新たな加護
お風呂で、魔法のテクニックについてあれこれ質問してくるドロシーを振り切るのは一苦労であった。
途中で子猫がのぼせてしまったことで、何とかドロシーの追撃を振り切り、俺達は風呂から逃げ出すことができた。
「うにゃ~」(のぼせた~)
「プルート、大丈夫?」
クラリッサが、風呂でのぼせてしまった子猫を看病してくれる。頭に置かれた水で濡らしたタオルが気持ち良い。
「クラリッサちゃん、替わりのお水を汲んできたよ~」
リュリュが手桶に新しい水をいれて運んでくる。お約束ならここで転ぶところだが、何とかリュリュは子猫の寝るベッドのそばに運んできた。
「なーなーなー」(いつも済まないね~)
「それは言わない約束だよ…? あれ、何故こんなこと言ったんだろう」
「なぁ?」(えっ?)
子猫のボケにお約束の台詞を言うクラリッサ。しかし、クラリッサがそんなお約束を知っているはずは無い。
クラリッサ自身もなぜそんなことを言ってしまったのか理解できていない。リュリュも「約束って?」って顔をしている。
(…これはまさか、彼奴の仕業か?)
俺は、クラリッサが知るはずもないお約束台詞を吐いたことに"好奇心の女神"の介入を感じ取った。
「グホッ、グホッ」(ゴホゴホ)
「プルート、ちゃんと寝てなきゃ駄目だよ」
咳き込んで起き上がろうとする子猫をクラリッサが背中をさすって寝かしつける。
(風呂でのぼせただけの俺が、咳き込むって…。クッ意識が…)
そのあざといシチュエーションに突っ込みを入れる間もなく、子猫の意識は暗闇に飲み込まれていった。
◇
「…知らない天井だ」
俺はそう呟いてしまって、…ちょっと後悔した。
俺の姿は猫ではなく、生前の姿に戻っていた。辺りを見回すと、ここは"好奇心の女神"の部屋であった。
相変わらず殺風景な…いや、シンプルな部屋である。部屋に四人がけのちゃぶ台があるのが、以前と違う所だった。
ちゃぶ台では、女神がお茶を飲んでいた。
「お久しぶりですね。プルートさん」
「本当に、久しぶりだな"好奇心の女神"…よ? 羽?」
俺は起き上がって、女神の方を向いて挨拶をして、その姿を見て目を見張った。
久しぶりに会った"好奇心の女神"は、またその姿を変えていた。
彼女の背中には、透明な大きな蝶のような羽が生えていた。
「ええ、羽ですよ」
俺の視線に気付いた女神は、少しむっとした顔をする。
「猫耳に続いて、今度は羽か」
「ええ、これも貴方が妖精達に信者を増やしてくれたおかげです」
「信者…増えたのか」
妖精の森で子猫は妖精達に"好奇心の女神"の信仰を勧めてみたのだが、どうやら信者となる妖精がいたらしい。
「ええ、レ・フェアリーの信者が増えたみたいです。おかげで私はこんな姿になってしまいました。信者は欲しいけど…できるなら人間の信者を増やして欲しいです」
"好奇心の女神"は少し泣きそうな顔でそう言ってきた。
「…猫に何を求めているんだ?」
「猫でも…」
「…猫でも?」
俺と"好奇心の女神"は、暫しにらみ合った。
「…まあ、立ち話も何ですので、座ってお茶でも飲みませんか」
好奇心の女神が、目をつぃとそらすと、俺にお茶を勧めた。ちゃぶ台には日本茶と煎餅の入った菓子器が置かれていた。
俺は腰を下ろし、女神からお茶を受け取った。
「それで、今回はどんな理由で俺を呼び出したんだ? しかもあんな訳の分からないシチュエーションまで用意して?」
「シチュエーション? ああ、あれですか。あれはたまたま貴方を呼び出そうとしていたときに水○黄門の再放送を見てたので、あのシーンがたまたまシンクロしただけです」
そう言って、女神は部屋の片隅を指差す。そこには昭和前半もかくやというデザインのブラウン管TVが置かれていた。
(こいつ、もしかして暇なときは煎餅でも囓りながらTVを見てるのか。似合わんな~)
"好奇心の女神"の顔立ちは欧米風の美少女である。服装も白いトーガといった出で立ちであり、ちゃぶ台と日本茶が全く似合わない。
「TVを観てますが、何か?」
「心を読むな。それで、呼び出した理由を聞かせてくれ」
じろりと女神に睨まれるが、俺はその視線を流して、女神に呼び出した理由を尋ねた。
「ええ、貴方のおかげで信者が増えたわ。その功績を評価して、新しい加護を与えようと思うんだけど…良い案が浮かばなくて…。それでどんな加護が欲しいか、直接聞いてみようと思って、貴方を呼び出したの」
「加護?」
「ええ。確か、貴方には現在二つの加護が与えられているわよね。えーっと、どんな加護だったかしら?」
"好奇心の女神"は、自分が与えた加護がどんな物だったか覚えていないのか、必死に思い出そうとしていた。
(加護って、回復の奇跡はどの神様もあるし…。好奇心の女神独自の加護って、あの二つのだよな)
「もしかして、"好奇心の増大"と"目標の変更"の奇跡の事か?」
「ええ、それです。どうですか、役に立っていますか?」
二つに奇跡は何度か使ったことがあり、確かに便利ではあったが、…。
「戦いにしか使えない奇跡だよな。もうちょっと信者を獲得するのに役に立つ奇跡が欲しいぞ」
と俺は切って捨てた。俺としてはクラリッサを救うべく信者を増やしたいのだ。そのための奇跡が欲しい。
「えっ、戦いに使える奇跡なら良いのでは?」
と女神はちゃぶ台に突っ伏した。
「いや、戦の神じゃあるまいし、"好奇心の女神"が戦いに役立つ加護を与えてどうするんだ」
「それは…、戦場で私の神官が活躍して、その格好良さに信者倍増とかですが?」
可愛らしく指をほほに当てて頭を傾げて言うが、
「俺、猫なんだけど…どうやって戦場に立つんだ? それに戦場なんて行きたくねーよ」
俺はちゃぶ台をバシバシと叩いて、抗議した。
「チッ、使えない神官ですね」
女神がぼそりと呟く。
「お前が猫に転生させたのだろうが~」
… 閑話休題 …
「それじゃ、どんな加護なら信者を獲得できるのかしら?」
「それは本来、女神が考えるべきことなんだけどな。…まあ、俺もクラリッサのために信者は獲得したいしな~」
暫し二人はお茶をすすりながら顔を見合わせて考え込んだ。
「…好奇心にちなんだ加護…、そう、そうよ、こう特定の物事への興味を、好奇心をくすぐり続けるような加護はどうかしら?」
しばらく考え込んだ後、女神が一つの案を提案した。
「"好奇心の増大"と、どう違うんだ?」
「あれは一時的な物でしょ。永続的に好奇心を持ち続けるような、そんな感じの奇跡はどうかしら? それで、私への好奇心を増大させれば、…フフ、信者を増やせるわ」
"好奇心の女神"は、とんでもない事を言っている。
「…いや、そんな精神操作みたいな奇跡で信者を増やして良いのか? 永続的な精神魔法って、邪神の呪いみたいもんだろ?」
「邪神って。うーん、やっぱりまずいかしら? ちょっと知り合いの下級神に聞いてみようかしら」
俺としては、この奇跡は効能的にどう見てもアウトだと思う。しかし女神は、どこからら黒電話を取り出して電話をかけ始めた。
「もしもし、ワーちゃん。ちょっと聞きたいんだけど~」
隣で女神が知り合いの下級神に電話をかけている横で、俺は女神が提案した加護について考えていた。
(好奇心で縛っちゃまずいだろいだろ。…いや、ちょっと待てよ。その加護もしかして使えないか?)
俺は、女神に貰う加護の案を考え始めていた。
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