子猫は考える
ジャネットは、邸にクラリッサを呼びつけて決闘を行うつもりらしい。
(クラリッサがこの邸に来るまでに何とかしないと。
…一番良いのは、決闘を受けなきゃ良いのだが、俺がここにいると聞いたら、クラリッサは絶対やってくるよな。
それなら、俺が邸から脱出して、クラリッサに決闘を受けないように言うか。
…いや、リュリュが捕まったままじゃ駄目だな。
…とりあえず、この邸から脱出することを考えよう)
俺は、邸から抜け出すことに決めた。
(邸から抜け出す方法は…窓は壊す必要があるから駄目だな。玄関から抜け出すのは…見つからないようにするのは難しいな。となると残るは…)
子猫は、ジャネット部屋の上から移動すると、屋根裏で外壁に近い壁を探した。
(うん、小鳥の声が聞こえるな。ここから外に出られるだろう)
何カ所か仕切りを切り裂いて移動した後、子猫は屋根裏から外に出られそうな箇所を見つけた。
(さすがに、外に繋がる壁は厚いな~)
仕切りと違い、外壁の壁はかなり厚い。まずは小太刀で突きを放ち厚さを確認してから、慎重に壁を切り抜く。そして、子猫が抜け出せるぎりぎりの穴を開けたのだった。
「ぴぴっーぴっー」
穴から外を覗くと、どうやら屋根の軒のすぐ下に出たようだった。子猫が顔を出したことで、小鳥が慌てて飛び去っていく。
下を見ると、都合の良いことに邸の裏手に子猫は出ていた。外に出た子猫は、魔法の手を使って、一気に屋根の上に飛び乗った。
(ふぅ。空気が新鮮で気持ち良いな~)
埃だらけの屋根裏から抜け出した子猫は、屋根の上で大きく深呼吸をした。
(さて、ここはどこら辺かな? ああ、あっちに魔術学校の建物が見えるな)
屋根の上から周囲を見回すと、少し離れた所に魔術学校の塔が見えた。塔の見え方からすると、この邸は魔術学校から一キロほど離れた場所にあることが分かる。
(さて、下に降りよう。…あいつ、何をしているんだ? 決闘の準備…にしては、変だな?)
下に降りようとしたところで、邸の裏手に広い庭と魔術学校にあった訓練場のような場所が在ることに気付いた。
そこでは、黒髪の女、フレデリカがしゃがみ込んで、何かを描いていた。
(何を描いているんだ? …あれは魔法陣を描いているのか)
フレデリカは、地面にしゃがみ込んで一生懸命小さな魔法陣を描いていた。
彼女が描く魔法陣は、直径一メートルぐらいの魔法陣だった。フレデリカは、そのような魔法陣を訓練場の地面に魔力を込めた特殊な塗料で描いていた。
(あんな物を、何に使うつもりだ…。もしかして決闘の時に使うのか?)
屋根の上からでは、魔法陣の詳細な内容まで読み取れない。
(邸を抜け出して、クラリッサの所に行くつもりだったけど…。うーん、あの魔法陣も気になる。どうしよう…)
子猫はクラリッサに会いに行くのと、魔法陣を調べるのとどちらを優先するかで迷った。
(リュリュが捕らえられている以上、決闘は避けられないか…。それなら、あれを調べておいた方が得策だな)
結局、子猫はフレデリカが描いている魔法陣を調べることに決めた。
そうして子猫は、屋根の上でフレデリカが作業を終えるのをじっと待った。
◇
「ふぅ、これだけあれば良いかしら。…後はこの上に砂をかけて隠せば終わりね」
フレデリカは、魔法陣を描き終えると、杖を手に持ち魔法を唱えた。
「マナよ乾いた土塊となりて風に舞え…サンド・ストーム」
魔法の詠唱と共に、彼女を中心として小さな砂嵐が出現した。
フレデリカが唱えたのは、術者を中心に半径7メートルの巨大な砂嵐を発生させ、その中にいるものにダメージを与える魔法、砂の嵐である。
本来なら砂によって敵にダメージを与える魔法だが、今回は砂を効果範囲にまき散らすようにアレンジされていた。
しばらくして砂嵐が治まると、フレデリカの目論見通り、訓練場は砂に覆われていた。当然魔法陣は砂の下に隠され、全く見えない状態となっていた。
「これで良いわね。後はあの獣人がやって来るのを待つだけね」
フレデリカは、自分の作業結果に満足して邸の中に戻っていった。
◇
フレデリカが邸に戻っていくのを見届けた後、子猫は屋根を降りて訓練場に向かった。
(周囲には…誰もいないよな)
訓練場の側の植え込みに隠れ、建物や周囲に誰もいないことを確認する。
(こんな時は、段ボールが欲しいぜ!)
邸の窓から訓練場は見下ろせるので、子猫は、見つからないように、体に植え込みの枝や草を巻き付けて偽装を施する。そして、そろそろと魔法陣が描かれていた場所に向かって行った。
(確かこの辺りだな…身体拘束か…地下迷宮の罠に使われている魔法陣だな。発動条件は…あの女の魔力パルスで発動するようになっているのか)
砂を掘り起こして出てきた魔法陣は、罠などに使われる特殊な魔法陣であった。
子猫は、エーリカの魔法陣に関する魔道書を読んでいたので、罠に使われている魔法陣についてもよく知っている。
罠系の魔法陣とは、特殊な塗料に魔力を込めて描かれ、魔法陣に記述された条件がそろったときに発動するといった物である。子猫が女子寮の部屋の入り口に描いた警報魔法の魔法陣もその一種である。
地下迷宮では誰かが踏んだ時に発動するようにするのだが、今回は制作者の任意のタイミングで発動できるように条件が変更されていた。
ちなみに、この手の魔法陣は、塗料の性能にもよるが、数時間~数日で魔力が拡散してしまい使用できなくなる。地下迷宮では、迷宮自体が魔力を供給するので、何時までも、そして何度でも発動するようになっているのだ。
子猫は描かれた魔法陣を掘り起こし、調べていった。もちろん後々の為に、起動条件は全て書き換えておくのも忘れない。
調べた結果、描かれていた魔法陣は、身体拘束や魔法無効化といった動きや魔法を阻害する魔法陣が大半であった。
(黒髪の女、魔法陣にも詳しいのか…良い仕事してる。 …ん、こいつはよく分からない魔法陣だな。爆裂の派生系のようだけど、威力はあまりないようだ。
…解析してる時間もないし、起動条件だけ全部書き換えさせてもらうか)
幾つかの魔法陣は、フレデリカが独自に開発した魔法陣のようで、短い時間では解析できそうにない物だった。しかし起動条件の部分は共通であったので、そこを書き換えるのは難しくなかった。
子猫はせっせと魔法陣の書き換え作業を続けた。
◇
(ふぅ、何とか全部書き換え終えたぞ)
二十分ほどで、子猫は全ての魔法陣の書き換えを終えることができた。もちろん書き換えた痕跡は全く残していない。完璧な仕上がりである。
植え込みに戻り、偽装をとき終えたところで、邸の方から話し声が聞こえてきた。
子猫は植え込みからそっと邸の窓の方を見ると、廊下を歩く人影が見えた。
(ジャネットと、クラリッサ…。それに、あれは…ドロシーか?)
ジャネットはクラリッサだけを呼び出すと思っていたのだが、何故かドロシーも一緒にこの邸にやって来ていた。
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