歓迎会と暗殺者
大浴場を後にした俺達は、部屋で休憩していた。
一時間ほどまったりと過ごしていたところで、"コンコン"と扉がノックされた。
「はーい」
メイド服のリュリュがドアを開けると、ドレス姿のメグが立っていた。
「クラリッサさん、リュリュさん、歓迎会の準備が整いましたので、ご招待に参りました」
歓迎会の場所は女子寮の食堂であった。綺麗に飾り付けが行われ、女子寮の寮生二十名(+お付の侍女達数名)が俺達を待ち構えていた。
(ちょっと緊張するな~)
立ち並ぶお嬢様達の間を通り、テーブルに案内された。
俺達の席(子猫の分まで用意されていた)の横に立っている二十歳ぐらいの女性が、女子寮の寮長のジュンコさんだった。
ジュンコさんは、王都の士爵家の次女で、長い赤毛がとても似合うスレンダーな体つきの女性である。年齢は二十二歳と(この世界では)もう行き遅れを通り越している女性だ。さっぱりとした姉御肌の女性で、寮生からは頼れるお姉様として慕われている。ジュンコとは日本人みたいな名前であるが、この世界で昔活躍した女性騎士の名前で、騎士家の女性や下級貴族の次女には良くある名前だそうだ。
「この度、女子寮に入寮されたクラリッサさんとリュリュさんです。少し時期外れの入寮者となりますが、皆さん仲良ししてあげて下さい」
「にゃん、みゃー?」(子猫は紹介してくれないの?)
ジュンコさんは子猫の事を紹介してくれなかったので、ちょっと自己主張をしてみた。
「ああ、そうね。貴方も入寮したのだったわね。この子猫さん…名前はプルートちゃんでしたわね? も入寮されたので、仲良くしてくださいね」
ジュンコさんは笑いながら子猫も紹介してくれた。
「クラリッサ、十歳。今度魔法科に入学します」
「リュリュ、十五歳です。私はこの子猫ちゃんの付き人なので、入学していません」
「ぷにゃー、にゃにゃー」(プルートだよろしく~)
「この子猫はプルート。同じく魔法科に入学します」
その後、クラリッサとリュリュと子猫はそれぞれ自己紹介をして、席に座った。
クラリッサの挨拶の時に寮生から「獣人の女の子よ」とか「猫耳可愛い~」とか「尻尾~」とか声が上がっていた。子猫の時も「可愛い~」と少しは反応が有ったのだが、クラリッサに対する反応の方が熱かった。
(子猫より猫耳少女の方が受けるのか~)
と子猫はガッカリしたのだった。
歓迎会ということで、いつもの食堂の料理ではなくオードブルのような物と果物のジュースやワインなどがお付の侍女達によって運ばれてきた。本来ならリュリュもその人達に混じって給仕をするべきなのだろうが、今回は俺達と一緒に歓待を受けていた。
二十名の寮生が代わる代わる俺達に挨拶していく。その度にクラリッサの猫耳や尻尾を触り子猫を抱っこして撫でていくので、クラリッサと子猫は挨拶に来た寮生の全員の名前を覚える余裕もなかった。これは作者が二十名の寮生の名前を考えたくないとかじゃなく、それだけ大変だったということである。
一通り挨拶が終わった後、寮生はクラリッサとリュリュを取り囲んで色々と話しをしていた。子猫は疲れてしまったのでテーブルの上で丸まっていたのだが、自分のご主人がクラリッサの相手をしている間暇になった侍女達に囲まれてしまった。
「子猫ちゃん、ミルクあげますよ」
「あら、もうミルクじゃなくてこのローストビーフとかの方が良いわよね」
「あーん、今度は私が抱っこします~」
「みぎゃー」(休ませてくれ~)
侍女達は餌で釣ったり、抱っこしようとしたりと子猫を弄んでくれた。普通の猫なら怒って引っ掻くところなのだろうが、子猫は理性ある人間であるので、女性を引っ掛けるわけもなく講義の叫び声を上げ続けるだけだった。お陰で子猫はクラリッサとリュリュが寮生たちとどんな話をしていたのか聞くことが出来なかった。
「みゃーん」(疲れたー)
「ねむーい」
「…」
二時間続いてた歓迎会を終えた俺達は部屋に帰ると、クラリッサとリュリュは服を脱いでそのままベッドに倒れこんで寝てしまった。子猫も籠で丸くなって寝てしまった。
◇
深夜、時計があれば午前二時半といったところだろう。もちろん俺達は全員ぐっすりと寝ていた。
ギィ
寮の部屋のドアが小さな音を立てて開いてった。
静かに部屋に入ってきたのは、石作りの白い仮面を付けた黒尽くめの人影だった。
人影はベッドに眠るクラリッサとリュリュを見比べて、クラリッサの方に近寄っていた。
「誰だ!」
人影は"ビクッ"と身体を震わせると振り向いて誰何した声の主を探したが、部屋には二人の少女と猫以外誰もいない。
「…」
人は訝しみながら再びクラリッサに近寄ろうとした。
「それ以上、彼女に近づくな! それ以上近寄ると身の安全は保証しない」
再び聞えた警告の声に再び身体を震わせて人影は立ち止まった。
「…誰だ」
人影から逆に小さく誰何の声が発せられる。その声は少年のような少女のような性別不明の声であった。
もちろん警告したのは子猫である。こんなこともあろうかと、子猫は扉と窓には警報魔法の魔法陣を設置しておいたのだ。
警報魔法は魔法陣を直に描き魔力を流すことで発動する魔法である。描かれた魔法陣が踏まれたり、崩されたりすると術者に警告が発せられる魔法である。警報魔法はエーリカが作ったオリジナルな魔法で、存在を知っているのはエーリカ以外には子猫とクラリッサだけである。
ちなみに魔法陣は書くと透明になるインク(アントン製作)で描いてあるので、俺達以外は描かれていることに気付かない物となっている。
(誰かが扉や窓を開ける毎に警告が入るから鬱陶しいけど、描いておいて正解だったな)
寮に入った初日から何かあるとは思っていなかったのだが、念の為に警報魔法を設置しておいた自分を褒めてやりたい。
キョロキョロと辺りを見回す人影を子猫は薄目を開けて観察する。夜中の部屋の中は暗く、夜目の効く猫でもあまり良く見えないのに人影は問題なく行動している。
(暗視系の魔法を使っているのか…。この手の事に慣れている風だが…しかし、リュリュじゃなく何故クラリッサを狙うんだ?)
「…」
人影は返事もなく、誰も見つからないことに苛立ったのか、懐に手をやり短刀を取り出した。
「みゃー」(やばい)
短刀を取り出したのを見て、子猫は慌てて鳴き声を上げてしまった。
「ん?」
子猫の鳴き声で一瞬人影の動きが止まる。その一瞬の隙を逃さず、子猫は魔法を唱えた。
「にゃーみゃーみゃー・みゃー」(「マナよ集いて明かりとなれ、ライティング」)
明かりの魔法により、人影の顔の前に明るい魔法の光が出現する。
「うぁ!」
使用していた暗視系の魔法は赤外線視覚だったのか微光暗視魔法だったのかわからないが、目の前に現れた明かりの魔法で人影の目は一時的に盲目状態になった。
(少年、少女?)
明かりに浮かびあった人影は、小柄な黒尽くめの服を着た、少年か少女のようだった。
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