対策会議
「昨日の午後、クラリッサが何者かに狙撃されました」
「狙撃じゃと! 魔法でも打ち込まれたのか?」
「いえ、相手は遠距離から長弓で狙ってきました。クラリッサ、矢を出して」
昨日打ち込まれた証拠の矢をクラリッサがトビアスに渡す。
「魔術学校で、弓での狙撃とは…」
トビアスが矢を検分するが、矢は普通に武器屋などで買える量産品であり、トビアスも犯人に繋がるような手がかりを見つけることはできなかった。
「それと、一昨日の晩の泥棒騒ぎですが、あれもクラリッサも狙ってきた可能性があります」
「…昨日、何故それを言わなかったのじゃ?」
トビアスが、子猫を睨むが、子猫はそれをスルーして話を続ける。
「目撃者は僕だけです。物的証拠が無く、猫の証言だけでは信じてもらえないと思いましたので…」
「それはそうじゃが…。だが、儂ぐらいには教えてくれても良かったと思うがの」
トビアスは不服そうにそう子猫を睨む。
「それと、入寮初日に命を狙われましたとあっては、魔術学校への入学に影響があると思いまして…」
「子猫のくせに妙に気が回る奴じゃの。さすがエーリカ先生の使い魔ということか。それとも本当は猫じゃなくて人間だったりするのかの?」
トビアスは、俺が「人間だと」意外と鋭い指摘をして、子猫をじっと見つめる。子猫の心を見透かすかのようなトビアスの眼差しだ。
(ここは、目をそらしたら負けだ)
「僕は猫ですよ。全てご主人様の薫陶のたまものです。それよりクラリッサの命を狙う者についてですが…」
子猫は自分が転生者であることをばらす気は無いので、エーリカに責任を押しつけておいた。トビアスも本当に子猫が人間だと思っていないのだろう、それ以上突っ込んで来なかった。
「しかし、お前さんは、誰かに命を狙われる覚えがあるのか?」
トビアスは、クラリッサをじっと見て問うてきた。
「分からない」
クラリッサは命を狙われる理由が分からないので、首を横に振る。
(クラリッサが狙われる理由か…)
実は、俺はクラリッサが命を狙われる理由を一つだけ思いついていた。
(カーン聖王国。クラリッサの生まれた国からの刺客かな~)
クラリッサは、カーン聖王国の上級貴族の生まれである。クラリッサの両親は人間だったのだが、何故か彼女は猫獣人として生まれてしまった。
人間から獣人が生まれるというのは、人間至上主義のカーン聖王国では大事件である。クラリッサの両親の一族にとっては、致命的な出来事であった。
そのような事情から、貴族であるクラリッサの実家は、猫獣人として生まれた彼女を殺そうとしたが、クラリッサの両親は必死にそれを拒み、貴族籍を捨て、王都を離れて魔獣の森に近い辺境の田舎で彼女を育てることにした。
しかしクラリッサが十歳の時、彼女の実家は政治上の権力争いに巻き込まれた。その政争においてクラリッサの存在が漏れれば、一族は窮地に立たされるという理由から、クラリッサを殺すために暗殺者が送り込まれたのだ。
クラリッサと両親は、暗殺者とカーン聖王国から逃げ出すために無謀にも魔獣の森に入り、獣人に対して差別の無いラフタール王国を目指した。
しかし、元貴族の両親と十歳の女の子だけで魔獣の森を抜けるのは無謀の一言だった。
クラリッサの両親は魔獣に襲われて死亡し、クラリッサも俺と出会わなければ死んでいただろう。
ちなみに、ラフタール王国とカーン聖王国は、魔獣の森を挟んで隣り合っている。国境を接していると言っても魔獣の森が緩衝地帯となっており、隣国どうしてありがちな小競り合いも無く、ある程度友好な関係を築いている。
ただ、友好関係と言っても、ラフタール王国とカーン聖王国では人種差別問題で大きな思想の隔たりがある。
そのため貿易も国境近くの都市のみで行われており、人の交流は少ない。ジャネットのように魔術学校に留学するというのはものすごく珍しい事であった。
(カーン聖王国からの刺客となると、ジャネットが怪しいんだよな。でもジャネットってクラリッサの実家と繋がりがあるのかな?)
クラリッサを狙っているのは、彼女の実家の一族だけであり、他のカーン聖王国の人はクラリッサの事を知らないはずなのだ。
子猫はジャネットとクラリッサの一族の繋がりを調べる必要があると考えた。
「トビアス校長。できれば学校の生徒と先生、いえ魔術学校に関係している人の名簿を見せてもらえませんでしょうか?」
「ブホッ…グハッ。 い、いきなり何を言い出すんじゃ」
魔術学校関係者の名簿を見せて欲しいとお願いすると、トビアスは、飲んでいたお茶を吹き出してむせていた。
「クラリッサを襲いそうな人がいないか調べるのです」
子猫が小首をかしげてかわいらしく言うが、トビアスは渋い顔をする。
「調べると言っても、お前は、この学校にどれだけの人がいると思っておるのじゃ?」
「えっと、三百名ほどですか?」
トビアスによると、学校には先生が百二十名、生徒が魔法科が三百名、普通科が三百名であわせて六百名がいる。それにお付きの者や雑務を行う用務員や食堂、会計等々、諸々あわせて千名を超える大所帯である。
「それに先生とか生徒の名簿にはいろいろと個人に関わる情報が含まれておるからの。うかつに人には見せられぬのじゃ」
トビアスは、子猫にそう言うが、
「僕は猫です。だから大丈夫ですよ~」
と切り返す。
「ほんとに、お前さんは猫なのかの~」
と、トビアスは呆れた顔をしていた。
話をしているうちに、一時間目の授業が始まる時間となってしまった。
一時間目は魔法の実技なので、クラリッサはこのままトビアスの元に残り、魔法を教えて貰う事になる。
子猫とリュリュは実技の授業に出席することになるのだが、
「二時間目には迎えに来るから」
「…待ってる」
クラリッサが、「しょぼーん」とした感じで俺たちを見送ってくれた。
◇
一時限目の魔法の実技だが、クラリッサが今後実技の授業に出席しないとノーバ先生に告げられた三学年の生徒達は、ガッカリしていた。
そしてジャネットは、体調不良と言うことで授業を欠席していた。
(昨日のことがよっぽどショックだったんだろうな)
実技の授業は特に問題も無く行われた。ノーバ先生は、何故か子猫ではなく、リュリュに実技をさせた。
まあ、炎の矢も氷の矢も子猫は使いこなせるので、わざわざ実技で見せる必要も無い。
ちなみに、リュリュは炎の矢の実技を無難に成功させて、元冒険者の実力を見せていた。
「リュリュちゃん、凄いね~」
今日も炎の矢を成功させることができなかった、アメリアがリュリュをうらやましそうに見ていた。
実技の授業が終わると、二時間目の授業のために教室に戻ることになるのだが、子猫とリュリュはクラリッサを迎えにトビアスの小屋に向かう。
『いそがないとちこくします』
「あーん、だったら猫ちゃんも走ってよ~」
リュリュは子猫を抱えて、必死に走っていた。
一時間目と二時間目の間隔は十分に取ってあるのだが、トビアスの小屋にクラリッサを迎えに行くとなれば時間はぎりぎりである。そのため走っているのだが、子猫を抱えているおかげでリュリュは息を切らせていた。
「きゃっ」
「うぎゃっ」
一生懸命に走るリュリュの目の前に、突然人影が飛び出してきた。リュリュはその人影を避けようとして転んでしまい、子猫も放り出されてしまった。
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