ドロシーの事情
「…ところで、クラリッサさん。校長先生から貴方は優秀な魔法使いとお聞きしたのですが…?」
お風呂の薀蓄語りが終わった後、ドロシーは唐突にクラリッサにそんな事を聞いてきた。
「私より、プルートの方が優秀」
「クラリッサちゃんもすごいけど、この子猫ちゃんも凄いんだよ~」
それに対して、リュリュが子猫の両脇を抱きかかえてドロシーの前にぶら下げて、クラリッサが指差す。子猫はダラーンとして持ち上げられている。
(子猫だし玉無いし…恥ずかしく…無いよな…)
「にゃっ」(魔法使えるよ)
子猫は片手を上げてドロシーに可愛く挨拶したのだが。
「茶化さないで下さい。私は使い魔では無く貴方のが優秀な魔法使いであると聞いたのです!」
そんな俺達の態度が気に入らなかったのか、ドロシーは声を荒げた。
(ドロシー、何か焦ってるようだな?)
俺にはドロシーが何か焦っている様に感じた。後、怒ったのかドロシーはお湯から立ち上がってしまったのでその他の部分もバッチリ見えている。
(下も金髪~♪)
「プルート、見ちゃ駄目」
クラリッサによって子猫は再び目隠しされるのだった。
「みゃーみゃー」(俺も見られてるからおあいこじゃないか~)
そんな子猫の叫びは当然無視されるのだった。
◇
「申し訳ありません。お湯が熱くて、興奮してしまいましたわ」
ドロシーはそう言ってお湯に沈む。そのため彼女の金髪縦ロールがお湯に浸かり解けてしまう。
(縦ロールってどうやってセットしているのだろう。あのお付の女性がやってるのかな~)
俺はドライヤーもヘアアイロンも無いこの世界でどうやって縦ロールを作っているのかと疑問に思ってしまった。風呂から上がって気付いたのだが、更衣室にドライヤーの様な熱風を吹き出して髪の毛を乾かす魔道具が有ったので、あれで縦ロールを作りなおしているのだろう。
… 閑話休題 …
ドロシーの唐突な問いかけにクラリッサは頭を傾けると、
「気にしてない。ただ、私が優秀な魔法使いか、自分では判らない」
と答えた。クラリッサは、自分がチート級の能力を持っていると自覚していないのでそういう答えになるのだろう。
「火炎弾を唱えられたと、二学年の方にお聞きしましたわ。そのお年で、しかも獣人の身であのレベルの魔法を唱えることが出来るのですから…クラリッサさんは優秀な魔法使いですわ」
「…プルート、そうなの?」
「にゃーにゃー…うにゃーにゃー」(ここの学生…レベルが低いよ)
「なるほど…」
「みゃーみゃーみゃん」(おそらく二学年でリュリュ並か、それより下)
「…そうなの?」
魔法の練習所での学生達の雰囲気から、子猫は、魔術学校の生徒…特に貴族の子女達の魔法のレベルはあまり高く無いと感じていた。そんな生徒たちに比べれば、魔力が少ない事を除けばリュリュでも優秀な部類に入るだろう。そしてクラリッサは、エーリカ程の高レベルの魔法は唱えられないが、エーリカですら出来なかった魔法の効果の拡大が出来る。おそらくここの生徒どころか先生よりも優秀だろう。
「私はコーズウェル公爵家の者として、恥ずかしくない魔法使いになりたいのです。その為に魔術学校一の使い手であるトビアス校長先生に指導をお願いしているのですが、校長先生はお忙しくてなかなか御指導を受けられないのです」
と俺達に打ち明けてきた。
ドロシーは魔術学校において特別にトビアス校長に直々に指導してもらえるらしい。しかしトビアスが忙しくなかなか手ほどきを受けることができないために、魔法使いとしての成長に不安を感じていようだった。
(トビアス、ちゃんと教えてやれよ…)
と俺はトビアスに内心突っ込む。
しかし校長に直々に弟子入り出来るとはさすが公爵家令嬢ということなのだろうが、そこで俺は、
(もしかして、それがまずかったのかな?)
と思ってしまった。
トビアスはあのエーリカの弟子である。エーリカはボランティアで村を回っていることや、ラフトル伯爵の件から権力者に対してあまりよい印象を持っていないようだ。つまり弟子のトビアスもそんな思想を持っていれば、権力で押し付けられた生徒に対してあまり良い印象を持っていないということも考えられる。
「クラリッサさん、お会いしたばかりの貴方にこんなことをお願いするのは失礼ですし、我儘だと思うのですが…私に魔法がうまくなるコツを教えていただけないでしょうか」
ドロシーはそうクラリッサにお願いしてきた。
「何故、私に?」
「先生とかお友達に聞けば良いのに~」
クラリッサが首を傾げ、リュリュも不思議そうにドロシーに答える。
「他の先生は校長先生に遠慮して私に教えてくれませんの…それに、お友達とか…公爵家令嬢に魔法を教えるなど恐れ多いという方ばかりなのです…」
ドロシーは寂しそうにそう言った。
「みゃー」(なるほどね~)
確かに校長先生に弟子入りしている状況で、授業は別として他の先生がドロシーに教えるということは難しいだろう。家で魔法の家庭教師でも付ければ良いのではと思うが、それも国の機関である魔術学校の校長と張り合うだけの優秀な魔法使いが家庭教師を引き受けてくれるとは思えない。
そして生徒の方だが、彼女の言うとおり公爵家令嬢に魔法を教えるなんてことは、貴族の子女には難しいだろう。もしドロシーに粗相でもして問題となれば…例えドロシーにはそんなつもりはなくても…家の方にお咎めがあるかもしれない。そんな危険な役目、多分誰も引き受けないだろう。
(お風呂にも遠慮して一緒に入らないみたいだし、貴族は大変だな~)
子猫は少しドロシーに同情してしまった。
「プルート?」
クラリッサが子猫にどうしようかと聞いてきたので
「みゃん」(了解して)
と子猫は答えた。
「ん、了解?」
クラリッサは、なぜ子猫が了解したのか不思議に思ったようだ。
「にゃん」(理由は後でね)
リュリュのことがなければ俺も公爵家令嬢のドロシーなんかと関わろうとは思わなかっただろう。ここで恩を売っておけば、リュリュの問題を片付けるのに彼女の力が借りられるかもしれないと考えたのだ。
「了解?」
ドロシーが自分が聞き間違えたのかと首を傾げた。
「魔法のコツを教えるというのを引き受ける」
「本当なのですか?」
クラリッサがちゃんと答えてあげると、驚いた顔をしてドロシーは聞き返した。
それに対してクラリッサが、「ん」といって頷くと、
「…本当に引き受けてくださるのですね。ありがとうございます」
と念を押した後、物凄く嬉しそうな顔になると、クラリッサに抱きついた。
「みゅぎゅ」(むぎゅ)
「キャァ」
突然の事にクラリッサは踏みとどまれず抱きかかえられたまま湯の中に沈む。そしてドロシーとクラリッサの間にいた子猫は二人に挟まれて、同じく湯に沈むのだった。
(ふう、乳がクッションになってくれなければ、この俺とてやられていたわー)
実際には乳は関係なく、溺れて死にそうになっていた子猫だった。
あの後、溺れ死にかけた子猫は更衣室に運ばれてそこで息を吹き返した。ドロシーは必死にクラリッサに謝っていたが、まあ良い物に触れたので"不問に処す"とクラリッサに言わせて大浴場を後にした。
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