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ケーキとフレデリカの策略

 邸の一階の廊下をジャネット、ドロシー、クラリッサとフレデリカの四人が歩いていた。


 子猫(おれ)は、何故ドロシーがクラリッサに付き添ってこの邸にやって来たのか理由が判らなかった。

 とにかく、状況を確認するために四人が話している内容を聞くことにした。

 しかし今いる植え込みからは、遠すぎで会話の内容が聞こえない。邸にもっと近づく必要がある。子猫(おれ)は再び体に植え込みの枝や草を巻き付けて偽装すると、こっそりと窓際まで近寄っていった。





「私はクラリッサさんだけをお呼びしたはずですが…。どうしてドロシー様まで、当家においでになられたのですか?」


 フレデリカとジャネットは、クラリッサだけを呼び出したつもりであったのに、予想外の人物…ドロシーが一緒に付いてきたことに驚いていた。

 ドロシーは、内心で(何でドロシー様を連れてきたのよこの猫娘)と歯ぎしりをして、ドロシーがクラリッサとに一緒にやってきた理由を尋ねるのだった。


「クラリッサさんは、ついこの前王都に来たばかりなのです。聞けば、このお屋敷の場所もよく分からないようでした。そこで私が案内をかって出たのですわ」


「案内など、使いの者がしましたのに…。わざわざドロシー様がこのような猫む…新入生の案内などされなくても…」


「いーーえ、クラリッサさんはただの新入生では有りません。トビアス校長先生にも魔法について講義できるほどの実力をお持ちです。そこで、私は、クラリッサさんに魔法を教えて貰うことにしましたの。つまり、クラリッサさんは、私の魔法の師匠となったのです。弟子である私が、師匠であるクラリッサさんを御案内するのは当然のことですわ」


 妙な理屈で自分がクラリッサに付いてきたことの正当性を主張するドロシーであった。


 実は、ドロシーがクラリッサに付いてきたのはトビアス校長の差し金であった。フレデリカは、使いの者に「プルートとリュリュを預かっております」と手紙を持たせたのだが、使いの者は魔術学校に入る際にプワール家(ジャネットの家の名)を馬鹿正直に伝えてしまった。

 魔術学校の門番の巨人(ゴーレム)は、トビアス校長と感覚が繋がっている。トビアス校長は、プワール家と聞いて、ジャネットがクラリッサを呼び出したことに直ぐに気付いた。そこで、クラリッサが呼び出されたときに、トビアスはドロシーに付いていくように命じたのだった。


 ドロシーもプワール家の事を知っていた。そして、クラリッサがジャネットに恥をかかせたことは、魔術学校の上級生の間では噂となっていた。

 それもあって、ドロシーもクラリッサを一人で行かせる危険性に感づいていたので、トビアスに命じられるままクラリッサに付いてきたのだった。


 ドロシーの屁理屈のような主張を聞いて、ジャネットとフレデリカは困惑してしまった。クラリッサがトビアス校長と知り合いらしいということは知っていたが、まさかドロシーに魔法を教えるという話になっているとは思ってみなかったのだ。


「そ、そうですの。猫む…クラリッサさんに魔法を習われると…」


 ジャネットは、(何でそんなことになってるのよ)と動揺しながらも、精神力を振り絞って平然とした態度を取っていた。

 そして、ジャネットは、二人の背後にいるフレデリカに向かって、「ドロシー様を何とかしなさいと」と視線を送っていたのだが、彼女も全く予想外の出来事に困っている状況だった。


「早く、プルートとリュリュに会わせて」


 クラリッサは、そんなジャネットとフレデリカの視線を遮るように訴えた。


「そ、それは駄目ですわ」


「何故…?」


 ジャネットが断ったことで、クラリッサは彼女に詰め寄ろうしたのだが、そこにフレデリカが割って入った。


「じ、侍女の少女は、まだ治療中です。あ、後、子猫の方は、怪我は無いようなのですが、まだ目を覚ましておりません。あいにく、当家には猫を治療できる者がおりませんでした。街の方に治療できる者を呼びにいっております。申し訳有りませんが、もうしばらくお待ちいただけませんでしょうか」


「そう? でも、プルートの姿を見るだけでも…」


 フレデリカの言い訳に対し、早くプルートの無事だけでも確認したいと思っているクラリッサは、食い下がった。


「…そういえば、お客様が来られたというのに、このような場所(廊下)でお話をしてしまいましたわ。ドロシー様、クラリッサさん、どうかこちらでお茶にでもいたしませんか。ちょうど、王都で一番人気のお店のケーキを入手しましたの」


「いや、ケーキは…」


「王都で一番人気…もしかして、ル・トリリンフの?」


 クラリッサはケーキなどに興味は無かったのだが、"王都で一番人気のお店のケーキ"という所に、ドロシーが食いついてしまった。


「え、ええ…そうですわ。ル・トリリンフの"季節の果物ミルフィーユ"を手に入れましたの」


 ちなみに、王都で一番人気のケーキのお店ル・トリリンフは、季節の果物を使ったケーキが有名である。店の主人は頑固な職人であり、美味しいケーキを食べたい人に提供することをモットーとしていた。そのため、限定のケーキは予約・注文は受け付けず、たとえ王侯貴族といえども、店に来て庶民と一緒に並んで購入すべきという方針で販売されていた。


 ジャネットもル・トリリンフのケーキの大ファンであり、その中でも一日五個しか作られない"季節の果物ミルフィーユ"を運良く入手していた。

 本当であれば、クラリッサを決闘で屠った後、勝利の祝杯代わりに食べるつもりだったのだが、ドロシーの注意をそらすために泣く泣く提供することにしたのだ。


「一日五個しか店に出ない、"季節の果物ミルフィーユ"を…素晴らしいですわ…」


 ドロシーは、うっとりとした顔をしていた。

 もちろん公爵家令嬢のドロシーは、何回もル・トリリンフの"季節の果物ミルフィーユ"を食べたことがある。しかし、"季節の果物ミルフィーユ"は毎日違った果物の組み合わせで作られるため、何度食べても食べ飽きないというケーキなのだ。

 そのケーキを食べる機会をドロシー、いや王都の貴族の令嬢が見逃すはずは無かった。


「クラリッサさん。せっかくのお誘いです。侍女と子猫の治療が終わるまで待たせて貰いましょう」


「では、ドロシー様、こちらに…」


 ジャネットは、ドロシーを二階の客間に誘った。

 クラリッサは、限定ケーキの魅力に負けたドロシーに引っ張られるようにして客間に連れて行かれるのであった。





 ジャネットとフレデリカは、二階の客間に二人を案内すると、いったん部屋を出て、廊下で今後の対応について相談を始めた。


「ドロシー様の来訪は予想外でした。まさか、あの娘がドロシー様と懇意になっていようとは…」


「確かに、ドロシー様がいらっしゃったことは想定外で子が。ですが、この機会を逃せば、あの猫娘に天誅を与える事は難しくなります。どうにかして、ドロシー様を猫娘から引き離すのです」


 ジャネットは、フレデリカにそう命じた。


「とにかく、ドロシー様は、あの調子では猫娘を置いてお帰りにことはないでしょう。…こうなれば強攻策をとるしか無いと思うのです」


「強攻策?」


「はい。どうやらドロシー様は、ル・トリリンフのケーキを楽しみにしておられる様子。ここは、そのケーキに一服盛るのです」


 そう言って、フレデリカは懐から小瓶を取り出してジャネットに見せる。


「い、一服盛ると。…ドロシー様はコーズウェル公爵家の御令嬢です。そ、そんなことをしては国際問題になりますわ」


 ジャネットはそんなことはできないと首を振って、フレデリカの持つ小瓶を取り上げようとした。


「ジャネット様、慌てないでください。ええ、ドロシー様に危害を加えれば、国際問題になることぐらい、私も重々承知しております。一服盛ると言っても、この薬は魔法の睡眠薬です。口にすれば、一瞬で眠りに落ちて、時間が来れば後遺症も無く目覚めるという優れものです。これを使って、ドロシー様には事が終わるまで眠って貰うのです…」


「そ、そうですか。それなら、ドロシー様に使っても問題は無いようですね? 本当に大丈夫なのですよね」


「ええ、何度か使ったことがありますので…効果は折り紙付きです」


 ジャネットは、何故、フレデリカがそんな薬を持っており、どこで其れを使ったのか問い詰めたくなったが、今はそんな状況では無い。


「では、その薬でドロシー様を眠らせてしまいましょう」


 そうジャネットは決断したのだった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


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