが知り合いに会いたいみたいだしそっちの居場所がわかるならそこに連れて行ってもらおう。
「ギムさん、ミコさんのいる場所は知っていますか?」
「知ッテイル。母猫ハ洞窟デ|子猫ヲソダテル。」
「その洞窟は遠いですか?」
「ソンナニ遠クナイ。」
「ではその洞窟まで案内をお願いします。」
「ワカッタ」
うまく誘導できたみたいだ。
ギムの案内のもとクロスケと子猫は森の中を進んでいく。
「クロスケさん、ミコさんとはどのようなお知り合いですか?」
「ミコは俺の子供を産んでくれた。俺の子供だったのでみんな黒かったが神父が黒い猫は不吉というので子供は森に捨てられた。ミコは子供を連れて森に行ってしまった。その時俺は怪我しててミコについて行けなかった。」
「....それはなんとも」
あの神父は猫の子供にまでケチをつけるのか。
今度あったら引っ掻くだけじゃなくて噛み付いてやろう。
しかしミコさんはクロスケさんの奥さんだったのか、子供もいるなら逢いたいよな。
ちょっと場が重くなり三匹は無言で森を進んで行く。
そうやって1時間ほど歩くと前の方から犬の鳴き声が聞こえてきた。
「この森には野犬か狼が居るのでしょうか?」
「狼モイルガ、アノ声ハ山犬ダ。奴ラメツイニ洞窟ニマデ...」
ギムがそう言うなり走り始め、クロスケもそれを追いかけ走る。
だんだん犬の鳴き声が大きくなり猫の鳴き声も聞こえ始めた。
声の様子から争っている雰囲気だ。
「急ぎましょう。悪い予感がします。」
「理解った。」
クロスケは全力で走り始め一気にギムを抜き去る。
声の方向にどんどん進んでいくと崖の前に木の生えていない広場と洞窟が見えてきた。
そこでは30匹ほどの猫と犬が睨み合っているのが見える。
そこに飛び込もうとしたクロスケを俺は制止した。
「状況が分からないので一旦広場の手前で止まって様子を見ましょう。」
「しかし、あそこにミコがいるのだが」
「このまま飛び込んでも僕達は森猫の仲間じゃないので警戒されます。とりあえず状況を見ましょう。」
クロスケは考えこんだが俺の進言を聞き入れてくれた。
俺達は広場の手前の木陰でこの状況を見守ることにした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
なかなか話を進めることが出来ず申し訳ないです。
次回は日曜にはあげたいです。
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