狙撃
1時間ほど図書館で本を読みふけった後、まだ居残っているカーゴに別れを告げて俺達は寮に戻ることにした。
クラリッサとリュリュが並んで歩くが、子猫はリュリュに抱きかかえられている。クラリッサはそれに不満げだが、今後こういった機会が多くなるので、今は我慢してもらうつもりだ。
その代わり寮に戻ったら子猫を好きなだけ抱いて良いとクラリッサに約束させられた。
「今日もお風呂に入るの?」
リュリュは、お風呂が気にいったのか、今日も入りたいようだった。
「入る」
クラリッサも同意するが、
『えーっ、あついからいやだ』
と、子猫は猫らしく反対してみた。
「プルートも汚れているから入る必要がある」
クラリッサが子猫の汚れ具合をチェックしてそう言う。
『えーっ、よごれてないよ~。あついのきらい~』
子猫はそう言いながら自分の体をチェックしてみたが、
(あれ、結構汚れてるか? 白墨とか触ったからか)
いろいろと汚れていた。
(本物の猫と違って、俺は毛皮を舐めたりしないからな~。やっぱり風呂は必要か…。まあ寮の風呂には女子学生が大勢いるし、それはそれで…)
と邪な思いにふけっていると、
「プルート、目がいやらしい」
子猫の思考が表情に出てしまったのか、クラリッサにジト目で叱られてしまった。
『たしかにからだはよごれてますね。やっぱり、きょうはおふろにはいります』
しかし、子猫はクラリッサのジト目を無視してお風呂に入ることに意見を変えて、賛成する。
「わーい、お風呂だよ~」
リュリュは脳天気に喜んでいるが、子猫を見るクラリッサの目がちょっと怖い。
「風呂に入るなら、人が少ない方が良い。早く帰る」
クラリッサはそう言い出すと、リュリュの手を掴んで走り出した。
「クラリッサちゃん、手が痛いよ~。痛っ!」
しかしリュリュはクラリッサのスピードについて行けず、盛大に転んでしまう。それに巻き込まれクラリッサも転んでしまった。
子猫は、とっさにリュリュから飛び降り、空中で回転して足から着陸に成功したのでノーダメージだった。
その時だった、"ドスッ"っと音を立てて、一本の矢が地面に突き刺さった。
「みぎゃっ?」(矢?)
矢は、クラリッサが転ばなければその頭を射貫いていただろう。これはクラリッサを狙った狙撃であった。
「あれ、この矢は何だろう?」
「リュリュ、伏せて」
矢を見て不思議な顔をして立ち上がろうとしたリュリュをクラリッサが伏せさせる。
子猫は魔法の手を出し小太刀を持ち、辺りを見回し再度の狙撃に備えた。
(どこから打ち込んできたんだ?)
俺達が歩いていたのは、図書館から校舎を経て寮に続く街路で、辺りには人気がない。街路の周りは街路樹が植えられているが、襲撃犯が隠れられるほどの物ではない。
子猫もクラリッサも気配を探るが、やはり近くにはそれらしき人物の気配は感じ取れなかった。
矢はクロスボウ向けの太い矢ではなく、普通の矢である。長弓の射程は最大250メートルと言われるが、その範囲にクラリッサを狙える建物や木は無く、500メートルほどの所にある塔が唯一の狙撃スポットであった。
(ゴル○じゃあるまいし、あの距離から狙うのは無理だよな。となると曲射で射てきたのか?)
そう考えたが、相手の行動が分からない曲射の方が難しいので、そちらの可能性もないと考え直す。
(じゃあ、どこから打ち込んできたんだ。やはりあの塔か?)
子猫は目をこらして塔を見たが、遠すぎで狙撃手を見つけ出すことはできなかった。
とにかく、狙撃犯は、殺気を感じさせないほどの遠距離から俺達の行動を正確に掴んで、クラリッサを狙って矢を打ち込んできた。それだけの腕前を持った人間だと言うことしか俺には推測できなかった。
(遠距離だったから、偶然リュリュの巻き添えで転んでしまったクラリッサに当たらなかった。幸運だったな)
しばらく待ったが、再度の狙撃は無かったので、子猫はリュリュに見つかる前に魔法の手と小太刀をしまった。
「みゃー」(逃げたみたい)
「そうだね」
「クラリッサちゃん? もう良い?」
状況をつかめていないリュリュがクラリッサに起き上がっても良いかと尋ねる。
クラリッサはリュリュを立たせる。二人とも転んだ後、地面に伏せていたので泥だらけになってしまった。
「うにゃー」(とにかく寮に急ごう)
「そうだね」
俺達は再度の狙撃に気をつけながら寮へ急いで帰った。
◇
「あらら、クラリッサちゃん、リュリュちゃんどうしたの泥だらけじゃないの?」
寮に帰った俺達を見て、寮長のジュンコさんが驚く。
「もしかして、いじめとかに遭ったの?」
「いえ、転んだだけです」
「うん、転んだだけ~」
俺達は、寮に帰る途中に話し合い、狙撃の件を誰にも話さないこと決めていた。リュリュにも、狙撃の件は黙っているように念を押しておいた。
話さない理由は、学校や寮にいられなくなる恐れがあったからだ。
昨晩の強盗事件に引き続き今日は狙撃されました。入学してから二日でこれだけ事件が続けば、さすがに学校側も俺達を学校に置いておくのはまずいと思うかもしれない。
トビアスは問題ないと言ってくれそうだが、周りは貴族の子女だらけなのだ、貴族達から圧力がかかれば、彼の立場もまずくなる。
「学校を出れば狙われないかも」とも俺は考えたが、確実では無い。逆に学校から出ると、貴族の子女がいない分、相手の行動が派手になるかもしれない。
それに学校から出てしまえば、今度はリュリュが狙われるのは確実だから、俺は学校に残ることを選択した。。
(しかし、魔術学校でクラリッサが狙われるのは予想外だったな。誰がクラリッサを狙っているんだ? そこを突き止めて、何とかしないとな~)
子猫はリュリュの腕の中で、クラリッサ襲撃犯を探し出す方法を考え込んでいた。
「そうなの? それなら良いんだけど。ああ、二人ともさっさとお風呂に入ってらっしゃい。その服は私が洗ってあげるから」
ジュンコさんは、そんな子猫の考えなど知らない。彼女は、クラリッサとリュリュがいじめに合ってないと分かると、ほっとした顔をした。
そして二人の服の泥を落とすと、風呂場の方に引っ張っていった。
脱衣所で二人はジュンコさんに服をはぎ取られ風呂場に押し込まれた。もちろん子猫も一緒に放り込まれた。
「クラリッサさん?」
「ドロシー…」
お風呂にはドロシーがいた。
「うにゃー」(うはぁ~)
ドロシーは、お付の三十代ぐらいの女性に体を洗ってもらっていた。ナイスバディの要所は、泡のおかげでぎりぎり見えてないというとてもエロティックなお姿だった。
(泡さんGJ)
「プルート、見ちゃ駄目!」
クラリッサは、すかさず子猫にタオルで目隠しをするのだった。
◇
「皆さんからお聞ききしましたわ。今日は授業で素晴らしい魔法のテクニックを見せられたそうですね。魔法の効果の拡大に、上級回復薬の作成ですか。もう、王宮の宮廷魔術師と引けを取らない技量…いえ、それ以上ですわ」
ドロシーは、三学年の生徒達から授業の事を聞いたのか、お風呂の中でクラリッサのことを褒めちぎっていた。
「あれぐらい普通? 頑張ればできる」
クラリッサは頑張ればできると言うが、上級回復薬の作成はともかくも、魔法の効果の拡大はエーリカすらできない。相変わらず、自分の才能がチートであることを分かっていないクラリッサであった。
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