薬学での出来事(1)
「さて、今日は皆さんに回復薬を作ってもらうつもりです。その前に先週の授業の内容について幾つか質問したいと思います」
ファミド先生はそう言って生徒達を見回した。
生徒達はファミド先生に当てられるのが嫌なのか、首を竦めていた。
「そうね、ではチャイカさん」
「はい!」
チャイカは当てられると飛び上がるように立ち上がった。
「先週授業で教えた低級毒消し薬ですが、作るのに必要な材料を言ってください」
「えーっと、えーっと、…ローブ草?」
ファミド先生の質問にチャイカは恐る恐る答える。
(惜しい! ロール草だ)
俺は心の中で突っ込んだ。子猫とクラリッサはエーリカのポーション作りを手伝っていたので、薬学レベルの知識は十分に持っている。
「違います。ちゃんと復習しておくように言っておいたはずですよね。…しばらく立っていなさい」
ファミド先生にそう言われて、チャイカはがっくりと肩を落とす。
「…では、ジャネットさん。貴方はどうですか?」
今度はジャネットが指名された。彼女は薬学も真面目に勉強しているのだろう、「ロール草です」とちゃんと正解を答えていた。
「はい、正解です。…皆さん、最近学生達の間では、魔法使いは攻撃魔法が仕えさえすれば良いという風潮がありますが、それは間違いです。魔法使いの最も重要なお仕事はポーション作りなのです」
ファミド先生は拳を握りしめてそう力説する。
(魔法薬が無いと病気や怪我を治せないからな~)
こっちの世界では医者といった魔法以外の治療を職業は一部を除き存在しない。なぜなら怪我や病気は、教会の神聖魔法や魔法薬で治療できるからである。
しかし、教会で神聖魔法を受けるにはある程度のお布施を要求されるし神聖魔法の使い手が少ない為に治療を受けるのが難しい。教会もお布施の金額によって優先順位を決めていることが多い為、貴族や大商人といった人達が恩恵を受けている。
一方魔法薬は、神聖魔法の使い手に比べ魔法薬を作成できる魔法使いの数は多いのだが、低級回復薬で金貨一枚と一般市民や農民が入手するにはかなり高額となっている。
魔法薬が高いのは、作成に薬草や蒸留水、壺などが必要であり、それを調合してから魔法で錬成するといった手間がかかるためである。
(それに、魔法が発達しているからこの世界では医療が発達しないと思うんだよな)
今までこの世界を見てきて、俺はそう感じていた。
医療という物は、ある程度教養を持った人と資金がそろわないと発達しない。しかし教養がある人や金を持っている人は、教会で治療を受けたり魔法薬を購入できるため医療の発展ということに興味を持たないのだ。
「もし魔術学校を卒業する魔法使いが魔法薬を作ってくれれば、王都の、いえこの国の魔法薬の値段が下がり、多くの人々が救われるでしょう。先生としては、皆さんもそんな魔法使いを目指して欲しいのです」
ファミド先生はそう言って学生達を見回した。
「いや、魔法薬作成って地味な感じしない?」
「材料を探して回るの面倒だし」
「王国軍に入った方が稼げる」
「魔法薬なんて、作れなくても買えば良いんじゃない?」
しかし、学生達はあまり魔法薬作りに興味をあまり持っていなかった。これは、学生の多くは貴族の子女であり魔法薬を作って生業とすることは考えていないことが理由である。
生徒達の反応を見て、ファミド先生はがっかりしていた。
「それでは、低級回復薬を作ってもらいます。材料と魔方陣はここに準備してあります」
ファミド先生は、教壇の上に壺と蒸留水、そして数種類の薬草の粉末と魔方陣を描いた複数の羊皮紙を置いた。
(あれ? 低級回復薬なら材料は一種類のはずだけど? それに魔方陣が複数って…)
俺が不思議に思っていると、
「材料と魔法陣は、正しい物と間違った物を用意してあります。皆さんはこの中から正しい材料と魔法陣を選んで低級回復薬を作ってもらいます」
ファミド先生がその理由を説明してくれた。
「「「えーっ」」」
「「「無理ですよー」」
それに対して、学生達は抗議の悲鳴を上げた。
「静かに。ちゃんと授業を聞いていれば判るはずです。できなかった人には放課後に特別授業を受けてもらいます」
しかし、その悲鳴もファミド先生の一言で静まりかえった。
そして低級回復薬作成の実習が始まった。
魔法実技の授業と同様に出席簿で呼ばれた生徒が順番に低級回復薬の作成を試みるのだが…。
「えーっと、この赤い粉で良いのかな? じゃあ、魔法陣はこれにしよう」
「青い粉と、こっちの魔法陣で良かったはず…。あれ、魔法が発動しないよ?」
「あーん、作り方が分かってるのに魔力が足りない~」
生徒達は次々と低級回復薬の作成に失敗していった。
「やったー、できました」
女子生徒の一人、ドリスが低級回復薬の作成に成功したのを切っ掛けとして、次々と生徒達が魔法薬の作成に成功し始めた。
そして、次はジャネットの順番となった。
子猫は、(作成に成功している生徒も多いし無理に張り合ってこないだろうな)と思っていたのだが、
「ファミド先生、私は前に低級回復薬を作っています。今回は中級回復薬を作成したいと思うのですが。試してみてよろしいでしょうか?」
魔法実技の授業で負けたのが悔しかったのか、教壇に立ったジャネットはファミド先生に中級回復薬を作成したいと言い始めた。
「そうですね…まだ授業では教えていませんが、ジャネットさんは作れるのですか?」
「はい。ここに材料も魔法陣もあります」
子猫とクラリッサも気づいていたが、教壇の上には中級回復薬を作るための材料と魔法陣がおいてあったのだ。ジャネットはそれに気づいてそんなことを言い出したのだ。
「では作ってみてください」
ファミド先生が許可を出すと、ジャネットはクラリッサをちらりと見てうなずいた。
「万物の根源たるマナよ~集まりて~清き力となり癒やしの種となれ~」
ジャネットの詠唱に伴い魔法陣上の壺に青緑色の光が集まる。そして光が壺に収束すると白い煙が立ち上がった。
(ちゃんと成功しているな)
白い煙が立ち上るのは魔法薬の作成に成功した証しである。ジャネットは中級回復薬の作成に成功した。
「ちゃんと中級回復薬ができています。さすがです。皆さんもジャネットさんを見習ってください」
ファミド先生はジャネットを褒めたたえ、生徒達も「さすがー」といった感じで手を叩いて賞賛していた。
「次は…クラリッサさん? …貴方は今日が初めて薬学の授業ですね。クラリッサさんは、今まで魔法薬を作ったことはありますか?」
ファミド先生は最後に残ったクラリッサにそう尋ねてきた。
「低級回復薬なら何度も作った」
クラリッサはエーリカのところで何度も低級回復薬を作成していた。今更低級回復薬の作成で失敗するわけが無い。
「そ、そうですか」
クラリッサの回答にファミド先生は少し戸惑ったような顔をする。どうやら本当に作れるのかと疑っているようである。
(ジャネットが張り合ってきてるし、こっちも実力を見せてやるかな? クラリッサのチートぶりを見て驚くなよ)
「にゃ~にゃっ」(上級回復薬を作ろうか)
「プルート、材料は有るけど魔法陣がないよ?」
「なーなー」(魔法陣は僕が描くよ)
子猫は、教壇の上にあった白墨を咥えると、床に上級回復薬を書き始めた。
「こらっ! この子猫は誰の使い魔ですか? 白墨で遊ばないようにちゃんと仕付けなさい。…って、これは上級回復薬作成の魔法陣じゃないですか。何故子猫がこんな物を描いているのです…」
最初、ファミド先生は子猫が白墨で悪戯していると思って叱りつけようとして、床に描かれた魔法陣を見て驚いた。
「ファミド先生、私は上級回復薬を作成したいと思います」
「なっ、上級回復薬ですって。私でも三回に一回しか成功しない上級回復薬を、クラリッサさんは作成できるのですか?」
ファミド先生は信じられないといった顔をして周りを見回す。
生徒達は先ほどの魔法の実技でクラリッサの魔法の実力を見ているので、彼女ならできるかもしれないと、期待に満ちた目をしていた。
「エーリカのところで何回か作った。問題ない」
「エーリカ? ま、まあ作れるというのであれば、実演してください」
ファミド先生は半信半疑といった顔で上級回復薬の作成を許可してくれた。
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