相談
「プルート、大丈夫? うなされてたよ」
「にゃー」(大丈夫~)
女神との交信を終えた子猫は、目を覚ます。ベッドに寝かされた子猫をクラリッサが割と真剣な顔で見つめていた。どうやら交信中にうなされていたようで、クラリッサが心配していたらしい。
「なーなー」(心配かけたね)
「ん。大丈夫なら良かった」
クラリッサはそう言って、子猫の頭を撫でた。
「猫ちゃん、具合はどう?」
子猫が目覚めたことに気付いたリュリュが、ベッドに近寄ってきた。
体調はちょっと気分が悪い程度でだいぶ湯あたりから回復してきたので、
『もうちょっとしたら、げんきになります』
とプラカードで答える。
「良かった~」
リュリュは、ホッとした顔をする。と、同時に彼女のお腹が「グ~」と可愛らしい音を立てた。
「お腹減った~。…クラリッサちゃん、猫ちゃんも元気になったみたいだし、食堂で夕食を食べようよ」
子猫は、一時間ほど寝ていたのだろう。時刻はそろそろ夕食の時間となっていた。
「プルートが心配だから、ここにいる」
しかし、クラリッサは子猫が心配なのか部屋に残ると言う。
『ぼくのことは、しんぱいしなくてよいです』
「駄目!」
クラリッサは、頑固である。
子猫としてはクラリッサがリュリュを連れ出してくれれば、回復の奇跡で体調を戻せるのでそうしてほしいのだ。
「みゃーにゃー、みゃお~」(回復の奇跡で治療したいから、リュリュを連れ出して~)
「…それなら仕方がない。でも私達が戻るまで寝ててね。…リュリュ、食堂に行こう」
「え? えっ? 猫ちゃんと何を話したの?」
「秘密。早く食堂に行こう」
子猫との会話が理解できないリュリュは、クラリッサに引きずられるようにして部屋を出て行った。
(ふぅ、これで回復の奇跡を使える)
回復の奇跡で湯あたりを直した子猫は、今日の女神との交信で得た加護と今後のことについて思いを巡らした。
"好奇心の女神"から新たに貰った加護。その効果については、女神から「こんな加護は駄目です」と嫌がられたが、いくつか制限を付けることで何とか加護として実現させることにした。
(この加護があれば、うまくすればリュリュの方の問題は片付くだろう。後はクラリッサの方だけど、こっちは犯人が良く分からないんだよな~)
そこで問題なのは、魔術学校でクラリッサを狙ってくる暗殺者の存在である。こちらは、狙ってくる犯人の目的が分からないと、加護の力で何とかなるか分からないのだ。
(犯人が学校内にいるのは確かなんだけど…。やっぱり明日トビアスに相談してみよう)
そうこう考え事をしている間に、クラリッサとリュリュが食事を終えて部屋に戻ってきた。クラリッサが子猫のためにホットミルクを持ってきてくれた。
「元気になった?」
クラリッサは心配そうに子猫の顔を覗き込む。
『げんきになったよー』
二人に回復したことを伝えた。
「猫ちゃん。元気になって良かったね~」
「良かった」
クラリッサは、子猫を抱きかかえて机の上に載せると、ホットミルクの皿を飲めるようにしてくれた。
「みゃー」(ありがとー)
(お腹が空いていたからミルクがうーまーいーぞ~)
子猫は、皿のミルクを前にして、酷く空腹な事に気付いた。子猫は、一生懸命ホットミルクを飲む。
クラリッサとリュリュは、そんな子猫を眺めていた。
そんな穏やかな寮の夜が過ぎようとしていた。
◇
穏やかな夜は、「コン、コン」というノックの音によって破られた。
「誰?」
昨日の泥棒や今日の暗殺者の事から、寮の中でも安心はできないとクラリッサは思ったのだろう。彼女はそっと気配を消してドアに近寄り、誰がやって来たか感じ取ろうとしていた。
「何方ですか~」
だが、そんなクラリッサの努力は、リュリュが何の警戒心も無くドアを開けてしまったことで台無しとなってしまった。
「泥だらけで寮に戻ってきたって聞いたけど。クラリッサちゃん、大丈夫? 虐めを受けてない?」
部屋に入ってきたのは、メグだった。
どこから聞いたのか、俺達が泥だらけで寮に戻ってきた事を知っており、それで虐めを受けたのかと心配してきてくれたようだった。
「あのねー。転んだだけだから大丈夫なの~」
「ん。大丈夫。怪我も無い」
「そ、そうなの? なら良いんだけど…。もし何かあったら私に相談してね」
心配そうな顔のメグだが、「ただ転んだだけと」クラリッサが伝えてお帰り願った。
『ジュンコさんに、ちゃんとみんなにつたえるようにおねがいしましょう』
虐めを心配してくれるのはうれしいが、部屋にやってくる人が増えると面倒なので、ジュンコさんにみんなに心配しないように伝えてくれるようにクラリッサがお願いしてきた。
メグが帰った後、子猫は二人に今後の対応を話すことにした
『あした、トビアスにそうだんにいきます』
「今日の襲撃の件をトビアスに?」
『はい』
「大丈夫なのかな?」
リュリュが心配そうな顔をする。
彼女には、「これ以上学校に迷惑をかけると、問題があるかも」と言って襲撃の件は黙っているように言っておいたので、そうなるだろう。
『でも、トビアスにははなしておいたほうがよいかと』
「分かった」
「うーん、分かった。クラリッサちゃんに任せる」
クラリッサが同意してくれたので、リュリュもトビアスに相談する件を了解してくれた。
「明日は、魔法実技が最初の授業だから、私はトビアスの所に行くね。その時話をしましょう」
『そうですね』
とりあえず、トビアスと話す予定を決めておく。
それから明日の授業の準備…といっても予習も復習もすることが無いが、を終えて二人はベッドに入った。
(入学一日目で色々ありすぎだよ)
子猫はそんな事を考えながら、窓際で月光を浴びてたたずんでいた。
「プルート、一緒に寝よう」
すると、クラリッサが子猫を捕まえて、そのままベッドに拉致されてしまった。
◇
翌朝、朝食もそこそこに俺達はトビアスの元に向かった。
朝は道を歩く学生も多いので、さすがに暗殺者が襲撃してくるとは思えないのだが、警戒しながらトビアスの書斎のある小屋に向かった。
「おや、朝の鐘は鳴っていないはずじゃが?」
早い時間にもかかわらず、トビアスの小屋には灰色のローブを着た研究生らしき学生が忙しそうにしていた。もしかしたら、彼等は徹夜で作業をしていたのかもしれない。
トビアスは書斎でお茶を飲んでいた。その横には、ドロシーが立っていた。
「トビアス。内密の話がしたい」
クラリッサがそう言うと、「何じゃ唐突に?」とぼやきながらも、トビアスはドロシーに書斎を出て行くように促した。
ドロシーが退出するのを確認して、子猫はトビアスにこみ入った話をしたいので、精神感応の魔法をかけるようにお願いした。
「めんどくさいの~」
そう言いながらもトビアスは、精神感応の魔法を自分とリュリュに唱えてくれた。
「では、第一回クラリッサ襲撃事件対策会議を開催します」
「また、物騒な事をいいだす使い魔じゃのう」
子猫の襲撃事件対策会議という物々しい宣言を聞いたトビアスは、顎髭を撫でながら渋い顔をした。
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